高木光の発言 (地方行政委員会)
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○高木参考人 高木でございます。
今回、警察法の一部を改正する法律案について意見を申し述べる機会を与えられましたことを光栄に存じます。私は、法律学の立場から、政府案及び民主党案に対する考え方を述べさせていただきます。
まず、結論から先に申しますと、私は今回の政府案に賛成する者でありまして、速やかに法律として成立すること、その前提としまして、本委員会で政府案が可決すべきものとされることを願うものであります。
なお、この点は、法律学を専門とする者の中でも意見の分かれ得るところであると思われます。と申しますのは、今回の法改正は、警察刷新会議の緊急提言を受けてなされるものでありまして、政策的な当否が問題となります。政策的な問題となりますと、純粋の理論的問題以上に、専門分野によって、あるいは学者個人の思想傾向によって意見が分かれるのがむしろ当然と考えられるからであります。
法律学の分野も専門分化が進んでおりまして、基本的なものとしてまず、憲法、民法、刑法、商法、民事訴訟法、刑事訴訟法の六つがございます。このうち憲法は国の最高法規ということで別格といたしまして、残りの五つがなぜ基本的かと申しますと、二つの理由がございます。
一つは、これらの分野については法典が存在する。法典といいますのは、ある分野の基本的なルールを定めた単一の法律でございます。例えば、民法という分野ですと、民法という名前の法律がありまして、千余りの条文に、相手が約束を守らない場合に契約をなかったことにできるかどうか、他人の名誉を侵害した場合には損害賠償をしなければならないかなどの基本的なルールが書いてあります。また、刑法という分野ですと、刑法という名前の法律があり、三百弱の条文に、どのような場合に人は犯罪者として刑事責任を問われるのか、どのような犯罪がどの程度の罪になるのかというようなことが書いてございます。
二つ目の理由は、これら五つの分野が大昔からある。例えば、世界史で近代国家として先陣を切ったのはフランスでありますが、一七八九年に革命をなし遂げたとされております。フランスでは、十九世紀の前半に既に五つの分野の法典化が進みまして、基本五法典と呼ばれたそうであります。我が国でも明治時代に、先進国に学びまして、例えば民法典を明治二十九年、一八九六年につくったのであります。
私の専門としております行政法は、残念ながら、以上の六つには含まれておりません。その理由は、第一に、行政法という名前の法典がないこと、第二に、行政法の歴史がやや浅いということであります。
御案内のとおり、現代国家におきましては、行政機関の活動の当否が経済や国民生活に決定的な影響を与えるのでありまして、九〇年代には規制緩和、行政手続法や情報公開法の制定、中央省庁再編、地方分権などが注目を集めたところであります。このような時代には、司法による行政のチェック機能が特に重要でありまして、そのための理論を提供する行政法という分野の重要性を我々は各方面で主張しているところであります。
ただ、現在進行中の法科大学院、いわゆる日本版ロースクール構想の中で、文部省主導で準備されているカリキュラム案では、この点は必ずしも十分に認識されていないようでありまして、我々行政法学者は不満を持っております。近く、我々行政法学者の有志は、行政法を法科大学院のカリキュラムで必修にすべきであるという提言を「自治研究」という雑誌に掲載する予定でございますが、委員の先生方には、この場をかりまして、御理解、御助力をお願いしたいと存じます。
さて、行政法は、憲法を具体化する法と言われておりまして、三権の一つである行政権の行使を適正、妥当なものにするための法的ルールを扱う科目であります。警察も行政組織の一部でありますから、警察の権限を適正、妥当なものにするための法的ルールも行政法学の守備範囲に入ります。現在、我が国には約千七百本の法律が生きていると言われておりますが、そのうち少なくとも千本の法律は、さまざまな行政機関の組織や活動に関するルールを定めております。今回、改正が問題になっております警察法という名前の法律は、そのうちの一本ということになりますが、これら無数の行政法規を素材にして、憲法で論じられている民主主義あるいは基本的人権の尊重という大所高所の議論を具体化するのが行政法学者の任務とされております。
しかし、行政法学者も人間でありますから、行政法規の細かい条文をすべて検討する余裕はございません。ある者は都市計画法や建築基準法などの建設省関係の法律、ある者は薬事法や食品衛生法という厚生省関係の法律を得意とするように、おのずから分業がなされるようになっております。私自身は、この数年、警察庁所管の法律に関心を持ちまして、少しずつ理論的研究を進めてまいりました。教育面では、学生を主たる読者とする「法学教室」という雑誌がございますが、九八年四月から二年間、二十四回の連載をいたしまして、道路交通法ですとか風営法を素材にいたしまして、行政法の考え方をわかりやすく書いたつもりでございます。
ところで、警察の組織や活動に関するルールを扱う行政法の一分野を理論上の警察法と呼びますけれども、この分野は実は古典的な分野に属します。古典的と申しますのは、明治の時代の教科書には重要な位置づけをされていたということでございます。現在はどうかと申しますと、残念ながら、社会保障法あるいは環境法などの現代的な分野が注目を集めている反面といたしまして、影が薄くなっていると言わざるを得ません。また、私の見るところ、全国で三百人程度の行政法学者のうち、警察の分野に特に関心を持って研究をしているのは十名程度にとどまるのが現状でございます。私自身は、この十名程度のうちの一人であると自負しているのでありますが、長年にわたって警察の分野を研究してこられた他の先生方からは、まだまだ修行が足りないということで御批判を受けることもあろうかと思われます。また、警察のあり方に関しましては、行政法学者が発言権を独占するということではございませんで、憲法学者あるいは刑事訴訟法学者からもそれぞれの見方が示されることが予想されます。
それでは、いささか前置きが長くなりましたが、以下、今回の法案につきまして、法律学の立場から私なりの評価を申し述べたいと思います。
政府案、民主党案で取り上げられている主要なポイントについて、順次、理論的な観点、それから警察刷新会議の緊急提言を具体化する改革立法のあり方という観点の両面からコメントいたします。
問題となりますのは、第一に公安委員会の事務局、第二に公安委員会委員の任期、第三に監察に関する公安委員会からの個別の指示、第四に苦情処理、第五に情報公開、以上の五点であろうかと思われます。概略的に申しますと、理論的な観点からは、政府案、民主党案ともに特に難点はなく、一方、改革立法のあり方という観点からは、政府案の方がより望ましいというのが私の評価であります。
第一、公安委員会の独自の事務局に関しまして、政府案は触れておりませんが、民主党案は独自の事務局を設けるものとしております。
理論的観点からしますと、独自の事務局を設けるか否かは政策的な便宜の問題でありまして、理論上どちらかでなければならないということはございません。現行の体制でもよいし、独自の事務局を設けることが許されないわけでもないということになります。
他方、改革立法のあり方という観点からは、警察刷新会議の警察刷新に関する緊急提言に沿った形の政府案が政策的により穏当であると思われます。緊急提言は、市民の代表として警察活動をチェックするという公安委員会の制度趣旨を前提とした上で、公安委員会の活性化を提言しているのでありまして、公正取引委員会のように独自の事務局を抱え、みずから規制権限を行使する合議制の行政機関と同様の機能を果たすということを期待しているわけではありません。したがって、他の方法によって公安委員会の活性化が期待できるのであれば、当面は、組織を複雑にし、それなりのコストをかけるという方法は見送るのが穏当であると思われるのであります。
この点に関連して申しますと、民主党案は、公安委員会みずからが監察を行うということを提言しております。これは、一つの考え方ではありますけれども、緊急提言の考え方、その枠からはやや外れるものであるというふうに私は考えます。
第二点、公安委員会委員の任期制限でありますけれども、政府案は、国家公安委員会の委員の再任を一回、都道府県公安委員会及び方面公安委員会の委員の再任を二回に限定しております。これに対して民主党案は、国家公安委員会の委員の再任を一回に限定するだけではなく、任期を三年に短縮し、都道府県公安委員会及び方面公安委員会の委員の再任は一回に限定するという案になっております。
まず、理論的な観点でございますが、公安委員会は合議制の行政機関でありまして、職権行使の独立性、そしてそれを裏打ちするものとして委員の身分保障が不可欠な要素とされております。今回の改革は、このような基本的な部分に変更を加えるものではありませんので、任期の短縮、再任の制限のいずれも理論上は問題なく許されることになります。
他方、改革立法のあり方という観点からは、同じく緊急提言の別紙二で「公安委員の任期を制限して、公安委員会と警察との間の緊張関係を担保する。」とされたのを受けたものであることがポイントであるというふうに私は考えます。これは、かなり長期にわたって委員を務める場合の弊害を想定したものと思われるのでありまして、逆に、委員が機械的に交代する仕組みというのも適任者の確保を難しくするおそれがあります。また、公安委員会の審議機能を充実させるためには、委員が警察実務について理解を深めることが必要でありますので、そのためには、年数を経ることにも意味があります。そこで、在任期間が長くなること自体が問題であるとは言えないというふうに考えます。
したがいまして、政府案の、国家公安委員会については五年二期で最長十年、都道府県、方面公安委員会につきましては三年三期で九年を上限とする案が比較的穏当なものであると評価するわけでございます。
第三点でございますが、監察に関する公安委員会からの個別の指示等について、政府案は特に条文を設けるということにしておるのに対しまして、民主党案はそのような規定を置いておりません。
まず、理論的な観点から見ますと、警察法五条二項そして三十八条三項の「管理」の意味について、必ずしも明確でなかったということが前提になります。緊急提言の別紙三を見ますと、次のように整理されております。国家公安委員会による警察庁の管理は、警察行政の運営がその大綱方針に則して行われるよう警察庁に対して事前事後の監督を行うことを一般原則とするが、警察事務の執行が法令に違反し、あるいは国家公安委員会の定める大綱方針に則していない疑いが生じた場合には、その是正または再発防止のため、具体的事態に応じ、個別的または具体的にとるべき措置を指示することも管理の意味内容に含まれると言っております。
この考え方、監察に対して管理の意味内容に含まれるという考え方をとりますと、今回の条文、監察に関して公安委員会から個別的指示をなし得るという政府案の条文は、理論上の確認的規定ということになります、これは一つの考え方ですけれども。確認的規定であるというふうに考えますと、その意味はどういうことかと申しますと、そのような条文がなくても公安委員会は個別的指示をすることができる、そしてそのような権限は既に警察法五条二項あるいは三十八条三項によって与えられているということが考えられるというわけであります。もしそう考えるのであれば、民主党案のように規定を置かなくても、理論上は特に不都合はないということになるわけでございます。
ただ、改革立法のあり方という観点からしますと、政府案のように、監察に関して明確な規定を置くことがより望ましいというふうに私は考えます。従来、今申しましたように、警察法の五条二項、三十八条三項の「管理」の意味は必ずしも明確ではなかったのでありまして、いかなる場合にも個別的指示はできないというような消極的な考えに陥るおそれがあったことからいたしますと、緊急提言に従って明確な規定を置くことにも積極的な意味があるというふうに思われるわけであります。
第四点でありますが、苦情処理につきまして、政府案は、文書による苦情申し出制度を創設し、書面による苦情に対しては回答義務を定めております。また民主党案は、さらに苦情処理委員会という制度をつくることを提言しております。
理論的な観点から見ますと、この苦情処理と申しますのは、実は法律によって規律することが難しい領域であることが指摘できます。と申しますのは、苦情処理といいますのは、その性質上、かた苦しい制度抜きに行われるところに妙味があるからでございます。したがって、行政上の不服申し立て、これは行政不服審査法という名前の法律があるんですけれども、行政上の不服申し立てという制度にどの程度近いものにするかは、政策的な判断によるほかないというふうに言えます。
そこで、改革立法のあり方という観点から見ますと、政府案の程度にとどめるのが穏当であるというふうに私は評価いたします。回答が義務づけられるということ自体、従来の制度あるいは他の分野と比較いたしますと積極的な意味が認められるのでありまして、当面はこのような制度でどの程度利用されるのか、どこまで成果を上げるのかを見守る必要があるというふうに考えます。
第五点、情報公開につきましてですが、政府案は特に触れないということでございますが、民主党案は、訓示規定を置くべきものというふうにしております。
理論的な観点から見ますと、政府の国民に対する説明責任は警察についても妥当するところであります。ただ、昨年、第百四十五回通常国会で成立した行政機関の保有する情報の公開に関する法律、いわゆる情報公開法は、国家公安委員会及び警察庁を実施機関に含めております。また、都道府県レベルでも、国の情報公開法を受けて、情報公開条例を改正し、公安委員会及び警察本部長を実施機関とすることになっております。したがいまして、理論上は、警察法自体にわざわざ情報公開に関する規定を置くことは必要でない、ただ、置くことが許されないかとなりますと、それは妨げられないということになるわけでございます。
他方、改革立法のあり方という観点からしますと、政府案のように、警察の情報公開も一般的なルールである国の情報公開法、都道府県の情報公開条例にゆだねるのが穏当であると評価いたします。さきの個別的指示の場合と異なりまして、明確な書かれたルールが存在することになるからであります。
以上、五点にわたって、政府案と民主党案を比較しながら私なりの評価を申し述べました。結論的には、総じて政府案を妥当とするものとなりましたけれども、民主党案に特に難点があるという趣旨ではございません。一連の警察不祥事を受けて、国民の信頼を取り戻すべく何らかの改革が必要であるという認識は、各方面で一致しているところと思われます。本委員会で十分な審議がなされ、立場や意見の相違を超えて、改革への一歩が速やかに踏み出されることを願いまして、意見陳述を終わらせていただきます。(拍手)