中山徹の発言 (予算委員会公聴会)
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○公述人(中山徹君) 今御指摘にありましたように、公共事業というのは、本来どういう社会資本が必要かという、そういう視点から当然組み立てていくものだと思います。
ただ、日本の公共事業の原型というのがいつごろできたのかといいますと、大体おおむね一九六〇年代ごろの高度経済成長期に日本の公共事業の原型ができたのではないかなと思います。
当時の日本経済というのはどういう状況であったかといいますと、今とは違いまして、どんどん工場が国内でふえる、もしくは人口がどんどんふえる。そういう状況の中で、そういうふえる産業とか人口の受け皿をどうつくっていくのか、そういう公共事業が日本の国ではつくられてきたわけです。例えば、ニュータウンをつくるとか高速道路をつくる、工場団地をつくる。それを私は開発型公共事業というふうに呼んでいるんですけれども、そういうふえ続ける産業や人口の受け皿としての公共事業というのが大体おおむね一九六〇年代ぐらいにつくられてきたのではないかなと思います。
ところが、今これからの日本を考えますと、日本の国内でどんどん工場がふえるとか、もしくは、日本の人口もあと数年後がピークですけれども、人口がどんどんふえるということは恐らくあり得ないと思います。そういう時代の中で、かつてのように行ってきた次から次へと開発していく公共事業、そういった開発型公共事業を続けると、どうしても社会的な浪費が発生するのではないかなと思います。
むしろ、これから日本が少子高齢化社会に向かっていく中で、また、むしろ日本の産業が余り国内でどんどんふえるような、そういうのとは違う時代の中で、そういった開発型の公共事業ではなくて、私は改善型の公共事業と言っているんですけれども、今ある市街地を例えば防災的に強いものにしていくとか、高齢者でも安心して暮らせるような町にするとか、住宅の改善を行っていくとか、かつてのように人口や産業がふえるような時代に行ってきた公共事業とは違って今あるものを改善していくような、そういった改善型の公共事業に重点を移していくことがこれからの公共事業では重要ではないか。開発型公共事業から改善型公共事業、そういうふうに公共事業の内容を変えていくということが公共事業のあり方という点では重要ではないかなというように考えております。