国民福祉委員会
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会
会議録情報#0
平成十二年五月十六日(火曜日)
午前十時一分開会
─────────────
委員の異動
五月十五日
辞任 補欠選任
山本 保君 魚住裕一郎君
五月十六日
辞任 補欠選任
魚住裕一郎君 山本 保君
─────────────
出席者は左のとおり。
委員長 狩野 安君
理 事
田浦 直君
山崎 正昭君
勝木 健司君
山本 保君
小池 晃君
委 員
入澤 肇君
尾辻 秀久君
久野 恒一君
中原 爽君
南野知惠子君
水島 裕君
今井 澄君
佐藤 泰介君
松崎 俊久君
柳田 稔君
魚住裕一郎君
沢 たまき君
井上 美代君
清水 澄子君
堂本 暁子君
西川きよし君
国務大臣
厚生大臣 丹羽 雄哉君
政務次官
大蔵政務次官 林 芳正君
厚生政務次官 大野由利子君
事務局側
常任委員会専門
員 大貫 延朗君
政府参考人
大蔵大臣官房審
議官 福田 進君
文部省高等教育
局長 佐々木正峰君
厚生省児童家庭
局長 真野 章君
参考人
日本社会事業大
学学長 京極 高宣君
東京大学社会科
学研究所教授 大沢 真理君
神戸大学発達科
学部教授 二宮 厚美君
福井県立大学看
護福祉学部社会
福祉学科教授 大塩まゆみ君
─────────────
本日の会議に付した案件
〇児童手当法の一部を改正する法律案(内閣提出
、衆議院送付)
○理事補欠選任の件
○政府参考人の出席要求に関する件
─────────────
この発言だけを見る →午前十時一分開会
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委員の異動
五月十五日
辞任 補欠選任
山本 保君 魚住裕一郎君
五月十六日
辞任 補欠選任
魚住裕一郎君 山本 保君
─────────────
出席者は左のとおり。
委員長 狩野 安君
理 事
田浦 直君
山崎 正昭君
勝木 健司君
山本 保君
小池 晃君
委 員
入澤 肇君
尾辻 秀久君
久野 恒一君
中原 爽君
南野知惠子君
水島 裕君
今井 澄君
佐藤 泰介君
松崎 俊久君
柳田 稔君
魚住裕一郎君
沢 たまき君
井上 美代君
清水 澄子君
堂本 暁子君
西川きよし君
国務大臣
厚生大臣 丹羽 雄哉君
政務次官
大蔵政務次官 林 芳正君
厚生政務次官 大野由利子君
事務局側
常任委員会専門
員 大貫 延朗君
政府参考人
大蔵大臣官房審
議官 福田 進君
文部省高等教育
局長 佐々木正峰君
厚生省児童家庭
局長 真野 章君
参考人
日本社会事業大
学学長 京極 高宣君
東京大学社会科
学研究所教授 大沢 真理君
神戸大学発達科
学部教授 二宮 厚美君
福井県立大学看
護福祉学部社会
福祉学科教授 大塩まゆみ君
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本日の会議に付した案件
〇児童手当法の一部を改正する法律案(内閣提出
、衆議院送付)
○理事補欠選任の件
○政府参考人の出席要求に関する件
─────────────
狩
狩野安#1
○委員長(狩野安君) ただいまから国民福祉委員会を開会いたします。
まず、委員の異動について御報告いたします。
昨十五日、山本保君が委員を辞任され、その補欠として魚住裕一郎君が選任されました。
─────────────
この発言だけを見る →まず、委員の異動について御報告いたします。
昨十五日、山本保君が委員を辞任され、その補欠として魚住裕一郎君が選任されました。
─────────────
狩
狩野安#2
○委員長(狩野安君) 次に、児童手当法の一部を改正する法律案を議題といたします。
本日は、本案について四名の参考人の方々から意見を聴取することといたしております。
参考人の方々を御紹介いたします。
日本社会事業大学学長京極高宣君、東京大学社会科学研究所教授大沢真理君、神戸大学発達科学部教授二宮厚美君、福井県立大学看護福祉学部社会福祉学科教授大塩まゆみ君、以上の方々でございます。
この際、参考人の方々に一言ごあいさつを申し上げます。
本日は、御多忙中のところ、当委員会に御出席をいただき、まことにありがとうございます。
参考人の皆様には忌憚のない御意見をお述べいただきまして、本案の審査の参考にさせていただきたいと存じますので、よろしくお願い申し上げます。
次に、議事の進め方でございますが、まず参考人の皆様からお一人十分で順次御意見をお述べいただき、その後、委員からの質疑にお答えいただきたいと存じます。
なお、意見の陳述、委員の質疑及び参考人の答弁とも発言は着席のままで結構でございます。
それでは、まず京極参考人から御意見をお述べいただきます。京極参考人。
この発言だけを見る →本日は、本案について四名の参考人の方々から意見を聴取することといたしております。
参考人の方々を御紹介いたします。
日本社会事業大学学長京極高宣君、東京大学社会科学研究所教授大沢真理君、神戸大学発達科学部教授二宮厚美君、福井県立大学看護福祉学部社会福祉学科教授大塩まゆみ君、以上の方々でございます。
この際、参考人の方々に一言ごあいさつを申し上げます。
本日は、御多忙中のところ、当委員会に御出席をいただき、まことにありがとうございます。
参考人の皆様には忌憚のない御意見をお述べいただきまして、本案の審査の参考にさせていただきたいと存じますので、よろしくお願い申し上げます。
次に、議事の進め方でございますが、まず参考人の皆様からお一人十分で順次御意見をお述べいただき、その後、委員からの質疑にお答えいただきたいと存じます。
なお、意見の陳述、委員の質疑及び参考人の答弁とも発言は着席のままで結構でございます。
それでは、まず京極参考人から御意見をお述べいただきます。京極参考人。
京
京極高宣#3
○参考人(京極高宣君) 社会事業大学の京極です。
児童手当のあり方に関しましては、政策的にもいろいろな面から検討しなくちゃならないと思っております。特に、我が国の社会保障全体の流れを申しますと、いわゆる低所得者対応から少子高齢社会対応へと大きく移っていることは言うまでもございません。ただ、全体としますと、社会保障はややもしますと高齢者対応ということで高齢化に向けた対応に力点がありまして、この点では少子化対応ないし児童に対する対応というのがややおくれていたかと思います。これは、国の方もそうでございますけれども、私ども学識経験者についても不十分なところがあったという反省もございます。
さて、特に子育て支援ということを考えますと、旧連合政権のもとで高齢社会福祉ビジョン懇談会が開かれまして、二十一世紀福祉ビジョンも出されました。その際、高齢者に対するいわゆる介護の社会的支援につきましては比較的合意が得られたわけですけれども、子育てに関しては個別問題ということで支援がなかなか認めにくい状況がございました。エンゼルプラン等は提唱いたしましたけれども、やはり今後のことを考えますと、二十一世紀に向けて子育ての社会的支援を行うということが非常に重要だというふうに思っています。これは社会哲学の問題でもございまして、やはり企業も含めて責任を持っていく。個別企業の中で賃金の中に単に家族手当を置くとかということじゃなくて、大きな意味で社会的な対応をするということが必要になってきているかと思っております。
さて、国際的に目を転じますと、先進諸国それぞれ少子高齢社会対応を行っているわけでありますけれども、大きく分けますと、北欧・イギリス型のように税に基づく社会扶助を中心とした国と西ヨーロッパのように社会保険を中心とした国がありまして、どちらかといいますと我が国は後者に属するというふうに思っています。
しかし、児童手当につきましては、これはなかなか位置づけが難しいところでありまして、企業が出している国もあれば、税金だけでやっているところもございます。ただ、いずれにいたしましても、子育て支援のために社会的に対応するという点では変わっていないというふうに思っています。
我が国の場合は、賃金、税制、社会保障給付、この三つの側面でそれぞれ児童に対する給付が入っているわけでございます。こういう三つそろっている国は日本ぐらいじゃないかと思うわけであります。おおむね、ヨーロッパでは税制上の扶養控除などをやめて児童手当を支給するというふうになっておりまして、ドイツなどは両方の選択ということがありますけれども、基本的にはそういう方向が出ているわけであります。
日本の場合は、特に国際的な潮流でもございますけれども、どちらかというと多子家庭に対する対応から子育て支援というふうに児童手当の位置づけが変わってきているわけでありまして、それに対する手厚さという点では、国会決議等におきましても附帯決議で必ず不十分だということが指摘されるということで、国の方も大変努力はしてきたわけでございますけれども、今日から見ますと、国が大変な努力をやってきたにもかかわらず、児童手当の総額のパイは必ずしも大きくならない。いろんなやりくりをしてきましたけれども変わらない。小さく産んで大きく育てるということであったはずなんですけれども、小さく産んで小さく育てていたというふうな感じもいたすわけであります。
今回は、私の印象では、特に義務教育就学前まで対象を拡大し、平年度ベースで二千二百億円ふやしたということ、児童手当の総額がほぼ倍増するということで、子育て支援にとっては非常にプラスであるというふうに思っております。扶養控除はどちらかというと逆進性がございまして、高所得、中所得の方には有利なんですけれども、低所得ないし中所得の低いところではなかなか効果がないという点で、私は非常に評価しているわけでございます。
これを赤字国債でやるとかなんとか、あるいは税金をうんと上げてやるというのであれば別ですけれども、今日の財政の厳しさの中でここまで来たというのは一つのステップとして画期的なことではないか。しかし、もちろん平成十三年度以降の抜本的な見直しということがございますし、またそこで大いに検討していただかなくちゃいけない課題があるかと思います。
特に、サラリーマンの場合はまだ特例給付がございますけれども、自営業者等は全くないということで、何か国民階層の中に子育て支援の手当に大分格差があるということで、これはいずれ何とかなくしていかなくちゃいけない。
ただ、今後の方向として見た場合は、社会的支援、社会的連帯ということを考えたときに税金だけでいいのかどうか。やはり企業も参加し、あるいは場合によっては二十歳から四十歳までの介護保険を払っていない階層に育成保険料みたいなものを取って新しい保険をつくることも一つの手ではないかと思っているわけでございます。
やはりこのような時代においては、痛みを分かち合って安心して子育てができる、そしてこれが一部分でございますけれども少子化にも多少影響が与えられるということになれば幸甚だと思っているわけでございます。
以上でございますが、また質問があればお答えしたいと思います。
ありがとうございました。
この発言だけを見る →児童手当のあり方に関しましては、政策的にもいろいろな面から検討しなくちゃならないと思っております。特に、我が国の社会保障全体の流れを申しますと、いわゆる低所得者対応から少子高齢社会対応へと大きく移っていることは言うまでもございません。ただ、全体としますと、社会保障はややもしますと高齢者対応ということで高齢化に向けた対応に力点がありまして、この点では少子化対応ないし児童に対する対応というのがややおくれていたかと思います。これは、国の方もそうでございますけれども、私ども学識経験者についても不十分なところがあったという反省もございます。
さて、特に子育て支援ということを考えますと、旧連合政権のもとで高齢社会福祉ビジョン懇談会が開かれまして、二十一世紀福祉ビジョンも出されました。その際、高齢者に対するいわゆる介護の社会的支援につきましては比較的合意が得られたわけですけれども、子育てに関しては個別問題ということで支援がなかなか認めにくい状況がございました。エンゼルプラン等は提唱いたしましたけれども、やはり今後のことを考えますと、二十一世紀に向けて子育ての社会的支援を行うということが非常に重要だというふうに思っています。これは社会哲学の問題でもございまして、やはり企業も含めて責任を持っていく。個別企業の中で賃金の中に単に家族手当を置くとかということじゃなくて、大きな意味で社会的な対応をするということが必要になってきているかと思っております。
さて、国際的に目を転じますと、先進諸国それぞれ少子高齢社会対応を行っているわけでありますけれども、大きく分けますと、北欧・イギリス型のように税に基づく社会扶助を中心とした国と西ヨーロッパのように社会保険を中心とした国がありまして、どちらかといいますと我が国は後者に属するというふうに思っています。
しかし、児童手当につきましては、これはなかなか位置づけが難しいところでありまして、企業が出している国もあれば、税金だけでやっているところもございます。ただ、いずれにいたしましても、子育て支援のために社会的に対応するという点では変わっていないというふうに思っています。
我が国の場合は、賃金、税制、社会保障給付、この三つの側面でそれぞれ児童に対する給付が入っているわけでございます。こういう三つそろっている国は日本ぐらいじゃないかと思うわけであります。おおむね、ヨーロッパでは税制上の扶養控除などをやめて児童手当を支給するというふうになっておりまして、ドイツなどは両方の選択ということがありますけれども、基本的にはそういう方向が出ているわけであります。
日本の場合は、特に国際的な潮流でもございますけれども、どちらかというと多子家庭に対する対応から子育て支援というふうに児童手当の位置づけが変わってきているわけでありまして、それに対する手厚さという点では、国会決議等におきましても附帯決議で必ず不十分だということが指摘されるということで、国の方も大変努力はしてきたわけでございますけれども、今日から見ますと、国が大変な努力をやってきたにもかかわらず、児童手当の総額のパイは必ずしも大きくならない。いろんなやりくりをしてきましたけれども変わらない。小さく産んで大きく育てるということであったはずなんですけれども、小さく産んで小さく育てていたというふうな感じもいたすわけであります。
今回は、私の印象では、特に義務教育就学前まで対象を拡大し、平年度ベースで二千二百億円ふやしたということ、児童手当の総額がほぼ倍増するということで、子育て支援にとっては非常にプラスであるというふうに思っております。扶養控除はどちらかというと逆進性がございまして、高所得、中所得の方には有利なんですけれども、低所得ないし中所得の低いところではなかなか効果がないという点で、私は非常に評価しているわけでございます。
これを赤字国債でやるとかなんとか、あるいは税金をうんと上げてやるというのであれば別ですけれども、今日の財政の厳しさの中でここまで来たというのは一つのステップとして画期的なことではないか。しかし、もちろん平成十三年度以降の抜本的な見直しということがございますし、またそこで大いに検討していただかなくちゃいけない課題があるかと思います。
特に、サラリーマンの場合はまだ特例給付がございますけれども、自営業者等は全くないということで、何か国民階層の中に子育て支援の手当に大分格差があるということで、これはいずれ何とかなくしていかなくちゃいけない。
ただ、今後の方向として見た場合は、社会的支援、社会的連帯ということを考えたときに税金だけでいいのかどうか。やはり企業も参加し、あるいは場合によっては二十歳から四十歳までの介護保険を払っていない階層に育成保険料みたいなものを取って新しい保険をつくることも一つの手ではないかと思っているわけでございます。
やはりこのような時代においては、痛みを分かち合って安心して子育てができる、そしてこれが一部分でございますけれども少子化にも多少影響が与えられるということになれば幸甚だと思っているわけでございます。
以上でございますが、また質問があればお答えしたいと思います。
ありがとうございました。
狩
大
大沢真理#5
○参考人(大沢真理君) 本日は、このような場で意見を申し述べる機会をちょうだいいたしまして、大変ありがたく存じております。
本日の参考人には、児童手当問題についての専門家中の専門家でいらっしゃる大塩さんもいらっしゃいますことですから、私は本改正案の趣旨でございます少子化対策を総合的に図るというのはどういうことかということを、国際比較の観点から意見を申し上げたいと存じております。
そこで、お手元にレジュメと若干の図表がございますが、まず日本の勤労者の家計の特徴を国際比較から浮き彫りにしてみたいと存じます。
この特徴は、簡単に申しますと、家計収入の総収入に対する世帯主勤め先収入の比率が高いこと、その反面で世帯主の配偶者の収入の比率が低いというところにまず特徴がございます。つまり、簡単に言えば、夫の勤務先収入の比率が高く、妻の収入が家計に占める割合が低いわけでございます。
そしてその次に、社会保障給付の比率が家計収入に占める比率が低くなってございます。これは、図1に日本と韓国及びドイツのブルーカラー、ドイツのホワイトカラーという比較がございますけれども、日本の勤労者家計に占める社会保障給付の割合は六十代、特に後半になりますとふえるんですけれども、いわゆる現役世代にとっては社会保障の給付というのがほとんど家計に貢献をしていないという構造になってございます。他方で、韓国や台湾のような東アジアの国に比べますと、日本の勤労者家計の特徴は贈与や仕送りの比率が低いところにございます。要するに、世帯主の会社に対する家計の依存度が大変高くなっておりまして、このことを私は時として家父長制的な企業中心社会のあり方だというふうに言っているわけでございます。
ところで、ドイツの現役世代にとって実収入に占める社会保障給付の比率が高い原因を探りますと、これは一つには児童手当、これが最大要因でございます。二番目の要因は雇用促進給付、一種の失業給付でございますけれども、これがあるおかげで現役にとっても、そしてブルーカラーの人にとってはなおさら実収入に占める社会保障給付の比率が高い。したがいまして、現役のときから社会保障制度のありがたみを実感できるという社会保障システムになっているわけでございます。
続いて、児童支援パッケージと言われるものの国際比較を申し上げたいと思います。
児童支援パッケージ、チャイルド・ベネフィット・パッケージとは、今、京極先生のお話にもございましたけれども、いわゆる子育て支援あるいは子供が育つことを支援する政策としては、以下の少なくとも数点のものをあわせて考えなければいけない。すなわち、現金給付である児童手当、それから扶養家族に関して税を軽減する所得税制、住宅費を軽減させる給付、それから保健医療費を軽減させる給付やサービス、そして最後に保育・教育費を軽減させる給付やサービスでございます。
子供のいない家族の総所得に対して子供がいる家族が受け取っている児童支援パッケージが占める比率を見ますと、図2に示されますように、これはケース一が男性平均賃金の半分程度の所得しかない低所得者、ケース二はちょうど平均、それからケース三は平均所得の一・五倍を得ている比較的高所得者のケースでございますが、この三つの所得階層についてCBPの実質価値というのを見ますと、日本は、実は日本の数値の中には企業が支給する家族手当の扶養児童分が含まれておりますけれども、これを含めてもギリシャ、ポルトガル、スペインなどと並んで大変低くなっているわけでございます。
一般に、この棒グラフの数値の高い国、CBPが高い国というのは所得制限のない児童手当を持っております。それから、税制がCBPに占める比重は比較的高所得者で大きくなっていること、これはただいまの京極参考人のお話の中にもあったとおりでございます。
それから、日本の特徴は住宅費が格段に重く、図2というのは住宅費控除前の状態でございますから、日本の児童支援パッケージは辛うじてプラスの値になっておりますけれども、住宅費を控除いたしますとパッケージはマイナスになってしまいます。これは、日本の社会保障制度の中に住宅費を軽減する給付がないことによっております。それから、日本の低所得者にとっては住宅費の重さ、比較的高所得者にとっては住宅費と教育費が重いために、いずれも住宅費控除後のCBPはマイナスになってしまう。つまり、そのような意味では国は少しも子育てを支援していないということになります。
続きまして図3でございます。
手厚い児童支援パッケージがあったからといって子供を産むのかどうかということについてしばしば疑問が呈されておりますけれども、これを瞬間風速としての出生率ではなく八二年から九二年といった間の出生率の変化を見ますと、明らかに児童支援パッケージの低い国で出生率が低下した。出生率の変化の割合がマイナスになっているのは、八二年に比べて九二年の出生率が低くなった国をあらわしております。このようなことが一般的に言えるわけでございます。
しかし、児童支援パッケージ、子育てといいますか少子化対策を総合的に図るというときには児童支援パッケージを見るだけではまだ足りないというのが私の理解でございまして、図は一つしかお示ししてございませんけれども、これはよく知られた事実として、二十五歳から三十四歳の女性の労働力率が高い国では出生率も高いという相関がございます。
御承知のように、日本の年齢階層別女性の労働力率は二十五歳から三十四歳でがたっと落ち込み、ローマ字のMの字を描くいわゆるM字型になっているわけでございます。先進国と言われる国の中では、女性の労働力率といえどもM字型になっている国はほかにはございません。日本ではこの年齢階層の女性の労働力率が低いわけですが、そのような日本で出生率も低いということはほかの国にも相関関係として見出されることでございます。
それから、女性の社会的地位、これはジェンダー開発指数というようなインデックスが国連開発計画によってつくられておりますけれども、平均寿命ですとか就学率それから一人当たり国民所得といった数値を男女の格差でもって減点したものがジェンダー開発指数でございます。これが高い国では出生率も高い。日本は、男女込みの人間開発指数では世界で四位、五位といった高いランクにございますけれども、ジェンダー開発指数というように男女格差を割り引いてしまいますと低くなるわけでございますが、ここにもこのような相関がございます。
それから、図4は、これは日本経済研究センターの所長でいらっしゃる香西泰さんの最近の御研究の結果なんですけれども、ある程度開発が進んだ国では男女賃金格差が小さいほど出生率が高いという状態を示しております。エジプト、トルコ、スリランカ、中国等々といった国では男女賃金格差は大きいけれども出生率も高い。しかし、図の右下の方に示されております国、これはある程度開発が進んだ国というふうにここでは表現いたしましたけれども、ここでは明らかに右上がりの相関が見られるわけでございます。あわせまして、男女賃金格差が小さい国では夫の家事協力度も高いということが知られているわけでございます。
以上の事実から政策的なインプリケーションを引き出すとすればどういうことであろうか。つまり、ここでは少子化対策を総合的に、これは児童手当法改正案の趣旨でもございますけれども、総合的に図るということの重要性を余すところなく示していると考えます。総合的に少子化対策を図る上で、児童支援パッケージというのはその指標となるものと考えます。児童支援パッケージの実質価値を高めたければ所得制限のない児童手当を採用していくことが重要であるというのも、以上の国際比較の事実は示しております。
それから同時に、税制を通じる児童支援パッケージは低所得者にとっては有効性が小さいということも示しております。所得階層で区切ってどの所得階層の子育てを支援すべきかということに関しては、これはもう価値判断の問題ではございますけれども、他方で、今の日本で大変景気の回復がおくれている中では、このような現金給付はより消費性向の高い低所得者に対してターゲットが合わされることが必要ではなかろうかと考える次第です。
そして最後に、男女賃金格差の縮小といったものをきちんと政策目標に掲げて推進される男女共同参画政策こそが最善の少子化対策になるということを申し上げまして、私の意見を終わらせていただきたいと存じます。
どうもありがとうございました。
この発言だけを見る →本日の参考人には、児童手当問題についての専門家中の専門家でいらっしゃる大塩さんもいらっしゃいますことですから、私は本改正案の趣旨でございます少子化対策を総合的に図るというのはどういうことかということを、国際比較の観点から意見を申し上げたいと存じております。
そこで、お手元にレジュメと若干の図表がございますが、まず日本の勤労者の家計の特徴を国際比較から浮き彫りにしてみたいと存じます。
この特徴は、簡単に申しますと、家計収入の総収入に対する世帯主勤め先収入の比率が高いこと、その反面で世帯主の配偶者の収入の比率が低いというところにまず特徴がございます。つまり、簡単に言えば、夫の勤務先収入の比率が高く、妻の収入が家計に占める割合が低いわけでございます。
そしてその次に、社会保障給付の比率が家計収入に占める比率が低くなってございます。これは、図1に日本と韓国及びドイツのブルーカラー、ドイツのホワイトカラーという比較がございますけれども、日本の勤労者家計に占める社会保障給付の割合は六十代、特に後半になりますとふえるんですけれども、いわゆる現役世代にとっては社会保障の給付というのがほとんど家計に貢献をしていないという構造になってございます。他方で、韓国や台湾のような東アジアの国に比べますと、日本の勤労者家計の特徴は贈与や仕送りの比率が低いところにございます。要するに、世帯主の会社に対する家計の依存度が大変高くなっておりまして、このことを私は時として家父長制的な企業中心社会のあり方だというふうに言っているわけでございます。
ところで、ドイツの現役世代にとって実収入に占める社会保障給付の比率が高い原因を探りますと、これは一つには児童手当、これが最大要因でございます。二番目の要因は雇用促進給付、一種の失業給付でございますけれども、これがあるおかげで現役にとっても、そしてブルーカラーの人にとってはなおさら実収入に占める社会保障給付の比率が高い。したがいまして、現役のときから社会保障制度のありがたみを実感できるという社会保障システムになっているわけでございます。
続いて、児童支援パッケージと言われるものの国際比較を申し上げたいと思います。
児童支援パッケージ、チャイルド・ベネフィット・パッケージとは、今、京極先生のお話にもございましたけれども、いわゆる子育て支援あるいは子供が育つことを支援する政策としては、以下の少なくとも数点のものをあわせて考えなければいけない。すなわち、現金給付である児童手当、それから扶養家族に関して税を軽減する所得税制、住宅費を軽減させる給付、それから保健医療費を軽減させる給付やサービス、そして最後に保育・教育費を軽減させる給付やサービスでございます。
子供のいない家族の総所得に対して子供がいる家族が受け取っている児童支援パッケージが占める比率を見ますと、図2に示されますように、これはケース一が男性平均賃金の半分程度の所得しかない低所得者、ケース二はちょうど平均、それからケース三は平均所得の一・五倍を得ている比較的高所得者のケースでございますが、この三つの所得階層についてCBPの実質価値というのを見ますと、日本は、実は日本の数値の中には企業が支給する家族手当の扶養児童分が含まれておりますけれども、これを含めてもギリシャ、ポルトガル、スペインなどと並んで大変低くなっているわけでございます。
一般に、この棒グラフの数値の高い国、CBPが高い国というのは所得制限のない児童手当を持っております。それから、税制がCBPに占める比重は比較的高所得者で大きくなっていること、これはただいまの京極参考人のお話の中にもあったとおりでございます。
それから、日本の特徴は住宅費が格段に重く、図2というのは住宅費控除前の状態でございますから、日本の児童支援パッケージは辛うじてプラスの値になっておりますけれども、住宅費を控除いたしますとパッケージはマイナスになってしまいます。これは、日本の社会保障制度の中に住宅費を軽減する給付がないことによっております。それから、日本の低所得者にとっては住宅費の重さ、比較的高所得者にとっては住宅費と教育費が重いために、いずれも住宅費控除後のCBPはマイナスになってしまう。つまり、そのような意味では国は少しも子育てを支援していないということになります。
続きまして図3でございます。
手厚い児童支援パッケージがあったからといって子供を産むのかどうかということについてしばしば疑問が呈されておりますけれども、これを瞬間風速としての出生率ではなく八二年から九二年といった間の出生率の変化を見ますと、明らかに児童支援パッケージの低い国で出生率が低下した。出生率の変化の割合がマイナスになっているのは、八二年に比べて九二年の出生率が低くなった国をあらわしております。このようなことが一般的に言えるわけでございます。
しかし、児童支援パッケージ、子育てといいますか少子化対策を総合的に図るというときには児童支援パッケージを見るだけではまだ足りないというのが私の理解でございまして、図は一つしかお示ししてございませんけれども、これはよく知られた事実として、二十五歳から三十四歳の女性の労働力率が高い国では出生率も高いという相関がございます。
御承知のように、日本の年齢階層別女性の労働力率は二十五歳から三十四歳でがたっと落ち込み、ローマ字のMの字を描くいわゆるM字型になっているわけでございます。先進国と言われる国の中では、女性の労働力率といえどもM字型になっている国はほかにはございません。日本ではこの年齢階層の女性の労働力率が低いわけですが、そのような日本で出生率も低いということはほかの国にも相関関係として見出されることでございます。
それから、女性の社会的地位、これはジェンダー開発指数というようなインデックスが国連開発計画によってつくられておりますけれども、平均寿命ですとか就学率それから一人当たり国民所得といった数値を男女の格差でもって減点したものがジェンダー開発指数でございます。これが高い国では出生率も高い。日本は、男女込みの人間開発指数では世界で四位、五位といった高いランクにございますけれども、ジェンダー開発指数というように男女格差を割り引いてしまいますと低くなるわけでございますが、ここにもこのような相関がございます。
それから、図4は、これは日本経済研究センターの所長でいらっしゃる香西泰さんの最近の御研究の結果なんですけれども、ある程度開発が進んだ国では男女賃金格差が小さいほど出生率が高いという状態を示しております。エジプト、トルコ、スリランカ、中国等々といった国では男女賃金格差は大きいけれども出生率も高い。しかし、図の右下の方に示されております国、これはある程度開発が進んだ国というふうにここでは表現いたしましたけれども、ここでは明らかに右上がりの相関が見られるわけでございます。あわせまして、男女賃金格差が小さい国では夫の家事協力度も高いということが知られているわけでございます。
以上の事実から政策的なインプリケーションを引き出すとすればどういうことであろうか。つまり、ここでは少子化対策を総合的に、これは児童手当法改正案の趣旨でもございますけれども、総合的に図るということの重要性を余すところなく示していると考えます。総合的に少子化対策を図る上で、児童支援パッケージというのはその指標となるものと考えます。児童支援パッケージの実質価値を高めたければ所得制限のない児童手当を採用していくことが重要であるというのも、以上の国際比較の事実は示しております。
それから同時に、税制を通じる児童支援パッケージは低所得者にとっては有効性が小さいということも示しております。所得階層で区切ってどの所得階層の子育てを支援すべきかということに関しては、これはもう価値判断の問題ではございますけれども、他方で、今の日本で大変景気の回復がおくれている中では、このような現金給付はより消費性向の高い低所得者に対してターゲットが合わされることが必要ではなかろうかと考える次第です。
そして最後に、男女賃金格差の縮小といったものをきちんと政策目標に掲げて推進される男女共同参画政策こそが最善の少子化対策になるということを申し上げまして、私の意見を終わらせていただきたいと存じます。
どうもありがとうございました。
狩
二
二宮厚美#7
○参考人(二宮厚美君) 二宮でございます。
私は、児童手当に絞ってお話し申し上げたいと思います。
児童手当の内容につきましては、大体五つの論点が浮かび上がってくるのではないかというふうに思います。五つの問題といいますのは、あらかじめ項目だけ申し上げておきますと、まず一つは児童手当の趣旨ないし目的にかかわる問題、二つ目は支給時の所得制限の問題、第三番目には児童手当の支給対象だとか支給期間について、第四は児童手当の支給額だとか水準にかかわる問題、それから第五番目になりますけれども、今回の児童手当の最大の争点でありました児童手当の財源構成の問題、この五つにわたってそれぞれ、以下時間の許す限り意見を述べたいと思います。
まず、第一番目の趣旨だとか目的にかかわることでありますが、先ほどのお二方の先生の話とダブるところがありますけれども、私は子供の生活保障につきましては二つの側面から統一して推進していかなければいけないというふうに思います。一つは、子供の生活を生計費の側面から保障する、すなわち所得保障の視点を徹底するということです。二つ目は、それにとどまらなくて、保育だとか学童保育にかかわって子供の発達に必要な社会サービスの保障、保育所を初めとして学校まで発達保障目的のサービスの保障の充実、この二つの視点の統一が必要だというふうに思います。
児童手当は、その内部を見ますと、私は過去十五年ばかり学童保育の連絡会の大阪での会長を務めてきたのでありますが、これにかかわって、児童手当勘定の中に特別保育だとか学童保育のいわゆる児童育成事業が含まれておりますけれども、中心的には児童手当の財源は前者の所得保障を担っている。子供一人一人に対する、親ではなくて彼らに対する所得保障というふうに児童手当をとらえるのであれば、現在の法律の仕組み、前提になっております児童を養育している者に対する児童手当の支給、すなわち簡単に言えば親ないし世帯に対する支給ということになりますが、こういう家計ないし世帯補助的な考え方というものを改めていく必要がありはしないか。
とりわけ、今回の措置は将来の児童手当の改革への第一歩、過渡的な措置だというふうに言われておりますけれども、全体として児童手当を子供一人一人の所得保障としてどう発展させていくのか、この方向が明らかになっていない。この点に私は大変大きな不満を持っております。
とはいいましても、今全国各地で保育だとか学童保育が、例えば公立のものが民営化されるとか民間委託になるとか、いわゆる市場化路線が進行しておりますけれども、そのときに所得保障をちゃんとやっておれば、いわゆる現物給付というふうに言われております保育だとか学童保育の充実は後回しにしていいというか副次的なものでいい、こういう考え方もあるようでありますけれども、これはまさに少子化であれ子どもの権利条約の精神であれ、児童福祉の視点から見て非常に大きな問題を持っている。つまり、所得保障と社会サービス保障というのはあくまでも統一して相互補完的に充実させなければならないというふうに思います。
それから第二番目でありますが、子供に対する普遍的な生活ないし所得保障という視点からとらえるとすれば、イギリスであるとかスウェーデンであるとかその他ヨーロッパ各国がそうしておりますように、親ないし世帯の所得制限はやはり撤廃する、もしくは当面撤廃という方向をにらみながら大幅に引き上げるということが必要で、そういう方向性を打ち出すべきではないかというふうに思います。
ところが、今回の改正では児童手当の本則給付及び特例給付両方にわたって所得制限は据え置かれておりますし、所得制限の中でも、もう既にこの国会でも問題になっておりますけれども、いわゆるサラリーマン世帯と自営業世帯との所得制限の格差という従来から問題になっている問題群もなお踏襲されている、こういう問題点が第二番目に指摘できると思います。
それから第三番目は、支給対象、支給期間の問題でありますけれども、今回の改正は小学校入学前までの子供に対して支給が延長される、こういうことでありますから、その限りでは支給対象児童や期間が拡大する。これは言うまでもなく評価できるわけでありますけれども、ただ日本の児童手当の歴史を振り返ってみても、これは一歩前進二歩後退というふうに言うべきではないか。
つまり、本来であればヨーロッパ諸国に並ぶ形で、児童福祉で言うところの児童といいますのは児童福祉法にありますように十八歳まででありますから、十八歳までやはり延ばすべきだし、当面それが無理であるとすれば義務教育終了まで延長すべきではないか。とりわけ、第三子に限ってではありますけれども、日本の児童手当の中でも七〇年代の半ばから八〇年代の半ばまでおよそ十年間、義務教育終了前まで手当を支給したことがあります。
したがって、こういう歴史の流れから見ましても、やはり最低でも義務教育終了までは児童手当の支給期間を延ばすべきではないか。この点の改善が、先ほど言いましたように一歩前進ではありますけれども、大きな日本の流れからすれば二歩後退ではないかというふうに考えられます。
それから第四番目でありますが、児童手当の支給額、水準につきましては、先ほど大沢先生の御指摘にもあったわけでありますけれども、日本は少なくともヨーロッパ先進諸国と比べてみて圧倒的に低い水準にある。これは支給額もそうでありますし、児童手当や援助パッケージの総額を対GDPだとか国民所得比で比較した場合もそうでありますし、衆議院の議事録を私は来る前に読ませていただきましたけれども、ここでの委員会の議論の中でも、例えばGDP比でいいますと〇・一以下、先進国では少なくとも児童手当は二%ないし三%以上に達成しているというのが当たり前だという指摘がありましたけれども、こういう問題群、つまり支給額や水準についてやはりもう少し改善すべきではないかというのが第四番目です。
それから第五番目、これはいわゆる財源構成の問題でありますが、今回の改正の最大のポイントは、児童手当につきまして従来の事業主七割負担、公費三割負担という財源構成を一たん横に置いて、三歳から六歳までの子供向け児童手当については全額公費負担とする、その公費負担の資金を年少扶養控除の引き下げで賄う、これが今回の改正の最大のポイントであったように思いますけれども、これは政府もお認めでありますが、千九百万人の子供に対する増税から三百万人分の支給対象児童の手当財源を捻出する、そういう格好で、事実上千六百万人の子供を持つ世帯ないし家族はそのおかげで増税というしっぺ返しを食らう、こういうことになっているわけです。
私は、これは三つ問題があって、一つは年少扶養控除加算分十万円といいますのは一年限りで廃止でありますから、マスコミも言っておりますように朝令暮改というか、夕方にならぬ前に変えちゃうというぐらいで、朝令昼改というふうに言ってもいい、そういう問題点と、それから子育て支援全体の財源構成から見れば朝令暮改と並んで朝三暮四という問題点を持っている。それから、財源構成から見ますと、従来の児童手当の財源獲得という骨子から別建てのものを用意したという意味で接ぎ木という問題点を持っているのではないか。
以上申し上げまして、私の意見にしたいと思います。
この発言だけを見る →私は、児童手当に絞ってお話し申し上げたいと思います。
児童手当の内容につきましては、大体五つの論点が浮かび上がってくるのではないかというふうに思います。五つの問題といいますのは、あらかじめ項目だけ申し上げておきますと、まず一つは児童手当の趣旨ないし目的にかかわる問題、二つ目は支給時の所得制限の問題、第三番目には児童手当の支給対象だとか支給期間について、第四は児童手当の支給額だとか水準にかかわる問題、それから第五番目になりますけれども、今回の児童手当の最大の争点でありました児童手当の財源構成の問題、この五つにわたってそれぞれ、以下時間の許す限り意見を述べたいと思います。
まず、第一番目の趣旨だとか目的にかかわることでありますが、先ほどのお二方の先生の話とダブるところがありますけれども、私は子供の生活保障につきましては二つの側面から統一して推進していかなければいけないというふうに思います。一つは、子供の生活を生計費の側面から保障する、すなわち所得保障の視点を徹底するということです。二つ目は、それにとどまらなくて、保育だとか学童保育にかかわって子供の発達に必要な社会サービスの保障、保育所を初めとして学校まで発達保障目的のサービスの保障の充実、この二つの視点の統一が必要だというふうに思います。
児童手当は、その内部を見ますと、私は過去十五年ばかり学童保育の連絡会の大阪での会長を務めてきたのでありますが、これにかかわって、児童手当勘定の中に特別保育だとか学童保育のいわゆる児童育成事業が含まれておりますけれども、中心的には児童手当の財源は前者の所得保障を担っている。子供一人一人に対する、親ではなくて彼らに対する所得保障というふうに児童手当をとらえるのであれば、現在の法律の仕組み、前提になっております児童を養育している者に対する児童手当の支給、すなわち簡単に言えば親ないし世帯に対する支給ということになりますが、こういう家計ないし世帯補助的な考え方というものを改めていく必要がありはしないか。
とりわけ、今回の措置は将来の児童手当の改革への第一歩、過渡的な措置だというふうに言われておりますけれども、全体として児童手当を子供一人一人の所得保障としてどう発展させていくのか、この方向が明らかになっていない。この点に私は大変大きな不満を持っております。
とはいいましても、今全国各地で保育だとか学童保育が、例えば公立のものが民営化されるとか民間委託になるとか、いわゆる市場化路線が進行しておりますけれども、そのときに所得保障をちゃんとやっておれば、いわゆる現物給付というふうに言われております保育だとか学童保育の充実は後回しにしていいというか副次的なものでいい、こういう考え方もあるようでありますけれども、これはまさに少子化であれ子どもの権利条約の精神であれ、児童福祉の視点から見て非常に大きな問題を持っている。つまり、所得保障と社会サービス保障というのはあくまでも統一して相互補完的に充実させなければならないというふうに思います。
それから第二番目でありますが、子供に対する普遍的な生活ないし所得保障という視点からとらえるとすれば、イギリスであるとかスウェーデンであるとかその他ヨーロッパ各国がそうしておりますように、親ないし世帯の所得制限はやはり撤廃する、もしくは当面撤廃という方向をにらみながら大幅に引き上げるということが必要で、そういう方向性を打ち出すべきではないかというふうに思います。
ところが、今回の改正では児童手当の本則給付及び特例給付両方にわたって所得制限は据え置かれておりますし、所得制限の中でも、もう既にこの国会でも問題になっておりますけれども、いわゆるサラリーマン世帯と自営業世帯との所得制限の格差という従来から問題になっている問題群もなお踏襲されている、こういう問題点が第二番目に指摘できると思います。
それから第三番目は、支給対象、支給期間の問題でありますけれども、今回の改正は小学校入学前までの子供に対して支給が延長される、こういうことでありますから、その限りでは支給対象児童や期間が拡大する。これは言うまでもなく評価できるわけでありますけれども、ただ日本の児童手当の歴史を振り返ってみても、これは一歩前進二歩後退というふうに言うべきではないか。
つまり、本来であればヨーロッパ諸国に並ぶ形で、児童福祉で言うところの児童といいますのは児童福祉法にありますように十八歳まででありますから、十八歳までやはり延ばすべきだし、当面それが無理であるとすれば義務教育終了まで延長すべきではないか。とりわけ、第三子に限ってではありますけれども、日本の児童手当の中でも七〇年代の半ばから八〇年代の半ばまでおよそ十年間、義務教育終了前まで手当を支給したことがあります。
したがって、こういう歴史の流れから見ましても、やはり最低でも義務教育終了までは児童手当の支給期間を延ばすべきではないか。この点の改善が、先ほど言いましたように一歩前進ではありますけれども、大きな日本の流れからすれば二歩後退ではないかというふうに考えられます。
それから第四番目でありますが、児童手当の支給額、水準につきましては、先ほど大沢先生の御指摘にもあったわけでありますけれども、日本は少なくともヨーロッパ先進諸国と比べてみて圧倒的に低い水準にある。これは支給額もそうでありますし、児童手当や援助パッケージの総額を対GDPだとか国民所得比で比較した場合もそうでありますし、衆議院の議事録を私は来る前に読ませていただきましたけれども、ここでの委員会の議論の中でも、例えばGDP比でいいますと〇・一以下、先進国では少なくとも児童手当は二%ないし三%以上に達成しているというのが当たり前だという指摘がありましたけれども、こういう問題群、つまり支給額や水準についてやはりもう少し改善すべきではないかというのが第四番目です。
それから第五番目、これはいわゆる財源構成の問題でありますが、今回の改正の最大のポイントは、児童手当につきまして従来の事業主七割負担、公費三割負担という財源構成を一たん横に置いて、三歳から六歳までの子供向け児童手当については全額公費負担とする、その公費負担の資金を年少扶養控除の引き下げで賄う、これが今回の改正の最大のポイントであったように思いますけれども、これは政府もお認めでありますが、千九百万人の子供に対する増税から三百万人分の支給対象児童の手当財源を捻出する、そういう格好で、事実上千六百万人の子供を持つ世帯ないし家族はそのおかげで増税というしっぺ返しを食らう、こういうことになっているわけです。
私は、これは三つ問題があって、一つは年少扶養控除加算分十万円といいますのは一年限りで廃止でありますから、マスコミも言っておりますように朝令暮改というか、夕方にならぬ前に変えちゃうというぐらいで、朝令昼改というふうに言ってもいい、そういう問題点と、それから子育て支援全体の財源構成から見れば朝令暮改と並んで朝三暮四という問題点を持っている。それから、財源構成から見ますと、従来の児童手当の財源獲得という骨子から別建てのものを用意したという意味で接ぎ木という問題点を持っているのではないか。
以上申し上げまして、私の意見にしたいと思います。
狩
大
大塩まゆみ#9
○参考人(大塩まゆみ君) 福井県立大学の大塩でございます。どうぞよろしくお願いいたします。
私は、社会福祉の分野から海外の家族手当と日本の児童手当について研究した立場として見解を述べさせていただきたいと思います。
資料を準備いたしましたので、どうぞごらんください。
まず、児童手当についてなんですけれども、児童手当は御承知のように一九七一年に最後の社会保障として成立しました。最後の社会保障と言われたのはなぜかと申しますと、第二次世界大戦後に憲法二十五条を実現するために新しい社会保障制度の確立が必要であるとして医療保険とか年金保険などを順次整備したんですけれども、その計画段階でも児童手当は優先順位が最後で、実際児童手当の成立をもって福祉元年という言葉が一九七三年に使われました。
この社会保障の中でも後回しにされてきた児童や家族の問題に最近ようやく政策的な関心が向けられてきたということはいいことだとは思うんですけれども、その動機が不純といいましょうか、本当に児童や家族の福祉が考えられているんだろうかという印象を受けます。児童手当とか児童福祉対策というものは、その社会がいかに児童や児童を育てる家庭を大切にしているかをあらわすバロメーターだと思いますけれども、どういう関心を向けるのかということが大事だと思います。
社会保障や社会福祉の歴史を眺めてみますと、それは人権を軽視されてきた人の人権を確立する方向に歴史は動いているのだと私は思います。最近は、高齢者とか障害者の福祉対策にも以前に比べると随分社会政策の目が向いてきました。そういうふうに、児童を含めて自分の力で自立できにくい人の人権や生活、人格を守る方向へ社会保障が拡大されてきているとは思うんですけれども、まだまだ不十分だと思います。
特に、ナンバー2の図表4に載せておきましたけれども、先ほど大沢先生もおっしゃいましたが、児童家庭施策への支出は日本はかなり低いです。それから、前のページのナンバー1にも図表2として社会保障支出に占める家族手当費を上から七段目ぐらいに載せておきましたけれども、これも日本はかなり低いです。
イギリスの社会保障計画をつくったベバリッジは、社会保障を窮乏から自由への道と表現したんですけれども、私は、社会保障を長い歴史のスパンから見て、奴隷から人間への道と表現したいと思います。つまり、人間が人間らしい生活を送れるようにするのが社会保障や社会福祉だと思います。
そうすると、人間らしい生活とは何かということになるんですけれども、人間の一つの真理は一人では生きられないということだと思います。そして、社会の中で生きるということがもう一つの人間の真理だと思います。特に、児童期は親や養育者がいなければ一人では生きていけませんけれども、人間の子供を育てることは年中無休でまさに家事・育児奴隷になったような気がするものです、これはちょっと私の個人的経験も入っているんですけれども。そういうことで、最近の少子化というのは女性が人間らしい人生を求めて抵抗している結果ではないかと思います。
ですから、児童手当を少子化対策の目玉とするという人口政策的な発想では女性たちの反発を買うのではないかと思います。もっと女性や子供の人格や人間性を尊重した政策として児童手当を実施してほしいと思います。児童手当を少子化対策と銘打つと、お金目当てに子供を産ませるようなもので、生まれてくる子供のことは二の次になっているように感じられます。
児童手当は現金給付なんですけれども、受給者に社会から何らかのメッセージが伝わると私は思います。それはなぜかといいますと、以前に児童手当協会というのがあったんです。これは今、こども未来財団になっているんですけれども、以前の児童手当協会のときに「児童手当」という機関誌が出ておりました。その機関誌の中に児童手当を受給している人たちの声が出ていたんですけれども、それによりますと、児童手当をもらって社会から子育てを応援されているような気がするというようなことを書いている人が何人もいらっしゃいました。
つまり、児童手当は社会からの子育てへのエールとなって子供の健全育成への願いをメッセージとして運べる制度にするべきだと思います。どういうメッセージが伝わるかはその受け取る人によって違うとは思うんですけれども、政治での児童手当の扱い方とかマスメディアの取り上げ方、それから制度自体の実質的な内容がすなわち暗黙のうちに何らかのメッセージを発していると思います。
児童手当が創設された当初、厚生省でその準備に当たった方がいらっしゃるんですけれども、その方がどういうふうに考えていらっしゃったかということをこのレジュメの一番最初のページの左側の2の二つ目の黒い星印に載せておきました。これは長いので文は省略しますけれども、要するに児童手当には児童養育家庭への応援団、サッカーでいいますとサポーターとしての機能を持たせられるような見方が必要だと思います。ですから、社会からのサポートが実質的に価値のあるものとして機能しなければ、児童手当の存在意義が感じられないと思います。
そのためにはどうしたらよいかということなんですけれども、まずは現在の日本の児童手当の問題点を改善することが重要だと思います。それについてはレジュメの3に「現行児童手当の問題点」として載せておきました。
つまり、支給期間が短いということ。それから、所得制限があるので結果として対象児童が少ないということ。それから、日本の児童手当はすべての児童の健全育成と資質向上を目指している制度なんですけれども、結果として結局一部の児童への選別的な制度になっているということ。それから、支給金額が少ないので、焼け石に水というか、余りありがたみが感じられないような内容になっています。それから、年金とかほかの手当は自動物価スライド制になっていますけれども、児童手当は物価スライド制も導入していません。いかに児童手当が軽視されてきたかということがこれで裏づけられていると思います。
それから、支給金額についてなんですけれども、それがどういう根拠ではじき出されているのかということもわかりませんし、それから過去に支給年齢が三歳未満になったり小学校入学前になりましたけれども、その理由もはっきりわかりません。ILOの百二号条約で家族手当、家族給付の支給額の基準を出しています。これは資料のナンバー3の下の段の5に載せておきましたけれども、このILOの百二号条約に当てはめても日本の児童手当の支給金額は少な過ぎます。少なくとも現行金額の三倍以上は必要だと思います。
それから、海外の家族手当についてもナンバー1の資料の図表2に十四カ国ほどの児童手当がどういう基準で出されているかということも一覧表にして載せておきました。支給年齢なんかも、ごらんいただいたらわかるように、ほとんどの主要国は十六歳以上です。ですから、せめて十六歳以上、できれば十八歳までは児童手当を支給するべきだと思います。
制限時間が十分と大変短いですので、申し上げたいことはあらかじめレジュメと資料にまとめておきましたので、またごらんいただきたいと思います。
これで終わります。ありがとうございました。
この発言だけを見る →私は、社会福祉の分野から海外の家族手当と日本の児童手当について研究した立場として見解を述べさせていただきたいと思います。
資料を準備いたしましたので、どうぞごらんください。
まず、児童手当についてなんですけれども、児童手当は御承知のように一九七一年に最後の社会保障として成立しました。最後の社会保障と言われたのはなぜかと申しますと、第二次世界大戦後に憲法二十五条を実現するために新しい社会保障制度の確立が必要であるとして医療保険とか年金保険などを順次整備したんですけれども、その計画段階でも児童手当は優先順位が最後で、実際児童手当の成立をもって福祉元年という言葉が一九七三年に使われました。
この社会保障の中でも後回しにされてきた児童や家族の問題に最近ようやく政策的な関心が向けられてきたということはいいことだとは思うんですけれども、その動機が不純といいましょうか、本当に児童や家族の福祉が考えられているんだろうかという印象を受けます。児童手当とか児童福祉対策というものは、その社会がいかに児童や児童を育てる家庭を大切にしているかをあらわすバロメーターだと思いますけれども、どういう関心を向けるのかということが大事だと思います。
社会保障や社会福祉の歴史を眺めてみますと、それは人権を軽視されてきた人の人権を確立する方向に歴史は動いているのだと私は思います。最近は、高齢者とか障害者の福祉対策にも以前に比べると随分社会政策の目が向いてきました。そういうふうに、児童を含めて自分の力で自立できにくい人の人権や生活、人格を守る方向へ社会保障が拡大されてきているとは思うんですけれども、まだまだ不十分だと思います。
特に、ナンバー2の図表4に載せておきましたけれども、先ほど大沢先生もおっしゃいましたが、児童家庭施策への支出は日本はかなり低いです。それから、前のページのナンバー1にも図表2として社会保障支出に占める家族手当費を上から七段目ぐらいに載せておきましたけれども、これも日本はかなり低いです。
イギリスの社会保障計画をつくったベバリッジは、社会保障を窮乏から自由への道と表現したんですけれども、私は、社会保障を長い歴史のスパンから見て、奴隷から人間への道と表現したいと思います。つまり、人間が人間らしい生活を送れるようにするのが社会保障や社会福祉だと思います。
そうすると、人間らしい生活とは何かということになるんですけれども、人間の一つの真理は一人では生きられないということだと思います。そして、社会の中で生きるということがもう一つの人間の真理だと思います。特に、児童期は親や養育者がいなければ一人では生きていけませんけれども、人間の子供を育てることは年中無休でまさに家事・育児奴隷になったような気がするものです、これはちょっと私の個人的経験も入っているんですけれども。そういうことで、最近の少子化というのは女性が人間らしい人生を求めて抵抗している結果ではないかと思います。
ですから、児童手当を少子化対策の目玉とするという人口政策的な発想では女性たちの反発を買うのではないかと思います。もっと女性や子供の人格や人間性を尊重した政策として児童手当を実施してほしいと思います。児童手当を少子化対策と銘打つと、お金目当てに子供を産ませるようなもので、生まれてくる子供のことは二の次になっているように感じられます。
児童手当は現金給付なんですけれども、受給者に社会から何らかのメッセージが伝わると私は思います。それはなぜかといいますと、以前に児童手当協会というのがあったんです。これは今、こども未来財団になっているんですけれども、以前の児童手当協会のときに「児童手当」という機関誌が出ておりました。その機関誌の中に児童手当を受給している人たちの声が出ていたんですけれども、それによりますと、児童手当をもらって社会から子育てを応援されているような気がするというようなことを書いている人が何人もいらっしゃいました。
つまり、児童手当は社会からの子育てへのエールとなって子供の健全育成への願いをメッセージとして運べる制度にするべきだと思います。どういうメッセージが伝わるかはその受け取る人によって違うとは思うんですけれども、政治での児童手当の扱い方とかマスメディアの取り上げ方、それから制度自体の実質的な内容がすなわち暗黙のうちに何らかのメッセージを発していると思います。
児童手当が創設された当初、厚生省でその準備に当たった方がいらっしゃるんですけれども、その方がどういうふうに考えていらっしゃったかということをこのレジュメの一番最初のページの左側の2の二つ目の黒い星印に載せておきました。これは長いので文は省略しますけれども、要するに児童手当には児童養育家庭への応援団、サッカーでいいますとサポーターとしての機能を持たせられるような見方が必要だと思います。ですから、社会からのサポートが実質的に価値のあるものとして機能しなければ、児童手当の存在意義が感じられないと思います。
そのためにはどうしたらよいかということなんですけれども、まずは現在の日本の児童手当の問題点を改善することが重要だと思います。それについてはレジュメの3に「現行児童手当の問題点」として載せておきました。
つまり、支給期間が短いということ。それから、所得制限があるので結果として対象児童が少ないということ。それから、日本の児童手当はすべての児童の健全育成と資質向上を目指している制度なんですけれども、結果として結局一部の児童への選別的な制度になっているということ。それから、支給金額が少ないので、焼け石に水というか、余りありがたみが感じられないような内容になっています。それから、年金とかほかの手当は自動物価スライド制になっていますけれども、児童手当は物価スライド制も導入していません。いかに児童手当が軽視されてきたかということがこれで裏づけられていると思います。
それから、支給金額についてなんですけれども、それがどういう根拠ではじき出されているのかということもわかりませんし、それから過去に支給年齢が三歳未満になったり小学校入学前になりましたけれども、その理由もはっきりわかりません。ILOの百二号条約で家族手当、家族給付の支給額の基準を出しています。これは資料のナンバー3の下の段の5に載せておきましたけれども、このILOの百二号条約に当てはめても日本の児童手当の支給金額は少な過ぎます。少なくとも現行金額の三倍以上は必要だと思います。
それから、海外の家族手当についてもナンバー1の資料の図表2に十四カ国ほどの児童手当がどういう基準で出されているかということも一覧表にして載せておきました。支給年齢なんかも、ごらんいただいたらわかるように、ほとんどの主要国は十六歳以上です。ですから、せめて十六歳以上、できれば十八歳までは児童手当を支給するべきだと思います。
制限時間が十分と大変短いですので、申し上げたいことはあらかじめレジュメと資料にまとめておきましたので、またごらんいただきたいと思います。
これで終わります。ありがとうございました。
狩
狩野安#10
○委員長(狩野安君) ありがとうございました。
以上で参考人の方々からの意見の聴取は終わりました。
これより参考人に対する質疑を行います。
質疑のある方は順次御発言願います。
この発言だけを見る →以上で参考人の方々からの意見の聴取は終わりました。
これより参考人に対する質疑を行います。
質疑のある方は順次御発言願います。
入
入澤肇#11
○入澤肇君 大変参考になるお話、それぞれの先生方、ありがとうございました。
共通して言えることは、児童手当につきまして非常に位置づけが低い、あるいはその中身に非常に問題があるというふうに聞こえたのでございますけれども、それについては私は幾つかの理由があるんじゃないかと思うんです。その理由につきまして、先生方の御意見をまずお聞きしたいと思います。
先ほど京極先生が、児童手当というのは小さく産んで大きく育てることがいい制度だというふうにお話しございました。
たくさんの子育て支援対策が提言されているんですね。これはもう各団体、厚生省もそうですし、それから日経連、経団連、同友会、医師会。その中には児童手当あるいは出生給付、それから保育施設サービス、地域育児ネットワーク、育児休業、教育支援、それから勤務形態の弾力化、短時間労働の活用、あるいは同棲の容認、夫婦別姓、年功序列賃金体系の廃止、専業主婦優遇見直し、さらには住宅政策と、いろんなものが提案されております。
こういう中で、児童手当について議論するときに、なぜこの児童手当が、今、先生方がおっしゃるようにもっと重視されなきゃいけないのか。子育て支援対策の中で何が最も有効で、優先順位はどうなのかということにつきましてお考えをお聞きしたいので、まず京極先生にお願いしたいと思います。
この発言だけを見る →共通して言えることは、児童手当につきまして非常に位置づけが低い、あるいはその中身に非常に問題があるというふうに聞こえたのでございますけれども、それについては私は幾つかの理由があるんじゃないかと思うんです。その理由につきまして、先生方の御意見をまずお聞きしたいと思います。
先ほど京極先生が、児童手当というのは小さく産んで大きく育てることがいい制度だというふうにお話しございました。
たくさんの子育て支援対策が提言されているんですね。これはもう各団体、厚生省もそうですし、それから日経連、経団連、同友会、医師会。その中には児童手当あるいは出生給付、それから保育施設サービス、地域育児ネットワーク、育児休業、教育支援、それから勤務形態の弾力化、短時間労働の活用、あるいは同棲の容認、夫婦別姓、年功序列賃金体系の廃止、専業主婦優遇見直し、さらには住宅政策と、いろんなものが提案されております。
こういう中で、児童手当について議論するときに、なぜこの児童手当が、今、先生方がおっしゃるようにもっと重視されなきゃいけないのか。子育て支援対策の中で何が最も有効で、優先順位はどうなのかということにつきましてお考えをお聞きしたいので、まず京極先生にお願いしたいと思います。
京
京極高宣#12
○参考人(京極高宣君) 私は、優先順位というのは児童手当が一番とか保育所が二番とか、そういうことは言えないと思っております。ただ、所得保障という側面で考えた場合に、今後期待できる、また今後期待しなくてはならない社会的な支援として最も有効な方向じゃないかというふうに思っております。
特に、先ほど申し上げたときに、賃金の中に例えば家族手当部分が入っている国、これは日本の特徴でございます。これは年功序列賃金体系みたいな形でやられていますけれども、こういう生活給的なものがだんだんこれから構造的に変化していくだろう。そうすると、そこに余り多く期待することはできない。
また、租税上の扶養控除がありまして、これも高額所得、中額所得には非常に有利な体系ですけれども、これも国際的に見ますとほとんど廃止の方向に動いているわけでございますので、これに期待をするというのは、まあ大蔵省の方は大変期待をされているようですけれども、私は国民的な期待としてはどうなのかと思っております。
そうすると、残るところ、所得保障的な面では児童手当が一番いいわけでありまして、その辺を整理すればもっと手厚い保障が将来はできていくんじゃないかと思っております。やはり所得保障というのが生活のベースでございます。
もちろん、保育サービスその他さまざまな総合的な政策、あるいは女性の立場からいうともっと根本的な男女平等の問題ということに突き当たるかと思いますけれども、当面のことを考えますと極めて直近の問題だというふうに思っております。
この発言だけを見る →特に、先ほど申し上げたときに、賃金の中に例えば家族手当部分が入っている国、これは日本の特徴でございます。これは年功序列賃金体系みたいな形でやられていますけれども、こういう生活給的なものがだんだんこれから構造的に変化していくだろう。そうすると、そこに余り多く期待することはできない。
また、租税上の扶養控除がありまして、これも高額所得、中額所得には非常に有利な体系ですけれども、これも国際的に見ますとほとんど廃止の方向に動いているわけでございますので、これに期待をするというのは、まあ大蔵省の方は大変期待をされているようですけれども、私は国民的な期待としてはどうなのかと思っております。
そうすると、残るところ、所得保障的な面では児童手当が一番いいわけでありまして、その辺を整理すればもっと手厚い保障が将来はできていくんじゃないかと思っております。やはり所得保障というのが生活のベースでございます。
もちろん、保育サービスその他さまざまな総合的な政策、あるいは女性の立場からいうともっと根本的な男女平等の問題ということに突き当たるかと思いますけれども、当面のことを考えますと極めて直近の問題だというふうに思っております。
入
入澤肇#13
○入澤肇君 今の質問に関連して大沢参考人にお聞きしたいんですけれども、我が国でCBPが低い理由、特にギリシャなどと並んで低い理由としてどんなことが指摘されるか。
我が国の社会福祉政策、これを数字で見ますと、先ほどの大塩先生の資料にもございましたけれども、年金とか医療とかこういうものに非常にウエートがあって、また厚生省の政策体系の中でも非常に重い政策になっております。要するに、こういうものに力が注がれ過ぎちゃって、子育て支援という最近の非常に重要な問題について十分な手が伸ばせないんじゃないかという心配、考え方もあると思うんですけれども、CBPが低い理由として先生はどんなふうなことを考えておられますか。
この発言だけを見る →我が国の社会福祉政策、これを数字で見ますと、先ほどの大塩先生の資料にもございましたけれども、年金とか医療とかこういうものに非常にウエートがあって、また厚生省の政策体系の中でも非常に重い政策になっております。要するに、こういうものに力が注がれ過ぎちゃって、子育て支援という最近の非常に重要な問題について十分な手が伸ばせないんじゃないかという心配、考え方もあると思うんですけれども、CBPが低い理由として先生はどんなふうなことを考えておられますか。
大
大沢真理#14
○参考人(大沢真理君) 最初の意見の中でも申しましたけれども、一般にCBPが高い国というのは所得制限のない児童手当制度を持っている。日本にはそれがないというところでCBPが低いということ。それから、住宅費と教育費の負担が高いがために、もしこれを控除すれば、国は子育てを支援しているのではなくてディスカレッジしている、子供を産むなというメッセージを日本の政策パッケージは送っているというふうに言えると思います。これが日本のCBPが低い主たる原因でございます。
以上です。
この発言だけを見る →以上です。
入
入澤肇#15
○入澤肇君 そうすると、そのCBPについては計算上の問題であると。社会福祉政策の中でたくさんの政策体系を我が国政府も用意しておりますけれども、その中で、今、京極参考人にもお聞きしたんですけれども、どのようなウエートを持って児童手当制度は考えられるべきかにつきましてはいかがでしょうか。
この発言だけを見る →大
大沢真理#16
○参考人(大沢真理君) まず、なぜ少子化対策をとる必要があるかということを考えてみたいんですけれども、これは言うまでもなく、少子化していきますと高齢者比率というのは予想よりもさらに高まると。今まで厚生省の人口の将来予測というのが外れてきたのは、出生率が予想以上に低くなってきたことに原因があるわけでございます。
それで、それに対する対策ですけれども、急にたくさん産んだのではより困るわけでございます。つまり、少子高齢化して何が困るかというと、一番困る制度は年金制度。ほかにもいろいろございますが、年金制度の財政が破綻するというのが一番見えやすいことでございます。これについて言えば、生まれた子供というのは最低二十五年間ぐらいは税金も社会保険料も納めませんので、今いきなり産んでも年金財政の破綻という問題は全く回避できないわけですから、産めばいいということではない。
しかしながら、これ以上出生率が低下をすると、高齢化の問題というのが一応二〇五〇年ぐらいで、二〇一五年ぐらいにまず、山登りでいえばちょっと肩に上るというんでしょうか、やや高齢化のスピードが落ちまして、その後に次の山が来て、五〇年ぐらいから安定をした人口構成になるというふうに今推計がされておりますけれども、これ以上出生率が下がると、さらに次の山、三番目の山、四番目の山が来てしまうということで、これではとても日本の経済社会は耐えられないということから少子化対策を考える必要があるということなのだと思います。
他方で、今はマクロで申しましたけれども、ミクロで言うとすれば、夫婦に対するアンケート等で、子供は何人欲しいかというアンケートに対して、実際産んでいる子供の数というのは一人以上差がある。つまり、三人欲しいと言っていながら平均で二人しか産んでいない、都市部ではさらに少なくなっているという状況ですから、産みたい、産める条件もそこそこある人がしかし産んでいないと。これはやはり問題なのではないだろうか。
産んで育てたいという人がそう思ったときに産めるという社会でなければそれは福祉が保障されている社会とは言えない、幸せが保障されている社会とは言えないというところでこの少子化の問題というのはございますので、そういうふうに考えていったときに、今の日本の社会福祉の中で、どうしてこの児童手当制度がずっと後回しにされてきてしまったかということなんですけれども、やはり日本では子供は親の私物、私のものであるというような考え方が強かったことが一つあるのではないか。
それから、企業が支給しております賃金が生活給的で、御指摘のように扶養手当ですとか家族手当という中に子供の分も含まれていたことから、社会保障でやる必要がどこまであるのかという議論もあったのだと思いますけれども、これも国際比較を客観的にやってみますと、日本で払われております企業の家族手当というのはそんなに実質価値の高いものではないというのがわかってまいります。
そういう中で、さらにもう一点言うとすれば総合的に考えてこなかった。つまり、年金、医療といったことの今後の問題を解決する上で、世代間の連帯というような理念を強固にしておく必要があったわけなんですけれども、そこのところを総合的に考えてこないで、年金は年金、医療は医療で考えるというような考え方をしてきた結果、児童手当、子育て支援については後手後手に回ってしまったのではなかろうかと思っておりますけれども、それは今後は改められなければならないだろうと考えます。
以上です。
この発言だけを見る →それで、それに対する対策ですけれども、急にたくさん産んだのではより困るわけでございます。つまり、少子高齢化して何が困るかというと、一番困る制度は年金制度。ほかにもいろいろございますが、年金制度の財政が破綻するというのが一番見えやすいことでございます。これについて言えば、生まれた子供というのは最低二十五年間ぐらいは税金も社会保険料も納めませんので、今いきなり産んでも年金財政の破綻という問題は全く回避できないわけですから、産めばいいということではない。
しかしながら、これ以上出生率が低下をすると、高齢化の問題というのが一応二〇五〇年ぐらいで、二〇一五年ぐらいにまず、山登りでいえばちょっと肩に上るというんでしょうか、やや高齢化のスピードが落ちまして、その後に次の山が来て、五〇年ぐらいから安定をした人口構成になるというふうに今推計がされておりますけれども、これ以上出生率が下がると、さらに次の山、三番目の山、四番目の山が来てしまうということで、これではとても日本の経済社会は耐えられないということから少子化対策を考える必要があるということなのだと思います。
他方で、今はマクロで申しましたけれども、ミクロで言うとすれば、夫婦に対するアンケート等で、子供は何人欲しいかというアンケートに対して、実際産んでいる子供の数というのは一人以上差がある。つまり、三人欲しいと言っていながら平均で二人しか産んでいない、都市部ではさらに少なくなっているという状況ですから、産みたい、産める条件もそこそこある人がしかし産んでいないと。これはやはり問題なのではないだろうか。
産んで育てたいという人がそう思ったときに産めるという社会でなければそれは福祉が保障されている社会とは言えない、幸せが保障されている社会とは言えないというところでこの少子化の問題というのはございますので、そういうふうに考えていったときに、今の日本の社会福祉の中で、どうしてこの児童手当制度がずっと後回しにされてきてしまったかということなんですけれども、やはり日本では子供は親の私物、私のものであるというような考え方が強かったことが一つあるのではないか。
それから、企業が支給しております賃金が生活給的で、御指摘のように扶養手当ですとか家族手当という中に子供の分も含まれていたことから、社会保障でやる必要がどこまであるのかという議論もあったのだと思いますけれども、これも国際比較を客観的にやってみますと、日本で払われております企業の家族手当というのはそんなに実質価値の高いものではないというのがわかってまいります。
そういう中で、さらにもう一点言うとすれば総合的に考えてこなかった。つまり、年金、医療といったことの今後の問題を解決する上で、世代間の連帯というような理念を強固にしておく必要があったわけなんですけれども、そこのところを総合的に考えてこないで、年金は年金、医療は医療で考えるというような考え方をしてきた結果、児童手当、子育て支援については後手後手に回ってしまったのではなかろうかと思っておりますけれども、それは今後は改められなければならないだろうと考えます。
以上です。
入
入澤肇#17
○入澤肇君 もう一つ、今のお考えを聞きながらお聞きしたいんですけれども、東京商工会議所が、日本国家の最重点課題として少子化対策を最優先に位置づけて考えるべきである、そのためには児童手当法みたいなことよりも人口減少社会対策基本法、このようなものをきちんと児童手当法の上に位置づけて、そして内容を改善すべきではないかということを提言しておりますけれども、今、先生がおっしゃった児童手当も医療や年金を総合的に考える中で位置づけるべきだというお考えからしまして、この東京商工会議所の提案につきましてはどうお考えですか。
この発言だけを見る →大
大沢真理#18
○参考人(大沢真理君) 不勉強で、提案されている人口減少社会対策基本法の中身を存じませんので勝手な意見は控えさせていただきますけれども、人口減少というときに、他方では景気がやや回復してまいりまして、職種、業種によっては人手不足というようなことも出てきた中で、外国人労働者の導入問題が新たに議論をされているというふうに聞いております。特に、これは介護労働力などを中心として議論もされているというふうに聞いておりますので、これはやはり外国人の導入といいますか、導入といいますと何か客体化しているみたいなんですけれども、このような議論ともあわせて検討されないといけない問題ではなかろうかと存じます。
以上です。
この発言だけを見る →以上です。
入
入澤肇#19
○入澤肇君 大塩先生にちょっとお聞きしたいんですけれども、いただきました資料で図表5を見ますと、合計特殊出生率の低い県と高い県が並べてありますけれども、平均的なサラリーマンの生涯所得の高い県が東京、神奈川、大阪、京都等なんですね。右側にある沖縄等は非常に低い。我が国の生涯賃金というのは大体二億五千万ぐらいで、東京は三億三千万ぐらい、東北各県と南九州は二億一千万前後なんですね。
それと非常に連関しているように見えるんですけれども、要するに生涯所得の低い県の方が出生率が高いというふうに見えるんですが、この高い理由は先生はどんなふうにお考えになっていますか。
この発言だけを見る →それと非常に連関しているように見えるんですけれども、要するに生涯所得の低い県の方が出生率が高いというふうに見えるんですが、この高い理由は先生はどんなふうにお考えになっていますか。
大
大塩まゆみ#20
○参考人(大塩まゆみ君) この図表は下がちょっと切れかけていますけれども、「子ども家庭福祉情報」という機関誌の中の一部の論文から抜き出してきたんですけれども、同じような図表が平成四年の国民生活白書にも載っていたと思います。
きょう載せたこの論文の文章の方を読みますと、いろいろ分析してあるんですけれども、この合計特殊出生率の低い県というのは、今おっしゃったサラリーマンの生涯所得の高い県というような見方もあるのかもしれませんけれども、この論文を書いて分析された方によりますと、都市化の進んでいる地域の方が合計特殊出生率が低いというふうに分析されていました。
私は、これを見て思ったのは、やっぱり地価の高い地域、東京、京都、それから名前は出ていませんけれども、この図を見てみるとやっぱり都市部の方が出生率が減っているんですね。それから北海道とか過疎地も出生率は低いんですけれども、都市部で出生率が低いということは、やっぱり住宅にかなりお金がかかって、子供を産んでいる経済的なゆとりもないということではないかなと思います。
先ほど大沢先生もおっしゃいまして、レジュメの方にも書いておいたんですけれども、日本では海外のほかの諸国で社会保障として実施している住宅手当が社会保障として実施されていませんので、その辺の負担がかなり重くのしかかってきているということが出生率低下の一因としてあると思います。
以上です。
この発言だけを見る →きょう載せたこの論文の文章の方を読みますと、いろいろ分析してあるんですけれども、この合計特殊出生率の低い県というのは、今おっしゃったサラリーマンの生涯所得の高い県というような見方もあるのかもしれませんけれども、この論文を書いて分析された方によりますと、都市化の進んでいる地域の方が合計特殊出生率が低いというふうに分析されていました。
私は、これを見て思ったのは、やっぱり地価の高い地域、東京、京都、それから名前は出ていませんけれども、この図を見てみるとやっぱり都市部の方が出生率が減っているんですね。それから北海道とか過疎地も出生率は低いんですけれども、都市部で出生率が低いということは、やっぱり住宅にかなりお金がかかって、子供を産んでいる経済的なゆとりもないということではないかなと思います。
先ほど大沢先生もおっしゃいまして、レジュメの方にも書いておいたんですけれども、日本では海外のほかの諸国で社会保障として実施している住宅手当が社会保障として実施されていませんので、その辺の負担がかなり重くのしかかってきているということが出生率低下の一因としてあると思います。
以上です。
入
入澤肇#21
○入澤肇君 最後に二宮参考人にお聞きしたいんですけれども、五つの視点から児童手当について問題点を指摘されました。私も問題点としては非常によくわかります。
これらを改善するために、先ほど京極参考人が社会的連帯が必要である、特に企業の役割が重要であるということを指摘されましたけれども、二宮参考人としては社会的連帯、それから児童手当制度における企業の役割につきましてどのようにお考えですか。
この発言だけを見る →これらを改善するために、先ほど京極参考人が社会的連帯が必要である、特に企業の役割が重要であるということを指摘されましたけれども、二宮参考人としては社会的連帯、それから児童手当制度における企業の役割につきましてどのようにお考えですか。
二
二宮厚美#22
○参考人(二宮厚美君) 私は、社会的連帯とか社会的支援は一面では進歩的だと。といいますのは、一九八〇年代のいわゆる子育てに対する家族責任的な、日本型福祉社会というふうに言われておりましたけれども、そういう考え方ではなくて、九〇年代に、介護もそうですけれども、社会的支援だとか連帯だとか、これは歴史的に進歩的な、そして肯定できる側面を持っていたと思うんですけれども、児童手当の拡充につなげるためにはいわゆる公的支援ですね、社会的というよりは公的支援という考え方をやっぱり軸にしていかないとまずいんじゃないかというのが一つ目です。
それから、公的なサポートの際に、先ほど財源問題に触れましたけれども、現在の児童手当の財源構成に対する企業の責任については、どういうふうに根拠づけるかという点は幾つか議論があろうかと思いますけれども、当面は日本の児童手当を担うという意味では大変大きな役割を持っているので、その限りで企業の貢献といいますか役割というのは非常に大きいし、もっと今度も明確にすべきであったのではないかというふうに思います。
この発言だけを見る →それから、公的なサポートの際に、先ほど財源問題に触れましたけれども、現在の児童手当の財源構成に対する企業の責任については、どういうふうに根拠づけるかという点は幾つか議論があろうかと思いますけれども、当面は日本の児童手当を担うという意味では大変大きな役割を持っているので、その限りで企業の貢献といいますか役割というのは非常に大きいし、もっと今度も明確にすべきであったのではないかというふうに思います。
入
今
今井澄#24
○今井澄君 民主党・新緑風会の今井澄でございます。
私どもは、今回の改正案には反対しております。それは、児童手当の拡充に反対しているのではなくて、実は昨年の通常国会には、所得減税とあわせて扶養控除を全廃する、そのかわり児童手当を十八歳ないし二十三歳までに拡充するという案を出したわけなんですが、今回のは余りにも不徹底。先ほどのお話にもありましたが、朝令暮改であるし、不徹底であるし、逆に増税になってくる人たちもいるという矛盾があるという意味で、抜本的な見直しをすべきであるという意味で反対しているわけです。
それはそれとして、私どもも児童手当の拡充、そしてどちらかというと税制での手当てよりは現金給付というふうには考えているのですが、やはりそこで財源問題というのは非常に大きなネックになるわけですね。
そこで、今の入澤先生の御質問を継続する形で私も何人かの方にお聞きしたいのですが、厚生大臣はこの前の質疑でこういうことを言われたんです。これまでは企業の拠出と公費の拠出は七対三、大ざっぱに言えばまあ二対一というか、それが今度逆転したという意味では今度の改革、改正は画期的なんだと、こういうことを言われたわけですね。先ほど京極参考人は、企業の拠出というのは非常に大事なんだと。それだけではなく、ちょうど介護保険、保険料を払っていない人からも育成保険料という形でというお話があったと思うんです。
大沢参考人にお聞きしたいんですが、この現金給付としての児童手当の財源に企業が拠出することの必要性についてどうお考えになるか。また、二宮参考人にもその点をお尋ねしたいと思います。
というのは、今、企業が国際競争で苦しいということ、いろんなことで社会保障の負担を逃れる方向に行っているんですね。例えば基礎年金を税方式にすると。私どもも主張しているんですが、経済戦略会議なんかも事業主負担が免れられるという目的なんだろうと思うんですが主張しているんです。果たしてそういうふうに社会保障の財源負担から企業の負担を少なくしていいのか、その辺についてお二人にお尋ねしたい。
この発言だけを見る →私どもは、今回の改正案には反対しております。それは、児童手当の拡充に反対しているのではなくて、実は昨年の通常国会には、所得減税とあわせて扶養控除を全廃する、そのかわり児童手当を十八歳ないし二十三歳までに拡充するという案を出したわけなんですが、今回のは余りにも不徹底。先ほどのお話にもありましたが、朝令暮改であるし、不徹底であるし、逆に増税になってくる人たちもいるという矛盾があるという意味で、抜本的な見直しをすべきであるという意味で反対しているわけです。
それはそれとして、私どもも児童手当の拡充、そしてどちらかというと税制での手当てよりは現金給付というふうには考えているのですが、やはりそこで財源問題というのは非常に大きなネックになるわけですね。
そこで、今の入澤先生の御質問を継続する形で私も何人かの方にお聞きしたいのですが、厚生大臣はこの前の質疑でこういうことを言われたんです。これまでは企業の拠出と公費の拠出は七対三、大ざっぱに言えばまあ二対一というか、それが今度逆転したという意味では今度の改革、改正は画期的なんだと、こういうことを言われたわけですね。先ほど京極参考人は、企業の拠出というのは非常に大事なんだと。それだけではなく、ちょうど介護保険、保険料を払っていない人からも育成保険料という形でというお話があったと思うんです。
大沢参考人にお聞きしたいんですが、この現金給付としての児童手当の財源に企業が拠出することの必要性についてどうお考えになるか。また、二宮参考人にもその点をお尋ねしたいと思います。
というのは、今、企業が国際競争で苦しいということ、いろんなことで社会保障の負担を逃れる方向に行っているんですね。例えば基礎年金を税方式にすると。私どもも主張しているんですが、経済戦略会議なんかも事業主負担が免れられるという目的なんだろうと思うんですが主張しているんです。果たしてそういうふうに社会保障の財源負担から企業の負担を少なくしていいのか、その辺についてお二人にお尋ねしたい。
大
大沢真理#25
○参考人(大沢真理君) 私は、企業の負担七割という現行の負担割合がもう既に大き過ぎるのではないか。特に特例給付については全部事業主負担になっているというのは、これは子供を持っている労働者を雇う企業に対してむしろ差別をしているというようなことにもなりかねませんから、このことの理念というのは一体どこにあるのかというのがはっきりしないというふうに思います。
そして、私がこれが理想と考えるような児童手当制度、つまり所得制限がなく、そしてすべての子供に対して地域や物価による調整はあっても一定額を支払うような、こういう児童手当の財源というのは、これはミニマム保障でございますから、国税でもって、しかもその税源というのは累進的な所得税を中心とする税源でもって充てるというのが理想的なあり方ではなかろうかというふうに思っているわけです。
しかし、では企業は全く負担をしなくていいのかといえば、これはやはりコーポレートシチズンといいますか、日本の国の中で根づいて事業活動を展開している、そういった自然人とは違うけれども、市民の一員として日本の社会がサステーナブルに、持続可能になっていくことの応分の負担をすべきであろう。この場合には、やはり賃金支払い総額に応じた比例税のようなものを企業の社会保障負担税として考えるべきではなかろうかというふうに思っております。
この点に関しては以上でございます。
この発言だけを見る →そして、私がこれが理想と考えるような児童手当制度、つまり所得制限がなく、そしてすべての子供に対して地域や物価による調整はあっても一定額を支払うような、こういう児童手当の財源というのは、これはミニマム保障でございますから、国税でもって、しかもその税源というのは累進的な所得税を中心とする税源でもって充てるというのが理想的なあり方ではなかろうかというふうに思っているわけです。
しかし、では企業は全く負担をしなくていいのかといえば、これはやはりコーポレートシチズンといいますか、日本の国の中で根づいて事業活動を展開している、そういった自然人とは違うけれども、市民の一員として日本の社会がサステーナブルに、持続可能になっていくことの応分の負担をすべきであろう。この場合には、やはり賃金支払い総額に応じた比例税のようなものを企業の社会保障負担税として考えるべきではなかろうかというふうに思っております。
この点に関しては以上でございます。
二
二宮厚美#26
○参考人(二宮厚美君) 現在の児童手当に対する企業の拠出金は、御承知のとおり厚生年金の保険料に上乗せする形で、つまり社会保険料的性格を持って徴収されているわけです。社会保険料は、現在の日本の社会保障の仕組みを前提にしますと、ほとんど目的税的性格のものに近くなっている。例えば、医療保険にしましても年金の保険料にしましても、一般の租税とは違って、ある特定目的のための社会保険の保険料ないし拠出金でありますから、目的税的性格のものに近いというふうに思っております。
これは一般の租税負担と、それから今述べました目的税というものとの比較の問題がそこから出てきて、私は概して目的税をふやすということそのものに対しては反対なんです。つまり、租税の一般性であるとか普遍性であるとか明瞭性であるとか、そういう点から見ますと、やたら目的税的なものをふやすということに対しては反対なんです。
ただし、現在の社会保障に対する企業の拠出金や保険料は、しばしば問題にされておりますように、要するに赤字法人であれば法人税は払わなくてもいい、それによって法人税がどんどん空洞化してしまって、実際の企業がその営業活動を通じて問われる社会的責任を法人税だけでは果たせないという側面がある。そういう意味で、例えば東京で問題になっている外形標準課税なんというのもその一種だと思いますが、そういう性格のものとして明確にすべきだ。
だから、今の児童手当に対する企業の責任というのは、私は応分の責任として明示すべきではないかというふうに思います。
この発言だけを見る →これは一般の租税負担と、それから今述べました目的税というものとの比較の問題がそこから出てきて、私は概して目的税をふやすということそのものに対しては反対なんです。つまり、租税の一般性であるとか普遍性であるとか明瞭性であるとか、そういう点から見ますと、やたら目的税的なものをふやすということに対しては反対なんです。
ただし、現在の社会保障に対する企業の拠出金や保険料は、しばしば問題にされておりますように、要するに赤字法人であれば法人税は払わなくてもいい、それによって法人税がどんどん空洞化してしまって、実際の企業がその営業活動を通じて問われる社会的責任を法人税だけでは果たせないという側面がある。そういう意味で、例えば東京で問題になっている外形標準課税なんというのもその一種だと思いますが、そういう性格のものとして明確にすべきだ。
だから、今の児童手当に対する企業の責任というのは、私は応分の責任として明示すべきではないかというふうに思います。
今
大
大塩まゆみ#28
○参考人(大塩まゆみ君) 企業の負担についてなんですけれども、私はフランスとかイギリスの家族手当の歴史を調べた観点からお答えさせていただきたいと思います。
フランスは、賃金の家族手当という形から出発してそれが社会保障になった国なんです。フランスの賃金の家族手当を社会保障化するきっかけをつくった人はエミール・ロマネという人なんですけれども、その人は企業の経営者で、経営者の団体で家族手当の分をプールして、家族手当金庫というものをつくって子供のいる労働者に家族手当を出すという方式を考案した人なんです。
その人が言ったことは、子供というのは親だけが育てるんじゃなくて親と企業と国が育てる責任がある、だから企業も子育て費用の三分の一を負担する責任があるということを言ったわけです。そのエミール・ロマネという人は家族手当の父と言われているんですけれども、そういう思想のもとに家族手当がフランスでは広がっていったという経過があります。
ですから、現在の日本でも、子育ての第一義的責任は確かに親にありますけれども、子供を育てた後、成人した子供というのは企業の労働力になるわけです。企業は優秀な労働力を求めていると思いますけれども、その労働者を育てるのは家庭ですので、それに対して企業はそれなりの責任を果たすべきではないかと思います。ですから、企業の社会的貢献という意味でも企業は出費してもいいと思います。
この発言だけを見る →フランスは、賃金の家族手当という形から出発してそれが社会保障になった国なんです。フランスの賃金の家族手当を社会保障化するきっかけをつくった人はエミール・ロマネという人なんですけれども、その人は企業の経営者で、経営者の団体で家族手当の分をプールして、家族手当金庫というものをつくって子供のいる労働者に家族手当を出すという方式を考案した人なんです。
その人が言ったことは、子供というのは親だけが育てるんじゃなくて親と企業と国が育てる責任がある、だから企業も子育て費用の三分の一を負担する責任があるということを言ったわけです。そのエミール・ロマネという人は家族手当の父と言われているんですけれども、そういう思想のもとに家族手当がフランスでは広がっていったという経過があります。
ですから、現在の日本でも、子育ての第一義的責任は確かに親にありますけれども、子供を育てた後、成人した子供というのは企業の労働力になるわけです。企業は優秀な労働力を求めていると思いますけれども、その労働者を育てるのは家庭ですので、それに対して企業はそれなりの責任を果たすべきではないかと思います。ですから、企業の社会的貢献という意味でも企業は出費してもいいと思います。
今
今井澄#29
○今井澄君 今お聞きしたのは、こういう児童手当は社会的に支援するという意味ではやっぱり税でやるべきだというのが一般論として出てくる傾向にあるように思うものですから、企業のことについてちょっとお尋ねしたんです。
ところで、財源をそういう形でいろいろ調達するにしてもなかなか厳しい状況の中で、所得制限を撤廃すべきだ、これは理念としてわかるんです。理念としてわかるんですけれども、なかなかこの辺は一人一人に十分な手当を、しかも所得制限を撤廃するとなると非常に大きな問題になってくる。そこで理念が大事になると思うんです。
そうすると、児童手当は一体だれに何のために払うのかという議論を踏まえないと、所得制限を撤廃すべきかどうか、こういう厳しい中で財源を確保してもやるべきかどうかというところをはっきりさせなければならない。これは一種の神学論争みたいなものになってしまうといけないと思うんですけれども、子供に直接、子供のために子供に出す手当なのか、それとも子供を育てている親に出す、家計を担っている親に出す手当として考えるべきなのか。
その辺のところを簡潔に、まず京極参考人に、所得制限は撤廃すべきかどうかということを含めてお尋ねしたいと思います。
この発言だけを見る →ところで、財源をそういう形でいろいろ調達するにしてもなかなか厳しい状況の中で、所得制限を撤廃すべきだ、これは理念としてわかるんです。理念としてわかるんですけれども、なかなかこの辺は一人一人に十分な手当を、しかも所得制限を撤廃するとなると非常に大きな問題になってくる。そこで理念が大事になると思うんです。
そうすると、児童手当は一体だれに何のために払うのかという議論を踏まえないと、所得制限を撤廃すべきかどうか、こういう厳しい中で財源を確保してもやるべきかどうかというところをはっきりさせなければならない。これは一種の神学論争みたいなものになってしまうといけないと思うんですけれども、子供に直接、子供のために子供に出す手当なのか、それとも子供を育てている親に出す、家計を担っている親に出す手当として考えるべきなのか。
その辺のところを簡潔に、まず京極参考人に、所得制限は撤廃すべきかどうかということを含めてお尋ねしたいと思います。