正村公宏の発言 (予算委員会公聴会)
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○公述人(正村公宏君) お招きいただきましてありがとうございます。時間が大変限られておりますので、幾つかの基本的な問題だけを提起させていただきたいと思います。
まず第一に申し上げたいと思いますのは、財政と経済との関係についてであります。私が強調したいと思いますのは、過去の財政運営の経験について率直に申し上げますならば、いろいろな失敗の経験について私たちはもっと的確な理解を持つことが必要なのではないか。教訓と言ってもよろしいかと思いますが、適切な教訓を過去から学ぶためには理解の確かさということが重要であります。私が懸念いたしますのは、過去の財政運営で繰り返された誤りについての正確な認識が先生方の間で、国会議員の皆さん方、または政府の関係者の間で共有されていないのではないかということであります。
端的に申し上げますならば、今日の財政のこの大変な危機的な状態、一般会計予算の表面上をとりましても四割前後を公債に依存している。中央、地方の公債を合わせますと──大変恐縮でございますが、私語をおやめくださいませんでしょうか。過去三十年の間の財政運営の誤り、はっきり申し上げますが、いろいろ努力をなさったことは承知しておりますが、誤りの結果として、今日四割前後を公債に依存し、国と地方を合わせてGDPの総額を超える累積負債を抱えるという状態に至ったわけであります。
何が問題であったかということを一言で申し上げることは難しいんですけれども、財政と経済との関係で指摘したいと思いますのは、政府の財政運営は少なくとも一九七〇年代以来、非常に強くアクセルを踏んだかと思うと次の時点で今度は反対に大変強くブレーキを踏むという、そういう操作の繰り返しをなさったと思います。
思い起こしていただけば明らかでありますが、一九七〇年代後半はアクセルの時代でありました。機関車論という国際的に推進された積極政策のもとで、石油危機に基づく不況を克服するという理由はあったものの、公共投資を一挙に拡大なさいました。一部の経済学者は景気対策のためにこれは正当だという主張をしましたけれども、私は反対でありました。公共投資というのは、長期の計画に従って安定的に重要な分野に重点を絞って伸ばすべきであって、景気のために水あめのように伸ばしたり縮めたりということをやり過ぎてはいけないということで反対でありました。
八〇年代の前半はブレーキを踏み過ぎたわけであります。臨調という組織をおつくりになって、増税なき財政再建ということを追求なさいました。年々財政支出を削りました。私は、こんな財政運営をやっていたらどんな強い経済でも必ずおかしくなるというふうに発言しておりました。いろいろな事情がありますからそれだけが原因ではありませんが、あの極端な財政抑制政策と、内需の縮小といいましょうか内需の圧縮政策、これが大幅な貿易黒字を生み出し、急激な円高を生んだことは御承知のとおりであります。その結果として、八〇年代後半はまたアクセルを踏んだわけです。このアクセルがバブルを生み出したきっかけになったことは御承知のとおりであります。
こういうアクセルとブレーキを交互に踏むという大変乱暴な、私に言わせれば、率直な言い方をさせていただきますが、乱暴な財政運営をやって日本の経済と財政と両面での危機をもたらしたにもかかわらず、九〇年代は再び同じようなことをおやりになったと思います。最初はアクセルを踏み、途中でブレーキに踏みかえたわけです。
私は、財政の構造改革を前内閣が提起されたのはまことに妥当であったと思います。構造改革の不可欠性は極めて明らかでありましたし、切迫していたと思います。しかし、およそ三十年の間に財政が危機の状態に追い込まれてきたという状況を考えるならば、そしてこの危機の大きさを考えるならば、三年とか五年とか七年とかというような期間の間に財政の健全化に向けての形をつけるというのは不可能であります。不可能というよりも、こういうことをおやりになったら日本経済の安定成長は保証されないということを当時私は発言しておりました。財政構造改革の趣旨には賛成だけれども、短期間にこういうことを何か形をつける、対GDP比何%に公債発行を持っていくとか、そういうことを優先しておやりになれば日本経済の安定成長が不可能になるということを申し上げていたわけであります。いろいろな機会にいろんな形で申し上げてきたわけであります。
このような財政運営を繰り返してはならないと私は思います。今は専ら景気対策に主眼を置いておやりになっていますけれども、その反面、財政構造改革の問題は、凍結と言うんだそうでありますが、棚上げされております。この状態を過ぎまして少し景気がよくなったら、再び財政赤字をどうするんだという話になりまして、再び抑制の方向に一方的に傾斜するということがありませんでしょうか。そういうことであったならば、二〇〇〇年代の日本経済の安定成長は確実に損なわれると思います。
私は、九〇年代というのは中ぐらいの成長から低成長への移行の転機になるであろうと予測しておりましたけれども、その転機が大変曲折に満ちた混乱に満ちたものになってしまったのは、多分に政府の経済政策、財政政策に責任があると申し上げざるを得ないというふうに思います。
二〇〇〇年代の課題は、いかにしてこの低成長時代、低成長ではあるけれどもバランスのとれたいい状態に経済を持っていくかと。高成長はあり得ません。中成長でさえも再現は不可能です。大体、労働力人口がマイナスになっていくわけですから。そして、しかも相当に豊かになっているわけですから、豊かさの追求そのものが優先目標ではない。イノベーションは依然として重要でありますし、社会の活力を維持することは必要ですけれども、しかし重要なことは均衡と安定ということでしょう。
経済の均衡と安定を損なうような財政の急変を避けながら、しかし、十年、十五年かけて確実に未来の世代に負担を残さない状態に、社会保険料、租税を含めて、一般会計だけではありません、国だけではありません、国と地方と社会保険会計を含めて、今の子供たちやこれから生まれてくる子供たちにそういういい状態を残せるような、財政のいい状態を残せるような改革をやるということをやらないといけない。三年、五年で格好をつけるということよりも、十年、十五年で確実にそういう状態に持っていくということの方が強固な意思と十分なプログラムが必要であります。硬直した計画ではなくて、戦略が必要であります。そういうことについてぜひ真剣に御議論を賜ればというふうに思います。既にそういう議論はやっているよということであれば、その一端をお聞かせいただければというふうに思って参上したものであります。
二番目に申し上げたい点は、ではどういう姿の財政に持っていくのか、どういう規模の財政に持っていくのかということを考えなければなりません。およその見通しをつけなければいけません。
ただし、そのときに、よく言われますようなGDP比国民負担率五〇%を超えないようにするというような数値から議論を始めることに私は反対であります。五〇%なら経済がもつけれども五五%ならもたないという根拠は全くないわけです。こういう根拠のはっきりしない数値でもって財政の議論を始めるというのは、有能な学者のやることではありません。つまり、ほかにないから一応めどをつけておこうということであります。多分、政治や行政の現場にいらっしゃる方は、何かそういう数字がないと抑えがきかないという感覚をお持ちになっているんだろうと思います。そういう感覚が支配的であるとすれば、それは民主主義政治の病理であります。
つまり、具体的にどういうことを政府がやらなければならないかということを詰めていかないで最初から五〇%と切ろうとするのは、それは私は不毛な議論を招くしかないと思います。もし国民生活の安全、安定のために、安心の保障のためにどうしても五五%、こういう制度のもとで国民負担をお願いしなければならないという結論が出るならば五五%でもよろしい。私の申し上げた数字は仮の数字でありますけれども、五五%でもいいんです。五〇%の数字で抑えようと頑張って、国民に対する安心の給付に政府が失敗すれば、これだけ豊かになりながら国民の不安は緩和されませんし、経済の不均衡も拡大するんです。
今までの日本は、福祉が過剰であったために不均衡が生じたのではないんです。貯蓄が超過する国は貿易が黒字になるというのは現代経済学のイロハのイであります。貯蓄が超過する国は、つまり貯蓄を国内で使い切れない国は貿易が黒字になる。日本の今までの大幅な貿易黒字と行き過ぎた円高が日本の産業に大きなダメージを与えました。この行き過ぎた円高の背後にあるものは貯蓄超過であります。
日本人は用心深い国民性だと言われますが、その用心深い日本人が将来に対する備えのために、あるいは子供の教育のためにとか住宅ローンのためにとかいうこともあると思いますが、一つは、やはりいろいろ社会保障を政府はおやりになってきたけれども、もう一つ安心感に欠けている、画竜点睛を欠いているということが国民の不安感につながり、貯蓄超過にもつながってきたと私は考えております。
ですから、中途半端でないやり方で、しかもつまらないばらまきはやめて、今までいろいろやってきたことを全部見直して、これだけはどうしてもやりますよという姿を示して、その上で、いや、五五%はお願いしなきゃならないかもしれないということを、五五%という数字はこだわらないでいただきたいんですけれども、後からそういう数字が出てくるはずなんです。こういうふうに議論を整理していただかないといけない。
私は、ここのところ小さな政府論がはやりになりましたけれども、小さな政府論は既に破産しているというふうに思っております。小さな政府というふうにおっしゃいますが、日本の政府が現実におやりになっていることは小さな政府路線ではなくなっているんだと私は思う。小さな政府路線は守れなくなっているんです。
私は、一つの指標を申し上げますならば、一九八九年に、消費税引き上げに対する国民の反対ということの衝撃をお受けになってと思いますが、ゴールドプランというものをお立てになりました。高齢者の介護について政府は責任を持つということをお示しになったわけです。
中身は私は不十分であったと思います。当時の時点でホームヘルパーの数にして二〇〇〇年に十万人とおっしゃっていたけれども、そんなことで日本の介護が、安心のある老人介護ができるはずがないというふうに思っておりました。五十万人は必要だというのは私の当時の主張なんですけれども、でも、不十分ではあっても介護について政府が無視できなくなったということは、それなりの負担を暗に国民にお願いするということがあったはずであります。でも、そのことは明示されませんでした。どのぐらいの費用をどういう方法で調達するかということは必ずしも明確ではありませんでした。そういう方向転換をなさった。地域のボランティアと家族の介護で何とかなるという考え方でかなりやってこられたわけです。臨調路線はまさにそうだったわけです。高齢化社会が来るから今のうちに政府を小さくするというとんでもない議論を振りまいたわけです。
私は批判をいたしました。臨調は国鉄の民営化等々の功績はありますけれども、日本経済にとっては破壊的だった。福祉社会づくりの基盤を整備する条件を破壊した。将来、高齢化社会が来るから今のうち小さな政府というのは誤りなんです。将来、高齢化社会が確実に来るのだから、今のうちにやるべきことをやりましょうと。将来の世代への負担をふやさないために、今の世代の皆さん方、負担してくださいと言わなきゃいけなかったんです。それを避けた。時間の軸を入れてお考えくだされば、この誤りは極めて明確なんです。錯覚をなさったのか、知っていて誤ったことをお書きになったのか知りません、当事者に聞いたことありませんから。でも、こういうことをやってこられたわけです。しかし、それでは間に合わない。
さらに、九〇年代に入りまして、今まさにスタート目前でありますが、介護保険という制度をお入れになったわけです。介護保険の制度を入れたということは、保険料という形での負担増は確実になるわけであります。それだけではありません。介護保険の保険料は保険料という形で集めますけれども、これで介護の費用は賄えない。御存じのように、半分以上は国と地方の一般財政からの負担です。
では、その一般財政からの負担がふえる裏づけをどうするのかということを御議論なさったんでしょうか。もし、その裏づけになるような新しい税体系を考えておられないのだとすれば、暗に借金に依存するということではないでしょうか。借金に依存するということは、つまり中央、地方の公債がこれでまたふえるということであれば、将来の世代の負担がふえるということです。これでどうして小さな政府論なのかということなんです。
私は、小さ過ぎる政府は国を滅ぼしますよと。やるべきことをきちんとやり、必要なことをきちんと政府がやる、そのかわりやるべきでないこと、不必要なことからきっぱりと手を切って新しい制度体系をつくるという、そういう有効な政府をつくるということを目標にしていただきたい。有効な政府をつくるというときに、その見通しを、展望を明らかにして、将来の世代の負担をこれ以上ふやすわけにはいきませんよということを含めて、国民を十分に説得していただきたい。民主主義というのは大変厄介な制度ではありますけれども、でも、一人一人の議員さんが、自分の選挙区を駆けずり回って票を集めるんじゃなくて、日本の将来はどうするんだということをめぐって政党の間でも大いに議論していただきたい、そういう問題を最初に申し上げておきたいというふうに思います。
どうもありがとうございました。(拍手)