井手渉の発言 (国土交通委員会)
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○井手参考人 本日は、国土交通委員会に参考人としてお招きいただき、発言の機会を与えていただいたことに心からお礼を申し上げます。私は、千葉県に在住しておりまして、耳鼻咽喉科医として働いている井手と申します。
平成二年十一月に、当時高校三年生の娘が、登校中、交通死したことを契機に、平成三年四月に全国交通事故遺族の会という自助組織を設立しまして、昨年二月、東京日本橋に事務局を移転し、被害者の救済と交通事故の撲滅を目的に活動しております。
本日は、交通事故被害者の立場から、被害者の現状や今回の自賠責制度改正に望むことなどを述べさせていただきます。
まず、交通事故被害者の現状ですが、先ほども申されましたように、交通事故は毎年増加しておりまして、昨年は百十五万人を超しておりまして、増加の一途をたどっております。死者は約九千人、重度の後遺障害者は十年間で二倍と増加し、史上最悪の憂慮すべき状態にあります。
現実に加害者になる人は本当のところは少ないのですが、被害者になる確率は非常に多いのです。このことに対する認識が余りないような感じがいたします。周りを見回しますと、一家に一人や二人の被害者がいることは珍しくありません。
後遺障害者には、介護に多額の費用が必要ですが、必ずしも十分な救済がなされているとは思われません。被害者は本当に困っているのです。深刻で異常な状態であるにもかかわらず、加害者が起訴に持ち込まれる率は低く、仮に起訴されても、罰金刑がほとんどです。実刑になるケースは非常にまれなのです。処罰が緩やかであれば、一般の人はもちろん、加害者でさえ、交通事故による生命の毀損を軽犯罪程度にしか考えなくなっています。
車で人の生命を奪った加害者に適切な処罰がなされず、賠償交渉が金銭で決めることがすべてであれば、それは純粋な商行為となります。人間の生命を物と同じに扱うことになってしまいます。交通事故はお金で解決すればよいというようなことになり、このことが肉親を奪われた者にとっていかに過酷であり、心を傷つけるものであるかということを理解していただきたいと思います。
損害賠償というのは、他人に与えた損害をてん補して、損害のない状態と同じ状態にすることであります。したがいまして、人身事故の場合には損害賠償そのものが不可能なのです。結局、人身事故においても賠償が金銭で行われるのは、それ以外に方法がないからだと思っております。
自賠責保険が制定される以前は、被害者の保護が不十分で、往々にして泣き寝入りの状態でした。それは、一般的な人命軽視の風潮や、権利を十分に主張しない消極性による点もありましたが、第一に、交通事故の賠償責任の決め方についての法的知識が十分でなかったこと、第二に、加害者側に一時に多額の賠償金を支払う備えが不十分であったためであります。これを解決するために、不可避的な自動車事故による被害者の救済に万全を期すことを目的に制定されたのが自賠責保険であったと思っております。
ところで、賠償交渉は、本来、加害者と被害者との間で直接に行われるものであると思っております。しかし、この間に損保会社が介在するシステム、いわゆる示談代行になったことによって、交渉相手のすりかえと加害者の責任回避を不可避的なものとした純粋な商取引になってしまいました。
損保会社は私企業であります。したがって、その目的は利潤であり、利潤の追求は、人間の命を低く評価することで被害者に犠牲を強いるだけでなく、人間の死傷を、命を物の毀損に置きかえてしまっているのです。今の車社会において、車で死傷させられた人は人間としての尊厳さえも奪われています。先般、ハンセン病の元患者が、やっと人間になれたと言っておられましたが、人間として扱われないほど残酷なものはありません。
現在、自賠責特別会計の運用益により、被害者救済対策として、重度後遺障害者のための療護や介護料の支給などが行われておりますが、現状から見て全く不十分です。今回の政府再保険廃止に当たって、必須の条件である被害者保護の内容は、最低限の条件は盛り込まれていますが、将来に向けてさらに充実していただくことを希望いたします。
この中で強調しておきたい二点を申し述べさせていただきます。
一点目は、交通事故被害者救済のために財源を十分に確保していただくこと、救済内容を充実することです。そのためには、自賠責特別会計の運用益を確保し、救済対策の内容を充実することです。
車社会では、ドライバー、つまりユーザーが事故の被害者になることは多いわけですから、ユーザーと被害者を対立的に考えるのはおかしいと思います。ユーザーメリットという言葉を使って自賠責のわずかの保険料を下げるよりも、被害者救済対策を充実して、事故に遭ったときにしっかりした補償が受けられるようにすることの方が、ユーザーにとってメリットは大変大きいと考えます。
他の社会保障制度では救われない交通事故の被害者に唯一の手を差し伸べているのが自賠責特別会計の運用益です。重度後遺障害者で介護を必要とする人は激増しています。ユーザー還元で少額の保険料を下げるのと被害者に十分な救済をするのとは、どちらが国民のためになるのかをぜひ考えていただきたいと思います。交通事故の被害者救済対策を行う上で必要な運用益を十分に確保して、必要なところに救済の手を差し伸べていただくことを切望いたします。
第二点は、自賠責保険の支払いをめぐる公正中立な紛争処理の仕組みを整備していただくことです。
今回の懇談会や自賠責審議会で、損保会社による保険金の支払い渋りがクローズアップされました。元運輸省が行ってきた支払い審査だけでも、この十年間に約六十億の払い渋りが是正されております。保険金払い渋りの例は交通事故被害者のほとんどが経験していることです。このような状態を解消し、保険金の適正な支払いが確保されるよう、紛争の当事者の一方である損保会社主導でなく、公正中立な紛争処理の仕組みが必要と考えます。
懇談会や自賠責審議会で、損保会社は損害賠償の支払いを自分たちでチェックするなどと提案されました。これでは、私たちの経験上、被害者救済が後退し、悲惨な弱者放置社会が出現するのではないかという恐怖感、不信感は払拭できません。保険金支払いをめぐる紛争については、自算会のような損保会社主導の組織の中で審査をしても公平に解決できるとは思えず、公正中立な主体が国の監督をしっかりと受けながら紛争処理をしてくれるのでなければ、被害者としては安心できません。
今回、規制緩和によって政府再保険制度を廃止することになっていますが、その主体者である損保会社にとって最適な結果になるとすれば、保険金受取人が保険契約そのものにおいては第三者、いわゆる部外者である被害者との利害が対立するわけですから、自賠責保険の本来の目的である被害者の保護は達成されなくなるのではないかということを心配しております。それを防ぐためにも、今回の紛争処理機関の仕組みをきちんと運用していただく必要があると思います。
政府再保険廃止後の制度は、現在の多くの被害者のみならず、今後、交通事故に遭うかもしれないすべての国民に重大な影響を及ぼすものです。国会議員の皆様には、このことを御理解いただき、被害者の救済に温かい手を伸べてくださることをお願い申し上げて、私の意見といたします。
どうもありがとうございました。(拍手)