町野朔の発言 (科学技術委員会)
⚠️ コピーしたテキストを転載する際は、転載元URL(kokkai-data.com)および原典URL(kokkai.ndl.go.jp)を必ず残してください。発言内容の改変・出典削除は禁止です。
詳細は利用規約をご確認ください。
○町野参考人 町野でございます。
私は、科学技術会議生命倫理委員会のクローン小委員会、それからヒト胚研究小委員会の委員として、また途中から、科学技術会議生命倫理委員会の委員としても、先般この委員会において参考人として意見を述べられました岡田善雄先生、本日の西川伸一先生などと御一緒に、クローン問題の法的規制に関する審議に関与してまいりましたので、これらの審議の経緯を踏まえながら、法的規制の必要性、そのあり方等に関して、若干の意見を述べさせていただきたいと思います。
人クローン個体等の産生が禁止されるべき行為であるということは、だれもが認めるところでございますけれども、議論の出発点は、これを法律、特に刑罰によって規制すべきかということでございました。例えば、現在では産科婦人科学会が幾つかの重要な会告を出しております。このような科学者、医学者等の研究者集団の自主規制にゆだねることで十分であるという見解もあり得ました。しかし、多くの人たちは、それだけでは十分でないと考えておりました。クローン小委員会では、行政的なガイドラインによる規制だけで十分であって、それ以上に法律によってあえて介入する必要はないという見解もかなり有力でございました。
しかし、人クローン個体等の産生を有効に禁止しようとするのなら、やはり強制力を持つ法律によらなければならないと考えられます。人クローン個体の作成は、設備としてもそれほどのものを必要とするわけではなく、技術的にもかなり容易であるというぐあいに伺っております。しかも、実際にこれを実行しようとする人たちが公然と名乗りを上げている状況でございます。法的規制は、かなり急がれている状況であると思われます。外国から日本に来た人たち、日本国内のアウトサイダーの人たちには、自主規制には期待することはできませんし、行政指導も恐らくは効果がないと思われます。また、このような生命倫理の根幹にかかわる問題は、国民の意見を集約すべきこの国会が法律によってやはり規定すべきことであって、行政庁に任せてそのガイドラインの運用によるということでは不十分であるというぐあいに思われます。
このようなことから、クローン小委員会は、クローン、キメラ、ハイブリッド個体の産生を目的とする行為は法律によって処罰することとし、それに連なり得る行為、つまりクローン、キメラ、ハイブリッド胚及びこれに類似する胚の作成については、行政的指針による規制を行うにとどめることとしたわけです。
後からほかの先生方によっても説明されると思いますが、これらの胚、これは政府案では四条一項の特定胚と名づけられていますが、その作成、使用は、医療技術的に多くの有用性があると思われます。これを一律に禁止することなく、行政規制によって倫理的に妥当な範囲で科学研究を進めようとするものでございます。
もう一つのさらに重要な問題は、これらの個体産生を法によって禁止、処罰することが許されるなら、それはどのような理由からであろうかということでございます。
およそ、倫理的に不当であるという一事をもって、法によって行為を禁止し、さらに処罰することはできません。法と倫理とはやはり違います。行為が人々の利益を侵害するときに初めて、法による禁止の問題となります。したがいまして、いかなる被害を理由として、別の言葉で言いかえますと、行為のいかなる反社会性を理由として、その行為を法によって禁止するのか、禁止することが許されるのかということでございます。そして、この点についての考え方の相違が、禁止、処罰されるべき行為の範囲にも影響を持つことになります。
本日の、ヒトに関するクローン技術等の規制に関する法律案、以下これを政府案と呼ばさせていただきます。それと、ヒト胚等の作成及び利用の規制に関する法律案、以下これを民主党案と呼ばさせていただきますが、その両者の対立の要点は、ここにあるのだと思われます。
クローン技術によって生まれてくる子供たちには障害が生ずることが予想されます。また、このような手段による人の生命の誕生は、親子関係、家族関係にも混乱をもたらすことが必至であると思われます。さらに、特定の人と遺伝的形質を同じくする人間を意図的につくり出し、人を育種するという優生学的理由で乱用されるおそれがあります。これは人間を専ら手段として扱うことであり、憲法十三条の保障する個人の尊重の理念に反することです。
これらの弊害あるいは反社会性は、遺伝子工学の人間への適用、他の生殖補助医療技術の乱用によっても生じ得るものでもあります。しかし、ヒトクローンの産生には、特定の個人の遺伝的形質を複製するということによって個人の尊厳を侵害するという、この行為に特有の問題があります。
およそ個人は、独自の人格を持った一回限りの存在として尊重されなければなりません。憲法十三条、二十四条の言う個人としての尊重、個人の尊厳も、当然にこのことを含むものと考えられます。人為的に特定の個人と遺伝的形質が同一の人をつくり出そうとする行為は、両者の個人の持つ尊厳を侵害する行為でもあります。そして、このような事態を放置する国では、個人の尊厳という理念が守られていないということにもなります。国家がこの理念を尊重しようとするのなら、人クローン個体をつくろうとする行為を禁止しなければならないというぐあいに思われます。
キメラ、ハイブリッドについても以上と同様のことが言えます。しかし、これら個体の作成には、人とそれ以外の動物との限界をあいまいにするという、さらに大きい問題があります。社会は人間が構成するという建前で存在いたします。人と動物とのキメラ、ハイブリッドを作成する行為は、この境界線を崩し、人間の種としてのアイデンティティーをあいまいにしようとする行為であり、やはり許容することはできないと思われます。クローン、キメラ、ハイブリッド個体の産生が、人間の尊厳に反する等々といたしまして、近代生命医療技術のもたらし得る最大の害悪とされる理由も、実はここにあるものと思われます。
クローン小委員会の報告も、クローン、キメラ、ハイブリッド個体産生の害悪を以上のようなものと考え、その産生行為を核心とした法的規制を行うべきだとしたものでした。生命倫理委員会もこの報告を是認いたしました。
そして、政府提案も、これら個体産生の試みを処罰される行為といたしまして、これは三条、十六条でございますが、そこまでに至らない特定胚の作成、使用、管理については、行政的な監視を行うにとどめました。これは四条以下です。
また、いわゆる受精卵クローンの作成行為は処罰しないこととしています。政府案では、受精卵クローン胚はヒト胚分割胚として特定胚に含まれています。これに対しまして、民主党案では、これを処罰するものといたしております。このようなものは、いわば一卵性双生児を人為的に作成する行為でありまして、その倫理的妥当性に問題を生じさせることはありますけれども、政府案では、存在する個人をコピーするというクローン人間の作成行為ではないと考えたからであると思われます。
さらに、ヒト同士のキメラあるいはハイブリッドというものも、これはハイブリッドについては当然のことですが、処罰することといたしておりません。これは、先ほど申し上げましたとおり、人と動物とのキメラをつくるというのは人という種のアイデンティティーを侵害するからであるという考え方ですから、ヒト同士のキメラを処罰しないということにしたのは、このような理由からでございます。
クローン小委員会においても、生殖医療補助技術の規制あるいはヒト胚の保護の観点から広く問題を考えるべきであって、クローン個体等の産生だけを考えるのは問題を矮小化するものだという意見がございました。民主党案が、人の生命の萌芽であるヒト胚の保護、人配偶子の提供の規制を主張いたしまして、クローン、キメラ、ハイブリッド個体産生を処罰し、生殖補助医療及び生殖補助医学研究におけるヒト胚の作成及び利用の規制に関して、附則におきまして三年以内の検討を促しているというのも、このような考え方によるものだと思われます。
もっとも、生殖医療補助技術の規制の問題とヒト胚保護の問題とは違う次元に属します。クローン、キメラ、ハイブリッド個体の産生も、人の生命を侵害するものではなく、むしろそれを創造する行為だと言えます。キメラ、ハイブリッド個体の作成のときにはヒト胚の侵害を伴うこともありましょうが、クローン個体の産生についてはそのようなことはありません。そうすると、これらの個体産生の規制は、ヒト胚保護の観点からではなく、生殖補助医療の規制の観点によらざるを得ないことになります。民主党案がクローン個体等の規制をヒト胚の保護とは別のものとして扱っているのはこのためでありましょう。
また、ヒト胚をみだりに作成する行為自体は、ヒト胚という生命を生み出す行為ではありますが、その生命を毀損する行為ではありません。ヒト胚の生命は、そこからES細胞を作成するなど、それを使用する場合に初めて侵害されるのです。そのために、幾つかの国の法律は、単なるヒト胚の作成ではなく実験目的でヒト胚を作成する行為を禁止しているのです。
しかし、民主党案は、生殖補助医療の目的の場合だけでなく、それに係る医学研究の目的でのヒト胚の作成には規制を加えず、その使用にも制限を設けていません。これは、ヒト胚の保護という原則からは外れているということになります。もし、前者、すなわち生殖補助医療目的での胚の作成が自由でなければならない以上、後者、すなわちそのための研究目的での胚の作成もそうでなければならないと考えたとすれば、生殖医療規制の問題とヒト胚保護の問題との混同があるということにもなります。
さらに、そもそもこの両者を法的規制の根拠とすること自体にも大きな問題があります。
人工授精等の生殖補助医療に関して、何らの法的規制も現在日本では行われておりません。この状態でクローン等の産生だけを処罰しようとするならば、それに他の生殖補助技術には存在しない固有の反社会性、利益侵害があるということでなければならないと思います。そういたしますと、それはクローン小委員会、生命倫理委員会の考え方にほかならないということになります。
他方、クローン等の産生だけでなく、それ以外のすべての不当と思われる生殖医療補助技術を処罰すべきだとするのならば、さらに議論を続けなければならないと思います。それは先の話で、今はまだ、まずクローン等だけを規制しようとするのなら、さきに述べましたとおり、クローン個体産生等に固有のやはり不当性ということを明らかにしなければならないというぐあいに思います。
また、ヒト胚は人の生命の萌芽であるからそれを乱用してはならないという理由でそのような行為を法的に規制、処罰することにも、現在の我が国の法律状態では妥当性を欠くように思われます。
御存じのように、我が国では母体保護法指定医による妊娠中期までの中絶は事実上自由です。もちろん法的には、多くの人工妊娠中絶は母体保護法の要件を満たしていない違法な行為だとも言えましょう。しかし、幼い胎児の生命が侵害されている状態が国によって放置され、あるいは甘受されているということには変わりはありません。そのような状態をそのままにしておいて、胎児と言えるまでにも育っていないヒト胚の侵害を生命の侵害として新たに処罰することは、到底フェアなこととは言えないように思われます。そうかといって、母体保護法を厳格に執行して、違法と思われる人工妊娠中絶をすべて刑法上の業務上堕胎として処罰すべきだとすることは、到底できないことだろうと思います。
ヒト胚を恣意的に操作する、それを毀損するなどの乱用を法的に禁止すべきだとしたなら、それは、当該具体的な人の生命の侵害がそこにあることだけが理由ではなく、それがおよそ人間の生命の尊厳に対する不当な態度であるということしかあり得ないと思われます。そして、それが本当に法による対応が必要な犯罪なのかということについては、さらに議論が続けられなければならないと思います。
以上で、私の話を終わりにしたいと思います。御清聴どうもありがとうございました。(拍手)