最相葉月の発言 (科学技術委員会)

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○最相参考人 クローン羊ドリーの誕生から約三年が過ぎまして、ようやくここに一つの結論と言えるべきものが示されたと思います。この間、クローン技術、その周辺技術の取材をさせていただきまして、法案作成の過程を傍聴させていただきました一取材者として、発言させていただきたいと思います。
 生命倫理委員会は、一言で言いますと、消化不良のまま、後味悪く終了したという印象であったと思います。クローン小委員会とヒト胚研究小委員会の二つの委員会の報告書で重要なことは、これだけのことが決定されたということではなくて、むしろ、こんなにたくさんのことが棚上げされてしまったということではないでしょうか。
 それは、受精卵とは何か、命の始まりとは何かといった根本問題と、受精卵を用いた研究が既に行われている生殖医療について、生命倫理委員会は踏み込んで議論できなかったということです。今そのことを話し合っておかねばならないとする意見はありましたが、そんなことを議論していては時間がかかり過ぎるという意見に押し切られた形になりました。今回の法案に最終的に賛成された委員の中にも、時間切れでクローン人間禁止の単独法案をつくらざるを得ないが、生殖医療に関する包括的な法整備は緊急に必要だという意見をお持ちの方はおられたと思います。
 報告書の中で注目すべき部分は、ヒト胚研究小委員会の報告書の最後のページ、参考資料として配られたこの分厚い報告書の百九十四ページに示された「おわりに」、このページだと思います。さまざまな意見がありましたが、結局、ヒト胚全体の議論はなされなかったこと、しかし、百九十四ページの最終行にありますように、「ヒト胚研究全般について、生命倫理委員会において幅広い観点からの議論を早急に開始するべきである。」と述べられています。三月に行われた委員会の最終日でも、ヒト胚の包括的な議論を行う委員会を早々につくるという約束がなされました。
 しかし、まだその委員会は行われておりません。もし、ヒト胚について審議が今少しでも進んでいたならば、政府案への信頼は、前国会の時点とは多少異なるものであったのではないかと思います。
 先日、大島長官が、欧米と日本では文化的、宗教的背景が違うから規制の仕方が違うといった趣旨の発言がありましたが、文化的、宗教的背景というのであれば、日本のそれがどうであったかを考えてみなくてはいけないと思います。審議会では全く議論されませんでしたが、この政府案が日本の文化的、宗教的背景からでき上がったものだとするのは当たらないのではないかと思います。
 日本に受精卵について考える文化的、宗教的背景がなかったというわけではなく、欧米のように口に出して大声で議論をしてこなかっただけであって、そこに何の価値観を持たなかったわけではないと思います。
 不妊治療についても、非配偶者間体外受精を行ったクリニックの問題が明るみに出るまでは、実態は判然としませんでした。もう約半世紀にわたって行われている非配偶者間人工授精さえ知らない人も多かったのです。代理母によって生まれた子供が百人を超えるというのも、九八年の新聞記事で明らかになりました。
 お配りした最相資料のグラフをごらんください。この十年間の生殖医療に関する報道の件数の推移です。九七年に急上昇しているのはドリーの誕生、九八年には根津クリニックの一件がありました。最初はクローン技術の報道の方が多いのですが、途中から不妊治療の方がふえています。つまり、ドリーをきっかけに、クローン技術と不妊治療が相互関連し合いながら報道されてきたわけです。もう家庭の中で解決できるものではなくなってきた。言葉にしないではいられなくなってきた。今ようやく日本でも、受精卵について公的な場で議論するための材料が手元にそろったのだと思います。生殖医療を法規制することについて、国民的コンセンサスがないのではなく、コンセンサスを得られるかどうかを知るための材料が今ようやく出そろったのだと思います。
 ことし三月、科学技術会議が行ったアンケート調査がありましたが、受精卵を人として絶対侵してはならないという三割の回答よりも、わからないと答えた二九・四%の方が注目に値する数字だと思います。わからないのが当然です。そんなことこれまで口に出して話し合ったことなどなかったのです。でも、だからといって、ないがしろにしていたわけではありません。子供を養育する年代に比べて、十代や七十歳以上のように子供と多少距離のある年代が低いのは当然だと思いますが、二、三十代でわからないと答えた人も、もし自分が妊娠や出産に向き合えば考え方が変わるのではないでしょうか。臓器移植のときに言われたように、一人称で語られる受精卵と三人称で語られる受精卵では全く意識が異なるような気がします。
 つまり、クローン人間は、私たちが命の始まりを考えるためのきっかけであり、切り口にすぎないということです。法案は、皮肉なことに、クローン人間だけではない、それ以外のことを浮き彫りにすることに貢献したと私は考えます。
 デンバー・サミットの合意が繰り返されますが、日本は欧米諸国におくれて何年もかけて、クローン人間だけを禁止する法案しかつくれなかったことを重視すべきです。私は、この法案は非常に暫定的なものであって、決して世界に大手を振って発信できるようなすばらしい法案だとはとても思えません。むしろ、自嘲気味に、さまざまな議題を棚上げした過渡的な法案であると謙虚にならねばならないと思います。
 そうした前提で、以下二点に絞り意見を述べたいと思います。
 まず第一に、ヒト胚全体の保護の必要性です。今回、政府案、民主党案とも生殖医療技術を除外してしまったので、争点がわかりにくくなってしまったことが大変残念です。ただ、一人称の受精卵への想像力、つまり受精卵をヒトへとはぐくむ能力を持つ女性への配慮、許可制、審査委員制度、国会への報告義務、包括的な生殖医療の規制への道筋を示しているという点で、民主党案の方がはるかに救われるものと思います。政府案は、言葉遣い一つとっても、ヒト胚や、特にその提供者と言えるカップルへの配慮が見られず、技術の細部に走り過ぎ、将来のヒト胚全体の規制への道筋もなく、全くの科学技術規制法案になってしまっています。
 生殖医療との調整に時間を要することは認めます。ただ、現段階では少なくともES細胞は法の土台に上げるべきだと私は考えます。なぜ政府案にES細胞が含まれなかったのか、なぜ将来的に商業化が進む可能性のあるものに法ではなく行政指針を適当とするのか、その根拠は理解できません。同じ受精卵を用いるものなのに、クローン、キメラ、ハイブリッドは法で規制し、ES細胞は行政指針で規制、また、そのほか生殖医療の現場で受精卵を用いる研究は、学会などの自主規制にゆだねています。同じ受精卵の規制のレベルがそれぞれ別個にあるという不可解な状態になっているのです。
 しかも、生殖医療については、ここへ来て事態が急変しました。一昨日、十二日に厚生科学審議会の生殖医療に関する最終報告案が発表されましたが、これに関連して、この政府案との整合性について二点だけ申し上げます。
 一点は、第三者が受精卵を提供することを認めた点です。つまり、同じ受精卵が一方で不妊のカップルに提供されて子供になり、一方では研究材料として破壊される。扱う省庁も違い、規制はばらばら。クリニックの現場で受精卵をとり合うような混乱が起こらないとも限りません。それでも、生殖医療との調整は要らないということでしょうか。このような状況は、研究にも支障を来し、結果的に国益を損ねることになりはしないでしょうか。
 二点目は、受精卵の提供を受けられない不妊のカップルには、提供された卵子と精子を使って新たに受精卵をつくって提供することまで認めた点です。つまり、カップルではない男女の精子と卵子を体外受精させて受精卵をつくり、第三者に提供することまで認めたわけです。
 ことし九月の新聞報道によりますと、ES細胞から卵子や精子のもとになる始原生殖細胞をつくることにマウスの実験で成功しています。ES細胞から卵子や精子をつくることも原理的には可能なわけで、採卵のつらい過程を経て提供された卵子を使用するよりは、ES細胞から卵子や精子をつくり、そこから受精卵をつくることの方が提供者の負担が多少は軽減されるという議論が、近い将来起きてもおかしくはありません。研究利用ならば、その方が可能性は高いのではないでしょうか。
 ES細胞は人間の個体になる可能性はないから法規制しないという話でしたが、今や技術はES細胞から卵子や精子をつくり出せる直前まで行っており、ES細胞からつくった卵子や精子で胚をつくることも可能性としてはあるわけです。個体になるかどうかは別としても、ES細胞の扱いが法律ではなくてもいいと言える根拠は余り明確ではないように思います。
 厚生省の報告案では、法規制を含めた規制は三年以内に整備せよとあります。今回の政府案が五年以内というのは、余りに状況に対して悠長過ぎます。こんなおかしなちぐはぐな状況は一刻も早く解消し、生殖医療全体の包括的な法規制を行うために、法案を、三年や五年と言わずもっと頻繁に、憲法に準ずる最重要法案であるという認識を持って見直していっていただきたいと思います。
 以上、ヒト胚全体の保護についての意見を述べさせていただきました。
 さて、第二点目は、生命倫理委員長の適格性です。研究の直接的な利害に関係する研究者が倫理委員であった場合には、議論に参加するのはよしとしても、決議には参加しないことが公平を保つ条件ではないでしょうか。
 受精卵を用いた研究の目的の一つは再生医療です。これは、日本では神戸市を中心とする関西圏で行われます。神戸市の医療産業都市構想は一九九八年に始まっていますが、その十月に、医療産業都市の中核として先端医療センターを設置するための神戸医療産業都市構想研究会が発足しています。研究会の会長は、科学技術会議生命倫理委員長の井村裕夫先生です。井村先生が病院長を務めておられる神戸市立中央市民病院は、その先端医療センターの重要な連携病院となっています。
 また、本年二月十日には、先端医療センターと連携する理化学研究所の発生・分化・再生総合研究センターが神戸に建設されることが決定しました。この研究センターはミレニアムプロジェクトの一環ですが、センター長の人選には、井村先生も科学技術会議の議員として加わっておられます。
 さらに、ヒト胚研究小委員会がES細胞研究の報告書をまとめたのは三月七日ですが、三月十七日には、先端医療センターの施設運営を行うための神戸市の財団法人先端医療振興財団が発足し、井村先生はその財団の顧問にもなられました。
 こうして羅列的にしゃべっても御理解いただくのは難しいかと思いますが、つまりは、これほど再生医療に密接な関係を持たれた力のある方が、同時に国の生命倫理委員長であって、果たして客観的で公平な判断ができるのだろうかと疑問を持つのです。委員会の審議や法案作成過程にこうした背景が影響を来したのではないか、パブリックコメントの期間が十分とれなかったのはこういう計画があったからではないかなどと思われてもやむを得ないと思います。これは、個人を批判するものではありませんが、そのような人事が何の疑問も持たれず通用してしまう現在の日本の倫理委員会のシステムには問題があると思います。
 イギリスでは、審議会をつくるときには、デクラレーションインタレストといって、委員になろうとする人物が財団理事などの利害関係を持っていれば、あらかじめそれを申告しなくてはならず、人事に影響します。また、アメリカでも、研究施設内の倫理委員会は、三分の一以上が専門外の委員でなければなりませんし、男女のバランスは当然です。また、自分の研究に利害関係のある委員は、議論には参加できますが、審査からは外れることになっています。
 日本の生命倫理委員長の適格性については、世界的に権威のあるイギリスの科学誌ネーチャーのネーチャー・メディスン三月第六号でも、科学技術会議生命倫理委員長井村裕夫氏のインディペンデンシーに疑問があると指摘されております。
 つまり、クローン人間を規制する法案をつくって国際協調を図るというのであれば、倫理委員会のシステムについても国際協調を図るべきではないでしょうか。委員会のシステムを整備し、公平で民主的な議論が構築されてこそ、日本の立場を世界に発信し、諸外国と意見交換できるのだと思います。
 以上、申し上げたいことは多々ありますが、短い時間ですので、そのうちの一部について意見を述べさせていただきました。
 クローン人間を法規制するということは、現在の社会状況から見ればやむを得ません。しかし、早急に生殖医療を視野に入れたヒト胚全体の法規制を行うべく取り組んでいただくことをお願いしたいと思います。(拍手)

発言情報

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発言者: 最相葉月

speaker_id: 6208

日付: 2000-11-14

院: 衆議院

会議名: 科学技術委員会