佐藤雄平の発言 (文教・科学委員会)
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○佐藤雄平君 佐藤雄平でございます。
きょうは参考人の三人の先生方、本当に御苦労さまでございます。
今の有馬先生のお話、まさに私はごもっともだと思うんです。このクローンの問題については、私は法律、技術よりも最も大事なのはやっぱり倫理であろうと、そんなふうに思っております。
たまたま「ヒト・クローン無法地帯」という本がありまして、この本をちょっとはしょって読んでみました。本当に末恐ろしい話になります。人工授精から始まって体外受精、それが最後には実はクローン人間の売買というか、そんなところまで行き着くであろうという本でありまして、生殖の技術、生殖そのものが何かマーケット化してしまって、それが商売になってしまう。
こういうふうなことを私はいろいろ考えてくると、やっぱり人の道徳というか倫理、特に井村参考人は科技庁の中の委員長をやっておられたということで、これと同時に戦後五十六年間のいわゆる教育の問題についても、すぐ目の前の即戦力、即効性、そんなことをどうしても優先にし過ぎて、私は今児童生徒の問題も出てきているのかなと。そういう意味で、私は、この中で人文科学、長い目で見て人間の社会のプラスになること、これを考える大きなファクターというのが大事であろうと、そんな思いをしております。
そういう前提の中で、二つのことについてそれぞれの参考人にお伺いをしたいと思います。
その一つは、生命科学と生命倫理についてであります。それはその人の唯一性があるし、先ほども言いましたように、道徳の観念が大事、大変必要であると。
私は、この中でやっぱり最後は人の生命、寿命というのはどこまでが人の寿命である、場合によっては生まれてすぐ亡くなっても日本の感覚からいうと寿命だったなと言うし、百歳になって、百五十歳になって亡くなっても寿命だったのかという話になって、寿命という言葉があると思います。それは、なぜかというと、今生命の操作ということも非常な問題になっているわけですから、そういうふうな意味からすると、生命の操作というふうなことを考えたりすると、やっぱり寿命という問題をどういうふうなとらまえ方をするのか。
生命科学と生命の倫理、それと同時に生命の操作についてどのような御所見を持っておられるか、三人の先生方にお尋ねしたいと思います。