田村公平の発言 (国土・環境委員会)

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○田村公平君 おはようございます。自由民主党の田村公平です。
 国土調査促進特別措置法の一部を改正する法律案について、まず質問をさせていただきます。
 御案内のとおり、人間にとっては戸籍というものがありますけれども、この法律の、時限立法にはなっておりますけれども、地籍調査というのは非常に私、重要なことだと思っております。
 と申しますのは、今、公共事業をやろうとしたりあるいは土地の売買等においても境界線がわからないとか、昔はちゃんと覚えていたんだけれども、人口の移動に伴って、あるいは都市化がどんどん進んできて今まで農地だったところが宅地になったと。
 私の経験によりますと、うちも百姓でありましたけれども、田んぼのあぜのところに松板を切ったのを打ち込んでありまして、あぜ道ですからくわであぜを突くんですけれども、当時は米不足だったものですから、一畝でも多く稲の苗を植えたいということで少しずつ押していくわけです。相手側も田んぼのあぜを押していくので、本来真っすぐに苗代を張って、松板を打ったところから隅っこの角のところまでまた松板を打って、それはシュロの縄を編んだものではかって、それで墨で、松板というのは水にも強いし腐食しないものですから、田村家の田んぼと書いてあって、隣が吉川さんの田んぼと、そういうふうにしてあったけれども、押しくらまんじゅうじゃないんですけれども、だんだん寄せていく。
 そういうことで、昔はきちっとしておったのが、やはり時代が変わりまして、もう米をつくるなとか、それで放棄された耕作地ができて草がぼうぼうになってくる。そうすると、だんだん境界線のくいというか板ぎれの管理もままならない。そういうことがだんだん続いてきまして境界がわからない。
 せっかく圃場整備をしようと思って、圃場整備の組合をつくります。そうすると、例えば、うちが一反持っておったところを、農道をつけたために減歩率が何%になるというときになってくると、実際、本当にうちの田んぼは一反、三百坪あったのかどうかというのが大変な問題になってきておりまして、自分のところの圃場整備でもそういうケースがありました。
 今、地元で、南国市というところでありますけれども、市道を新しくつけかえております。昔はあぜ道だったところが今、都市化が進んでそういう市街地になってきたところで、農業をちゃんとやっているときは境界がはっきりしていましたけれども、市街化が進んでいく中で境界がわからない。それから、核家族になっていったために、代々言い伝えというか聞いていたのがわからない。さあ公共事業を導入しようと思ったけれども、境界線がわからないから、ではどうやって用地の買収をすればいいのか。
 そうは言いながら、田舎は田舎でありがたいものでして、まだまだ村社会というんでしょうか、譲り合えるところは譲り合いましょうと、こういうことになっております。それぐらい人間の心が通い合うような地域社会がまだ残っているところは話し合いの余地がありますけれども、これが人口三十二万の高知市あたりになってきますと、やはり一坪当たりの土地の単価が高いものですから、境界がわからないとかそういうことで大変もめごとが起きたりしております。
 聞くところによれば、西欧諸国ではそういう意味での土地台帳というんでしょうか、地籍が非常に進んでおります。日本において太閤検地以来、戦後こういう形の法律ができて地籍調査をやっておることは非常にいいことでありますし、こういうことをもっともっと推進させぬといかぬのでありますけれども、そういうことを含めて、地籍調査の意義、それからあり方をどのように政府は認識しておられるか、お尋ねいたしたいと思います。

発言情報

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発言者: 田村公平

speaker_id: 13280

日付: 2000-03-21

院: 参議院

会議名: 国土・環境委員会