位田隆一の発言 (文教・科学委員会)
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○参考人(位田隆一君) 京都大学大学院法学研究科で教官をしております位田でございます。同時に、ユネスコに国際生命倫理委員会というのがございまして、そこで九八年以来委員長をさせていただいております。
本日は、この非常に重要な法案についての審議に関連して参考人としてお招きいただきまして私の意見を申し上げることになりまして、どうもありがとうございます。
私は、特に生命倫理という観点からお話を申し上げたいと思っております。クローン技術の科学的なことに関しましては後ほど井村先生の方からお話があると思いますので、科学的なことは井村先生の方にお願いをいたしまして、私はきょうは二つのことをポイントにしてお話をしたいと思います。お手元の資料を見ていただきますと、一ページ目に「人クローン個体規制のあり方」、そして二ページ目に「特定胚研究の規律の方法」、この二つの点をお話ししたいと思います。
人クローン個体、いわゆるクローン人間をつくるということについて、国際的に禁止することについてはコンセンサスがございます。御承知のように、一九九七年二月にイギリスで羊のドリーがクローン羊として誕生いたしました。その結果、人間についてもクローン技術が適用できるんだ、いわゆるクローン人間をつくることができるということで大きな問題を投げかけました。これに対して、レジュメのところでは一九九八年デンバー・サミットと書いてありますが、九七年の間違いでございます。どうも申しわけございません。九七年にそのドリーが生まれて直後に開かれましたデンバーでのサミットにおきまして、人に対してクローン技術を応用して個体をつくり出すことは禁止するべきであるということに合意を見ました。
人クローン個体をつくることについての禁止という観点からすると、デンバー・サミット以前にも既にイギリス、ドイツ、フランスで国内法がございます。クローンを禁止する国内法ではございませんが、イギリスは胚及び受精に関する研究についての法律、ドイツは胚保護法、そしてフランスでは生命倫理法、いわゆる国内のどちらかといえば一般法に近いものが既にございましたので、これらの国については人クローン個体をつくることについては国内法を適用する形で禁止ができるということになっております。それ以後、九七年のデンバー・サミット以降、多くの国がクローンを人間に適用することについては禁止をするということを表明しております。
必ずしもいずれの国でも立法が行われているわけではありませんが、立法の準備をしている国が少なからずございます。ユネスコの調査によれば、三十数カ国が既に国内法なり宣言なり、もしくは政府の声明なりという形でクローン人間をつくることを禁止しております。国際機関を見ましても、ユネスコの一九九七年十一月に採択されましたヒトゲノム及び人権に関する世界宣言では、人クローン個体の産生を人の尊厳に反する行為であるということで禁止をしております。一つ一つは述べませんが、いずれもWHO、国連、それから欧州審議会等で人クローン個体をつくることを禁止する宣言なり声明、もしくは欧州であれば条約ができております。
人クローンの個体を禁止する方法といたしましてはいろいろな方法があるかと思いますが、我が国のように拘束力ある法律による禁止というのが最も実効性がある方法であると思います。実は、法律をつくらないということは拘束力のない禁止を意味するわけでありまして、もし我が国で人クローン個体の産生を禁止するという法律がなければ、実質上我が国では禁止をしないと国際的に宣言をするのに等しいというふうに考えられます。こういうふうな拘束力のある法律をつくらないということは、むしろ人間の尊厳に反する行為に対する態度としては極めて不十分な処理の仕方であろうかと思います。とりわけ、最近話題になっておりますように、宗教団体を中心として、アウトサイダーが日本でクローン人間をつくる事態、これが現実のものになってきておりますので、早急に対処する必要があると思います。
先ほど申しましたように、外国でも法律により禁止する国がふえつつあります。我が国では、生命倫理一般法をつくってからクローン禁止をするべきだという議論がございます。確かに、生命倫理一般法をつくるのは理想的なやり方でありますけれども、同時に、日々生起する生命倫理の問題について適切に対処する必要もございます。一方で、一般的に生命倫理に対する考え方を醸成し、他方で個別の処理をするというのが現実的なやり方だと思います。そういう意味では、今回の法案のような、いわゆる個別法もしくは特別法と言われる形でヒトクローンの産生については禁止をするというのは極めて妥当なことだと思われますし、同時に、生命倫理全般に関して我が国のとるべき立場について議論を続けていくことは言うまでもなく必要なことでございます。
いずれにしましても、従来から我が国では法によって何らかの規制をする、もしくは法をつくって規律をするという場合に個別法の方式をとってきておりまして、これは十分に我が国で利用されてきている方法でございます。
それでは、法律によって罰則をつけて禁止するということの理由は何なのかということでございますが、生命倫理の一般的な根本基準として人間の尊厳と人権というものがございます。先ほど申し上げたユネスコのヒトゲノムに関する宣言でもわかりますように、クローン人間をつくるということは人間の尊厳と人権に反する行為であるという位置づけが国際的になされております。我が国では人間の尊厳とは何かということについて必ずしも明らかではありませんでしたので、科学技術会議生命倫理委員会のクローン小委員会で議論をいたしました結果、次の三点が人間の尊厳に反する行為であるということが明らかにされました。
一つは、クローン人間をつくって、そのクローン人間から例えば臓器を取り出して自分に移植するということ。これは人間を道具化することであって、もしくは手段化することであって、人間の育種につながる。これが一点。
それから二点目は、個人としての尊重ということをうたっている憲法の理念に反する。つまり、あいつはクローン人間だと言われる、もしくはあの人はクローン技術を使って生まれてきた人だ、そういう形で差別につながるおそれが非常に大きい。こうなりますと、憲法で人間の尊重とうたっているにもかかわらず、これを許してしまうことは憲法違反になるというふうに言っても過言ではありません。
そして第三に無性生殖でありまして、人間の子供が生まれるということについては有性生殖を通じて生まれてくるというのが基本的な認識でございます。ここから逸脱するような行為、これはまさに社会秩序を破壊する行為につながるという認識でございます。
この三つが総合して人間の尊厳に反する行為であるという考え方をとりました。
さらに、これに加えて、生まれてくる子供、クローン人間と申し上げますが、これの安全性についても全く確実ではない。そうすると、生まれる過程で、もしくは生まれてから死んでいく存在を生み出すようなものであるということでございまして、こういったことを総合すれば、反社会的な行為である、具体的には人権及び憲法的な価値に反する行為であって、したがって刑罰で禁止することが妥当であるというふうに考えます。
どの程度の刑罰をかけるかということでございますが、刑事罰の機能は本来抑止力でございまして、違反行為が重大であるということと、その抑止に十分な刑罰をかけるということが対になってございます。クローン人間をつくるということは、先ほど申し上げたように、例えば人間をつくってそこから臓器を取り出す、臓器を取り出せばその人間が死にますので物理的な殺人でございますし、しかも個人の尊重もしくは人権の侵害という意味では精神的な殺人にも当たるというふうに思います。こういう点で、懲役の十年ということは合理的な刑罰の重みであるというふうに思います。クローン人間をつくることが従来の刑事犯罪と比べて何に該当するか、これを余り議論しても意味がないかと思います。といいますのは、従来の刑事犯罪にない新しい種類の刑罰だからでございます。
以上が、クローン人間をつくることについての禁止の問題でございます。
続きまして、この法律に規定される予定になっております特定胚の研究についての規律の考え方について意見を申し上げます。
特定胚研究というのは、科学研究、具体的に申しますといわゆる生命科学の研究の一つでありまして、科学研究の自由というのは思想の自由でございます。日本国憲法の第二十三条に言う学問の自由に当たります。
科学というのは未知のものへの好奇心、真理の探求というふうに言いかえてもいいかと思いますが、真理の探求と進歩への欲求、この二つを柱として科学というものが発展してくるというふうに思います。科学研究の自由を認める意味もまさにそこにあるわけでございまして、この科学研究の自由を奪ってしまうということは人間の命を奪う、精神的に命を奪うということにも等しい、一言で言えば人権は命であるというふうに考えるのが正しいかと思います。それゆえに、安易な科学研究の自由の制限は許されないというふうに考えます。制限が許されるのは社会の価値や秩序が脅かされるときに限るべきでございます。
しかしながら、他方で、科学は人間社会の活動でございますので全く規制を受けないというわけではありません。規制をするもしくは禁止をする場合には、合理的で十分な理由と、そしてそれに見合う手段、方法が必要でございます。法によって完全に禁止するというのは、ある意味では最後の手段でございます。
特定胚研究を具体的に取り上げますと、その研究の意味というのはさまざまな医学的な応用が見込まれています。確かに、胚という問題について考えますと、ヒトの胚は人間の生命の萌芽であるということが一般に理解されております。科学技術会議生命倫理委員会のもとでのヒト胚研究小委員会の議論でも胚は生命の萌芽であるという位置づけがなされております。したがって、慎重な取り扱いが必要なのは言うまでもありません。しかしながら、胚が直ちに人の命である、人の命そのものである、もしくは、もう少し敷衍して言いますと、人間であるというふうには言い切れないところがございます。
我が国では胚の取り扱いについてコンセンサスはまだないと考えております。そうなりますと、特定胚を研究して得られる成果の有用性と生命の萌芽の保護というものをどう調和させて科学研究を進めていくかということが問題になります。この点で、一つは、通常のヒトの胚にはまだなっていないというのが特定胚でございますし、しかもその有用性を考えてみますと、治療不能であった疾病等への新しい治療法の可能性があります。したがって、結論的には特定胚の研究は何らかの形で認める必要性がございます。この場合には、胚の取り扱いを慎重に行いながら特定胚研究の進展を支援する必要が実は国家の側にあると私は思います。
科学研究一般に対する規制の方法といたしましては、一つは許可制、もう一つは届け出制というものがございます。許可制というのは、すべて一応禁止して、そして条件に合うもののみ許可をするというやり方でございます。それに対して届け出制は、原則は自由でありますけれども、規制の必要なもののみ届け出を義務づけまして、自主性を尊重するというやり方でございます。さきに述べました科学研究の自由の意義及び特定胚研究の意味ということから判断をいたしまして、私は届け出制が妥当な方法であるというふうに考えます。
と申しますのは、特定胚の研究をすべて禁止するべき程度にまで社会の価値や秩序を脅かすものであるかどうかということが問題でございます。特定胚そのものというものは、先ほど御説明をいたしました人クローン個体をつくり出すことであるとか、いわゆるヒトと動物のまざり合ったような、ヒトの亜種というふうに申し上げますが、そういった個体をつくり出すこととは異なります。そういう意味で、社会の価値や秩序を極めて大きく脅かすというふうには言えない研究であろうと思います。
許可された研究のみに対して研究を認める、つまり全部を禁止して少し窓口を広げておくというのは、科学の進歩をかえって阻害するおそれがあります。科学者にとっては自己規制に基づいて積極的な好奇心を活用するのが重要でございまして、許可された研究のみに研究を限定するのは国が科学研究の自由をコントロールすることにつながると思います。
以上をまとめて少し生命倫理一般についてのお話を最後にいたしたいと思いますが、今後の我が国の課題といたしましては、人の尊厳と人権の尊重を確保しながら生命科学の進歩を図るということにあるかと思います。
生命倫理というのは、生命科学の進歩をストップさせることが目的ではございません。尊厳と人権を尊重しながら科学を進歩させるということにこそ生命倫理の意味がございます。その場合には、人の生命の重みと個人の尊重を一方で考えながら、他方で科学及び科学者への信頼を得ることによって、同時に科学者の責任、とりわけ科学者のいわゆる説明責任と最近言いますが、そういった責任と、そして社会が科学及び科学者に対して持つ関心を深めていくということが課題になります。
我が国における生命倫理は、こういう上に述べた二つの点を基盤にして、幅広い議論からコンセンサスを得ることによって行動規範が醸成される、この行動規範こそが生命倫理であるというふうに思います。
以上で私の意見を終わります。どうもありがとうございました。