加藤周一の発言 (憲法調査会)
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○参考人(加藤周一君) 今、議長から御指名をいただいた加藤でございます。およそ二十分ぐらい憲法についての私の意見あるいは感想を申し上げたいと思います。
私がきょうお話しするのは、憲法の精神というか、大きな原則についてであります。個々の問題については、二十分間でもありますし、細かい技術的な問題には立ち入りません。
憲法の精神というか原則は、非常に大きな特徴が三つあって、一つは平和主義ですね、具体的には憲法前文及び第九条と関係していると思いますが。それから二番目は、国民主権、それが第二点ですね。それから第三は、人権の尊重ということだと思います。その三点が非常に大きな原則的な問題で、憲法の全体に浸透していると思うんですが、したがって、相互の関連もありますけれども、明治憲法と比較したときは、今申し上げた三つの点で、平和主義とそれから国民主権と人権尊重ということは明治憲法と現行憲法との一番大きな違いだろうと思いますね。
それから、外国の憲法と比べた場合、殊に民主主義的な国の現在の憲法という点では、目立つのは第二点と三点、国民主権というのが圧倒的な多数の場合にそうですね。それから、人権尊重ということも入っています。ただ、平和主義は、それが徹底した形で、日本国憲法において徹底した形では外国にないですね。少なくともほとんど全くないですね。特徴だと思います。
ですから、明治憲法との比較による現憲法の特徴は今申し上げた三点全部、それから外国の憲法と比較した場合、非常に目立つ独特な点は平和主義であります。殊に軍備放棄を含むところの平和主義ですね。
この憲法の成立の事情に関しては、これは占領下につくられたものですから、戦争直後の占領下で二つの目的が最初あった、つくられたときは。第一は、戦争直後ですから日本を非軍事化する、それで非武装化するということですね。第二点は、同時に民主化です。その二つの点で憲法はつくられたというふうに言えると思うんですね。
その第一の非軍事化という点は、占領軍側の戦争の原因に関する意見と密接に絡んでいます。
その第一は、もちろん武装解除するということが第一点ですが、つまり軍備放棄ですね。しかし、それだけではなくて、戦争の背景になったのは国家神道だという考えが占領軍にあって、したがって政教分離ということを非常に強調していますね。
それからもう一つは、経済的な背景については財閥解体と農地改革です。そういうことは、日本の非武装化ということと密接に絡んでいる。しかし同時に、民主化とも絡んでいるんですね。だから、民主化と戦争放棄、この武装解除ということは占領軍の考えの中で密接に絡んだものだったと思います。
ですから、そういうことが、占領政策としてはそういう憲法をつくるということであったわけですが、それでそれは押しつけと言えば押しつけなんですね、言葉の問題ですが。しかし、それは必ずしも日本側がそれを歓迎しなかったということでないので、例えば平和主義は、人権尊重は非常に日本側が自発的にそれを受け入れたということがあると思いますが、成立事情の細かいことにはここでは触れません。しかし、根本的にはそういうことだと思いますね。
その後で、占領政策に変更があって変わってきますから、それで同時に改正の方角へ向かって、憲法を変える方角へ向かっての占領軍側、殊に米国からの圧力が強くなったと思うんですね。ですから、その押しつけ議論というのは、一言で申し上げますと、憲法を押しつけられたという議論だと憲法改正を押しつけられているわけ。だから、もし押しつけが嫌だったら憲法改正をしないことがつまり現時点での押しつけに対する抵抗ですね。ですから、その両方一緒にまとまって憲法は押しつけであって同時に憲法改正は押しつけでないという議論をとられても、その二つは関連していると思います。
そこで、きょう私が少し細かく入りたいと思うのは憲法第九条です。なぜならば、単に明治憲法との比較においてではなくて、ほかの国の憲法との比較においても非常にユニークというか、特徴的なのが平和主義ですから、だからその平和主義の内容は第九条でも殊に強調されている点、あるいは具体化されている点だと思います。
この第九条の武装放棄を含むところの平和主義というのは、私はこれを先取りの考え方、先取りの憲法だというふうに言っていいんじゃないかと思うんです。
第二次大戦後の世界の動きは、第二次大戦前もですね、本当は第一次大戦から始まっていると思いますが、だんだんに戦争を、国際協定や条約やあるいは国際法に該当するような、最初は国際連盟、後は国際連合の原則としても戦争を制限していこうということがだんだんに強くなって、これは世界の一般的傾向だと思います。第一次大戦の場合はほとんど野放しで、それから第一次大戦後でも第二次大戦前にはかなり強く、少しずつ出てきていますけれども、全体としてはまだ戦争の制限というのが少なかったと思うんですね。第二次大戦後になるとそれが大変強くなってくるんです。
だから、一般に戦争は非合法である、やらない方がよろしいという考え方が非常に強くなって、皆さんが十分に御承知のように、国連が正当化している戦争は二つしかないんですね。一つは、自衛というので正当防衛に該当する場合ですね、その国が直接に武器攻撃を受けた場合に反撃するという。それから第二は、国連の安全保障理事会の委任があった場合には軍事行動をとることができるというのが二つだと思います。それが国連による正当化された武器使用の二つの場合だと思うんです。それ以外は、もし国連憲章を現在有効であるところの国際法理に妥当するものと考えれば、そのほかの戦争は非合法ということになります。それはかなり強い戦争の制限ということになると思うんですね。それが例外ではあるわけです。
しかし、平和維持のためには抑止力という考え方、だから軍備は使わないための軍備ということで、抑止力という考え方ができます。平和維持のための抑止力は正当化されるということですね。
それから四番目は、人権とかそれから人道的目的のためには、場合によってというのは、国連の安全保障理事会の委託があれば武器を使用することが正当化されるという考え方ですね。それは、いわゆる国際的責任の問題にも絡んでくると思います。
大体四つ、例外的である。そのほかの戦争は除外されるという方角に動いてきている、世界は。もっと先まで行くと、除外例を設けないで、そもそも交戦権を放棄して、したがって軍事力全面を放棄するというのが日本の憲法だと思います。
そうすると、大ざっぱにいきまして三つの段階があると思うんです。第一の段階はコントロールがないという。第二は、戦争をいろんな手段で制限するけれども例外を設けているんですね、今申し上げたような。それで第三は、例外と考えないで全面的に戦争放棄という立場をとれば日本国憲法ということになります。
ですから、世界の戦争に対する態度、その発展の歴史的過程の流れでいうと非常に先に進んでいるんですね。まだそういう国が日本以外にないから、だからそういう意味で先取りというふうに言えるんじゃないかと思います。
そこで、今申し上げた点には、しかし問題点があると思うんですね。ということは、つまり日本国憲法がなぜ例外条件を設けなかったかというと、例外条件に疑問点がかなりあるからだと思います。
それで、その第一の点は自衛ということなんですが、自衛の定義は非常にあいまいなんですね。それは、政治情勢もそうですが、地域についてもあいまいで、要するに自衛という概念は非常に茫漠とした概念なんですね。近代になってから今まで戦われた多くの戦争は、ほとんど、非常に多くは自衛の名のもとに行われているわけですよ。ですから、自衛のためは例外だというと例外がどこまでも拡大する可能性を含んでいるわけなんで、それが弱点ですね、自衛論の議論の。
日本憲法よりも先に自衛のために武器を用いることに決定的に反対したのは多分ガンジーだと思いますね。ガンジーは、英国植民地であったときのインディアで、守るため、独立を獲得するための手段として武器放棄をしているわけですね。しかし、抵抗を放棄したわけじゃないんで、非合法の抵抗も含めてただ武器を用いないということだったと思います。これは原則、それから倫理的な問題にも絡むところの原則が一つの根拠ですが、しかしそれだけではなくて、大変現実的な政策でもあったんですね。
もしインドが第二次大戦の前に武器を用いる独立運動をすれば、武力がシンメトリカルじゃない、つまり英国の武力は非常に強大ですから、だからむしろ英国による武力の使用を誘発することになってしまうんですね。それで、結果は目に見えておるわけで、ですから、現実的な政策としてガンジーが考えたのは、単に倫理的な正当化じゃなくて、武器を使わないということはそうじゃなくて、最も現実的な目的合理性のある政策だったからそれをとったという面を含んでいます。これは大変示唆的な問題じゃないかと思うんですね。
日本の場合には、自衛の問題は、もう一つは一般に地上のある国が武装をしていないと侵略されるとかされないとかという議論はほとんど内容がないと思うんですよ。意味をなさないと思うんですね。そういう一般論はできないわけですね。例えば、米国の場合と今の日本の場合、それからイスラエルの場合、あるいはパレスチナの場合は国がないんですから、まだ、ですからそういう場合とでは余りにも条件が違うわけですね。
ですから、一般論をすることは非常に困難だと思いますから、別の言い方をすれば、具体的に自衛の問題を論じるには想定される攻撃、つまり日本に対する攻撃が想定されなければ非現実的、単なるアカデミックな問題になってしまうんですね。だから、政治問題にしようとすると、具体的にどういう可能な敵があるかということ、あるいは侵略者が考えられるかということです。初めに考えられたのは、第二次大戦後は冷戦のコンテクストの中でソ連と中国ですね。そして、それは政府だけではなくて日本の言論界、ジャーナリズムでも非常にしばしば言われたでしょう。敵は、ソ連と中国の脅威に備えるということだったと思いますね。
そこで、日米安保条約とか軍事的な日本側の再軍備とかいろいろなことが起こったわけですが、最初に落ちたのは中国だと思います。一九七二年に、あの田中内閣のときに、日本が北京を承認してそして友好条約をつくりますと、そうすると中国の脅威という話は消えたんですね。政府側の議論の中からも消えましたけれども、日本のジャーナリズムの中からはかき消すように消えた。
だから、中国の脅威なるものは、日本の再軍備が進んだから、あるいは安保条約の運転がより有効になったから中国の脅威が消えたんじゃないでしょう。一晩では消えないですから、そういうのはね。そうではなくて、日中条約ができたからなんですね。外交的な手段とそれによって生じるところの政治的状況が二国間関係というものにいかに決定的な影響を及ぼすかということです。脅威がなければ自衛の問題はかなりアカデミックな問題になる。
その次はソ連。そこでソ連が可能な脅威だったんですが、分解してしまってソ連がなくなって冷戦の終わりということになると、ソ連の脅威というのはなくなりました。そして、それも非常に早く消えたですね。
その三番目の候補者として北朝鮮、朝鮮人民共和国、そしてそれは中国よりも小さい、ソ連よりも少し小さい国でしょう。そして、それの脅威という話ですが、これもことしになってから南北朝鮮間の会談ができると非常に怪しくなってくるんですね、その軍事的脅威は。
そういうわけですから、自衛の問題というのは、日本において徹底的に武装しなければ日本の安全が守れないという議論は非常に弱くなっているんじゃないかと思います。
その二番目は、自衛ではなくて国連の安全保障理事会によるマンデート、委託決議があったときに武力を使うということですが、これは実際的にそういう武力介入が効果があったかどうかというのは大体大いに疑問なんですね。第二次大戦後にそういうふうなこと、うまくいった場合もあると思いますが、まずくいった場合の方が多いと思います。殊に大規模な軍事介入は成功していない、目的を十分に達していないと思います。
例えば、第一のは湾岸戦争ですね。第二はコソボのユーゴスラビア爆撃ですが、湾岸戦争は国連の委託があってやった戦争ですから、それでイラクはクウェートに侵入していますから非合法ですね。それは国際法違反であって、それに対して国連の安全保障理事会の委託があって介入したんですから、それは合法的介入というふうに言えると思います。ただ、どういう目的を達成するための戦争だったかというと、それはイラク懲罰という以外に余りないんですよね。クウェートからの撤退は必ずしもあれほどの大戦争をしなくても既にほとんど成就されていたわけで、ですから、どういう目的を湾岸戦争が達成したかという点からいえば、大変疑わしいと思います。
ユーゴスラビア爆撃の場合は、私がさっき申し上げたように、現在の国連憲章によって正当化されている戦争行為ではないですね。ですから、その意味では非合法ということになるわけなんですね。結果はどうかというと、あのときの最大の目的はコソボからの難民を救うということだったんですね。難民の数は爆撃の前よりも後の方がふえています。だから、必ずしもその目的を達成していない。
そういうわけで、国連の安全保障理事会の委託があれば戦争が正当化されるというのは疑わしいですね。そういう意味で、国際的責任を果たすことが直ちに国連マンデートのある戦いに参加するということを意味しないと思います。
それから三番目は抑止ですが、抑止というのはこれは今に始まったことではないので、戦後には冷戦下で核武装の競争があったときにそういう言葉がはやりましたけれども、実はその抑止という考え方は非常に昔からあるんですね。もし平和を望むならば戦争の準備をしろというのはローマからあるわけなんで、これはラテン語の格言ですが、抑止という考え方はずっと歴史を一貫しているわけですね。中国でも戦国時代がたびたびあって、やはり抑止という考え方、孫子にも出てきますけれども、だけれども実際には戦争が行われたわけですね。
抑止が戦争を抑止した例はない、残念ですが非常に少ないです。いつの時代にも戦争があって、そして抑止理論はいつの時代にも盛んに言われていたことなんですから、だからほとんど経験的には証明されたに近い。抑止によって平和を維持するというのは幻想ですね、今まで二千年間なかったんだから、そういうことは。では、抑止なるものは何を抑止したかというと、それは戦争反対の言論を抑止したんですよ、戦争を抑止したんじゃなくて。抑止理論がきいているのは、言論の抑止であって戦争の抑止ではないです。
それから四番目は、人権のためということですね。これは二つの難点があるんですね。
一つは、やはりさっきちょっとコソボに触れたように、人道的目的で武力を使った場合に、実際に……