池坊保子の発言 (文教委員会)
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○池坊委員 公明党の池坊保子でございます。
本日は、お忙しい中、四人の参考人の先生方には、お出ましいただきましたことを心より感謝申し上げております。ありがとうございます。
私は、今出ました教育基本法についてどのようにお考えかをお一人ずつお聞かせいただけたらというふうに思っております。
私は、この教育基本法は、今までも出ましたけれども、大変にすばらしい理念を持っていると思います。そして、理念というのはどんな時代にあっても世界に共通すると先ほど河村先生はおっしゃいましたが、人間の基本というものは普遍的なものであって、この国にだけ通用するというのは本来おかしいことであって、教育の基本というのは世界に共通し、そしてどんな時代にあっても変わらないものこそが大切なんだと思っております。
理念はしっかりと高いものを掲げ、そしてそれを実行していくことこそが大切です。むしろ、これが教育現場の五十三年間の土台でなかったからこそ、この教育荒廃があるのではないかというふうに私は思っております。私は、これが実行されなかった、それは教師だけではございません、親も含めて尊重されなかったということが今日のこの教育問題を生んだのではないかと思うのです。
例えば、教育の目的は、「人格の完成をめざし、平和的な国家及び社会の形成者として、真理と正義を愛し、個人の価値をたつとび、勤労と責任を重んじ、自主的精神に充ちた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない。」もしこれが本当に教育現場で行き届いていたならば、こんな権利だけを言う、あるいは自由とは何であるかを履き違えるような子供は生まれなかったのではないかというふうに私は思っております。
総理は教育勅語にもいいところがあるとおっしゃいましたけれども、私は、戦後に生まれましたので教育勅語を知りません。今それを持ち出されても、ちょっと違和感を覚えます。
それからまた、伝統文化の尊重というのは、私は京都に住んで、六百年続きました日本の伝統文化の一つである生け花の発展、育成に尽力してまいっておりますから、それが書かれますことは結構ではございますけれども、では、そういうふうに条文化されて、一体どう変わっていくのかという気もいたしております。
先ほど江崎先生は、伝統文化は歴史志向であるとおっしゃいました。ちょっとこの歴史志向というのが、私には意味がわかりません。伝統文化というのは歴史遺産ではございません。数多くの伝統文化は自助努力の中で今日まで生き続けてまいりましたし、生き続けてきたのは、要らないものを取り去り、いいものを取り入れ、取捨選択し、変革し続けてきたからこそ今日まで生きてきたわけでございます。そして、それは大衆のエネルギーによって支えられ、また大衆の感性の発露のたまものではないかと思うのです。
ですから、確かに文化行政はお粗末ではございますけれども、あるいは基本法にそんなことを入れたからといって、みんなが尊重するのかなという気持ちもございます。
それと、私は、基本法を検討するのはもちろんやぶさかではございませんけれども、その前に、二十一世紀はどんな日本の国をつくりたいのか、教育というのは何のためにあるのか、人間としてすばらしい生き方というのはどういうことなのか、そういう価値の構築というものが先になければ基本法もできないのではないかというふうに考えております。これは私の意見でございますが、その辺、それぞれの先生方の御意見をお伺いしたいと存じます。