赤松正雄の発言 (憲法調査会)

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○赤松(正)委員 さっきのお話の中で、いろいろなアジアの指導者の、私もマハティールさんにはお会いしたことがありますが、ナセルやスカルノやマハティールの例を挙げて、ドグマじゃないんだということで、近代国家日本の世界史における意味合いという中で、日本という国家が巨大な軍事産業国家として登場してこなかったら、やはり世界は白人支配という格好になったであろうという意味の、正確を欠くかもしれませんが、そういうことをおっしゃった。非常に印象に残りました。
 ただ、私が思いますのは、先ほど言った、石原さんのお話に対して幾つか共感も感じるのですが、ちょっとひっかかりを感ずる部分は、巨大な軍事産業国家として登場してきたという、この歴史的な事実というのはあるわけですけれども、その背景の中には、やはりそれに対する強い反対の意見、強い反論もあって、そういうものも存在して今日まで来ていると思うのです。
 そういう中で、ひとつこれも御意見をお聞きしたいのですが、一九六五年、今から三十五年前に桑原武夫さんが中江兆民の「三酔人経綸問答」の解説のところでこう言っています。よく御存じだと思いますが、平和や自由や防衛といったあらゆる問題で、日本は、中江兆民のいた時代、「三酔人経綸問答」を書いた時代と全く基本的に枠組みというものは変わっていない、こういうふうな指摘をされています。
 私は、これを通じて、いわゆる洋学紳士風の理想主義と、それから豪傑君風のパワーポリティックスのぶつかり合いというものがあって、それを南海先生流の穏健的現実主義というものが、理想主義とパワーポリティックスのぶつかり合いを高みから見ているという位置づけが「三酔人経綸問答」の基本的な位置づけだろうと思うのです。
 今、どちらかというと、パワーポリティックスの部分が後景に下がって、むしろ穏健進歩的な現実主義というものが前に出ていっている、そんなふうに私自身はとらえているのですが、石原参考人の場合は、これは誤解かもしれませんが、いわばパワーポリティックスの部分を代表される考え方を持っておられて、その石原参考人のようなお立場が、かつての「三酔人経綸問答」における南海先生的立場に立って今おっしゃっているということが、少し私なんかが危うさを感じるところの原因につながっていっているんではないか、そんなふうに思うんです。
 ちょっとわかりづらい表現だったかもしれませんが、「三酔人経綸問答」に言うところの、明治から戦争を経て今日に至るまでのそうした日本の国のあり方というものをめぐる理想主義、現実主義、あるいはさっき言ったようなパワーポリティックス、その辺についてのお考えを少し聞かせてください。

発言情報

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発言者: 赤松正雄

speaker_id: 4375

日付: 2000-11-30

院: 衆議院

会議名: 憲法調査会