リチャード・クーの発言 (予算委員会公聴会)

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○クー公述人 リチャード・クーと申します。本日は、一エコノミストとしてこのような機会をいただいたことを大変光栄に思います。
 現在の日本経済の置かれている状況ですけれども、私は、実体経済の苦境もさることながら、国民の心理的、精神的な不安、これも非常に大きなものがあるんではないかという気がします。自分たちがこれまでやってきたことに対して自信が持てない、また将来に対しても自信がないという漠然な不安が、今の日本経済の大きなマイナス要因になっているんではないかという気がします。
 これらの問題をひもとくには、まず、日本経済がどのような病気にかかっているのかということを先に押さえないと、病名もわからないのに処方せんを書くわけにはいかないわけで、そういう観点から見ますと、昨今のマスコミにはいろいろな意見があります。これは構造問題ではないかとか政府の政策が間違っていたんではないかとか、いろいろなことが言われているわけですけれども、私は、今の状況は、バランスシート不況という何十年に一回起きるか起きないかという極めてまれな不況に陥っているんではないかという気がします。
 なぜこのような状況に陥ったかということですけれども、それにはまず、日本の経済の基本的な構造、高度成長が四十数年続いたその基本的な構造を押さえておく必要があると思います。戦後からそれこそ一九八〇年代の最後の一日まで、日本経済というのは二つの大きな車輪で回っていたような気がします。それは、高貯蓄と高投資という二つの車輪であります。
 日本の家計の皆さんは一生懸命貯金をして、それを企業が一生懸命借りて投資へ回していた。日本の貯蓄率が高いことは世界的にも知られているわけですけれども、これは同時に投資率も非常に高かったということであります。こうして潤沢な資金を家計が企業に調達した結果、急速に生産能力が拡大し、これが資本ストックの拡充を介して、日本はわずか数十年の間にまた世界のナンバーツーの経済にのし上がったわけであります。
 ところが、一九九〇年のそれこそ最初の一日から、株価の暴落に始まる資産価格の暴落という事態が発生しました。資産価格はどんどん下がっていったわけですけれども、八〇年代のそれこそ最後の一日まで積み上げたあの負債、借金、それがそのまま残ったままで資産価格が下がっていったわけであります。そうすると、負債は残っているのに資産価格がどんどん下がっていくということは、企業も、そして多くの個人も、大半の金融機関も大変な事態に置かれてしまったわけで、多くの場合は債務超過というような状況に置かれてしまったわけであります。
 個人の場合ですと、所得があって住宅ローンを払えればそれで何とか生活は維持できるわけですけれども、企業の場合は、外部の人からあなたの企業は債務超過じゃないかと指摘されたらこれで一巻の終わりですから、外に発表している数字はともかくとして、中にいる人たちは、必死に債務超過の状況から脱却しようという形で借金返済に回っているわけであります。どうやって借金返済をするかというと、当然消費を抑えて投資を抑えて、その余ったキャッシュフローを借金返済に回すという行動をとるわけですが、これをみんなが同時にやったらどうなるか、ここからバランスシート不況という事態が始まるわけであります。
 つまり、皆さんは決して間違ったことをやってきたわけではない。正しいこと、バランスシートが傷んでいる企業が一生懸命バランスシートを直そうということは正しい行動なんですが、これをみんながやりますと、当然消費は落ち、投資は落ちることになります。消費が落ちて投資が落ちると、景気はますます悪くなる。景気がますます悪くなりますと、資産価格はもっと下がる。資産価格がもっと下がると、日本の皆さんはまじめですから、もっと頑張らなくちゃいけないとやるわけですが、もっと頑張ると、ますます消費は落ちて、投資は落ちて、景気は悪くなる。このような悪循環、これがバランスシート不況ということではなかったかという気がします。
 これがどのくらい深刻な事態なのかということですけれども、お配りしました資料の一ページ目の下に、資産価格がどのくらい下がったかというグラフが載せてありますが、東証株価指数で見ますとピーク時からマイナス五六%、日経平均で見るともっと下がっておりますが。商業用不動産はマイナス八二%、ゴルフ会員権におきましては九一%と、大変な富が失われたわけであります。
 森総理がダボス会議で千兆円の富が失われたと言われたわけですけれども、この資産価格がまさにその富の損失を生んだわけで、これが今、日本経済を大変苦しめている基本にあるんではないかという気がします。
 一千兆円といいますとGDP二年分であります。二年分ということは、例えば自動車の生産でいきますと、年間の生産台数が一千万台ということは、二千万台の自動車が吹っ飛んで、住宅着工が年間例えば百四十万戸あるとすれば、その二年分が吹っ飛んだ、三百万戸近くが吹っ飛んだということになるわけですが、ただ、これは見えないんですね。表面的には見えない。例えば、神戸の震災で十万戸が全壊したわけですけれども、これは見えるわけであります。テレビの映像で見て、これは大変だ、何かしなくちゃいけないということが見えるわけですが、バランスシート不況は見えない。
 ただ、これは見えないからといって、ないわけではなくて、実際は企業行動に大変大きな調整を強いているわけで、このような状況は一九三〇年代のアメリカに最後に起きたということであります。あのときもアメリカ大恐慌ということになってしまったわけですが、あのときのアメリカの株価、これも十分の一になってしまった。
 ここで企業の行動がどういうふうに変わっていったかということですけれども、一ページ目の上のグラフをごらんになっていただきますと、これは過去十年間の日本経済の動きを、物の動きからではなくてお金の動きの方から見たものであります。このグラフはゼロのところに線が引いてありますが、ゼロより上が資金を供給している側、ゼロより下が資金を借りて使っている側ということになります。これをごらんになっていただきますと、一番上に家計というのがありますが、ここは、景気の非常によかった一九九〇年から景気の非常に悪くなった昨今まで、全く行動は変わっていない。GDP比で七、八%、ずっと貯金しているわけであります。この貯金好きというのは遺伝子かなと言われるくらい、景気の振れにかかわらず貯金がずっと続いてきているわけですけれども。
 その下が一般政府。一九九〇年のときにはまだ景気は非常によかったわけですから、一般政府財政はまだ黒字であったわけであります。黒字ということは、資金を資本市場に提供しているというふうに考えられるわけです。その下が海外。海外は、日本がずっと大きな経常黒字を出しておりますから、海外から見ると、それを受け入れている方で、資本を輸入しているわけですから、彼らは赤字となります。一番下に非金融法人企業。これはまさに一般企業ですけれども、当時の一般企業は、GDP比一〇%のお金を借りて、いろいろなものに投資していたわけであります。
 ところが、その後の状況を見ますと、家計は先ほども申しましたように大きな変化はなし、海外も大きな変化はないわけですけれども、企業行動がマイナスの一〇%から一九九九年にはプラスの五%弱というところまで、大変な変化を見せたわけであります。
 つまり、今までお金を借りていた人たちが借りるのをやめて、最近ではもう返す方に回ってしまっている。そうすると、二つあった大きな車輪の一つが全く機能しなくなったわけで、家計は一生懸命貯金しているのに、企業は全くお金を借りようとしない。そうなりますと、これはGDP比で一四%の変化というふうに指摘させていただいたわけですけれども、実際に一四%、七十兆円ぐらいの今まであった需要がなくなってしまったわけであります。私は、これが、日本経済をここまで低迷させてしまった最大の原因ではないか。家計の行動、海外の行動、大きな変化はない、しかし企業の行動には大変大きな変化が発生したわけで、このくらい大きな変化があれば、本来であれば大恐慌になっても不思議はなかったわけで、先ほど申しましたように、一九三〇年代のアメリカ、こういう全く同じような状況になって、大恐慌に陥ってしまったわけであります。
 ところが、日本の場合は、この間、民間がお金を使えなくなっている中で政府が使ってくれたということで、当初財政黒字を出していた政府が、景気が悪くなる、そうすると景気対策を打つという形でこの穴埋めをしてきた、それが今まで日本経済を支えてきたのではないかという気がします。
 そういう意味では、政府の支出がぎりぎりのところで、十年間で七十五兆円分のギャップ、これが表面化してデフレスパイラルに陥るのを防いできたのではないかという気がします。そういう意味では、財政はきいていなかったのではなくて、大変大きな役割を担っていたという気がします。
 このことを理解するには、もう一つ、政策の手段であります金融政策についても一言言及しなければならないわけですが、この間、一九九〇年から直近まで、金利は、一時八%あったものがゼロまで下落したわけであります。ところが、それだけ金利が下がったにもかかわらず、なかなか反応が見られなかった。全く見られなかったと言ってもいいくらい金融政策が無力化されてしまったわけですけれども、これにはそれなりの理由があります。
 といいますのは、バランスシート不況になりますと、企業は、これまでのように利益の拡大化、最大化という行動から借金の最小化という方向へ行動様式を変えているわけで、そうなりますと、幾ら金利を下げても、皆さん借金を返したくてしようがない。返したくてしようがないというか、返さなくてはいけないわけで、そういう方々は、金利が下がっても、じゃお金を借りて使おうという発想にならないわけですね。また、なってもらっても困る。特に、バランスシートの壊れている、下手すると債務超過のような企業が、金利が下がったというだけでお金を借りて使ってしまうというのも困るわけであります。さらにお金を借りるということは、さらに負債がふえてしまうということですから、バランスシートの改善にはつながらない。そういうことから、今のような状況ではなかなか金融政策がきかないということであります。
 ただ、そうはいっても、一時随分貸し渋りというのが言われたではないかと。貸し渋りは、これは供給要因ですから、そういうときに金融政策として何かできなかったのかという指摘は当然出てくるわけですけれども、お配りしました資料の次のページをごらんになっていただきますと、資金需要、資金調達の金額と短期金利を上のグラフに示してあります。これは、先ほどごらんになっていただいた企業の指標をもう少し細かく見たものですけれども、ごらんのように、金利が、一時八%あったものがゼロまでいくにもかかわらず、資金需要は全く回復しない。
 この間、じゃ、金融機関の行動はどうなっていたのかということは下のグラフをごらんになっていただきたいのですが、これは借り手側から見た金融機関の貸し出し態度であります。銀行というのは、聞きに行くと、いや、我々は一生懸命金を貸そうとしております、頭取の下に委員会を設けて金を貸そうとしています、有望な借り手を探していますと必ず言うのですが、借り手側から見ますと、随分銀行というのは好き勝手に貸出基準を変えているわけであります。また最近は、監督庁に言われて変えているというケースもあるわけですが。
 借り手側から見た金融機関の貸し出し態度、これは、ゼロよりも上になりますと、積極的に貸そうとしているということを借り手側が認めているわけで、ゼロより下になりますと厳しいということですが、ごらんのように、厳しい時期が九〇年、九一年、金利が非常に高かった時期と、それから九七年、九八年の貸し渋り期というのはあるわけですが、それ以外の時期はかなり、借り手企業は、銀行は積極的にお金を貸そうとしていたと認めているわけであります。
 例えば、九五年、九六年、ほとんどバブル期と同じぐらい銀行は積極的に金を貸そうとしていた。にもかかわらず、上のグラフをごらんになっていただきますと、彼らは借りていなかったということは、これは需要側の要因であって、供給側の要因ではなかった。こういうときには、私は金融政策に期待してもしようがないのではないかという気がします。
 強いて言いますと、借り手の皆さんは正しい行動をとっておられる。バランスシートが壊れている企業が早くそれを修復しようとするのは正しいわけで、そこに無理やり、金を借りろ、インフレになるから金を借りろと言っても、彼らからしてみれば、まず第一にバランスシートをきれいにして、それから行動を起こすということはあっても、まだインフレにもなっていないのにインフレにかけてお金を借りて何かやろうという行動は、責任のある経営者の行動ではないという気がします。
 こういう状況になりますと、通常の不況にはない、絶対的に需要が不足するという事態が発生します。これはどういうことかと申しますと、通常の世界ですと、これは通常の不況も含めてですが、例えば私に千円の所得があれば、自分で例えば八百円使って、残りの二百円は金融機関に貯金をする。金融機関はその二百円をまただれかに貸して、借りた人はまたそれを何かに使って、そこにまた二百円の支出が発生するわけであります。そうすると、八百円プラス二百円、千円で、また経済が回っていく。千円の所得に対して千円の消費。
 もしも金融機関が二百円分貸せなかったら、そこで金利を下げればいいわけであります。全国的な問題だったら、日本銀行が下げて、そうすると必ずだれかが、この金利なら何かやってみようということでお金を借りて使う。それでまたお金が使われて経済が回っていくということなんですが、バランスシート不況に陥りますと、ちょっと違う状況になります。
 例えば、千円の所得があった人たちは、まず七百円しか使わない、八百円使っていた人たちが七百円しか使わない。それでまず消費が落ちてしまうわけですが、残りの三百円をどうするか。これはみんな借金返済に回すわけであります。
 ところが、みんなが同時にこれをやっているわけですから、金融機関は、これを全部返してもらっても、貸す相手がいない。貸す相手がいなくなりますと、それでも一生懸命、国債を買ったり、消費者金融にお金を流したり、いろいろやりながら、例えば二百円何とか貸したとしても百円分残ってしまったとします。そうすると、次の局面では、七百円プラス二百円、つまり九百円しか需要が発生しないわけですから、九掛けになっちゃうわけですね。そうすると、その次はさらに九掛けになる。八百十円、七百三十円、六百六十円、こういう形でどんどん経済がシュリンクしていってしまうという危険性があるわけです。これは、その足りない部分、これがゼロ金利でも埋まらなかったというところから発生する問題で、一九三〇年代、アメリカが大恐慌に陥ったときは、まさにそういうプロセスで大恐慌に陥ってしまったわけであります。
 そういう観点から見ますと、一部の資産価格が十分の一になるほど大きなダメージを受けたこの日本経済が十年間ゼロ成長を維持してきたということは大変な成果でありまして、これはまさに皆さんが財政という形でデフレスパイラルが始まるぎりぎりのところをまず百円で埋めてくれた。そこを百円で埋めますと、また千円の支出になりますから経済が回っていく、また次の局面で九百円になったときにまた政府が百円出してくれて、ぎりぎりのところでデフレスパイラルが始まるのを抑えてきたということではなかったかという気がします。そういう意味では、財政の担ってきた役割というのは大変大きかったという気がします。
 結局、今の財政が担っているということは、これで景気をよくするということではなくて、とにかく人々の所得を維持して、維持された所得の中から人々は一生懸命借金返済をやっているというふうに理解すべきではないか。財政をやったからすぐ景気がよくなる、みんなそう思って、私も一時そう思ったことはありますけれども、実際の財政の役割はそうではなかった。財政の役割は、とにかく人々の所得を維持してきた、千円に対して千円の支出が発生するようにしてきた。それがあれば、人々は所得がありますから借金返済を続ける。それで少しずつ今バランスシートはきれいになっていて、今かなりきれいになってきております。ただ、まだ問題が残っているわけで。ところが、ここで所得を切ってしまいますと、借金返済の原資もなくなるわけで、そうなると連鎖的に先ほどお話ししましたような事態が発生してしまう。
 そういう観点から見ますと、今回の予算、私はもう少し上乗せしていただきたいという気がします。五兆円から十兆円ぐらい真水部分で上乗せしないと、今アメリカ経済の急速な減速、それにIT関連が勢いを失っているという、半年前だれも想定していなかったような事態が発生しているわけですから、ここはそれなりの対応が必要ではないかという気がします。
 確かに財政赤字は非常に大きいわけですけれども、一方で財政のコスト、国民的コストであります金利、これは人類史上最低であります。きのうの国債金利の利回りは一・四%、大恐慌のとき、アメリカの失業率が二十何%になったときの一番低いときの金利が一・八五%ですから、今の日本の金利がいかに低いかということは御理解いただけると思います。
 確かに多くの方は財政赤字の大きさを大変懸念されておりますが、実際の国民の行動、これが市場にあらわれている行動だとすれば、今の国民の行動は、財政をもっと出して景気を下支えすべきだという行動が逆にあらわれているんではないか、これが一・四%の金利にあらわれているんではないかという気がします。
 今の日本の最大の問題は借り手がいないということで、唯一の借り手が今政府ということになっておりますから、それを活用して、低い金利で資金調達ができるときに、まだ日本に残っている必要な社会資本、将来必要になるであろう社会資本を充実していく最大の機会ではないかという気がします。
 以上です。(拍手)

発言情報

speech_id: 115105262X00120010227_002

発言者: リチャード・クー

speaker_id: 25070

日付: 2001-02-27

院: 衆議院

会議名: 予算委員会公聴会