渡部昇一の発言 (憲法調査会)

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○参考人(渡部昇一君) 日本国憲法は明治に最初にできたわけでありますが、あの憲法はそれなりによかったと思うのでありますけれども、その後の危険に対する歯どめが不十分だったと考えるものであります。
 明治憲法のもとで日本は有色人種で最初の近代国家をつくることに成功いたしまして、そして日露戦争以後も決して日本は軍国主義に向かわずに、むしろ大正民主主義と言われるような、言論が非常に重要な、そして第三次桂内閣のごとき、演説会のみによって内閣が交代するというような民主的な方向に向かっておりました。また参政権も、どんどん税金の納める金額が下がりまして、遂に普選、普通選挙法まで、大正のところに行っております。さらに、軍備縮小の方にも日露戦争の以後、特に第一次大戦後進んでおりまして、大した多くもない陸軍も四個師団もつぶし、戦艦「土佐」などもつくりかけのをやめておるのであります。
 ところが、その憲法は、その後の世界の、ロシア革命以後の世界全体に起こりました社会主義化に対する歯どめが十分でなかったというのが私の考えでございます。
 それで、もし今の憲法が将来修正を受けたりすることがあるならば、私はこの点だけ一つはっきり変えてもらいたいと思うのであります。その他の点については、いろんな専門家がおっしゃることでありますし、私も本も書いていますけれども、繰り返さずにたった一つだけ、ほかの先生方が余りおっしゃらないだろうということを一つ述べておきたいと思います。
 それは第二十九条の財産権でありますが、「財産権は、これを侵してはならない。」と言って、その次は、「公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める。」と、このようにありますね。ところが、三十条になりますと、「国民は、法律の定めるところにより、納税の義務を負ふ。」と、こう書いてあります。ですから、二十九条では「財産権は、これを侵してはならない。」と私有財産を保護する規定がありながら、次の三十条では、「法律の定めるところにより、納税の義務を負ふ。」としてあります。
 これは極めて危険な並列でございまして、万一、私有財産を否定するがごとき政党が政権をとったとすれば、憲法を変えることなく、相続税だろうが所得税だろうが、極端に言えば九九%することも可能であります。ですから、私は、もし新しい憲法に改正されるとするならば、必ず税金の上限を定めてほしいと思うのであります。
 私が今考えている税金の上限というのは、相続税は、これを廃止する。それから遺留分は、これを廃棄して一〇〇%遺言状のとおりにする。そして、第三に所得税の上限を一〇%あるいは一二%にする。この三つぐらいを上限として盛り込むことが必要なのではないかと思うのであります。
 と申しますのは、万一、明治憲法に税金の上限というようなことがありましたら、日本は昭和十年代に国家社会主義に向かうようなことはあり得なかったと思うのであります。明治時代の明治憲法には国家社会主義の出現を予想する力がもちろんありませんでした。また、国際共産主義をも予想する力がありませんでした。したがって、私有財産の守り方について極めて不明瞭でございました。
 それで、昭和十二年に日華事変が勃発しますと、その後日本の全法律体系は国家社会主義になりました。ですから、最初、昭和十二年のころ、盧溝橋だとか、あるいは上海あたりで戦火が起こりましたときは、日本軍はああいう局地戦の弾薬、武器にも事欠くぐらいの備蓄しかありませんでした。ところが、次から次へと、特に昭和十三年以来法律を変えていきまして、完全に社会主義体制、配給制度まで行きますと、恐ろしく一時的な力が出まして、何万台もの飛行機もつくる力が出ました。これは、もしも税金の歯どめがあったならば当然慎重になったはずであり、社会主義国に共感を持ってヒトラーやムソリーニと同盟せよなどという国民世論も起こらなかったし、また政府もそんなことをしなかっただろうと思うわけであります。
 私は、かつて一時政府税調委員になったことがあります。そのときに、税調の委員長にこういう質問をいたしました。今の税制の根幹には財産を分配するという、そういう思想があるのではないですか、こういう質問をいたしました。そうしたら、委員長は大変お困りになって、随分長い沈黙が続いたのでありますが、最後にその思想があると思いますということを言われました。事実、日本では相続税の上限が七〇%になっております。これは、SPD、社会党ですね、ドイツでは社会党と称する党が政権を握っているにもかかわらず、ドイツでは二十数%が上限であるということに比べても著しい社会主義的ガラガラポンの思想であります。
 それで、私はその財産のすべてを分けてしまうという思想が税制にあるとするならば、それは憲法違反ではないだろうかなどと申し上げたことがありました。私は、憲法というものは何を守るかといえば、一番は国民の生命、財産というわけで、生命と財産はほとんど同じぐらいに並べられてしかるべきであると思うのです。事実、このためにアメリカの独立も起こったわけですし、またイギリスの議会制度もできたわけで、我々は大体その流れの中の議会制度を持っておるわけでありますから、生命、財産を特にはっきり重んずるという項目が明確に示されなければならないと思います。
 それが今の二十九条の規定が三十条でどうにもできるようになっておりましたのでは、一たび世の中が変わりまして、またどこかで社会主義風が吹きますと、九九%の財産税、九九%の所得税というのも理論的には可能であるような憲法になっていることを忘れてはならないと思うのであります。
 それに、今特に私は緊急だと思いますのは、これはいろんな歴史観があると思いますが、十九世紀の後半から二十世紀の最後の十年ぐらいにかけて世界史を見ますと、いろんな見方があると思いますが、一つの見方は私有財産に対する考え方の闘争史であったとも言えると思うのです。私有財産を廃止するとか、その相続権を奪うとか、そういうのが実際そういうスローガンのもとにできた国家もございます。ところが、それとは反対の古い考えを持った国家もあります。
 そして、その決着は今から約十年前に世界の人の目の前で明確についたと思うのです。私有財産をとうとばない国、私有財産を廃止した国は、失われたものが、私有財産のみならずすべてがなくなる。文化もなければ、もちろん文化の伝承もなくなる。文化の伝承というのは大体個人の家庭においてなされるわけでありますが、それもなくなる。それどころか、市民としてのステータスまでなくなる。そして、旧ソ連のごときは、金の埋蔵量世界一、石油もアラビアぐらいはあったと思うんですが、それから森林資源、土地資源、無限にありながらも、行き詰まって崩壊した後を見れば、残ったのは強大なる官僚組織と二流の武器だけで、あとはすっからかんの何もなくなっていたというのが大ざっぱな見方だと思います。
 日本は、明治憲法のもとで栄えて、そして日露戦争に勝ち、第一次戦争でも勝った方につきながらも決して軍国主義には向かわなかったにもかかわらず、その後世界にロシア革命以後の社会主義、いろんな種類の社会主義が出て、それに足が引っ張られたのが私の知っている日本の悲劇であります。
 そして、今日見るような、日本は現在でも製造業は世界一強いことは明らかでありまして、輸出の黒字も十五兆か十三兆ぐらいの間だと思います。二位のドイツだって五兆にはならないぐらい強い。にもかかわらず不景気なのは何かと申しますと、これはやはり金融がおかしいこと、それから相続が不安のために日本の国の富の九十数%をつくっていると言われている中小企業の人たち、特に成功した中小企業の人たちは、成功した途端に後ろ向きになってしまうのであります。これ以上仕事をやって成功しても税金がどうなるかわからない、それから事業を継がせるのがどうなるのかわからない、それでこの辺でやっておくかと、どこか緩んでくるんですね。これが全体として非常に大きいと思うのです。ところが、失敗しているような人たちは、これは相続の心配もありませんので、赤字を出している中小企業の方はのほほんとしているというような妙な形になっております。
 ですから、相続税は撤廃するよ、そして遺留分もなくするよと言えば、全国の成功している中小企業もまだ余り成功していない中小企業も奮い立つはずでありまして、これが日本の元気のもとになることはまた明らかであります。
 それにまた、今急いでそれをやりませんと非常に日本は危険なことになるという一つの理由は、ブッシュ政権は、今から一月ぐらい前でしょうか、十年以内に相続税をゼロにするなどということを言いました。紆余曲折はあるでしょうけれども、恐らくその方向に行くと思いますね。そうすると、日本でも大金持ち、大きな能力のある人、これは国際企業に関係あります。この人たちがアメリカの国籍を取るであろうことはほとんど確実ですね。そうしますと、日本に残されたのはほかの人の税金にぶら下がろうという人が大多数になってしまう危険があります。あのアメリカですらも相続税を、あれだけ金持ちがいると言われるアメリカでも相続税をゼロにするというような時代に、日本が社会主義的な相続思想を維持したのではとてもやっていけないと思うのであります。
 憲法については、いろいろ種々申したいことがございますが、一つだけ税制について申し上げました。

発言情報

speech_id: 115114184X00520010404_002

発言者: 渡部昇一

speaker_id: 1482

日付: 2001-04-04

院: 参議院

会議名: 憲法調査会