葉梨信行の発言 (憲法調査会)
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○葉梨委員 自民党の葉梨でございます。
今会長からもごあいさつがございましたが、この国会、憲法調査会が数次にわたって開かれました。そして、各委員の質問を拝聴しておりまして、憲法の各条章について自由な御意見が聞かれ、大変実り多い会期であったと考えております。
また、この憲法調査会は昨年の二月から開会されましたが、一年半顧みまして、大変感慨深いものがあるのでございます。
また、今お話もございましたが、ことしは、四月の十六日に仙台、六月四日に神戸と地方公聴会が開かれまして、多数の傍聴人、また熱心な陳述人の御出席を得て、いろいろ一般の国民の皆様の憲法についてのお考えを伺い、大変意義深いものがあったと思うのでございます。
これからも引き続いて公聴会を開かれるということで、その公聴会が、さらにたくさんの方が発言でき、また、もう少し質問時間を長くやってくれというような御要望も神戸の会のときに出たようでございまして、会長初め皆様と御相談をして、できるだけいろいろの御意見を聞き、憲法に対する認識、意見を広めていきたいと思うものでございます。
この機会に、私個人の考えをまとめてみたいと思いますが、二十一世紀の日本を導くべき新しい憲法、私は、新しい憲法を、見直しながらつくっていくべきであろうと思っておりますが、広く国民の参加を得まして、議論を重ねて探求していくべきものと考える次第でございます。明治憲法も現行憲法も、実質的には、国民の意見を広く聞いてできたものではないのでございまして、二十一世紀の日本を導くべき憲法につきましては、国民の皆様の御意見を十分に拝聴しながら、みんなでつくり上げていきたいということをかねてから考えておりましたが、この機会に申し上げたいと思うのでございます。
それから、仙台で公聴会が終わりまして、記者会見がありましたときに、記者の諸君から、護憲が六で改憲が四ですねという質問がございましたけれども、私どもはもちろん、与党も野党も、この一年半の議論を重ねている間に、自民党にも、今の憲法で守るべき理念、原則がたくさんある、同時に、野党の皆様にも、どこからどこまで守らなきゃいけない、変えちゃいけないということではないというふうに私は受け取っているわけでございます。
そういう意味で、やわらかい気持ちで、護憲、改憲の枠にとらわれない発想が特にこれから必要ではないかと思います。そして、その発想が国民の間にも広く広まって、憲法についての議論が行われることが好ましいと思うのでございます。
この会期はこの春からでございますけれども、昨年の一月に憲法調査会が発足いたしましたころからのことをちょっと顧みてみたいと思うのでございます。現行憲法制定時よりの経過を振り返ってみたいと思うのでございます。
第二次大戦後のアメリカの基本的な対日政策は、日本が二度と再び米国を相手に戦争を始めることがないようにすることでございました。そのために、憲法の制定を当時の政府に慫慂し、しかも大変厳しい検閲、言論統制のもとに、自主的な改正という形をとりながら強制的な審議を行い、成立させたものであると心得ている次第でございます。
アメリカの方針としては、物的な日本の武装解除を行いました。これは比較的簡単に実現をいたしました。また、将来にわたり日本の非武装化を法律的に担保するために、戦力の保持を禁止し、交戦権までも否認する条項を憲法に置いたのでございます。
同時に、マッカーサー総司令官は、日本の平和主義への転向を確実に担保するために、真の民主主義を定着させたいということで、女性の参政権の付与とか、言論、結社の自由とか、政党活動の活発化等々が、その最高最強の権力を背景として一気に加速し、決定されたのでございます。
経済面につきましては、厳しい日本経済の弱体化政策が行われました。財閥の解体とか、労働者の団結、団体交渉権の確立とか、農地解放、特権的地位の廃止等々でございましたが、これは、昭和二十二年ごろからでございましょうか、終戦後間もなくでございましょうか、冷戦が進展をいたしまして、こういう経済面のGHQの施策は穏健化してまいりました。それが皮肉にもその後の日本の民主化と経済の強化を結果したことは、皆様御承知のとおりでございます。
そして、日本が、昭和二十七年でございますか、独立をいたしましたが、その間、現行憲法につきまして、改憲論がタブー化してまいりました。
敗戦直後、当時国民は、当然でございますけれども、私もその一人でございますけれども、虚脱状態に陥り、戦争は懲り懲りだという平和主義が国の隅々まで行き渡りました。大変結構なことであったわけでございますが、新憲法の標榜します平和主義に強い国民の支持があったのでございます。
日本の主権回復後、日本が講和条約を結び独立した後、顧みますと、日本の多くの言論人は現行憲法に表立った批判をしなかったという歴史的な事実も見てとれると思うのでございます。国会審議の段階では、実は共産党あるいは社会党の当時の議員からいろいろと改正の意見も出ておりまして、現行憲法につきまして、そのままではいかがかという御意見が出ていたことも承知しているのでございます。しかしながら、革新勢力の強い支持によりまして、憲法改正は九条の改正と同じ意義となりました。そして、改憲論が長く一種のタブーになってしまったという事実がございます。
戦後の平和が守られたのはこの規定ゆえであるとの幻想を国民に抱かせ、現実には、講和と同時に結ばれました日米安全保障条約により、日本を含む極東の平和が守られてきたという事実を覆い隠してしまったと思うのでございます。
現行憲法により戦後新しく日本に定着した多くの制度は、新しく生まれたものであり、我が国の国際社会への信頼を得るのに大きな役割を果たしましたが、多くのものが消え去った事実も見逃せないのであります。これら消え去ったものをすべて永遠に消えるに任せてよいかという問題がございます。日本の伝統の中から何を今後とも残し、何を思い切って捨て去るかをよく考えなければならないと思います。我々日本人は、貴重なものを永遠に失うことになることを恐れるものでございます。
この意味で、次国会できるだけ早い機会に、現行憲法につきまして、前文を手始めといたしまして、順次、着実に、それこそ何のタブーもなく、徹底的に国民参加の議論を始めていただきたいと申し上げ、私の感想とさせていただきます。