文教・科学委員会
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会
会議録情報#0
平成十二年十一月二十四日(金曜日)
午前十時開会
─────────────
委員の異動
十一月十七日
辞任 補欠選任
和田 洋子君 小林 元君
十一月二十日
辞任 補欠選任
日下部禧代子君 照屋 寛徳君
十一月二十一日
辞任 補欠選任
照屋 寛徳君 日下部禧代子君
十一月二十二日
辞任 補欠選任
本岡 昭次君 小宮山洋子君
福本 潤一君 益田 洋介君
─────────────
出席者は左のとおり。
委員長 市川 一朗君
理 事
岩瀬 良三君
亀井 郁夫君
佐藤 泰介君
松 あきら君
日下部禧代子君
委 員
阿南 一成君
有馬 朗人君
佐藤 泰三君
中曽根弘文君
松村 龍二君
水島 裕君
小林 元君
小宮山洋子君
佐藤 雄平君
益田 洋介君
畑野 君枝君
林 紀子君
田名部匡省君
政務次官
科学技術政務次
官 渡海紀三朗君
事務局側
常任委員会専門
員 巻端 俊兒君
参考人
京都大学名誉教
授
科学技術会議議
員 井村 裕夫君
京都大学大学院
法学研究科教授
ユネスコ国際生
命倫理委員会委
員長 位田 隆一君
三菱化学生命科
学研究所主任研
究員 ぬで島 次郎君
─────────────
本日の会議に付した案件
○理事補欠選任の件
○参考人の出席要求に関する件
○ヒトに関するクローン技術等の規制に関する法
律案(内閣提出、衆議院送付)
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この発言だけを見る →午前十時開会
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委員の異動
十一月十七日
辞任 補欠選任
和田 洋子君 小林 元君
十一月二十日
辞任 補欠選任
日下部禧代子君 照屋 寛徳君
十一月二十一日
辞任 補欠選任
照屋 寛徳君 日下部禧代子君
十一月二十二日
辞任 補欠選任
本岡 昭次君 小宮山洋子君
福本 潤一君 益田 洋介君
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出席者は左のとおり。
委員長 市川 一朗君
理 事
岩瀬 良三君
亀井 郁夫君
佐藤 泰介君
松 あきら君
日下部禧代子君
委 員
阿南 一成君
有馬 朗人君
佐藤 泰三君
中曽根弘文君
松村 龍二君
水島 裕君
小林 元君
小宮山洋子君
佐藤 雄平君
益田 洋介君
畑野 君枝君
林 紀子君
田名部匡省君
政務次官
科学技術政務次
官 渡海紀三朗君
事務局側
常任委員会専門
員 巻端 俊兒君
参考人
京都大学名誉教
授
科学技術会議議
員 井村 裕夫君
京都大学大学院
法学研究科教授
ユネスコ国際生
命倫理委員会委
員長 位田 隆一君
三菱化学生命科
学研究所主任研
究員 ぬで島 次郎君
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本日の会議に付した案件
○理事補欠選任の件
○参考人の出席要求に関する件
○ヒトに関するクローン技術等の規制に関する法
律案(内閣提出、衆議院送付)
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市
市川一朗#1
○委員長(市川一朗君) ただいまから文教・科学委員会を開会いたします。
委員の異動について御報告いたします。
去る十七日、和田洋子君が委員を辞任され、その補欠として小林元君が選任されました。
また、去る二十二日、本岡昭次君及び福本潤一君が委員を辞任され、その補欠として小宮山洋子君及び益田洋介君が選任されました。
─────────────
この発言だけを見る →委員の異動について御報告いたします。
去る十七日、和田洋子君が委員を辞任され、その補欠として小林元君が選任されました。
また、去る二十二日、本岡昭次君及び福本潤一君が委員を辞任され、その補欠として小宮山洋子君及び益田洋介君が選任されました。
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市
市川一朗#2
○委員長(市川一朗君) 理事の補欠選任についてお諮りいたします。
委員の異動に伴い現在理事が一名欠員となっておりますので、その補欠選任を行いたいと存じます。
理事の選任につきましては、先例により、委員長の指名に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
この発言だけを見る →委員の異動に伴い現在理事が一名欠員となっておりますので、その補欠選任を行いたいと存じます。
理事の選任につきましては、先例により、委員長の指名に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
市
市
市川一朗#4
○委員長(市川一朗君) 参考人の出席要求に関する件についてお諮りいたします。
ヒトに関するクローン技術等の規制に関する法律案の審査のため、本日の委員会に参考人として京都大学名誉教授・科学技術会議議員井村裕夫君、京都大学大学院法学研究科教授・ユネスコ国際生命倫理委員会委員長位田隆一君及び三菱化学生命科学研究所主任研究員ぬで島次郎君の出席を求めたいと存じますが、御異議ございませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
この発言だけを見る →ヒトに関するクローン技術等の規制に関する法律案の審査のため、本日の委員会に参考人として京都大学名誉教授・科学技術会議議員井村裕夫君、京都大学大学院法学研究科教授・ユネスコ国際生命倫理委員会委員長位田隆一君及び三菱化学生命科学研究所主任研究員ぬで島次郎君の出席を求めたいと存じますが、御異議ございませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
市
市
市川一朗#6
○委員長(市川一朗君) ヒトに関するクローン技術等の規制に関する法律案を議題といたします。
本日は、参考人の方々から御意見を承った後、質疑を行います。
この際、参考人の方々に一言ごあいさつを申し上げます。
本日は、御多忙中のところ本委員会に御出席をいただきまして、まことにありがとうございます。
皆様方には、ただいま議題となっておりますヒトに関するクローン技術等の規制に関する法律案につきまして忌憚のない御意見をお述べいただき、今後の審査の参考にいたしたいと存じますので、よろしくお願い申し上げます。
議事の進め方でございますが、まず、位田参考人、ぬで島参考人、それから後ほどお見えになります井村参考人の順でそれぞれ十五分程度で御意見をお述べいただいた後、各委員の質疑にお答えいただきたいと存じます。
なお、御発言は、意見、質疑及び答弁とも着席のままで結構でございます。
それでは、まず位田参考人から御意見をお述べいただきたいと存じます。位田参考人。
この発言だけを見る →本日は、参考人の方々から御意見を承った後、質疑を行います。
この際、参考人の方々に一言ごあいさつを申し上げます。
本日は、御多忙中のところ本委員会に御出席をいただきまして、まことにありがとうございます。
皆様方には、ただいま議題となっておりますヒトに関するクローン技術等の規制に関する法律案につきまして忌憚のない御意見をお述べいただき、今後の審査の参考にいたしたいと存じますので、よろしくお願い申し上げます。
議事の進め方でございますが、まず、位田参考人、ぬで島参考人、それから後ほどお見えになります井村参考人の順でそれぞれ十五分程度で御意見をお述べいただいた後、各委員の質疑にお答えいただきたいと存じます。
なお、御発言は、意見、質疑及び答弁とも着席のままで結構でございます。
それでは、まず位田参考人から御意見をお述べいただきたいと存じます。位田参考人。
位
位田隆一#7
○参考人(位田隆一君) 京都大学大学院法学研究科で教官をしております位田でございます。同時に、ユネスコに国際生命倫理委員会というのがございまして、そこで九八年以来委員長をさせていただいております。
本日は、この非常に重要な法案についての審議に関連して参考人としてお招きいただきまして私の意見を申し上げることになりまして、どうもありがとうございます。
私は、特に生命倫理という観点からお話を申し上げたいと思っております。クローン技術の科学的なことに関しましては後ほど井村先生の方からお話があると思いますので、科学的なことは井村先生の方にお願いをいたしまして、私はきょうは二つのことをポイントにしてお話をしたいと思います。お手元の資料を見ていただきますと、一ページ目に「人クローン個体規制のあり方」、そして二ページ目に「特定胚研究の規律の方法」、この二つの点をお話ししたいと思います。
人クローン個体、いわゆるクローン人間をつくるということについて、国際的に禁止することについてはコンセンサスがございます。御承知のように、一九九七年二月にイギリスで羊のドリーがクローン羊として誕生いたしました。その結果、人間についてもクローン技術が適用できるんだ、いわゆるクローン人間をつくることができるということで大きな問題を投げかけました。これに対して、レジュメのところでは一九九八年デンバー・サミットと書いてありますが、九七年の間違いでございます。どうも申しわけございません。九七年にそのドリーが生まれて直後に開かれましたデンバーでのサミットにおきまして、人に対してクローン技術を応用して個体をつくり出すことは禁止するべきであるということに合意を見ました。
人クローン個体をつくることについての禁止という観点からすると、デンバー・サミット以前にも既にイギリス、ドイツ、フランスで国内法がございます。クローンを禁止する国内法ではございませんが、イギリスは胚及び受精に関する研究についての法律、ドイツは胚保護法、そしてフランスでは生命倫理法、いわゆる国内のどちらかといえば一般法に近いものが既にございましたので、これらの国については人クローン個体をつくることについては国内法を適用する形で禁止ができるということになっております。それ以後、九七年のデンバー・サミット以降、多くの国がクローンを人間に適用することについては禁止をするということを表明しております。
必ずしもいずれの国でも立法が行われているわけではありませんが、立法の準備をしている国が少なからずございます。ユネスコの調査によれば、三十数カ国が既に国内法なり宣言なり、もしくは政府の声明なりという形でクローン人間をつくることを禁止しております。国際機関を見ましても、ユネスコの一九九七年十一月に採択されましたヒトゲノム及び人権に関する世界宣言では、人クローン個体の産生を人の尊厳に反する行為であるということで禁止をしております。一つ一つは述べませんが、いずれもWHO、国連、それから欧州審議会等で人クローン個体をつくることを禁止する宣言なり声明、もしくは欧州であれば条約ができております。
人クローンの個体を禁止する方法といたしましてはいろいろな方法があるかと思いますが、我が国のように拘束力ある法律による禁止というのが最も実効性がある方法であると思います。実は、法律をつくらないということは拘束力のない禁止を意味するわけでありまして、もし我が国で人クローン個体の産生を禁止するという法律がなければ、実質上我が国では禁止をしないと国際的に宣言をするのに等しいというふうに考えられます。こういうふうな拘束力のある法律をつくらないということは、むしろ人間の尊厳に反する行為に対する態度としては極めて不十分な処理の仕方であろうかと思います。とりわけ、最近話題になっておりますように、宗教団体を中心として、アウトサイダーが日本でクローン人間をつくる事態、これが現実のものになってきておりますので、早急に対処する必要があると思います。
先ほど申しましたように、外国でも法律により禁止する国がふえつつあります。我が国では、生命倫理一般法をつくってからクローン禁止をするべきだという議論がございます。確かに、生命倫理一般法をつくるのは理想的なやり方でありますけれども、同時に、日々生起する生命倫理の問題について適切に対処する必要もございます。一方で、一般的に生命倫理に対する考え方を醸成し、他方で個別の処理をするというのが現実的なやり方だと思います。そういう意味では、今回の法案のような、いわゆる個別法もしくは特別法と言われる形でヒトクローンの産生については禁止をするというのは極めて妥当なことだと思われますし、同時に、生命倫理全般に関して我が国のとるべき立場について議論を続けていくことは言うまでもなく必要なことでございます。
いずれにしましても、従来から我が国では法によって何らかの規制をする、もしくは法をつくって規律をするという場合に個別法の方式をとってきておりまして、これは十分に我が国で利用されてきている方法でございます。
それでは、法律によって罰則をつけて禁止するということの理由は何なのかということでございますが、生命倫理の一般的な根本基準として人間の尊厳と人権というものがございます。先ほど申し上げたユネスコのヒトゲノムに関する宣言でもわかりますように、クローン人間をつくるということは人間の尊厳と人権に反する行為であるという位置づけが国際的になされております。我が国では人間の尊厳とは何かということについて必ずしも明らかではありませんでしたので、科学技術会議生命倫理委員会のクローン小委員会で議論をいたしました結果、次の三点が人間の尊厳に反する行為であるということが明らかにされました。
一つは、クローン人間をつくって、そのクローン人間から例えば臓器を取り出して自分に移植するということ。これは人間を道具化することであって、もしくは手段化することであって、人間の育種につながる。これが一点。
それから二点目は、個人としての尊重ということをうたっている憲法の理念に反する。つまり、あいつはクローン人間だと言われる、もしくはあの人はクローン技術を使って生まれてきた人だ、そういう形で差別につながるおそれが非常に大きい。こうなりますと、憲法で人間の尊重とうたっているにもかかわらず、これを許してしまうことは憲法違反になるというふうに言っても過言ではありません。
そして第三に無性生殖でありまして、人間の子供が生まれるということについては有性生殖を通じて生まれてくるというのが基本的な認識でございます。ここから逸脱するような行為、これはまさに社会秩序を破壊する行為につながるという認識でございます。
この三つが総合して人間の尊厳に反する行為であるという考え方をとりました。
さらに、これに加えて、生まれてくる子供、クローン人間と申し上げますが、これの安全性についても全く確実ではない。そうすると、生まれる過程で、もしくは生まれてから死んでいく存在を生み出すようなものであるということでございまして、こういったことを総合すれば、反社会的な行為である、具体的には人権及び憲法的な価値に反する行為であって、したがって刑罰で禁止することが妥当であるというふうに考えます。
どの程度の刑罰をかけるかということでございますが、刑事罰の機能は本来抑止力でございまして、違反行為が重大であるということと、その抑止に十分な刑罰をかけるということが対になってございます。クローン人間をつくるということは、先ほど申し上げたように、例えば人間をつくってそこから臓器を取り出す、臓器を取り出せばその人間が死にますので物理的な殺人でございますし、しかも個人の尊重もしくは人権の侵害という意味では精神的な殺人にも当たるというふうに思います。こういう点で、懲役の十年ということは合理的な刑罰の重みであるというふうに思います。クローン人間をつくることが従来の刑事犯罪と比べて何に該当するか、これを余り議論しても意味がないかと思います。といいますのは、従来の刑事犯罪にない新しい種類の刑罰だからでございます。
以上が、クローン人間をつくることについての禁止の問題でございます。
続きまして、この法律に規定される予定になっております特定胚の研究についての規律の考え方について意見を申し上げます。
特定胚研究というのは、科学研究、具体的に申しますといわゆる生命科学の研究の一つでありまして、科学研究の自由というのは思想の自由でございます。日本国憲法の第二十三条に言う学問の自由に当たります。
科学というのは未知のものへの好奇心、真理の探求というふうに言いかえてもいいかと思いますが、真理の探求と進歩への欲求、この二つを柱として科学というものが発展してくるというふうに思います。科学研究の自由を認める意味もまさにそこにあるわけでございまして、この科学研究の自由を奪ってしまうということは人間の命を奪う、精神的に命を奪うということにも等しい、一言で言えば人権は命であるというふうに考えるのが正しいかと思います。それゆえに、安易な科学研究の自由の制限は許されないというふうに考えます。制限が許されるのは社会の価値や秩序が脅かされるときに限るべきでございます。
しかしながら、他方で、科学は人間社会の活動でございますので全く規制を受けないというわけではありません。規制をするもしくは禁止をする場合には、合理的で十分な理由と、そしてそれに見合う手段、方法が必要でございます。法によって完全に禁止するというのは、ある意味では最後の手段でございます。
特定胚研究を具体的に取り上げますと、その研究の意味というのはさまざまな医学的な応用が見込まれています。確かに、胚という問題について考えますと、ヒトの胚は人間の生命の萌芽であるということが一般に理解されております。科学技術会議生命倫理委員会のもとでのヒト胚研究小委員会の議論でも胚は生命の萌芽であるという位置づけがなされております。したがって、慎重な取り扱いが必要なのは言うまでもありません。しかしながら、胚が直ちに人の命である、人の命そのものである、もしくは、もう少し敷衍して言いますと、人間であるというふうには言い切れないところがございます。
我が国では胚の取り扱いについてコンセンサスはまだないと考えております。そうなりますと、特定胚を研究して得られる成果の有用性と生命の萌芽の保護というものをどう調和させて科学研究を進めていくかということが問題になります。この点で、一つは、通常のヒトの胚にはまだなっていないというのが特定胚でございますし、しかもその有用性を考えてみますと、治療不能であった疾病等への新しい治療法の可能性があります。したがって、結論的には特定胚の研究は何らかの形で認める必要性がございます。この場合には、胚の取り扱いを慎重に行いながら特定胚研究の進展を支援する必要が実は国家の側にあると私は思います。
科学研究一般に対する規制の方法といたしましては、一つは許可制、もう一つは届け出制というものがございます。許可制というのは、すべて一応禁止して、そして条件に合うもののみ許可をするというやり方でございます。それに対して届け出制は、原則は自由でありますけれども、規制の必要なもののみ届け出を義務づけまして、自主性を尊重するというやり方でございます。さきに述べました科学研究の自由の意義及び特定胚研究の意味ということから判断をいたしまして、私は届け出制が妥当な方法であるというふうに考えます。
と申しますのは、特定胚の研究をすべて禁止するべき程度にまで社会の価値や秩序を脅かすものであるかどうかということが問題でございます。特定胚そのものというものは、先ほど御説明をいたしました人クローン個体をつくり出すことであるとか、いわゆるヒトと動物のまざり合ったような、ヒトの亜種というふうに申し上げますが、そういった個体をつくり出すこととは異なります。そういう意味で、社会の価値や秩序を極めて大きく脅かすというふうには言えない研究であろうと思います。
許可された研究のみに対して研究を認める、つまり全部を禁止して少し窓口を広げておくというのは、科学の進歩をかえって阻害するおそれがあります。科学者にとっては自己規制に基づいて積極的な好奇心を活用するのが重要でございまして、許可された研究のみに研究を限定するのは国が科学研究の自由をコントロールすることにつながると思います。
以上をまとめて少し生命倫理一般についてのお話を最後にいたしたいと思いますが、今後の我が国の課題といたしましては、人の尊厳と人権の尊重を確保しながら生命科学の進歩を図るということにあるかと思います。
生命倫理というのは、生命科学の進歩をストップさせることが目的ではございません。尊厳と人権を尊重しながら科学を進歩させるということにこそ生命倫理の意味がございます。その場合には、人の生命の重みと個人の尊重を一方で考えながら、他方で科学及び科学者への信頼を得ることによって、同時に科学者の責任、とりわけ科学者のいわゆる説明責任と最近言いますが、そういった責任と、そして社会が科学及び科学者に対して持つ関心を深めていくということが課題になります。
我が国における生命倫理は、こういう上に述べた二つの点を基盤にして、幅広い議論からコンセンサスを得ることによって行動規範が醸成される、この行動規範こそが生命倫理であるというふうに思います。
以上で私の意見を終わります。どうもありがとうございました。
この発言だけを見る →本日は、この非常に重要な法案についての審議に関連して参考人としてお招きいただきまして私の意見を申し上げることになりまして、どうもありがとうございます。
私は、特に生命倫理という観点からお話を申し上げたいと思っております。クローン技術の科学的なことに関しましては後ほど井村先生の方からお話があると思いますので、科学的なことは井村先生の方にお願いをいたしまして、私はきょうは二つのことをポイントにしてお話をしたいと思います。お手元の資料を見ていただきますと、一ページ目に「人クローン個体規制のあり方」、そして二ページ目に「特定胚研究の規律の方法」、この二つの点をお話ししたいと思います。
人クローン個体、いわゆるクローン人間をつくるということについて、国際的に禁止することについてはコンセンサスがございます。御承知のように、一九九七年二月にイギリスで羊のドリーがクローン羊として誕生いたしました。その結果、人間についてもクローン技術が適用できるんだ、いわゆるクローン人間をつくることができるということで大きな問題を投げかけました。これに対して、レジュメのところでは一九九八年デンバー・サミットと書いてありますが、九七年の間違いでございます。どうも申しわけございません。九七年にそのドリーが生まれて直後に開かれましたデンバーでのサミットにおきまして、人に対してクローン技術を応用して個体をつくり出すことは禁止するべきであるということに合意を見ました。
人クローン個体をつくることについての禁止という観点からすると、デンバー・サミット以前にも既にイギリス、ドイツ、フランスで国内法がございます。クローンを禁止する国内法ではございませんが、イギリスは胚及び受精に関する研究についての法律、ドイツは胚保護法、そしてフランスでは生命倫理法、いわゆる国内のどちらかといえば一般法に近いものが既にございましたので、これらの国については人クローン個体をつくることについては国内法を適用する形で禁止ができるということになっております。それ以後、九七年のデンバー・サミット以降、多くの国がクローンを人間に適用することについては禁止をするということを表明しております。
必ずしもいずれの国でも立法が行われているわけではありませんが、立法の準備をしている国が少なからずございます。ユネスコの調査によれば、三十数カ国が既に国内法なり宣言なり、もしくは政府の声明なりという形でクローン人間をつくることを禁止しております。国際機関を見ましても、ユネスコの一九九七年十一月に採択されましたヒトゲノム及び人権に関する世界宣言では、人クローン個体の産生を人の尊厳に反する行為であるということで禁止をしております。一つ一つは述べませんが、いずれもWHO、国連、それから欧州審議会等で人クローン個体をつくることを禁止する宣言なり声明、もしくは欧州であれば条約ができております。
人クローンの個体を禁止する方法といたしましてはいろいろな方法があるかと思いますが、我が国のように拘束力ある法律による禁止というのが最も実効性がある方法であると思います。実は、法律をつくらないということは拘束力のない禁止を意味するわけでありまして、もし我が国で人クローン個体の産生を禁止するという法律がなければ、実質上我が国では禁止をしないと国際的に宣言をするのに等しいというふうに考えられます。こういうふうな拘束力のある法律をつくらないということは、むしろ人間の尊厳に反する行為に対する態度としては極めて不十分な処理の仕方であろうかと思います。とりわけ、最近話題になっておりますように、宗教団体を中心として、アウトサイダーが日本でクローン人間をつくる事態、これが現実のものになってきておりますので、早急に対処する必要があると思います。
先ほど申しましたように、外国でも法律により禁止する国がふえつつあります。我が国では、生命倫理一般法をつくってからクローン禁止をするべきだという議論がございます。確かに、生命倫理一般法をつくるのは理想的なやり方でありますけれども、同時に、日々生起する生命倫理の問題について適切に対処する必要もございます。一方で、一般的に生命倫理に対する考え方を醸成し、他方で個別の処理をするというのが現実的なやり方だと思います。そういう意味では、今回の法案のような、いわゆる個別法もしくは特別法と言われる形でヒトクローンの産生については禁止をするというのは極めて妥当なことだと思われますし、同時に、生命倫理全般に関して我が国のとるべき立場について議論を続けていくことは言うまでもなく必要なことでございます。
いずれにしましても、従来から我が国では法によって何らかの規制をする、もしくは法をつくって規律をするという場合に個別法の方式をとってきておりまして、これは十分に我が国で利用されてきている方法でございます。
それでは、法律によって罰則をつけて禁止するということの理由は何なのかということでございますが、生命倫理の一般的な根本基準として人間の尊厳と人権というものがございます。先ほど申し上げたユネスコのヒトゲノムに関する宣言でもわかりますように、クローン人間をつくるということは人間の尊厳と人権に反する行為であるという位置づけが国際的になされております。我が国では人間の尊厳とは何かということについて必ずしも明らかではありませんでしたので、科学技術会議生命倫理委員会のクローン小委員会で議論をいたしました結果、次の三点が人間の尊厳に反する行為であるということが明らかにされました。
一つは、クローン人間をつくって、そのクローン人間から例えば臓器を取り出して自分に移植するということ。これは人間を道具化することであって、もしくは手段化することであって、人間の育種につながる。これが一点。
それから二点目は、個人としての尊重ということをうたっている憲法の理念に反する。つまり、あいつはクローン人間だと言われる、もしくはあの人はクローン技術を使って生まれてきた人だ、そういう形で差別につながるおそれが非常に大きい。こうなりますと、憲法で人間の尊重とうたっているにもかかわらず、これを許してしまうことは憲法違反になるというふうに言っても過言ではありません。
そして第三に無性生殖でありまして、人間の子供が生まれるということについては有性生殖を通じて生まれてくるというのが基本的な認識でございます。ここから逸脱するような行為、これはまさに社会秩序を破壊する行為につながるという認識でございます。
この三つが総合して人間の尊厳に反する行為であるという考え方をとりました。
さらに、これに加えて、生まれてくる子供、クローン人間と申し上げますが、これの安全性についても全く確実ではない。そうすると、生まれる過程で、もしくは生まれてから死んでいく存在を生み出すようなものであるということでございまして、こういったことを総合すれば、反社会的な行為である、具体的には人権及び憲法的な価値に反する行為であって、したがって刑罰で禁止することが妥当であるというふうに考えます。
どの程度の刑罰をかけるかということでございますが、刑事罰の機能は本来抑止力でございまして、違反行為が重大であるということと、その抑止に十分な刑罰をかけるということが対になってございます。クローン人間をつくるということは、先ほど申し上げたように、例えば人間をつくってそこから臓器を取り出す、臓器を取り出せばその人間が死にますので物理的な殺人でございますし、しかも個人の尊重もしくは人権の侵害という意味では精神的な殺人にも当たるというふうに思います。こういう点で、懲役の十年ということは合理的な刑罰の重みであるというふうに思います。クローン人間をつくることが従来の刑事犯罪と比べて何に該当するか、これを余り議論しても意味がないかと思います。といいますのは、従来の刑事犯罪にない新しい種類の刑罰だからでございます。
以上が、クローン人間をつくることについての禁止の問題でございます。
続きまして、この法律に規定される予定になっております特定胚の研究についての規律の考え方について意見を申し上げます。
特定胚研究というのは、科学研究、具体的に申しますといわゆる生命科学の研究の一つでありまして、科学研究の自由というのは思想の自由でございます。日本国憲法の第二十三条に言う学問の自由に当たります。
科学というのは未知のものへの好奇心、真理の探求というふうに言いかえてもいいかと思いますが、真理の探求と進歩への欲求、この二つを柱として科学というものが発展してくるというふうに思います。科学研究の自由を認める意味もまさにそこにあるわけでございまして、この科学研究の自由を奪ってしまうということは人間の命を奪う、精神的に命を奪うということにも等しい、一言で言えば人権は命であるというふうに考えるのが正しいかと思います。それゆえに、安易な科学研究の自由の制限は許されないというふうに考えます。制限が許されるのは社会の価値や秩序が脅かされるときに限るべきでございます。
しかしながら、他方で、科学は人間社会の活動でございますので全く規制を受けないというわけではありません。規制をするもしくは禁止をする場合には、合理的で十分な理由と、そしてそれに見合う手段、方法が必要でございます。法によって完全に禁止するというのは、ある意味では最後の手段でございます。
特定胚研究を具体的に取り上げますと、その研究の意味というのはさまざまな医学的な応用が見込まれています。確かに、胚という問題について考えますと、ヒトの胚は人間の生命の萌芽であるということが一般に理解されております。科学技術会議生命倫理委員会のもとでのヒト胚研究小委員会の議論でも胚は生命の萌芽であるという位置づけがなされております。したがって、慎重な取り扱いが必要なのは言うまでもありません。しかしながら、胚が直ちに人の命である、人の命そのものである、もしくは、もう少し敷衍して言いますと、人間であるというふうには言い切れないところがございます。
我が国では胚の取り扱いについてコンセンサスはまだないと考えております。そうなりますと、特定胚を研究して得られる成果の有用性と生命の萌芽の保護というものをどう調和させて科学研究を進めていくかということが問題になります。この点で、一つは、通常のヒトの胚にはまだなっていないというのが特定胚でございますし、しかもその有用性を考えてみますと、治療不能であった疾病等への新しい治療法の可能性があります。したがって、結論的には特定胚の研究は何らかの形で認める必要性がございます。この場合には、胚の取り扱いを慎重に行いながら特定胚研究の進展を支援する必要が実は国家の側にあると私は思います。
科学研究一般に対する規制の方法といたしましては、一つは許可制、もう一つは届け出制というものがございます。許可制というのは、すべて一応禁止して、そして条件に合うもののみ許可をするというやり方でございます。それに対して届け出制は、原則は自由でありますけれども、規制の必要なもののみ届け出を義務づけまして、自主性を尊重するというやり方でございます。さきに述べました科学研究の自由の意義及び特定胚研究の意味ということから判断をいたしまして、私は届け出制が妥当な方法であるというふうに考えます。
と申しますのは、特定胚の研究をすべて禁止するべき程度にまで社会の価値や秩序を脅かすものであるかどうかということが問題でございます。特定胚そのものというものは、先ほど御説明をいたしました人クローン個体をつくり出すことであるとか、いわゆるヒトと動物のまざり合ったような、ヒトの亜種というふうに申し上げますが、そういった個体をつくり出すこととは異なります。そういう意味で、社会の価値や秩序を極めて大きく脅かすというふうには言えない研究であろうと思います。
許可された研究のみに対して研究を認める、つまり全部を禁止して少し窓口を広げておくというのは、科学の進歩をかえって阻害するおそれがあります。科学者にとっては自己規制に基づいて積極的な好奇心を活用するのが重要でございまして、許可された研究のみに研究を限定するのは国が科学研究の自由をコントロールすることにつながると思います。
以上をまとめて少し生命倫理一般についてのお話を最後にいたしたいと思いますが、今後の我が国の課題といたしましては、人の尊厳と人権の尊重を確保しながら生命科学の進歩を図るということにあるかと思います。
生命倫理というのは、生命科学の進歩をストップさせることが目的ではございません。尊厳と人権を尊重しながら科学を進歩させるということにこそ生命倫理の意味がございます。その場合には、人の生命の重みと個人の尊重を一方で考えながら、他方で科学及び科学者への信頼を得ることによって、同時に科学者の責任、とりわけ科学者のいわゆる説明責任と最近言いますが、そういった責任と、そして社会が科学及び科学者に対して持つ関心を深めていくということが課題になります。
我が国における生命倫理は、こういう上に述べた二つの点を基盤にして、幅広い議論からコンセンサスを得ることによって行動規範が醸成される、この行動規範こそが生命倫理であるというふうに思います。
以上で私の意見を終わります。どうもありがとうございました。
市
ぬ
ぬで島次郎#9
○参考人(ぬで島次郎君) おはようございます。
三菱化学生命科学研究所で研究員をしておりますぬで島次郎と申します。よろしくお願いいたします。
私は、研究所は分子生物学の研究所ですが、私自身の研究は先端医療技術を中心にした科学政策研究で、社会科学系の人間でございます。その政策研究者として内外のこの種の政策を比較研究してきた者として、きょう御意見を申し上げます。
お手元に「「クローン法案」の問題点と望ましい代案」と記しました一枚紙をお配りしてあると思いますので、その要旨に従って申し上げます。
衆議院を通過したクローン法案、政府が提案した法案には幾つか重大な問題があると何人かの方々が指摘されております。そのうち、私が問題であると考えることを順に申し上げます。
まず第一、ヒトクローンを禁止することはいいとしても、この法案はヒトクローンの禁止の仕方が人の生命の尊厳の十分な保護にはならないと考えます。法の内容として説明されていることと本当に書いてあることがどうもずれているような気がいたします。と申しますのは、この法案は、結局、一部の特定胚を母胎に移植することだけを禁じ、その前のクローン胚とかキメラ胚とか、そういう胚をつくることを広範に認めております。これはクローン類似研究というのを国が法律でもって認めた世界でも非常に珍しいクローン研究容認法ということになっております。これは、私は、科学技術会議小委員会の答申の線を超えている部分があると考えますし、文部省告示の線を超えている部分もあると考えます。つまり、審議会の答申が正しく法案に翻訳されていないのではないかと思います。
詳しく申し上げると時間がとられますので、一つだけ例を申し上げますと、例えばこの法案は、動物の細胞核を人間の卵に植えて、そこから胚をつくるということを認めております。しかも、それを母胎に移植することを禁止しておりません。幾ら研究の自由とは申せ、ここまで認めるのでしょうか。私もこの小委員会のメンバーに加わっておりましたが、その答申を幾ら読んでも、そこまで認めるとは書いてございません。
また、文部省の告示というのは既にクローン研究において出され、大学等で広く守られております。その告示では人のクローン胚の作成は禁止されております。認められておりません。しかし、この法案はその文部省告示の線を否定して、人のクローン胚をつくることは認めております。その辺がちょっと私はおかしいのではないかと思う次第です。
よその国でも、例えば一番最近出たものでは、ヨーロッパ連合が、人のクローン胚の作成を禁止するべき、あるいはまだ時期尚早で認めるべきではないというようなヨーロッパ連合の倫理委員会が答申を出しております。
このクローン禁止の仕方のもう一つの問題は、科学技術会議が進めておられる施策が、この法案はごく一部でありまして、同じ人の生命の始まりを操作する研究でありながら、クローン、キメラ、ハイブリッドだけは法規制をすると。そうではない、ヒトの胚をすりつぶして胚性幹細胞というものをつくる、この研究は法の対象から外して行政指導のみで規制しようと。それ以外の、生殖医学などで広範に行われているヒトの胚をつくったり使ったりする研究は公には無規制と。そういうトリプルスタンダードがこの法案の政策の全体像であります。これも日本だけの人の生命の始まりに対する倫理の使い分けではないでしょうか。こういう倫理の使い分けを国民は認めるでありましょうか。
クローンはクローンだから禁止だというだけでは不十分であって、クローンというのは認められる人の生命の操作の範囲を超えているから禁止なのであると考えます。
ところが、政府法案では、第一条、「目的」というところで、人の生命の尊厳に関する内容として、だれかのコピーではない、コピーされないということと、人間以外のほかの動物とまぜられないという二つが書いてございます。それだけが人の生命の尊厳でしょうか。コピーされない、ほかの動物とまぜられない、それだけが人の生命の尊厳なのでしょうか。生殖医療、生殖医学分野においては非常に広範に生命科学の進展の中で人の生命の操作をやっております。そのどこまでが許され、役に立ち、認めるべきであるのか、そういう包括的な議論が必要であります。にもかかわらず、クローン法案はそうした必須の検討を回避していると言わざるを得ません。
特に、衆議院では、無性生殖だからクローンは禁止なのだと、クローンだけ特別扱いする理由を説明する議論が多かったようですが、それでは有性生殖なら何をやってもよろしいのでしょうか。
例えば、代理母というのがございます。これは胎外でヒトの胚をつくってそれを使う、ヒトの胚の作成と使用の仕方の一つのバリエーションです。これを禁止するということについては国民のコンセンサスはあるように見えますし、厚生省が検討しておる新規制案でもそれは禁止されているようです。代理母は有性生殖であります。ですから、それだけではクローンは禁止ということには、ほかのものは禁止しないでいいということにはならない。また、禁止とは言わなくても、ほっておいていいとは思えないわけです。
もう一つ、現在のクローン法案の大きな問題として、この法案は、人の生命操作に対して倫理の規定というのがない法案になっております。この法案を一字一句よく読んでいきますと、まず第二条、「定義」というので十何ページもございますが、その内容は、一般人はおろか、発生学、医学の専門の研究者にも理解不能な用語が並べられております。科学にない言葉が貫かれております。規制されるべき当の研究者にも理解できない定義というのは、適切なのかどうか疑問です。
そういう理解不能な用語と手続の規定、届け出ろというような、それだけを定めた法案で、特定胚のごく一部を禁止する、母胎への移植を禁止するという条項があるぐらいでございます。倫理を定めた規定がない。届け出制にするということは、すべて認めながら、それでもまだ認められないものはあるわけですから、その判断の基準というのが倫理原則ということになります。それがどう読んでもこの法案にはきっちり書いてない。
その具体的な倫理原則は、衆議院でつけられた附帯決議の中にしかございません。その衆議院の附帯決議の内容は、認められる人の生命の操作の研究、ヒトの胚の研究とは、事前に基礎実験が繰り返され、人間でやる必要性と妥当性が認められること、それからそのヒトの胚の材料となるもとの精子、卵子などを提供した御本人から、ちゃんと何々に使うと説明し、同意をとるということ、そして研究に用いるヒトの胚と卵子というものはやりとりをするときは無償にする。つまり、お金でやりとりしないと。そういう倫理原則が附帯決議にしかないというのは大変問題ではないでしょうか。
こうした法案が通ると、極端な話を申し上げますと、例えば日本ではヒトの胚や卵を売り買いしても法律で罰せられない国だと宣言するに等しくないでしょうか。臓器の売買は臓器移植法で禁止されております。それと矛盾しないでしょうか。心臓や肝臓は売買してはいけないけれども、卵や胚は売買していいとは言わないまでも、法律で罰しないというのは整合性を欠くのではないでしょうか。
厚生省でも生殖医療の規制が進められており、医療目的においてヒトの胚を作成、使用することについて一定の規制が進んでおります。そういう規制が進んでいるということ、あるいはクローン法案のようなものが必要だということは、人の命のもとをいじくる研究に対しては何らかの規制が必要だというコンセンサスは医療分野でも研究分野でも煮詰まってきているのではないでしょうか。
その厚生省の生殖医療規制案でも、ヒトの胚の医療目的でのほかの人への提供を認める方向です。そして、科学技術会議でも、クローン法案とは切り離した形で、ES細胞研究、ヒトの胚性幹細胞、マスコミで万能細胞と言われているものの研究のためにヒトの胚の提供を認めております。
そうすると、不妊治療目的でのほかのカップルへの提供と、それ以外にまだ生殖医学の研究目的での提供というのもあります。そしてさらに、それ以外のES細胞研究のような産婦人科と関係ない研究目的での提供、そのどれが優先して、どういう順番で、だれが現場で説明と同意をとるのでしょうか。厚生省、それから科学技術会議、どちらの審議会もそうした優先順位とか、かち合うということを想定しておりません。そのためのルールがございません。このままではヒトの胚が生まれる現場で混乱が起きて、研究者と医療者と、それぞれのほかの患者とかと胚の取り合いということにもなりかねないのではないでしょうか。これは非常に避けるべき事態であると考えます。
ですから、少なくとも科学技術会議の事務をやっている科学技術会議単独で指針をつくるのではなく、厚生省など、ES細胞研究、ヒトの胚を使う再生医学の研究に予算をつけている関係省庁共同で研究の指針をつくり、共同の責任で審査、管理するべきではないでしょうか。ヒトゲノム、ヒトの遺伝子の方の研究ではそういう四省庁共同の倫理指針の策定というのが進んでおります。ヒトの遺伝子も命のもとです。ヒトの胚や卵も命のもとです。であるならば、同じ程度の扱い、共同所管にしていただきたいと考える次第です。
最後に、結論を申し上げます。
今、生命科学が急速に進展し、ついに来世紀は生命科学の世紀になるのではないかと言われ、さまざまな生命操作が現実のものとなったこの新しい世紀を迎える現時点で、クローンを禁止するだけでは対応できないと考えます。本来あるべき筋の規制というのを一刻も早く実現していただきたいと思います。
その筋とは、ヒトのクローンをつくることを禁止するのは、ヒトの胚をどこまで研究目的でつくったり使ったりしていいかというヒト胚研究規制の一環として行われるべきで、ヒトの胚の研究規制は、そのヒトの胚をもたらすもとになっている生殖補助医療の規制の一環とするべきだというのが本来あるべき筋であり、ヒトのクローンの禁止を立法化したほかの先進諸国が実現してきた筋であります。日本だけがその筋と違う政策をとる理由というのは本当にあるのでしょうか。
そして、これは一般法では全くございません。生殖医療、生殖技術という非常に限定された個別法であって、十分個別的である。そういう意味では、先ほど位田先生がおっしゃられた日本の法伝統にも合致したものだと考えます。
クローン法案は、衆議院での審議の結果、見直し規定が修正され、さらに膨大な附帯決議がつけられました。その内容を解釈するならば、クローンの禁止だけではだめで、ヒト胚全体の扱いも検討して見直すべしというわけですから、今述べたような包括的規制の必要性が認められたものと私は思います。
ですから、三年以内というふうに言わず、もうそこまで必要性を衆議院も認識され、こちらでも認識されることと考えますので、三年後と言わず今から検討をして、一刻も早く、来年にでも実現すべきではないでしょうか。生殖補助技術規制、ヒト胚研究規制の中でクローンを禁止するという政策の筋を実現するために、ぜひ良識の府である参議院で継続審議にし、慎重な御検討をお願いしたいと思います。
以上です。ありがとうございました。
この発言だけを見る →三菱化学生命科学研究所で研究員をしておりますぬで島次郎と申します。よろしくお願いいたします。
私は、研究所は分子生物学の研究所ですが、私自身の研究は先端医療技術を中心にした科学政策研究で、社会科学系の人間でございます。その政策研究者として内外のこの種の政策を比較研究してきた者として、きょう御意見を申し上げます。
お手元に「「クローン法案」の問題点と望ましい代案」と記しました一枚紙をお配りしてあると思いますので、その要旨に従って申し上げます。
衆議院を通過したクローン法案、政府が提案した法案には幾つか重大な問題があると何人かの方々が指摘されております。そのうち、私が問題であると考えることを順に申し上げます。
まず第一、ヒトクローンを禁止することはいいとしても、この法案はヒトクローンの禁止の仕方が人の生命の尊厳の十分な保護にはならないと考えます。法の内容として説明されていることと本当に書いてあることがどうもずれているような気がいたします。と申しますのは、この法案は、結局、一部の特定胚を母胎に移植することだけを禁じ、その前のクローン胚とかキメラ胚とか、そういう胚をつくることを広範に認めております。これはクローン類似研究というのを国が法律でもって認めた世界でも非常に珍しいクローン研究容認法ということになっております。これは、私は、科学技術会議小委員会の答申の線を超えている部分があると考えますし、文部省告示の線を超えている部分もあると考えます。つまり、審議会の答申が正しく法案に翻訳されていないのではないかと思います。
詳しく申し上げると時間がとられますので、一つだけ例を申し上げますと、例えばこの法案は、動物の細胞核を人間の卵に植えて、そこから胚をつくるということを認めております。しかも、それを母胎に移植することを禁止しておりません。幾ら研究の自由とは申せ、ここまで認めるのでしょうか。私もこの小委員会のメンバーに加わっておりましたが、その答申を幾ら読んでも、そこまで認めるとは書いてございません。
また、文部省の告示というのは既にクローン研究において出され、大学等で広く守られております。その告示では人のクローン胚の作成は禁止されております。認められておりません。しかし、この法案はその文部省告示の線を否定して、人のクローン胚をつくることは認めております。その辺がちょっと私はおかしいのではないかと思う次第です。
よその国でも、例えば一番最近出たものでは、ヨーロッパ連合が、人のクローン胚の作成を禁止するべき、あるいはまだ時期尚早で認めるべきではないというようなヨーロッパ連合の倫理委員会が答申を出しております。
このクローン禁止の仕方のもう一つの問題は、科学技術会議が進めておられる施策が、この法案はごく一部でありまして、同じ人の生命の始まりを操作する研究でありながら、クローン、キメラ、ハイブリッドだけは法規制をすると。そうではない、ヒトの胚をすりつぶして胚性幹細胞というものをつくる、この研究は法の対象から外して行政指導のみで規制しようと。それ以外の、生殖医学などで広範に行われているヒトの胚をつくったり使ったりする研究は公には無規制と。そういうトリプルスタンダードがこの法案の政策の全体像であります。これも日本だけの人の生命の始まりに対する倫理の使い分けではないでしょうか。こういう倫理の使い分けを国民は認めるでありましょうか。
クローンはクローンだから禁止だというだけでは不十分であって、クローンというのは認められる人の生命の操作の範囲を超えているから禁止なのであると考えます。
ところが、政府法案では、第一条、「目的」というところで、人の生命の尊厳に関する内容として、だれかのコピーではない、コピーされないということと、人間以外のほかの動物とまぜられないという二つが書いてございます。それだけが人の生命の尊厳でしょうか。コピーされない、ほかの動物とまぜられない、それだけが人の生命の尊厳なのでしょうか。生殖医療、生殖医学分野においては非常に広範に生命科学の進展の中で人の生命の操作をやっております。そのどこまでが許され、役に立ち、認めるべきであるのか、そういう包括的な議論が必要であります。にもかかわらず、クローン法案はそうした必須の検討を回避していると言わざるを得ません。
特に、衆議院では、無性生殖だからクローンは禁止なのだと、クローンだけ特別扱いする理由を説明する議論が多かったようですが、それでは有性生殖なら何をやってもよろしいのでしょうか。
例えば、代理母というのがございます。これは胎外でヒトの胚をつくってそれを使う、ヒトの胚の作成と使用の仕方の一つのバリエーションです。これを禁止するということについては国民のコンセンサスはあるように見えますし、厚生省が検討しておる新規制案でもそれは禁止されているようです。代理母は有性生殖であります。ですから、それだけではクローンは禁止ということには、ほかのものは禁止しないでいいということにはならない。また、禁止とは言わなくても、ほっておいていいとは思えないわけです。
もう一つ、現在のクローン法案の大きな問題として、この法案は、人の生命操作に対して倫理の規定というのがない法案になっております。この法案を一字一句よく読んでいきますと、まず第二条、「定義」というので十何ページもございますが、その内容は、一般人はおろか、発生学、医学の専門の研究者にも理解不能な用語が並べられております。科学にない言葉が貫かれております。規制されるべき当の研究者にも理解できない定義というのは、適切なのかどうか疑問です。
そういう理解不能な用語と手続の規定、届け出ろというような、それだけを定めた法案で、特定胚のごく一部を禁止する、母胎への移植を禁止するという条項があるぐらいでございます。倫理を定めた規定がない。届け出制にするということは、すべて認めながら、それでもまだ認められないものはあるわけですから、その判断の基準というのが倫理原則ということになります。それがどう読んでもこの法案にはきっちり書いてない。
その具体的な倫理原則は、衆議院でつけられた附帯決議の中にしかございません。その衆議院の附帯決議の内容は、認められる人の生命の操作の研究、ヒトの胚の研究とは、事前に基礎実験が繰り返され、人間でやる必要性と妥当性が認められること、それからそのヒトの胚の材料となるもとの精子、卵子などを提供した御本人から、ちゃんと何々に使うと説明し、同意をとるということ、そして研究に用いるヒトの胚と卵子というものはやりとりをするときは無償にする。つまり、お金でやりとりしないと。そういう倫理原則が附帯決議にしかないというのは大変問題ではないでしょうか。
こうした法案が通ると、極端な話を申し上げますと、例えば日本ではヒトの胚や卵を売り買いしても法律で罰せられない国だと宣言するに等しくないでしょうか。臓器の売買は臓器移植法で禁止されております。それと矛盾しないでしょうか。心臓や肝臓は売買してはいけないけれども、卵や胚は売買していいとは言わないまでも、法律で罰しないというのは整合性を欠くのではないでしょうか。
厚生省でも生殖医療の規制が進められており、医療目的においてヒトの胚を作成、使用することについて一定の規制が進んでおります。そういう規制が進んでいるということ、あるいはクローン法案のようなものが必要だということは、人の命のもとをいじくる研究に対しては何らかの規制が必要だというコンセンサスは医療分野でも研究分野でも煮詰まってきているのではないでしょうか。
その厚生省の生殖医療規制案でも、ヒトの胚の医療目的でのほかの人への提供を認める方向です。そして、科学技術会議でも、クローン法案とは切り離した形で、ES細胞研究、ヒトの胚性幹細胞、マスコミで万能細胞と言われているものの研究のためにヒトの胚の提供を認めております。
そうすると、不妊治療目的でのほかのカップルへの提供と、それ以外にまだ生殖医学の研究目的での提供というのもあります。そしてさらに、それ以外のES細胞研究のような産婦人科と関係ない研究目的での提供、そのどれが優先して、どういう順番で、だれが現場で説明と同意をとるのでしょうか。厚生省、それから科学技術会議、どちらの審議会もそうした優先順位とか、かち合うということを想定しておりません。そのためのルールがございません。このままではヒトの胚が生まれる現場で混乱が起きて、研究者と医療者と、それぞれのほかの患者とかと胚の取り合いということにもなりかねないのではないでしょうか。これは非常に避けるべき事態であると考えます。
ですから、少なくとも科学技術会議の事務をやっている科学技術会議単独で指針をつくるのではなく、厚生省など、ES細胞研究、ヒトの胚を使う再生医学の研究に予算をつけている関係省庁共同で研究の指針をつくり、共同の責任で審査、管理するべきではないでしょうか。ヒトゲノム、ヒトの遺伝子の方の研究ではそういう四省庁共同の倫理指針の策定というのが進んでおります。ヒトの遺伝子も命のもとです。ヒトの胚や卵も命のもとです。であるならば、同じ程度の扱い、共同所管にしていただきたいと考える次第です。
最後に、結論を申し上げます。
今、生命科学が急速に進展し、ついに来世紀は生命科学の世紀になるのではないかと言われ、さまざまな生命操作が現実のものとなったこの新しい世紀を迎える現時点で、クローンを禁止するだけでは対応できないと考えます。本来あるべき筋の規制というのを一刻も早く実現していただきたいと思います。
その筋とは、ヒトのクローンをつくることを禁止するのは、ヒトの胚をどこまで研究目的でつくったり使ったりしていいかというヒト胚研究規制の一環として行われるべきで、ヒトの胚の研究規制は、そのヒトの胚をもたらすもとになっている生殖補助医療の規制の一環とするべきだというのが本来あるべき筋であり、ヒトのクローンの禁止を立法化したほかの先進諸国が実現してきた筋であります。日本だけがその筋と違う政策をとる理由というのは本当にあるのでしょうか。
そして、これは一般法では全くございません。生殖医療、生殖技術という非常に限定された個別法であって、十分個別的である。そういう意味では、先ほど位田先生がおっしゃられた日本の法伝統にも合致したものだと考えます。
クローン法案は、衆議院での審議の結果、見直し規定が修正され、さらに膨大な附帯決議がつけられました。その内容を解釈するならば、クローンの禁止だけではだめで、ヒト胚全体の扱いも検討して見直すべしというわけですから、今述べたような包括的規制の必要性が認められたものと私は思います。
ですから、三年以内というふうに言わず、もうそこまで必要性を衆議院も認識され、こちらでも認識されることと考えますので、三年後と言わず今から検討をして、一刻も早く、来年にでも実現すべきではないでしょうか。生殖補助技術規制、ヒト胚研究規制の中でクローンを禁止するという政策の筋を実現するために、ぜひ良識の府である参議院で継続審議にし、慎重な御検討をお願いしたいと思います。
以上です。ありがとうございました。
市
井
井村裕夫#11
○参考人(井村裕夫君) 井村でございます。おはようございます。
私は、科学技術会議の議員を務めておりまして、その職責上、科学技術会議の生命倫理委員会の委員長も務めております。したがって、本日は主としてその立場からお話を申し上げたいと思いますが、一部私個人の意見も含めることをお許しいただきたいと思います。
この法案で使われているクローン技術という言葉ですが、これはある程度特定した言葉であります。クローンといいますのは、一般的には遺伝子が共通である個体あるいは細胞を指す言葉であります。したがって、クローン技術はかなり広い範囲のものでありますけれども、ここでは体細胞の核を移植して、そして個体をつくる技術のみをクローン技術というふうに書いております。これはわかりやすくするためであります。
御承知のように、我々の体を構成する細胞は大きく分けて二種類ありまして、体細胞と生殖細胞であります。体細胞は二組のゲノムを持っております。二つのセットのゲノムを持っております。それに対して生殖細胞はワンセットであります。したがって、卵子と精子が受精をいたしますと、そこで二セットになって個体ができるわけであります。ここで問題にしておりますのは、その体細胞の核を卵子に移入して個体をつくる、それをクローン技術というふうに呼んでおります。
このクローンは、哺乳動物ではできないと長い間考えられてまいりました。ところが、御承知のように、一九九七年にイギリスでクローン羊ドリーが生まれまして、続いてマウス、それから牛等幾つかの哺乳動物でクローン技術が成功いたしました。したがって、ヒトでもつくれることがほぼ確実になってまいりました。そこで、デンバー・サミットにおいてクローン人間産生の禁止を採択いたしまして、それを受けて当時の橋本総理のイニシアチブで科学技術会議の中に生命倫理委員会が発足したわけであります。
したがって、生命倫理委員会が最初に取り上げた課題はクローンの問題であります。それ以後、ES細胞とかゲノムとか幾つかの問題を議論しておりますけれども、本日はそのうちでクローン技術の問題について、法案を政府が提出いたしましたので、それについて少し述べたいと思います。
クローン技術の現状を申し上げますと、動物への応用はいろいろな面で有用でありますので非常に進んでおります。したがって、ここはどの国も規制をしておりませんし、我が国も規制すべきではないというふうに考えております。
しかし、クローン人間をつくるということは倫理的に非常に大きな問題があります。しかも、これは比較的簡単につくれるのではないかということも考えられますので、速やかにクローン技術をヒトに適用することを禁止することが国として必要である、それが日本がクローン人間に反対をしているということの意思表示にもなります。また、世論調査におきましても、圧倒的に多くの人が反対をしているところであります。
禁止の理由は、先ほど位田参考人がお話しになりましたように、ほぼ同じでありまして、まず、これは無性生殖であって、遺伝子がその提供者、その細胞を提供した人と同じであるということであります。それから、人間の尊厳を侵害するというふうに考えられます。現在、地球上には約六十億の人間がいるわけですが、恐らく一人一人遺伝子は違っていると思います。それが人間の個性であります。それを人為的につくるということは問題があります。もちろん、一卵性双生児の場合には自然にできたクローンでありまして、これは遺伝子が同じでありますが、それを除きますと、遺伝子が多様であるということが人間あるいは生物の特徴であって、それは守るべきであるということであります。それから、社会秩序の混乱を避けるべきである。そういうところから速やかに禁止すべきであるという結論に到達いたしました。
禁止の方法としては、罰則を伴う法律をつくるという方法とガイドラインで規制をするという方法があります。国によってその方法が違っておりまして、例えばアメリカなどではガイドラインを議論しているというところであります。
私は、少し個人の見解を申し上げますと、法律による規制は少ない方がいいと思っております。それは、科学者にはできるだけ自主性を与えて科学の進歩を促すべきであるということが一つございます。それから、これからの科学者は自己責任を持って社会に対していく必要があると考えております。すなわち、みずから情報を公開し、社会の中で社会とともに生きる道を構築していく必要があると思います。最近、科学者と社会の間には一種の契約関係があるという考え方が出ておりますが、そういった契約関係を今後強めていくためにはやはり科学者の自主性が重要であります。法律で規制をすることはそれを損なうおそれがあるというふうに思われます。
それから第二に、科学の進歩は非常に速やかであります。実は、生命倫理委員会でこの問題を討議し始めた当初は、まだES細胞の問題は全く出ておりませんでした。したがってクローンだけを議論していたんですが、途中からES細胞が出てまいりました。今後どのような新しい技術があらわれてくるか予測することは全く困難であります。したがって、ヒト胚全体を広く法律で規制しているドイツ、フランス等におきましては、特にフランスでは現在法律の改正の動きが出てきているところであります。
そういった状況下で、私は、どうしても人間の尊厳を守るために行ってはいけない技術のみを法律で規制し、その他はガイドラインによって規制をしていくのが妥当ではないかというふうに考えました。ガイドラインでは二重の審査がなされます。一つはIRBといいまして、それぞれの大学、研究所の持つ倫理委員会であります。その倫理委員会を通った後で、文部科学省に恐らく設置されるであろう委員会が審査を行います。問題があれば現場検証もすることができるというふうに考えているわけです。こうしたガイドラインによって規制をしていくということはもちろん必要でありますが、それによって多くの弊害が除き得るのではないかというふうに考えております。
生命倫理には二つの大きな要素があると私は考えております。一つは医学の進歩を図るということでありまして、それは患者さんにはかり知れないほどの大きな利益をもたらします。しかし、同時に人間の尊厳を守っていくということも重要であります。人間の尊厳というのは理性を持った人間として失ってはならないものであると考えておりますが、それを守ることも同時に必要でありまして、その両方に配慮しながら法律なりガイドラインなりによって規制をしていくというのが生命倫理における一つの重要な方向であろうというふうに考えております。
どうぞよろしく御審議のほどをお願いいたします。
この発言だけを見る →私は、科学技術会議の議員を務めておりまして、その職責上、科学技術会議の生命倫理委員会の委員長も務めております。したがって、本日は主としてその立場からお話を申し上げたいと思いますが、一部私個人の意見も含めることをお許しいただきたいと思います。
この法案で使われているクローン技術という言葉ですが、これはある程度特定した言葉であります。クローンといいますのは、一般的には遺伝子が共通である個体あるいは細胞を指す言葉であります。したがって、クローン技術はかなり広い範囲のものでありますけれども、ここでは体細胞の核を移植して、そして個体をつくる技術のみをクローン技術というふうに書いております。これはわかりやすくするためであります。
御承知のように、我々の体を構成する細胞は大きく分けて二種類ありまして、体細胞と生殖細胞であります。体細胞は二組のゲノムを持っております。二つのセットのゲノムを持っております。それに対して生殖細胞はワンセットであります。したがって、卵子と精子が受精をいたしますと、そこで二セットになって個体ができるわけであります。ここで問題にしておりますのは、その体細胞の核を卵子に移入して個体をつくる、それをクローン技術というふうに呼んでおります。
このクローンは、哺乳動物ではできないと長い間考えられてまいりました。ところが、御承知のように、一九九七年にイギリスでクローン羊ドリーが生まれまして、続いてマウス、それから牛等幾つかの哺乳動物でクローン技術が成功いたしました。したがって、ヒトでもつくれることがほぼ確実になってまいりました。そこで、デンバー・サミットにおいてクローン人間産生の禁止を採択いたしまして、それを受けて当時の橋本総理のイニシアチブで科学技術会議の中に生命倫理委員会が発足したわけであります。
したがって、生命倫理委員会が最初に取り上げた課題はクローンの問題であります。それ以後、ES細胞とかゲノムとか幾つかの問題を議論しておりますけれども、本日はそのうちでクローン技術の問題について、法案を政府が提出いたしましたので、それについて少し述べたいと思います。
クローン技術の現状を申し上げますと、動物への応用はいろいろな面で有用でありますので非常に進んでおります。したがって、ここはどの国も規制をしておりませんし、我が国も規制すべきではないというふうに考えております。
しかし、クローン人間をつくるということは倫理的に非常に大きな問題があります。しかも、これは比較的簡単につくれるのではないかということも考えられますので、速やかにクローン技術をヒトに適用することを禁止することが国として必要である、それが日本がクローン人間に反対をしているということの意思表示にもなります。また、世論調査におきましても、圧倒的に多くの人が反対をしているところであります。
禁止の理由は、先ほど位田参考人がお話しになりましたように、ほぼ同じでありまして、まず、これは無性生殖であって、遺伝子がその提供者、その細胞を提供した人と同じであるということであります。それから、人間の尊厳を侵害するというふうに考えられます。現在、地球上には約六十億の人間がいるわけですが、恐らく一人一人遺伝子は違っていると思います。それが人間の個性であります。それを人為的につくるということは問題があります。もちろん、一卵性双生児の場合には自然にできたクローンでありまして、これは遺伝子が同じでありますが、それを除きますと、遺伝子が多様であるということが人間あるいは生物の特徴であって、それは守るべきであるということであります。それから、社会秩序の混乱を避けるべきである。そういうところから速やかに禁止すべきであるという結論に到達いたしました。
禁止の方法としては、罰則を伴う法律をつくるという方法とガイドラインで規制をするという方法があります。国によってその方法が違っておりまして、例えばアメリカなどではガイドラインを議論しているというところであります。
私は、少し個人の見解を申し上げますと、法律による規制は少ない方がいいと思っております。それは、科学者にはできるだけ自主性を与えて科学の進歩を促すべきであるということが一つございます。それから、これからの科学者は自己責任を持って社会に対していく必要があると考えております。すなわち、みずから情報を公開し、社会の中で社会とともに生きる道を構築していく必要があると思います。最近、科学者と社会の間には一種の契約関係があるという考え方が出ておりますが、そういった契約関係を今後強めていくためにはやはり科学者の自主性が重要であります。法律で規制をすることはそれを損なうおそれがあるというふうに思われます。
それから第二に、科学の進歩は非常に速やかであります。実は、生命倫理委員会でこの問題を討議し始めた当初は、まだES細胞の問題は全く出ておりませんでした。したがってクローンだけを議論していたんですが、途中からES細胞が出てまいりました。今後どのような新しい技術があらわれてくるか予測することは全く困難であります。したがって、ヒト胚全体を広く法律で規制しているドイツ、フランス等におきましては、特にフランスでは現在法律の改正の動きが出てきているところであります。
そういった状況下で、私は、どうしても人間の尊厳を守るために行ってはいけない技術のみを法律で規制し、その他はガイドラインによって規制をしていくのが妥当ではないかというふうに考えました。ガイドラインでは二重の審査がなされます。一つはIRBといいまして、それぞれの大学、研究所の持つ倫理委員会であります。その倫理委員会を通った後で、文部科学省に恐らく設置されるであろう委員会が審査を行います。問題があれば現場検証もすることができるというふうに考えているわけです。こうしたガイドラインによって規制をしていくということはもちろん必要でありますが、それによって多くの弊害が除き得るのではないかというふうに考えております。
生命倫理には二つの大きな要素があると私は考えております。一つは医学の進歩を図るということでありまして、それは患者さんにはかり知れないほどの大きな利益をもたらします。しかし、同時に人間の尊厳を守っていくということも重要であります。人間の尊厳というのは理性を持った人間として失ってはならないものであると考えておりますが、それを守ることも同時に必要でありまして、その両方に配慮しながら法律なりガイドラインなりによって規制をしていくというのが生命倫理における一つの重要な方向であろうというふうに考えております。
どうぞよろしく御審議のほどをお願いいたします。
市
市川一朗#12
○委員長(市川一朗君) ありがとうございました。
以上で参考人からの意見聴取は終わりました。
これより参考人に対する質疑に入ります。
なお、各参考人にお願い申し上げます。
御答弁の際は、委員長の指名を受けてから御発言いただくようお願いいたします。
また、時間が限られておりますので、できるだけ簡潔におまとめください。
それでは、質疑のある方は順次御発言願います。
この発言だけを見る →以上で参考人からの意見聴取は終わりました。
これより参考人に対する質疑に入ります。
なお、各参考人にお願い申し上げます。
御答弁の際は、委員長の指名を受けてから御発言いただくようお願いいたします。
また、時間が限られておりますので、できるだけ簡潔におまとめください。
それでは、質疑のある方は順次御発言願います。
有
有馬朗人#13
○有馬朗人君 自民党の有馬でございます。どうぞよろしくお願いいたします。
まず最初に、ちょっと私の頭を整理する意味で、井村先生に現在の科学技術の上での状況についてちょっとお話を伺いたいと思います。
まず、人間や動物の有精卵というものができたときに、どの段階でこの部分は頭になるとか、この部分は足だというふうなことがわかるようになっているのでしょうか。これがまず第一問であります。
この発言だけを見る →まず最初に、ちょっと私の頭を整理する意味で、井村先生に現在の科学技術の上での状況についてちょっとお話を伺いたいと思います。
まず、人間や動物の有精卵というものができたときに、どの段階でこの部分は頭になるとか、この部分は足だというふうなことがわかるようになっているのでしょうか。これがまず第一問であります。
井
井村裕夫#14
○参考人(井村裕夫君) 動物の種類によって分化の時期は違いますが、人間の胚では一般に受精後十四日たちますと原始線条というのが出てまいります。この原始線条はそれが神経系に発達していくもとになるものでありまして、このあたりから機能の分化が始まっているというふうに考えられます。それ以前の細胞としては胚盤胞と呼ばれる時期があるわけですが、その時期に内部にある細胞をとりますと、これはあらゆるものに分化し得るまだほぼ万能の能力を持っておりますので、その時点ではまだ分化が始まっておりません。
この発言だけを見る →有
有馬朗人#15
○有馬朗人君 どの部分がいつごろ分化するか、そしてこれが例えば臓器の何々に対応するということがわかれば、そうすれば動物と人間の集合胚で、例えばまず動物性の集合胚で、動物胚の部分でこれは肝臓になる部分だからそこを殺しておきますね、そこに人間のを入れる。そうすると、その新しくできた個体においては人間の肝臓が入っているとか、そういうことがはっきり言えるような時代は来るものでしょうか、あるいはつくれるような時代は来るものでしょうか。
この発言だけを見る →井
井村裕夫#16
○参考人(井村裕夫君) 可能性はあると考えております。しかし、そういう研究はまだほとんど進んでおりませんが、動物におきましては二種類の違った種の細胞が一つの個体の中にあるのをキメラと呼ぶわけですが、そういったキメラは特に鳥などでは比較的早くからつくられております。したがって、可能性はあると思いますが、まだできるかできないかは断定できません。
この発言だけを見る →有
有馬朗人#17
○有馬朗人君 ありがとうございました。
そこで、私がどうもわからないところについて三人の参考人の方に伺いたいと思っています。
それは、人間の尊厳とは一体何なのですかということです。人間の尊厳というのを見ますと、例えば人間の唯一性の崩壊と言われておりますけれども、じゃ人間の唯一性というのは何で決まるのですかということをお聞きいたしたいと思います。
例えば、遺伝子、DNA等が同じであるということが多分同一性というようなことなんだろうと思うけれども、しかしながら環境によって随分変わってくる。例えば、井村先生のクローン人間ができたときに、ジュニア井村は勉強の仕方が違うと思うんですね。そうすれば当然個性が出てくるので、それは本来別な人間と見てもいいのではないかとかねがね私は思っているのです。この点についてひとつお聞きしたいと思います。
そこで、もっと違う理由があるのだろうと私は思うんですね。倫理ということの面で、人間の尊厳に関して違うことがあるのではないか思っています。私もクローン人間をつくることは大反対なんですが、一体この禁止する倫理が非常に強いものだろうかどうだろうかということが先ほどからお聞きしている点であります。
先ほど二組のセット、それが卵になったり精子になりますと一組になる、そういうことをおっしゃいましたけれども、それが組み合わされていく、そして新しい個体が生じてくるというところには適者生存のようなことが自然界でずっと何億年、何十億年と行われてきている。そういう自然の発展を阻害するということになるというのが私の見解であります。しかし、先生方はそれをどうお考えになっておられるか、お聞かせいただければ幸いであります。
この発言だけを見る →そこで、私がどうもわからないところについて三人の参考人の方に伺いたいと思っています。
それは、人間の尊厳とは一体何なのですかということです。人間の尊厳というのを見ますと、例えば人間の唯一性の崩壊と言われておりますけれども、じゃ人間の唯一性というのは何で決まるのですかということをお聞きいたしたいと思います。
例えば、遺伝子、DNA等が同じであるということが多分同一性というようなことなんだろうと思うけれども、しかしながら環境によって随分変わってくる。例えば、井村先生のクローン人間ができたときに、ジュニア井村は勉強の仕方が違うと思うんですね。そうすれば当然個性が出てくるので、それは本来別な人間と見てもいいのではないかとかねがね私は思っているのです。この点についてひとつお聞きしたいと思います。
そこで、もっと違う理由があるのだろうと私は思うんですね。倫理ということの面で、人間の尊厳に関して違うことがあるのではないか思っています。私もクローン人間をつくることは大反対なんですが、一体この禁止する倫理が非常に強いものだろうかどうだろうかということが先ほどからお聞きしている点であります。
先ほど二組のセット、それが卵になったり精子になりますと一組になる、そういうことをおっしゃいましたけれども、それが組み合わされていく、そして新しい個体が生じてくるというところには適者生存のようなことが自然界でずっと何億年、何十億年と行われてきている。そういう自然の発展を阻害するということになるというのが私の見解であります。しかし、先生方はそれをどうお考えになっておられるか、お聞かせいただければ幸いであります。
井
井村裕夫#18
○参考人(井村裕夫君) 人間の尊厳とは何かというのは、生命倫理の国際シンポジウムでも常に問題になりまして、研究者の間でまだコンセンサスがございません。
今、先生がおっしゃった人間の唯一性を守るということ、それから生物は地球上にあらわれてからずっとほとんどが有性生殖をしてきております。有性生殖というのは、今おっしゃったように、遺伝子をまぜ合わせることによって多様な個体をつくる、そのことが生存に有利であったからであります。それを否定するということもございます。
しかし、より大きな問題として、人間が意図的にある遺伝子を持った個体をつくっていくということ、それは新しい生命の誕生を道具化することではないか、このことはやはり許されないであろうというふうに私は考えているわけであります。
この発言だけを見る →今、先生がおっしゃった人間の唯一性を守るということ、それから生物は地球上にあらわれてからずっとほとんどが有性生殖をしてきております。有性生殖というのは、今おっしゃったように、遺伝子をまぜ合わせることによって多様な個体をつくる、そのことが生存に有利であったからであります。それを否定するということもございます。
しかし、より大きな問題として、人間が意図的にある遺伝子を持った個体をつくっていくということ、それは新しい生命の誕生を道具化することではないか、このことはやはり許されないであろうというふうに私は考えているわけであります。
位
位田隆一#19
○参考人(位田隆一君) 今、井村参考人がおっしゃったこととほとんど同じ内容になるかと思いますし、先ほど私が冒頭で御説明をしたこととも同じことなんですけれども、クローン人間をなぜつくるのかと。それが、例えば移植用の臓器をつくるためということであれば、これはまさに人間を道具化する、手段化するということでございますし、それからつくるということにおいて、でき上がるのは人間であっても、あいつはクローンだと言われる可能性が極めて高い。しかも、それは男女の間の有性生殖によって生まれるものではない、人工的につくられた人間だというふうに言われる。これはまさに個人の尊重、つまり人間であるということを否定するに等しいというふうに思います。
先ほど申し上げましたように、人間の道具化と個人の尊重、そして無性生殖、人工的な人間をつくるというこの三つを合わせて、クローンの問題に関しては人間の尊厳に反すると言うことができます。
確かに、同じ遺伝子を持つという点に関してはいわゆる一卵性双生児と同じ状況でございますが、一卵性双生児というのは基本的に有性生殖で、要するに男女間の性の営みによって生まれてくる極めて自然的な人間の誕生であるというふうに思います。それと全く逆の立場にあるのがクローンだというふうに考えております。
この発言だけを見る →先ほど申し上げましたように、人間の道具化と個人の尊重、そして無性生殖、人工的な人間をつくるというこの三つを合わせて、クローンの問題に関しては人間の尊厳に反すると言うことができます。
確かに、同じ遺伝子を持つという点に関してはいわゆる一卵性双生児と同じ状況でございますが、一卵性双生児というのは基本的に有性生殖で、要するに男女間の性の営みによって生まれてくる極めて自然的な人間の誕生であるというふうに思います。それと全く逆の立場にあるのがクローンだというふうに考えております。
ぬ
ぬで島次郎#20
○参考人(ぬで島次郎君) 私は、人の生命の尊厳というのはこう考えております。
クローンに限らず、人そのものではないにせよ、その人の命のもとであるヒトの胚というものが安易に研究材料として、物として扱われない、そして研究目的の手段とされない。先ほど人の道具化とおっしゃいましたが、それよりもう一つ命のもとの道具化、命のもとの材料化というのも人の生命の尊厳に反するのではないでしょうか。あまつさえ、それが研究材料として有償でやりとりされるということになりますと、これは人の生命の尊厳に反すると考えます。
この発言だけを見る →クローンに限らず、人そのものではないにせよ、その人の命のもとであるヒトの胚というものが安易に研究材料として、物として扱われない、そして研究目的の手段とされない。先ほど人の道具化とおっしゃいましたが、それよりもう一つ命のもとの道具化、命のもとの材料化というのも人の生命の尊厳に反するのではないでしょうか。あまつさえ、それが研究材料として有償でやりとりされるということになりますと、これは人の生命の尊厳に反すると考えます。
有
有馬朗人#21
○有馬朗人君 私がお伺いしたのは人の尊厳とは一体何なんだろうということでありました。それに対してちょっと違う観点からのお返事でもあったと思いますが、皆さんのお考えは了承いたしました。
私は今でも研究者であると思っているんですけれども、研究者でありましたので、それは自由がなければ発展しないと思いますね。それは憲法で保障されているということがありますので、その自由を奪うことは大反対であります。しかしながら、研究者はそういう自由度を持っていると同時に社会的責任というものを持っていると思います。これは井村先生もさっきおっしゃられたことであります。
ですから、今後の二十一世紀においての生命問題だけじゃなくて、あらゆる研究において、やはりこの社会的責任を適切に判断するには自然科学者だけでは私は不可能だと思っております。かつての行政改革会議で、総合科学技術会議に常勤の人文科学者が必要であると私が強く主張したのは実はこの理由であります。
そこで、科学技術会議の委員でおられます井村先生に、現在、総合科学技術会議で一体どういうふうな格好で人文科学者の意見をお聞きできるような形にお進めであるか、その辺について手短に現状をお知らせください。
この発言だけを見る →私は今でも研究者であると思っているんですけれども、研究者でありましたので、それは自由がなければ発展しないと思いますね。それは憲法で保障されているということがありますので、その自由を奪うことは大反対であります。しかしながら、研究者はそういう自由度を持っていると同時に社会的責任というものを持っていると思います。これは井村先生もさっきおっしゃられたことであります。
ですから、今後の二十一世紀においての生命問題だけじゃなくて、あらゆる研究において、やはりこの社会的責任を適切に判断するには自然科学者だけでは私は不可能だと思っております。かつての行政改革会議で、総合科学技術会議に常勤の人文科学者が必要であると私が強く主張したのは実はこの理由であります。
そこで、科学技術会議の委員でおられます井村先生に、現在、総合科学技術会議で一体どういうふうな格好で人文科学者の意見をお聞きできるような形にお進めであるか、その辺について手短に現状をお知らせください。
井
井村裕夫#22
○参考人(井村裕夫君) 総合科学技術会議は、今、有馬議員がおっしゃいましたように、単に自然科学だけでなくて人文社会科学も含むことになっております。したがって、少なくとも常勤議員に一名、人文社会系の方が任命されることを私は期待をしております。
それから、昨年の春ごろ、一年以上前でございますが、科学技術会議の中に二十一世紀の社会と科学技術に関する懇談会を設けまして鋭意議論をしてまいりました。近々、その報告書を出版いたしますので、ごらんをいただきたいと思います。
私は、今、有馬議員がおっしゃったとおりの考え方を持っておりまして、二十一世紀になりますと、先ほど契約という言葉を使いましたけれども、やはり科学者は社会との関係をもっときっちりしたものにしていかないといけない、そのためには人文社会系の人の援助も必要であると思っております。恐らく、そういう科学技術と社会に関する専門の委員会を設けることになるのではないであろうかというふうに思います。
この発言だけを見る →それから、昨年の春ごろ、一年以上前でございますが、科学技術会議の中に二十一世紀の社会と科学技術に関する懇談会を設けまして鋭意議論をしてまいりました。近々、その報告書を出版いたしますので、ごらんをいただきたいと思います。
私は、今、有馬議員がおっしゃったとおりの考え方を持っておりまして、二十一世紀になりますと、先ほど契約という言葉を使いましたけれども、やはり科学者は社会との関係をもっときっちりしたものにしていかないといけない、そのためには人文社会系の人の援助も必要であると思っております。恐らく、そういう科学技術と社会に関する専門の委員会を設けることになるのではないであろうかというふうに思います。
有
有馬朗人#23
○有馬朗人君 ありがとうございました。
そこで、少し違った観点で、特に位田先生にお聞きしたいことがあります。それは、クローン技術に関しては、一国だけが厳しくしても、規制の全くない国があればそっちへみんな研究者は行ってしまって自由に発展させるということがあり得ると思うんですね。
そこで、先ほどフランス、ドイツ等々のお話を伺いましたけれども、そして三十五カ国でしたか、こういう制限あるいは法律をつくっているということをおっしゃったのですが、やはり世界全体で厳しくしていかなければならないと思います。そういう点で、日本以外の国々が今後どのくらい世界全体として合意を得るようなことになるのか、その辺についての見通しをお聞かせいただきたいと思います。
この発言だけを見る →そこで、少し違った観点で、特に位田先生にお聞きしたいことがあります。それは、クローン技術に関しては、一国だけが厳しくしても、規制の全くない国があればそっちへみんな研究者は行ってしまって自由に発展させるということがあり得ると思うんですね。
そこで、先ほどフランス、ドイツ等々のお話を伺いましたけれども、そして三十五カ国でしたか、こういう制限あるいは法律をつくっているということをおっしゃったのですが、やはり世界全体で厳しくしていかなければならないと思います。そういう点で、日本以外の国々が今後どのくらい世界全体として合意を得るようなことになるのか、その辺についての見通しをお聞かせいただきたいと思います。
位
位田隆一#24
○参考人(位田隆一君) 基本的にクローン人間をつくるということに賛成の国は今まで聞いたことがございません。それをどういう手段をもって禁止するかというのは各国でさまざまやり方があります。法律をつくる、もしくは既存の法律を適用するという形のところもあれば、国内での、例えば政府のガイドラインでありますとか政府の声明でありますとか、さまざまなやり方があろうかと思います。
と同時に、三十数カ国と先ほど申し上げましたのは、クローン人間を実際につくれるような環境にある国、つまり科学技術の進歩がそれなりに進んでいる国は多分ほとんどだと思います。発展途上国の場合にはクローン技術を考えることすら実は余裕がございません。例えば、アフリカにおいては、エイズなりエボラ熱の方がクローン人間もしくはその他のES細胞の研究とかそういった生命科学の研究よりははるかに重要でありまして、そちらの方に目が向いている。では、そういった国はクローン人間をつくることに賛成しているのかというと、これは全くそうではありません。
ユネスコにおきましても、議論の中でクローンをつくっていいという提案が一度だけ出たことがございます。これはイスラエルの科学者でございますが、不妊のカップルの場合にはクローン人間をつくることを認めてもいいのではないかという議論が出ましたが、その他すべての国は全部反対をいたしましたし、それからイスラエル自身が実はクローン人間を禁止するという法律をつくっております。
それでは、いつ世界的に統一的にヒトクローンを禁止することになるかとお尋ねになると、これは非常に答えにくいですけれども、少なくとも今のところはどの国もクローン人間をつくっていいと言っている国はございませんので、これについては私はある意味では楽観的に考えております。
この発言だけを見る →と同時に、三十数カ国と先ほど申し上げましたのは、クローン人間を実際につくれるような環境にある国、つまり科学技術の進歩がそれなりに進んでいる国は多分ほとんどだと思います。発展途上国の場合にはクローン技術を考えることすら実は余裕がございません。例えば、アフリカにおいては、エイズなりエボラ熱の方がクローン人間もしくはその他のES細胞の研究とかそういった生命科学の研究よりははるかに重要でありまして、そちらの方に目が向いている。では、そういった国はクローン人間をつくることに賛成しているのかというと、これは全くそうではありません。
ユネスコにおきましても、議論の中でクローンをつくっていいという提案が一度だけ出たことがございます。これはイスラエルの科学者でございますが、不妊のカップルの場合にはクローン人間をつくることを認めてもいいのではないかという議論が出ましたが、その他すべての国は全部反対をいたしましたし、それからイスラエル自身が実はクローン人間を禁止するという法律をつくっております。
それでは、いつ世界的に統一的にヒトクローンを禁止することになるかとお尋ねになると、これは非常に答えにくいですけれども、少なくとも今のところはどの国もクローン人間をつくっていいと言っている国はございませんので、これについては私はある意味では楽観的に考えております。
有
有馬朗人#25
○有馬朗人君 ありがとうございました。
私は加速器であるとか天文台であるとか、そういう巨大科学ということをずっとやってまいりましたので、お金の要る科学であります。そうなりますと、今、位田先生がおっしゃられたように、小国ではできないと思うんですが、しかし先進諸国より規制の弱いところにいつでも移転してやれるという心配が私はあるのです。それはなぜかというと、一般論としてクローン技術という生物科学は先ほど申しましたような巨大科学ではない。ですから、比較的お金なしでもやれるのではないかという点では非常に心配していて、ぜひとも国際的にきっちりと全世界の国々がこのクローン人間を抑えるように御努力賜りたいと思っているわけです。
物理学者は原子力を発電のような平和利用だけに限るべきであったと私は思っているわけです。しかし、原子爆弾を発明してしまったということは大変人類にとって不幸なことでありました。私も原子核物理学者の一人として非常に残念だと思っています。その原子爆弾というものを考えますと、戦時中であったということが一つ、そして世界じゅうがこの競争をした、軍備としてやろうとしたことが大きな問題であったかと思っております。万やむを得なかったと言う人も多いのですけれども、私は残念に思っています。幸い今日は平和な時代でございますので、どの国もクローン技術を軍備というふうなことに直接結びつけようとは考えていない、これはすばらしい幸いなことだと思います。
しかし、私が非常に心配をしているのは産業界でありまして、産業界が動くモチベーションというのはもうかるかもうからないかということであって、これが大きな産業になるよとなると市場原理でどんどん進んでいくおそれがあると思うのです。ですから、その意味でどの国も同じような厳しい法律や規制を持つべきだと考えております。
特に私がお聞きしたいと思っておりますのは、一番大きな国でありますアメリカあたりは規制がどうも弱いように思いますけれども、その辺についてもっと厳しい国際的な合意はできないものでしょうか。位田参考人にお聞きいたしたいと思います。
この発言だけを見る →私は加速器であるとか天文台であるとか、そういう巨大科学ということをずっとやってまいりましたので、お金の要る科学であります。そうなりますと、今、位田先生がおっしゃられたように、小国ではできないと思うんですが、しかし先進諸国より規制の弱いところにいつでも移転してやれるという心配が私はあるのです。それはなぜかというと、一般論としてクローン技術という生物科学は先ほど申しましたような巨大科学ではない。ですから、比較的お金なしでもやれるのではないかという点では非常に心配していて、ぜひとも国際的にきっちりと全世界の国々がこのクローン人間を抑えるように御努力賜りたいと思っているわけです。
物理学者は原子力を発電のような平和利用だけに限るべきであったと私は思っているわけです。しかし、原子爆弾を発明してしまったということは大変人類にとって不幸なことでありました。私も原子核物理学者の一人として非常に残念だと思っています。その原子爆弾というものを考えますと、戦時中であったということが一つ、そして世界じゅうがこの競争をした、軍備としてやろうとしたことが大きな問題であったかと思っております。万やむを得なかったと言う人も多いのですけれども、私は残念に思っています。幸い今日は平和な時代でございますので、どの国もクローン技術を軍備というふうなことに直接結びつけようとは考えていない、これはすばらしい幸いなことだと思います。
しかし、私が非常に心配をしているのは産業界でありまして、産業界が動くモチベーションというのはもうかるかもうからないかということであって、これが大きな産業になるよとなると市場原理でどんどん進んでいくおそれがあると思うのです。ですから、その意味でどの国も同じような厳しい法律や規制を持つべきだと考えております。
特に私がお聞きしたいと思っておりますのは、一番大きな国でありますアメリカあたりは規制がどうも弱いように思いますけれども、その辺についてもっと厳しい国際的な合意はできないものでしょうか。位田参考人にお聞きいたしたいと思います。
位
位田隆一#26
○参考人(位田隆一君) 確かに、おっしゃるように、産業界がクローン技術を応用してさまざまな産業利用をするということがあり得ると思います。
私は、今の御質問には二つの問題があったかと思いますが、一つは科学研究をするということと、それを産業的に利用するというのは二つの違うステップだと思っております。科学研究をするということについてはどんどん進めていかなければいけないことだと思いますし、それに対して法律の足かせをはめるというのは逆の方向に行ってしまうと思います。それに対して、科学研究の成果をどのように産業利用するかということについては、必要であれば何らかの形で法律で定める、規制をするということが可能でございます。
それに対して、もう一つの問題、すなわちアメリカはどうかということでございますが、残念ながら、ユネスコの立場を代弁するならば、アメリカはユネスコから脱退をしておりまして、実は日本が最もたくさん分担金を支払っている国でございます。しかし、アメリカはアメリカなりの実は考え方がございまして、アメリカはある意味では自己責任といいますか、自分がこれがいいと思えばそれを最大限尊重する国であると思います。そのために実はアメリカは、国内法で例えばクローン人間をつくらないということがなかなか制定できない国であると思います。しかし、クリントン大統領は基本的にクローン人間をつくるということには猛反対をしておりまして、したがって政府資金はクローン人間の研究には与えないという立場をとっております。
アメリカが生命倫理について、世界のその他の国と同じような形でクローン人間を禁止するということを私もそしてユネスコの生命倫理委員会自身も願っておりますけれども、このあたりについてはいかんともしがたいところはありますが、アメリカ自身としてはクローン人間をつくってはいけないという認識は当然のことながら持っております。クローン人間をつくることによって何らかの研究上もしくは産業上のプラスがあるというのが実はそれに対する反対の振り子として出ているんだろうと思います。
この発言だけを見る →私は、今の御質問には二つの問題があったかと思いますが、一つは科学研究をするということと、それを産業的に利用するというのは二つの違うステップだと思っております。科学研究をするということについてはどんどん進めていかなければいけないことだと思いますし、それに対して法律の足かせをはめるというのは逆の方向に行ってしまうと思います。それに対して、科学研究の成果をどのように産業利用するかということについては、必要であれば何らかの形で法律で定める、規制をするということが可能でございます。
それに対して、もう一つの問題、すなわちアメリカはどうかということでございますが、残念ながら、ユネスコの立場を代弁するならば、アメリカはユネスコから脱退をしておりまして、実は日本が最もたくさん分担金を支払っている国でございます。しかし、アメリカはアメリカなりの実は考え方がございまして、アメリカはある意味では自己責任といいますか、自分がこれがいいと思えばそれを最大限尊重する国であると思います。そのために実はアメリカは、国内法で例えばクローン人間をつくらないということがなかなか制定できない国であると思います。しかし、クリントン大統領は基本的にクローン人間をつくるということには猛反対をしておりまして、したがって政府資金はクローン人間の研究には与えないという立場をとっております。
アメリカが生命倫理について、世界のその他の国と同じような形でクローン人間を禁止するということを私もそしてユネスコの生命倫理委員会自身も願っておりますけれども、このあたりについてはいかんともしがたいところはありますが、アメリカ自身としてはクローン人間をつくってはいけないという認識は当然のことながら持っております。クローン人間をつくることによって何らかの研究上もしくは産業上のプラスがあるというのが実はそれに対する反対の振り子として出ているんだろうと思います。
有
有馬朗人#27
○有馬朗人君 最後に、もう一度科学者の社会的責任についてお伺いしたいと思います。
まず、今回のクローン人間の規制に関して私も賛成でございまして、いろいろ御意見がありますけれども、ともかく早くやらなきゃいけない、そういう意味で、まだまだいろんな問題があるかと思いますけれども、急いだ方がいいと私は考えているわけであります。
ただ、研究者というのは、私も含めてでありますけれども、新しいことを発見し発明することは大好きです。ですから、禁断の実を食べるということはしょっちゅうやりかねない。そこで、私は自然科学者に対する自己規制というのが非常に必要だと思っております。その点は井村先生がおっしゃっておられたとおりだと思います。
ただ、私は自然科学者の自己規制というものが強いとは思わない。ですから、今後、特に生物が発展していく際にどうやって研究者の自己規制を強め、研究者の本能を抑えることができるのかということについて私は非常に心配をしているわけであります。
そういう意味で、いろいろお聞きしたいことはありますが、時間が参りましたので、私は日本だけでなく世界じゅうの生命科学者の良心に期待しております。どんな国も産業も、特に倫理にもとるような応用、倫理にもとるような利用はしないように念願いたしまして、私の質問を終わらせていただきます。
どうもありがとうございました。
この発言だけを見る →まず、今回のクローン人間の規制に関して私も賛成でございまして、いろいろ御意見がありますけれども、ともかく早くやらなきゃいけない、そういう意味で、まだまだいろんな問題があるかと思いますけれども、急いだ方がいいと私は考えているわけであります。
ただ、研究者というのは、私も含めてでありますけれども、新しいことを発見し発明することは大好きです。ですから、禁断の実を食べるということはしょっちゅうやりかねない。そこで、私は自然科学者に対する自己規制というのが非常に必要だと思っております。その点は井村先生がおっしゃっておられたとおりだと思います。
ただ、私は自然科学者の自己規制というものが強いとは思わない。ですから、今後、特に生物が発展していく際にどうやって研究者の自己規制を強め、研究者の本能を抑えることができるのかということについて私は非常に心配をしているわけであります。
そういう意味で、いろいろお聞きしたいことはありますが、時間が参りましたので、私は日本だけでなく世界じゅうの生命科学者の良心に期待しております。どんな国も産業も、特に倫理にもとるような応用、倫理にもとるような利用はしないように念願いたしまして、私の質問を終わらせていただきます。
どうもありがとうございました。
佐
佐藤雄平#28
○佐藤雄平君 佐藤雄平でございます。
きょうは参考人の三人の先生方、本当に御苦労さまでございます。
今の有馬先生のお話、まさに私はごもっともだと思うんです。このクローンの問題については、私は法律、技術よりも最も大事なのはやっぱり倫理であろうと、そんなふうに思っております。
たまたま「ヒト・クローン無法地帯」という本がありまして、この本をちょっとはしょって読んでみました。本当に末恐ろしい話になります。人工授精から始まって体外受精、それが最後には実はクローン人間の売買というか、そんなところまで行き着くであろうという本でありまして、生殖の技術、生殖そのものが何かマーケット化してしまって、それが商売になってしまう。
こういうふうなことを私はいろいろ考えてくると、やっぱり人の道徳というか倫理、特に井村参考人は科技庁の中の委員長をやっておられたということで、これと同時に戦後五十六年間のいわゆる教育の問題についても、すぐ目の前の即戦力、即効性、そんなことをどうしても優先にし過ぎて、私は今児童生徒の問題も出てきているのかなと。そういう意味で、私は、この中で人文科学、長い目で見て人間の社会のプラスになること、これを考える大きなファクターというのが大事であろうと、そんな思いをしております。
そういう前提の中で、二つのことについてそれぞれの参考人にお伺いをしたいと思います。
その一つは、生命科学と生命倫理についてであります。それはその人の唯一性があるし、先ほども言いましたように、道徳の観念が大事、大変必要であると。
私は、この中でやっぱり最後は人の生命、寿命というのはどこまでが人の寿命である、場合によっては生まれてすぐ亡くなっても日本の感覚からいうと寿命だったなと言うし、百歳になって、百五十歳になって亡くなっても寿命だったのかという話になって、寿命という言葉があると思います。それは、なぜかというと、今生命の操作ということも非常な問題になっているわけですから、そういうふうな意味からすると、生命の操作というふうなことを考えたりすると、やっぱり寿命という問題をどういうふうなとらまえ方をするのか。
生命科学と生命の倫理、それと同時に生命の操作についてどのような御所見を持っておられるか、三人の先生方にお尋ねしたいと思います。
この発言だけを見る →きょうは参考人の三人の先生方、本当に御苦労さまでございます。
今の有馬先生のお話、まさに私はごもっともだと思うんです。このクローンの問題については、私は法律、技術よりも最も大事なのはやっぱり倫理であろうと、そんなふうに思っております。
たまたま「ヒト・クローン無法地帯」という本がありまして、この本をちょっとはしょって読んでみました。本当に末恐ろしい話になります。人工授精から始まって体外受精、それが最後には実はクローン人間の売買というか、そんなところまで行き着くであろうという本でありまして、生殖の技術、生殖そのものが何かマーケット化してしまって、それが商売になってしまう。
こういうふうなことを私はいろいろ考えてくると、やっぱり人の道徳というか倫理、特に井村参考人は科技庁の中の委員長をやっておられたということで、これと同時に戦後五十六年間のいわゆる教育の問題についても、すぐ目の前の即戦力、即効性、そんなことをどうしても優先にし過ぎて、私は今児童生徒の問題も出てきているのかなと。そういう意味で、私は、この中で人文科学、長い目で見て人間の社会のプラスになること、これを考える大きなファクターというのが大事であろうと、そんな思いをしております。
そういう前提の中で、二つのことについてそれぞれの参考人にお伺いをしたいと思います。
その一つは、生命科学と生命倫理についてであります。それはその人の唯一性があるし、先ほども言いましたように、道徳の観念が大事、大変必要であると。
私は、この中でやっぱり最後は人の生命、寿命というのはどこまでが人の寿命である、場合によっては生まれてすぐ亡くなっても日本の感覚からいうと寿命だったなと言うし、百歳になって、百五十歳になって亡くなっても寿命だったのかという話になって、寿命という言葉があると思います。それは、なぜかというと、今生命の操作ということも非常な問題になっているわけですから、そういうふうな意味からすると、生命の操作というふうなことを考えたりすると、やっぱり寿命という問題をどういうふうなとらまえ方をするのか。
生命科学と生命の倫理、それと同時に生命の操作についてどのような御所見を持っておられるか、三人の先生方にお尋ねしたいと思います。
井
井村裕夫#29
○参考人(井村裕夫君) 大変難しい問題を提起されましたが、生命科学の進歩は今後ますます加速されるだろうというふうに考えております。二十一世紀が生命の世紀であると言われるのは、その理由の一つは生命科学の爆発的な進歩が期待されるからであります。しかし、それと同時に、やはり生命科学に携わる者はもちろん、社会全体が倫理を考えていかないといけないであろうと私は考えております。先ほどちょっと触れました二十一世紀の社会と科学技術に関する懇談会の中で倫理のことが問題になりました。それからまた、教育が非常に大きな問題として取り上げられました。だから、そういったことを通じて社会全体も生命科学のあり方を考えていく必要があるのではないだろうかというふうに考えております。
それから、寿命というものはどういうものかということでございますが、これは人間が生まれてから死ぬまでの期間を寿命と言うわけであります。それは、御承知のように、随分延びてまいりました。縄文時代は、よくわかりませんが、十五歳まで、平均の寿命が十五歳以下であったというふうに考えられております。それが、今から百年前には四十三歳ぐらいになりまして、現在は八十歳までなったわけであります。これがどこまで延びるのかというのは予測できませんけれども、恐らくそう長くは延びないのではないだろうかというふうに考えております。
生物が進化の過程、さっきちょっと生物の話が出ましたが、進化の過程で有性生殖という戦略を取り込んだわけです。それは非常に有益であったわけですね。無性生殖はクローンをつくっていくことになりますけれども、有性生殖は極めて多様な個体をつくります。例えば、人間の卵巣には数百個の卵子があるわけですけれども、その遺伝子を調べると全部違うんじゃないかと言われるぐらいに多様性があるわけです。だから、それが生物の非常に大きな基本になっているわけです。
それと引きかえに死という戦略をとったわけですね。だから、死がなければその生物の発展はないわけであります。参議院においでになって二百歳、二百五十歳の議員の方がおられたらどうなるか。ちょっと考えただけでも予想できないわけでありますけれども、死というのはやはり生命体が進化の過程で取り込んだ一つの戦略である、それはその種の発展のために非常に必要なものであるというふうに考えております。だから、寿命を延ばすということは決していいことではないと思います。
それから、もう一つ重要なことは、単に寿命として生きている、息をしているというだけではなくて、その人が人間としての尊厳を保ち、判断力を保った状態で生きないといけないわけですね。これは最近、生命の質、クオリティー・オブ・ライフという言葉がよく言われますが、それを持った期間を長くするのなら大賛成でありますけれども、それを犠牲にしてまで息だけしているのは、これは大問題であろうというふうに考えております。
ちょっと御質問の趣旨に答えられたかどうか自信はありませんが、そのように思います。
この発言だけを見る →それから、寿命というものはどういうものかということでございますが、これは人間が生まれてから死ぬまでの期間を寿命と言うわけであります。それは、御承知のように、随分延びてまいりました。縄文時代は、よくわかりませんが、十五歳まで、平均の寿命が十五歳以下であったというふうに考えられております。それが、今から百年前には四十三歳ぐらいになりまして、現在は八十歳までなったわけであります。これがどこまで延びるのかというのは予測できませんけれども、恐らくそう長くは延びないのではないだろうかというふうに考えております。
生物が進化の過程、さっきちょっと生物の話が出ましたが、進化の過程で有性生殖という戦略を取り込んだわけです。それは非常に有益であったわけですね。無性生殖はクローンをつくっていくことになりますけれども、有性生殖は極めて多様な個体をつくります。例えば、人間の卵巣には数百個の卵子があるわけですけれども、その遺伝子を調べると全部違うんじゃないかと言われるぐらいに多様性があるわけです。だから、それが生物の非常に大きな基本になっているわけです。
それと引きかえに死という戦略をとったわけですね。だから、死がなければその生物の発展はないわけであります。参議院においでになって二百歳、二百五十歳の議員の方がおられたらどうなるか。ちょっと考えただけでも予想できないわけでありますけれども、死というのはやはり生命体が進化の過程で取り込んだ一つの戦略である、それはその種の発展のために非常に必要なものであるというふうに考えております。だから、寿命を延ばすということは決していいことではないと思います。
それから、もう一つ重要なことは、単に寿命として生きている、息をしているというだけではなくて、その人が人間としての尊厳を保ち、判断力を保った状態で生きないといけないわけですね。これは最近、生命の質、クオリティー・オブ・ライフという言葉がよく言われますが、それを持った期間を長くするのなら大賛成でありますけれども、それを犠牲にしてまで息だけしているのは、これは大問題であろうというふうに考えております。
ちょっと御質問の趣旨に答えられたかどうか自信はありませんが、そのように思います。