佐々木毅の発言 (憲法調査会)
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○佐々木参考人 行政という概念をどう理解するかということにまさにかかわるわけで、行政と政治というのは、背反、違う概念ではあるんですけれども、しかし、いかなる意味で違う概念なのか、それとも無関係な概念なのか、ある意味では機能分担の概念なのか、この辺の整理がなかなか難しいところがあります。中学校の教科書にまでこの議論はずっと及んでおりまして、非常に厳格な意味での行政権と立法権の仕分けという議論が、日本のこの種の議論をするときに非常にドグマとして広く流通しているという歴史的な背景も、明治時代云々の話はおきまして、これは戦後の問題としてまさに流通をしているわけでございます。
したがって、議員が今おっしゃられました国会と内閣、端的に言えば与党と内閣の一体的な政権運営というものが、日本の政治の一番の基本がそこにあって、そこが自治というもののいわば担い手、民主主義の担い手になる、こういう構図がそこでぷつんと、確かに、何か別の世界に内閣は行ってしまう。そっちの世界と国会との関係というのはどうなっているのかな。
端的に申しますと、もし与党と内閣が一体であるとすると、与党議員が内閣に質問するというのも、これは何だろうかなという話があるんですけれども、新聞を含めて皆さん、別にそのことは何も疑問も抱かないで書いているというわけでございますし、それから、大臣の方々も、それは国会の問題ですから私は存じませんという話をすることができる。これなども、やはり切れているという観念があるものですから、そういうことが余り疑問なしに行われてきたのではないだろうかというふうに思います。
今、政治主導という形で、そこをいわば一体として運営するんだという態度を非常に明らかにされた結果として、わからない問題が逆に出てきたというのが、私は今の状況ではないだろうかというふうに思います。
恐らく内閣は、政策の決定を含めて、いわゆる行政機構が末端でやっているような仕事をはるかに超えるジャッジメントを日常的にやるという、その意味で非常に広いまさに政治を行う権限を持っているわけで、いわゆる国会政治じゃないかもしれませんけれども、国会政治も含めて政治を行う、そういう責務を持っているというふうに私は思います。
その意味で三権分立、ちょっと司法権は別にして、立法権と行政権という、しかも行政権という言葉は日本では独特のニュアンスを持っているために、議員もおっしゃるように、またいろいろな問題が起こる。しかし、仮にエグゼクティブパワーというふうにそれをアメリカ風に呼びかえたとしても、この二つを切り離して考えるという議論は非常に混乱を招くだけのことではないか。
政治主導をするということは、まさにそこの誤解を国会の方々が、実は今までのようなそういう誤解されたのとは違う形で動かしますよということを世の中に向かって宣言されたことではないか。それを一月からおやりになるということではないだろうかというふうに私は思っているわけでございます。ですから、国会の答弁者の問題も、まさに変わったというのも、ある意味では当然のことであった。
ただ、憲法教育を含めて、議員が心配なさっているような事実はなお牢固として存在している、あるいはそういう観念が存在しているということは事実でございます。
ですから、国会の運営の問題なども含めて、ただ人事の問題だけではなくて、やはり国会のあり方もそれに沿っていろいろ議論していくということを同時におやりになるともうちょっといろいろなことが見えやすくなってくるのではないか。今は何か、点がぽつぽつできているという段階で、クエスチョンタイムみたいなのがぽつんとできる。ぽつんぽつん点はできているんですけれども、線としてあるいは面として、構造がこうなんですよ、新しい理解はこうなんですよという形のところまではまだ行っていない嫌いがあるのではないだろうか。
だから、これは憲法の条文の問題でもありますけれども、やはりプラクティスというか実際の問題として、そのことについて工夫を重ねていく必要がある問題ではないかというふうに私は思っております。