木村孟の発言 (文教委員会)
⚠️ コピーしたテキストを転載する際は、転載元URL(kokkai-data.com)および原典URL(kokkai.ndl.go.jp)を必ず残してください。発言内容の改変・出典削除は禁止です。
詳細は利用規約をご確認ください。
○木村参考人 おはようございます。第三分科会の座長を仰せつかっております木村でございます。第三分科会の議論の背景と具体的な提案について簡単に御説明をさせていただきたいと存じます。
当初第三分科会に与えられましたテーマは創造性、すなわち創造性豊かな人材をいかに育成するかというものでございましたが、一、二回の議論の後、もう少し議論の幅を広げた方がよかろう、対象を広げた方がよかろうということになりまして、お手元のブルーの資料の中間報告三十四ページにございますように、「今後、我が国が必要とする人材をいかに育成するか」というものにいたしました。
私どもの分科会では、戦後の日本の教育というものは日本人の平均的な資質を上げることを目指して、それはそれなりに成功したのでありますが、その反面、教育システム、ひいては社会システムが画一化して、冒頭、座長の江崎先生からお話がございましたが、個人の持つ能力、適性に焦点を当てた教育ができなくなってしまったのではないかという反省がまず出まして、この反省を共有いたしまして議論を始めました。
我々が目指すところは、今第二分科会の座長の金子先生からもございましたが、要するに、できるだけフレキシブルな教育システムをつくろうということ、それから多様なオプション、選択肢が可能な教育システムを何とかつくれないかという立場で議論をいたしました。
まず、具体的な提案の御説明に入ります前に、今申し上げた、どうして日本の教育システムあるいは社会システムが画一化したかということについて、少し私見を交えてお話をさせていただきたいと存じます。
私も多少外国のことを知っておりますが、どうも日本の社会では、殊に戦後のようでありますけれども、人間の持つ本質的な価値以外のものに非常に大きな付加価値をつけてしまった。そういうことで、日本人が非常に画一的な思考をするようになったのではないかと思います。
その本質的な価値以外のものは何かというと、一つは、いわゆるよく言われております学校歴、学歴と言われますが私は学校歴と言いたいのです、学校歴です。それから、もう一つは年齢です。これはいずれも、学校歴がいわゆる学歴社会をつくり、年齢が年功序列社会をつくってしまった、そういうことで日本の社会のダイナミズムがすっかりなくなってしまったのだというふうに考えております。
この学校歴社会は実は、少し考えてみますと、経済効率というものを余りに優先した結果できたものだということが言えるかと思います。
お手元に私の資料を四枚ほど差し上げてございますので、それを使って御説明をさせていただきますが、これは私の友人が、相当な労力を使って、学生を動員して調べたデータでございます。
最初が「学歴別生涯所得の推移」ということで、八八年度まででございますが、彼は九五年まで調べておりまして、ほとんどその傾向は変わっておりません。高卒と大卒をちょっとごらんいただきたいのですが、高卒の方が、八八年で生涯所得が二億円、大卒が二億七千万強となっております。九五年時点ではもう少し開いておりまして、八千万ぐらいになっております。
この八千万の所得格差が大きいか小さいか、これは個人の判断によるところでありますが、これをちょっと経済的に分析してみます。すなわち、高卒の方は十八歳で就職をされます。ところが、大卒は二十二歳まで待たなければいけない。すると、その間は賃金を得ませんから、それが投資額になります。かつまた、学資、生活費等が必要ですから、トータルしますと千五百万から、最近は二千万ぐらいになります。それがこの七千万から八千万の所得格差を生むというふうにして計算いたしますと、いわゆる利子率といいますか収益率で勘定いたしますと、大卒の平均が六%ぐらいになります。つまり、非常に高い投資が実るという結果になっています。
次のページをごらんいただきますと、これは大卒だけについての、ただいま申し上げた投資がどれぐらいの利子に回るかというデータでございます。
これは、大企業、中企業、小企業と分けてありますが、同じ大卒でも、大企業に行った場合には実に投資額が一〇%以上に回るという現状になっております。真ん中の中企業が大体大卒の平均的な収益率でありますけれども、大企業が非常に高い。ということでいきますと、とにかく何が何でも大学ということが一つあります。それからその次が大企業、そういうパスが決まってしまうわけです。
そういうことから、御承知のとおり、最近はやや社会が混乱状態になっておりますからこのような状況が崩れておりますけれども、受験競争というものが熾烈になるというのは、この辺にあるわけでございます。ですから、学校歴というのは、とりもなおさず、いわゆる経済効率を求めた結果だということになろうかと思います。そういう、人間本来の持つ価値以外に高い価値を置きますと、必ず社会というのは画一化するわけでございます。
その次のデータをごらんいただきたいと思いますが、これは科技庁の科学技術政策研究所が調べたデータでありまして、MITの工学部の卒業生と、東大と東工大の卒業生について調べた結果でございます。
一番上の「既存企業や組織で出世する」というのと「自分の会社を設立し、発展させる」という欄をごらんいただきますと、白が東大・東工大、それから色がついているのがMITでありますが、やはり圧倒的に東大・東工大、我が方の学生諸君たちの方が既存企業や組織で出世すると答えている比率が高い。これは、日本人のアンケートに対する答え方の習性から見ますと、実は、本当に心の中で思っているパーセンテージはもっと高いのではないかというふうに思います。それから、自分の会社を設立し、発展させるということになりますと、MITに比べて半分しかいない。この辺が、ベンチャービジネスがなかなか起きにくいという問題になっているかと思います。
いずれにしても、申し上げたいのは、これだけ画一的な思考を若者がしているということです。
それから次のページをごらんいただきますと、これは中教審でも使わせていただきましたが、小学館のアンケート調査であります。
小学四年、小学六年の男の子と女の子についての調査でありますが、小学校四年生男子では、一位が野球選手、二位がサラリーマン、三が漫画家。当世の世相を反映しております。女子の方は、四年生ですが、一位が先生、二位が看護婦、ここにも漫画家が出てきております。
これが小学六年になりますと、男の子はサラリーマンが一位になりまして、この一位のなり方が物すごい比率であります。これはもう二位以下がほとんどいませんで、ほとんどが一位のサラリーマンという結果であります。女子の方は非常に健全でありまして、一位が保母さん、二位が教師で、三位が漫画家、四位が看護婦という状況になっておりまして、どうも申し上げにくいのですけれども、しばらくはというか、日本は女性に頼らざるを得ないかなというふうな気が、このデータを見ていたします。
いずれにいたしましても、私が申し上げたいのは、これだけ画一的な思考が若者の中に広がっているという点でありまして、これを何とかしたいというのが第三分科会の議論のベースになっております。
具体的な提案についてはお読みいただければおわかりいただけると思いますが、私の方は、後ろの三十五ページ以降でごらんいただいた方がおわかりいただきやすいかと思いますので、少し残りの時間を使って、三十五ページ以降をポイントだけ説明をさせていただきます。
柱が三本ございまして、「具体的提案」のところに、「独創的、創造的な活動ができる人材の育成」。それから次のページに参りまして、次のページの右側、「高い専門性と広い教養を備えた、社会の各分野でリーダーとなる人材の育成」。三番目が、職業観、勤労観の問題でございます。
一番最初の「独創的、創造的な活動ができる人材の育成」、これは座長の江崎先生、それから金子先生もおっしゃいましたけれども、要するに一人一人の子供たちが持つ能力、個性に合った教育システムを何とかつくるべきだという主張でございます。
そのために、先ほどの白川先生、私がおりました東京工業大学の卒業生で、大変喜んでおりますが、いい先生プラス小人数教育というものをどうしても日本で導入しなければいけないと、私どもは強く主張した次第でございます。と同時に、習熟度別学習もどうしても必要だろう。習熟度別学習といいますと進んだ子だけというふうに考えられがちですが、そうばかりではありませんで、ゆっくり進む子、そして大器晩成といいますか、将来非常に才能が花開く子、たくさんおります。そういうことで、ぜひ習熟度別学習というシステムを導入したいという提案でございます。
と同時に、先ほど出ました日本の教育の病理現象のあらわれとして、不登校、それからいじめ、自殺、そういうものが多発しております。詳しく見ますと、不登校、いじめはほとんど中学校で起きております。中学校の二年、三年です。圧倒的にプロポーションとしては高くなっております。これは、とりもなおさず、要するに高校受験あるいはその先の大学受験ということを意識させられる余りに、非常に子供たちがプレッシャーを受けているという結果だと私どもは判断いたしまして、そういう意味で、高校受験のない中高一貫教育のシステムを拡充したらどうだろうか。
ここには「半分ぐらい」と書いてありますが、よく、どうして半分かというふうな御質問を受けます。特に理由はございませんが、とにかく、冒頭申し上げましたように、できるだけ国民のオプションを広げるということからしますと、従来型と中高一貫、一対一ぐらいであった方がいいのではないかということからの提案でございます。
それから次に、大学レベルの問題でありまして、子供たちにプレッシャーを与えているのが、先ほど申し上げました高校入試、あるいは大学入試であります。どうしてプレッシャーを与えるかというと、いろいろ、冒頭申し上げたような画一思考もありますが、大学入試も全国的に見ると随分形態も変わってきておりますが、依然として特定の影響力のある大学の入試というのは変わっていない。いわゆるペーパーテスト中心であります。そうすると、どういう問題を出しても、ペーパーテストというのはやはり反復練習が一番効果がございます。そういうことで、非常に小さいときから受験勉強が始まるということで、何とかこの大学入試を変える必要があるのではないかという主張をいたしました。
恐らく、ペーパーテストだけでセレクションをしている国というのは世界でも余りありませんで、欧米諸国ではゼロと言ってもよろしいかと思います。もちろん学力も見ますけれども、そのほかに、高等学校時代にどういうボランティア活動をやったか、それから高等学校時代にどういうビヘービアをしたか、いわゆる調査書、そういうものが大きな参考になりますし、また、インタビューというものも非常に重要な要素となっております。そういうふうなことを日本の大学入試でもぜひ取り入れてもらいたいということでございます。
それからその次に、世の中をかなり騒がせておりますが、大学入学の年齢制限の撤廃であります。これは要するに、撤廃をしようという訴えをしましたが、全部やれということではありませんで、大学がオプションでおやりくださいという訴えかけでありました。これは、先ほど申し上げました、どうしても日本の社会に非常に根強く残っている年齢へのこだわり、これに対するブレークスルーをつくりたいということからの提案でございます。
それから次の、リーダーの育成に関しましては、世界の国々を見て、殊に先進国を見ておりますと、やはり国を引っ張っていくような方々というのは非常に高い専門性を持った方が多い。英国なんか見ておりますと、ほとんどそうであります。そういうことから、ぜひ大学、大学院の再編成をやろう。つまり、大学院では高度な専門知識をつけられるようなシステムにしよう。それで、学部の方は、そこに書いてございますように、教養教育でありますとか専門基礎、そういうところの教育に徹底をして、専門性の高い教育は大学院でやろうという訴えかけをさせていただきました。
また、日本の大学というのは入りにくくて出やすいという御批判を非常にいただいています。これは、厳密に言いますと余り正しくはありませんで、私もヨーロッパの事情を多少知っておりますが、理工系に関しては日本の学生も相当勉強をしております。決して負けないとは申し上げられませんけれども、かなり勉強しているということですが、大学総体としては、確かに日本の大学というのは入りにくくて出やすいということでありますので、何とか成績評価を厳格化する方法はないかということでの、例えば日本版GPA制度の導入等を提案いたしております。
最後に、非常に大事な点でありますが、職業観、勤労観の問題です。一九九〇年に中学校を出られた方が百九十七万人おります。それが、二〇〇〇年の時点で何と六十万弱が無業者であります。フリーターでございます。こういうふうに勤労観、職業観が非常に希薄化しているということで、特にこの項を設けて提案をさせていただきました。
全体としてまとめますと、要するに、一人一人の個性、それから適性、能力もそうですが、そういうものに合った教育システムが何とか展開できないか。それからもう一つ、ほかの分科会でも出ましたが、国民のオプションをできるだけ多くするような教育システム、そういうものを導入することによって一律主義から脱却し、ひいては非常にフレキシブルでダイナミズムに満ちた社会を構成したいというのが第三分科会の提言のねらいでございます。
以上で私の説明を終わらせていただきます。どうもありがとうございました。(拍手)