林道義の発言 (地方行政委員会)
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○林参考人 林でございます。
私は、政府案を基本的に支持する立場から、警察改革を考える際の基本的発想のあり方について意見を述べさせていただきます。
警察の活動の質をよくするための方策として、根本的に異なる二つの発想があると思います。一つは内部倫理を高めるという発想、いま一つは外部からの監視を強めるという発想であります。前者は内部の士気を高め、使命感を強め、それによって警察活動の質を高める働きをするという意味で、プラスを多くしようという発想であり、後者は悪いことをさせない、すなわちマイナスを少なくしようという発想であります。
どちらの方法によって改革をするのがよいかは、現在の警察がどの程度悪くなっているのかという評価によって分かれると思います。全体が腐敗していると評価すれば、これは外部監察を強化して、いわゆる外科手術をする以外に方法はないということになります。しかし、一部が腐っているだけで、多くの警察官たちは腐敗を断ち切り組織を立て直そうという熱意を持っているのだと評価すれば、内部の自浄能力に期待した方が実効性があるということになります。
私は、どちらとも断定するだけの警察に対する知識もなければ、資格もありません。しかし、常識で考えて、全部が腐っているとは到底考えることができないと思われます。もし全部が腐っていたら、現在のような日本の治安は保たれていない。我々まだ安心して市民生活を行っているわけですから、それに日本の犯罪の検挙率もまだまだ世界に有数のものがありまして、我々日常接している警察官の方々も、大部分の方はまじめに一生懸命やっておられるというふうに私は認識しております。
したがいまして、本日の私の意見は、警察の一部だけがおかしくなっているという前提でお話ししたいと思います。
一般論として考えましても、一つの組織の目的達成度というものは、各成員の主体的姿勢あるいは心構えによって大きく左右されます。平たく言えば、警察官の一人一人のやる気があるかないかで、国民の必要に対してどれだけ真剣に取り組むかが違ってまいります。この点を考えれば、警察改革は、警察官一人一人のやる気をできるだけ引き出せるように警察の内部をつくり変えていくという視点が優先されなければならないと思います。
すなわち、警察官一人一人の職業倫理や使命感を高めるように作用するような教育方法や制度改革を実現することが最も肝要と思われます。
内部倫理を低くする原因としましては、内部の不公平感による不満のうっせき、それによるサボタージュ、あるいはチームワークの質の低下などが考えられます。これらによって一人一人のやる気は極度に低下するものです。これに対する対策としては、例えば功績を上げた者への優遇策、昇進の公平、現場の仕事への高い評価などがその一例として挙げられます。
次に、内部の質を高めるという点で特に重要なのが、リーダーシップの涵養という問題であります。
警察や軍隊においては上意下達が原則ですから、上の地位にある者ほど、人物識見、的確な判断力、公明正大な指導力、部下の能力のあり方を見抜いて適材適所に使う能力等、いわゆるリーダーシップが要求されます。まず大切なのが、真にリーダーシップを持った者を幹部に登用するメカニズムを確立することであります。次に、登用された幹部候補生に有効な教育を施さなければなりません。その場合に、そもそもリーダーとは何か、いかなる資質を必要としているかについて、自覚を高めるような教育が求められます。
この点は、政府案においても、人事や教育の重要性が指摘されていますが、人事の公正や教育の適正を増す方策をさらに具体化し徹底するように、警察内部の努力が必要だと思われます。
以上、要するに現場の警察官の士気と倫理を高める方策を優先して考えるべきと思います。
次に、不祥事をなくすために外部からの監視を強めるという方法の是非について考えてみたいと思います。
この外部監察という考え方は、内部倫理を高める作用をしないばかりか、かえって内部倫理を低める作用をする場合さえあると考えられます。といいますのは、外部監察は内部倫理が比較的低い場合にこそ必要になりますが、内部倫理が低い場合には外部監察に対して不祥事を隠すように作用し、自浄作用をかえって働かなくさせる作用をしがちです。
いたずらに監視を強めるという発想で締めつけるというやり方では、その対象となる者は業務に対して消極的になってしまいがちです。つまり、プラスをふやすという精神ではなく、失点をなくせばよいという精神になりがちです。この方法では、正義感のある者や初めからやる気のある者は、かえってやる気をなくすおそれがあります。
そもそも、外部の素人が監視するという原理そのものに無理がありますが、それをあえて有効にしようと思えば、内部をひっかき回してしまい、使命感を持ったやる気のある者の活動を妨害するおそれが出てきます。しょせんは、マイナスを少なくしようという発想に問題があると思われます。
組織についての一般論をまたここで言いますと、組織の内部においては、やる気も能力もあるという人間は俗に二、三割と言われております。警察官の場合はその割合が五割なのかそれ以上なのかわかりませんが、その何割かの人々が実質的な警察の質の向上を担っています。この割合をふやすということはもとより重要ですが、この人々が仕事をやりやすいように、またこの人々の足を引っ張ることのないように配慮することが大切と思います。
すなわち、いたずらに監視の原則を強めることは、こうした一番優秀な人たちの足を引っ張る懸念があります。また、もちろん指摘されているように、隠密の捜査活動などの場合に対しては、活動に支障を来すおそれも考えられます。
もちろん、内部に不心得者や犯罪を犯す者がいてもかばってもらえるとか、あるいは罪が発覚しても軽い罰で済むということであれば、これもまた内部の倫理や士気に重大な悪影響を与えます。内部でのなれ合いは絶対になくさなければなりません。
しかし、最近の不祥事の発覚の様子を見ていますと、今の時代は、内部でなれ合いをして隠すということが非常に難しくなって、ほとんど不可能になってきていると思われます。警察官の中には正義感の強い人の割合が多いと私には思われますので、内部告発もなされると思われます。したがって、今以上に監視の目を光らせるという発想は、それほど必要とは思われません。
それよりも大切なことは、一たん不祥事を起こした者に対しては、厳正な処罰をもって当たるという原則が大切であると思います。警察官に限らず、政治家や公務員等の公務に当たる者は、一般国民よりも厳しい罰則を定めるべきであると考えます。
以上、内部倫理を高める方式と外部監視を強める方式とを比較考量いたしました。どちらがよいかを決める基準は、警察が全体として腐っていると判断するか、一部がおかしくなっているだけだと判断するかにあります。全体が腐っていると判断すれば、外部監察しか手はありません。しかし、一部が腐っているだけだとしたら、内部からの自浄能力に期待する方がベターだということになります。
私の個人的判断を申し上げると、警察改革の本筋を内部の倫理と質を高める方向で進めるべきと考えます。外部監察の方法は、現時点では、かえって混乱をもたらしこそすれ、実効性は少ないものと思われます。
以上であります。(拍手)