大塩まゆみの発言 (国民福祉委員会)

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○参考人(大塩まゆみ君) 福井県立大学の大塩でございます。どうぞよろしくお願いいたします。
 私は、社会福祉の分野から海外の家族手当と日本の児童手当について研究した立場として見解を述べさせていただきたいと思います。
 資料を準備いたしましたので、どうぞごらんください。
 まず、児童手当についてなんですけれども、児童手当は御承知のように一九七一年に最後の社会保障として成立しました。最後の社会保障と言われたのはなぜかと申しますと、第二次世界大戦後に憲法二十五条を実現するために新しい社会保障制度の確立が必要であるとして医療保険とか年金保険などを順次整備したんですけれども、その計画段階でも児童手当は優先順位が最後で、実際児童手当の成立をもって福祉元年という言葉が一九七三年に使われました。
 この社会保障の中でも後回しにされてきた児童や家族の問題に最近ようやく政策的な関心が向けられてきたということはいいことだとは思うんですけれども、その動機が不純といいましょうか、本当に児童や家族の福祉が考えられているんだろうかという印象を受けます。児童手当とか児童福祉対策というものは、その社会がいかに児童や児童を育てる家庭を大切にしているかをあらわすバロメーターだと思いますけれども、どういう関心を向けるのかということが大事だと思います。
 社会保障や社会福祉の歴史を眺めてみますと、それは人権を軽視されてきた人の人権を確立する方向に歴史は動いているのだと私は思います。最近は、高齢者とか障害者の福祉対策にも以前に比べると随分社会政策の目が向いてきました。そういうふうに、児童を含めて自分の力で自立できにくい人の人権や生活、人格を守る方向へ社会保障が拡大されてきているとは思うんですけれども、まだまだ不十分だと思います。
 特に、ナンバー2の図表4に載せておきましたけれども、先ほど大沢先生もおっしゃいましたが、児童家庭施策への支出は日本はかなり低いです。それから、前のページのナンバー1にも図表2として社会保障支出に占める家族手当費を上から七段目ぐらいに載せておきましたけれども、これも日本はかなり低いです。
 イギリスの社会保障計画をつくったベバリッジは、社会保障を窮乏から自由への道と表現したんですけれども、私は、社会保障を長い歴史のスパンから見て、奴隷から人間への道と表現したいと思います。つまり、人間が人間らしい生活を送れるようにするのが社会保障や社会福祉だと思います。
 そうすると、人間らしい生活とは何かということになるんですけれども、人間の一つの真理は一人では生きられないということだと思います。そして、社会の中で生きるということがもう一つの人間の真理だと思います。特に、児童期は親や養育者がいなければ一人では生きていけませんけれども、人間の子供を育てることは年中無休でまさに家事・育児奴隷になったような気がするものです、これはちょっと私の個人的経験も入っているんですけれども。そういうことで、最近の少子化というのは女性が人間らしい人生を求めて抵抗している結果ではないかと思います。
 ですから、児童手当を少子化対策の目玉とするという人口政策的な発想では女性たちの反発を買うのではないかと思います。もっと女性や子供の人格や人間性を尊重した政策として児童手当を実施してほしいと思います。児童手当を少子化対策と銘打つと、お金目当てに子供を産ませるようなもので、生まれてくる子供のことは二の次になっているように感じられます。
 児童手当は現金給付なんですけれども、受給者に社会から何らかのメッセージが伝わると私は思います。それはなぜかといいますと、以前に児童手当協会というのがあったんです。これは今、こども未来財団になっているんですけれども、以前の児童手当協会のときに「児童手当」という機関誌が出ておりました。その機関誌の中に児童手当を受給している人たちの声が出ていたんですけれども、それによりますと、児童手当をもらって社会から子育てを応援されているような気がするというようなことを書いている人が何人もいらっしゃいました。
 つまり、児童手当は社会からの子育てへのエールとなって子供の健全育成への願いをメッセージとして運べる制度にするべきだと思います。どういうメッセージが伝わるかはその受け取る人によって違うとは思うんですけれども、政治での児童手当の扱い方とかマスメディアの取り上げ方、それから制度自体の実質的な内容がすなわち暗黙のうちに何らかのメッセージを発していると思います。
 児童手当が創設された当初、厚生省でその準備に当たった方がいらっしゃるんですけれども、その方がどういうふうに考えていらっしゃったかということをこのレジュメの一番最初のページの左側の2の二つ目の黒い星印に載せておきました。これは長いので文は省略しますけれども、要するに児童手当には児童養育家庭への応援団、サッカーでいいますとサポーターとしての機能を持たせられるような見方が必要だと思います。ですから、社会からのサポートが実質的に価値のあるものとして機能しなければ、児童手当の存在意義が感じられないと思います。
 そのためにはどうしたらよいかということなんですけれども、まずは現在の日本の児童手当の問題点を改善することが重要だと思います。それについてはレジュメの3に「現行児童手当の問題点」として載せておきました。
 つまり、支給期間が短いということ。それから、所得制限があるので結果として対象児童が少ないということ。それから、日本の児童手当はすべての児童の健全育成と資質向上を目指している制度なんですけれども、結果として結局一部の児童への選別的な制度になっているということ。それから、支給金額が少ないので、焼け石に水というか、余りありがたみが感じられないような内容になっています。それから、年金とかほかの手当は自動物価スライド制になっていますけれども、児童手当は物価スライド制も導入していません。いかに児童手当が軽視されてきたかということがこれで裏づけられていると思います。
 それから、支給金額についてなんですけれども、それがどういう根拠ではじき出されているのかということもわかりませんし、それから過去に支給年齢が三歳未満になったり小学校入学前になりましたけれども、その理由もはっきりわかりません。ILOの百二号条約で家族手当、家族給付の支給額の基準を出しています。これは資料のナンバー3の下の段の5に載せておきましたけれども、このILOの百二号条約に当てはめても日本の児童手当の支給金額は少な過ぎます。少なくとも現行金額の三倍以上は必要だと思います。
 それから、海外の家族手当についてもナンバー1の資料の図表2に十四カ国ほどの児童手当がどういう基準で出されているかということも一覧表にして載せておきました。支給年齢なんかも、ごらんいただいたらわかるように、ほとんどの主要国は十六歳以上です。ですから、せめて十六歳以上、できれば十八歳までは児童手当を支給するべきだと思います。
 制限時間が十分と大変短いですので、申し上げたいことはあらかじめレジュメと資料にまとめておきましたので、またごらんいただきたいと思います。
 これで終わります。ありがとうございました。

発言情報

speech_id: 114714333X02020000516_009

発言者: 大塩まゆみ

speaker_id: 7868

日付: 2000-05-16

院: 参議院

会議名: 国民福祉委員会