佐藤幸治の発言 (法務委員会)
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○佐藤参考人 無作為の抽出の問題でありますけれども、私どもも、確かにお説のような考え方も検討いたしました。けれども、選び方が難しい、どういう人をどういう基準で選ぶのか。それよりも一般の国民から御負担いただいた方がいいんじゃないかということで、最終意見のような形になったということを一点申し上げたいことと、これは最終意見に何も書いておりませんけれども、審議の過程で、例えば、一回選ばれたときどのぐらいの負担になるのかということで、レポーター、専門で報告していただいた方から、こういうことも考えられるのではないかという御紹介をいただいたのですけれども、否認事件ですと五日から十日ぐらい、自白事件ですと二日から五日ぐらいで、まあ、連日開廷という形になるんでしょうから、というぐらいでいいのではないか。それははっきりした根拠があってのあれではありませんけれども、そんなことも考えられるという紹介があったということを、ここで御紹介しておきます。
それから、ただいまの御質問でございますけれども、今までの選び方というのは、言ってみれば試験一発主義といいますか、それはある意味では公平なんですけれども、一遍の試験だけで物を決めるということに伴ういろいろな問題があるのではないか。ちょうど中国の科挙の制度がはらんでおったような弊害もあるのではないかということで、この一発試験ということから脱却して、法曹をプロととらえて、プロとして養成する、そのためにはいかにあるべきかということを考えました。
やはり大学、学部の時代というのは自己発見、学問に触れて、自分がいかに生くべきか、そういう観点で学部の時代を過ごしていただいて、そしてその中で自分は法曹になりたいという人が法科大学院に進んでいただいて、法曹としての教育、これはこの場は考え方です、考え方を鍛える場です。何か公式があってそれを覚えてもらうとか、何か正解があってというよりも、むしろ、これは私の好きな言葉で、英語で、マッドリングスルーというイギリスの言葉があります、泥んこの中でこざきながら何か間違わない方向を目指していく。まさにアメリカやイギリスの法曹教育というのはそういう教育をやっているのです。グローバル化の中で、簡単な正解のない時代です。そこで考え方を鍛える、そういう場として、法曹をそういう形で養成するということが必要ではないかということで、こういう考え方に行き着いたわけであります。
それで、ではどのぐらいの、どういう法科大学ができてくるかということでありますけれども、これはよくわかりません、どのぐらい立ち上がってきますか。けれども、現在の状況を見てみますと、相当関心が強いようでありまして、相当程度が手を挙げていただけるのではないかと思っております。
ただ、先ほど申し上げたように、今度はプロとしての法曹を養成するところですから、やはり一定の基準、内容、教育スタッフやカリキュラムを整えていただかなければいけません。これは基本的には各法科大学院の自主性に任せますけれども、一定の基準は満たしていただかなければならない。そのために第三者評価機関をつくって、絶えずそれを評価していただく。それでまた、その評価にふさわしいところが法科大学院として立ち上がっていただく。
そして、法科大学院は少人数教育ですから、五十人、百人あるいは二百人、多くてもあるいは三百人ぐらいかもしれません、それは確信はございませんけれども、そういう定員でありますので、やはり相当数の法科大学院が立ち上がっていただく必要があります。そしてまた、地域的にバランスをとるように考える必要もあるかと思います。
これを進めるについてはいろいろな課題があるかと思いますので、ぜひともその辺、御賢察いただいて、サポートしていただきたいというように願っております。