加藤周一の発言 (憲法調査会)
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○参考人(加藤周一君) どのように考えるかといってもいろんな面があると思いますけれども、ちょっと難しいところがあるとは思うんですけれども、市民という言葉は出てこないんですよね。憲法の中には市民ということは強調していないわけで、私は、人と市民との関係というのは、市民の一つの定義の仕方は、政治、社会の問題に参加するときに、参加が市民にすると思うんです、個人の。だから、つまり一人でもってそっと暮らしていれば人であるけれども、個人であるけれども市民でなくて、社会的に、社会の方角に参加すればそれは市民になるんだと思うんです。国家は市民の集合が民主的な社会、民主的な国家というふうに思うんですね。
ですから、いきなり国家と人との関係じゃなくて、日本国に住んでいる人すべてと国家との関係じゃなくて、市民と国との関係というふうになると思うんです。人と国家との中間に市民があるんじゃないか。だから、市民にならなければ国家との関係が出てこないというふうに言ってもいいんじゃないかなというふうに思うんですけれども。それで、日本の伝統は、初めは徳川幕府でしょう、その次は明治憲法で、明治国家で、明治国家の場合も上からですね、欽定憲法と内田さんおっしゃったけれども、まさにそうなんですね。
だから、私が大事なのは国民主権だと言ったけれども、国民主権というのはそれを市民化することですよね。それは大転換なんで、今いろいろ改正の話が出た、時がたったから改正した方がいいということもあるし、それから改正手続をもっといろいろ考えた方がいいという、説得的な議論だと思いますけれども、ただ、改正って、何を変えるか、どういう方角に持っていくのかということが大きな問題だと思いますね。
私は、共有されている基本的価値をどの程度に反映しているかということは、ある意味では世論調査の結果よりもっと大事だと思うんですよ。それはまさにそういうことで、人と国家との関係は、国家主体じゃなくて市民の集合が国家なんだという考え方、それを憲法は反映しているのか反映していないのかという、大事な問題のところですね。それから平和主義がその一つで、武器に対する態度、軍隊に対する態度ですね、そういう基本的な価値だと思うんです。
だから、そういう意味で人と国家との、どういうふうにしたら変えるかとか今変えた方がいいかどうかという問題よりももっと基本的な問題は、みんなが賛成するであろうような基本的な価値、国が人を治めるんじゃなくて、国は人の道具だという考え方、市民の道具だという考え方、それを変えるのか変えないかということ、それを憲法が反映していなければ変える必要があるし、それから反映していれば変えない方がいいと思うんですね。