中山徹の発言 (予算委員会公聴会)
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○公述人(中山徹君) 今ちょうど政府の方でもPFIについては御検討されている時期だと思います。
ただ、このPFIについて今後考えていこうとしますと、かつて一九八〇年代に重点的に取り組みました第三セクターの問題をどう考えておくのか、そこがどうしても必要になってくると思います。
御承知のように、一九八〇年代の行政改革のころに公共事業費の抑制というのが言われました。公共事業費を抑制するんだけれども、公共事業全体としての事業費はできるだけ減らしたくない。要するに国とか自治体の財政負担を余りふやさずに公共事業をどうすれば進められるか。それで一九八〇年代にかなり重視されたのが第三セクターです。第三セクターというのは、要するに半ば公共事業のようなことをやるんですが、その費用を国や自治体の財政に頼るのではなくて、主に借金に依存して開発を進めていくということがとられます。
ところが、その第三セクター、当時は何が議論されたかといいますと、行政の持っている公共性と民間企業の持っている効率性、ここをうまくかけ合わせたものが第三セクターであって、これをしていけば非常に効率的、しかも公共的に開発が進められるということが今から十年以上前に言われたわけです。
ところが、この第三セクターがどういう状況になっているかといいますと、これはもう御承知のように、東京でも問題になっておりますが、至るところで当初の予定どおりいかないということが起こっているわけです。これについてはいわゆる行政と民間の責任関係が不明瞭だからうまくいかなかったという側面も指摘されておりますが、私のように都市計画とか開発問題を専門的にやっている者から言いますと、仕組みに問題があったというよりも、こういう第三セクターに頼って本来必要であったかどうかが不明瞭な公共事業をかなり進めてきた結果、それが破綻してきているのではないかと思います。
今のようにここまで第三セクターの破綻が相次いできますと、それと同じ方法で公共事業を進めていくというのは現実的に非常に困難になってきます。そういう中で、じゃ財政的負担は余りふやさずに公共事業の総額を何とかして確保できないか、そこでまた考えられてきているのが私はPFIではないかというふうに考えております。
今おっしゃられたように、PFIによって公共事業を進めていくというのは確かにイギリスなどで用いられてきた方法ですけれども、それを日本で適用していくことが果たしていいのかどうかということなんですが、私のように都市計画をやっておる者から言いますと、本当に公共性の高い事業、それについてはやはり行政が責任を持って公共事業としてきっちり進めていくべきではないかと思います。公共性は余り高くないけれども採算ベースに合いそうなもの、そういったものはむしろ余り行政が手をつけずに民間の独自の事業としてやっていったらいいものではないかと思います。
PFIというのを別に頭から否定はしませんけれども、第三セクターと同じような形でPFIの導入という方向になってきますと、むしろ問題は大きくなるのではないかという懸念があります。
例えばどういう懸念かといいますと、PFIというのは契約期間が二十年以上、そういうふうな事業が多くなると思います。その間に社会的ないろんな変動も起こってくるかと思います。それで第三セクターのように事業が破綻するというようなことが起こってきた場合、今度はだれが責任をとるのかといいますと、PFIの場合は長期間の契約を結ぶことになります。もしくは事業が破綻したとなっても、第三セクターの場合はその時点でだれが責任をとるかというのが議論されるわけですけれども、PFIの場合ですと、このままいきますと行政がむだだとわかっていてもその事業を買い続ける必要が起こってくるとか、もしくはかなりの違約金を払って契約を解除するとか、そういうことが起こってくる危険性があると思います。
ですから、そういう点を見ますと、民間の資金を導入するということは頭から否定はしませんけれども、そういうことをするに当たってやっぱりかなり慎重なことが必要ではないか、特に第三セクターの経験なんかを見ますとそれ以上に慎重な対応がPFIについては求められているのではないか、そのように考えております。