國松善次の発言 (国会等の移転に関する特別委員会)

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○國松参考人 滋賀県知事の國松でございます。
 本日は、このような発言の機会をいただきましたことを、委員長初め委員の皆さんに心からお礼を申し上げます。そしてまた、首都移転について真剣な御議論をいただいている姿を目の当たりにしまして、大変うれしく思います。
 ところで、持ち時間がもうないようでございますが、五分間だけいただくということで、結論的なことだけ申し上げさせていただこうと思います。
 まず、首都機能の移転についての私の考え方でありますが、要は、今のマスコミ等で見ている感じでは、首都機能の移転の議論が変な議論になっているなという感じがいたします。
 その一つは、公共事業の見直しの一環のような議論になってしまっている点等々でありますが、気になる点が三点あります。
 一つは、場所を議論するわけでありますが、場所の前に、この首都機能移転という意味、もっと言えば、戦略的位置づけを明確にみんなが議論する必要があると思います。今なぜ首都機能の移転を考えなきゃいけないのかという議論を、まず戦略として、日本の戦略としてきっちり位置づける必要があると思います。
 東京は、日本の首都として見事なまでに首都の役割を果たしてきたと思います。しかし、これからは新しい時代に入っていくのだと思います。季節でいえば、間違いなしに季節が変わるときに入っていると思います。そのときに、今までと同じ身なりでいいのかどうか。これは、世界的視点と歴史的視点と、そして戦略という点で、まずそのことが場所の前に真剣な議論がされるべきだと思います。
 二点目は、首都のイメージを明確にしないで場所選びを議論してはいけないと思います。
 首都とはどんなイメージなのか、もっと言えば、スケールとそれからコンセプトを明確にすべきだと思います。その議論をしないで場所の議論に入ると、混線をしてしまうのではないかと思います。
 三点目に気になることは、こんなに変化の時代、その変化は日本だけではありません、世界的な変化の時代に、我が国はトップを大統領制にしていないという欠陥があるという点をしっかり踏まえるべきだと思います。ということは、こんな変化の時代には、みんなが選ぶトップという仕組みになっていない点と一定期間責任を持たせるという仕組みになっていない点が大変問題だと思います。それがあれですが、あとは、ぜひそういうだけにこの国会の議論が大事ですし、この特別委員会の議論が大事なのではないかと私は思います。
 それから、畿央地域についてですが、今、北川知事がおっしゃったことで尽きるのですが、三点補足というか、強調をしたいと思います。
 一つは、三重・畿央の場合、大変コンパクトな首都機能の移転が可能だということがあります。それはなぜかといえば、周りに大阪を中心とする関西のさまざまな都市機能があり、中部圏、名古屋を中心とする都市機能がありというような距離にあるという点で、しかも歴史がふんだんにある、しかもそれは日本を象徴するものであるという点が一点あります。安くつくというだけではなくて、足腰の強い形の中でコンパクトな都市が考えられるという点だと思います。
 そして二点目は、このコンセプトなんですが、やはりこれからの日本が世界にどう生きるのか生き残るかという戦略として首都を考えなければいけないと思いますが、それには、コンセプトとして、やはり自然との共生を日本がリーダーカントリーとして果たしていくのだというイメージで首都を考え、そのときに、やはり今の三重・畿央というのは、そういう点で、環境共生をモデルにする都市をつくるということ、そしてそのことを通して日本をシンボライズする、そういうことが可能になるのではないかと思います。
 三点目は、遠いとよく言われますが、むしろ一定距離のあった方がいいということがはっきり言えると思います。わざわざ新しい首都をつくるわけですから、東京と違うものをつくるわけですから、何もかも東京に首都機能を持たすという時代から、首都としての機能に純化してということであれば一定の距離が必要だと思いますし、三重・畿央の場合は、鉄道、道路、飛行機、それをフルに生かせる、しかも複数の交通アクセスを生かせる点で大変有利だというように思います。
 歴史に三人のリーダーというか、政治家で特徴のある人がいると私は思います。信長と家康と秀吉、この三人ですが、この三人のうち、信長の場合はとりわけ個性的な人でしたが、時代をつくろうとした、時代を変化させようとした人だと思います。この三人とも愛知県出身ですが、信長は最後、戦略的に考えて安土を選びました。滋賀県でした。そういう意味では、信長がいたら、私は、三重・畿央に決めるだろうと思います。
 以上です。(拍手)

発言情報

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発言者: 國松善次

speaker_id: 15560

日付: 2000-11-17

院: 衆議院

会議名: 国会等の移転に関する特別委員会