前田英昭の発言 (憲法調査会)
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○参考人(前田英昭君) 参議院の憲法調査会で意見を述べさせていただく機会を持ちまして、大変光栄に思っております。
国民主権と統治機構について、憲法第四十一条、立法機関に焦点を当てまして、外国の事情と比較しながら、お配りしましたレジュメに沿って意見を申し上げたいと思います。
法律案の発案者はだれか、一の議員か内閣かということです。
まず、イギリスとの比較です。
もともと議会は立法機関でありますから、議員立法中心であります。それが十九世紀、小さな政府から大きな政府へと移行するのに伴いまして内閣主導に変わります。さらに首相主導に発展をする。
イギリスでは、内閣主導は政党制の発達と公務員制度の整備と結びついて実現いたしました。まず政党ですが、イギリスの議院内閣制は政党中心、内閣を議会の委員会または与党の委員会とする形をとります。日本流に言いますと、与党幹部は、総裁、幹事長以下国会対策委員長まで全部入閣いたします。主権者から選ばれたその中の実力者が内閣に入って立法を主導する。内閣と与党は一体関係になります。日本のように二重構造にはなりません。
議員は、複雑な内容の法案づくりなどとても手に負えませんから、みずからやらずに信頼できる同僚の大臣に任せて、内閣提出の法案審議に専念いたします。憲法上、法案提出権は議員に限られますが、大臣は議員ですから問題にはなりません。主権者たる国民の代表が内閣にゆだねたわけですから、官僚立法にはならないというわけであります。
次に公務員制度です。
内閣は、今申し上げたように、議員から委託されましても複雑な法案を大臣一人でつくれるわけではありません。内閣の仕事に協力させる機構をつくり、官僚、専門家に手伝ってもらうことにいたしました。内閣に法制局を設置いたしました。立法と行政は分離すべきものですから、議員は個人的に官僚に接触しない。議員が必要なときには大臣を通じて折衝する。ここが日本と違うところであります。
日本の帝国議会でありますが、明治二十三年の議会開設のときに既に官僚機構はできておりました。その頂点に内閣がある。内閣法制局は明治十八年にでき、二十三年に強化された。戦後、昭和二十年、官僚立法の牙城であった内閣法制局は、アメリカの占領下、廃止されましたが、昭和二十七年に復活して今日に至っております。
明治時代の超然内閣は、議会や民意を無視して官僚に法案をつくらせたのですから、当然、内閣立法はイコール官僚立法であります。イギリスの議会は議会主権と言われるように、立法権は最高のものであります。
官僚が先か議会が先か。イギリスでは議会政治の基盤の上に官僚政治のレールが敷かれました。日本では官僚制度の基盤の上に議会政治のレールが敷かれました。この違いは日本の国会を考える場合に重要なポイントであります。議会は議員の集まりですから、イギリスでは国会審議には官僚は加わらない。およそ会議体というものは、そのメンバーだけで審議するものであります。
日本の帝国議会は官僚中心。議場の高いところに大臣席がある。憲法第五十四条、大臣はいつでも発言できる。したがって、いつでもですから、法案の採決の直前になって演壇に出てきて、政府は反対であると述べた例などもございます。官僚が政府委員の形で審議をリードした。政府委員は廃止になりました。しかし、参考人として残りました。
次に、アメリカとの比較であります。
アメリカでは、大統領制の国、厳格な三権分立の憲法規定に縛られまして、議会は当初から自分たちで立法する自前の立法を続け、小さい政府から大きな政府へ、行政優位時代になれば、議会の中に法制局と立法考査局を設置し、議員秘書初めスタッフを採用して立法補佐体制を強化して対応してまいりました。
二十世紀になりますと、大統領が直接立法に乗り出すのであります。大統領は、憲法で認められているメッセージまたは行政書簡を議会に送ることができるという憲法の権限を利用いたしまして、議会に立法を勧告し、添付した法案を与党議員に提出させました。大統領勧告法案は、事実上、大統領提出法案であります。大統領はロビイストを使いまして、またはみずから電話によって議員に法案の成立を要請します。最近の著書には、大統領は第一の立法者であると書かれております。
第二次世界大戦後の一九四六年、アメリカ議会は議会再建法を制定して、大統領に対抗し立法の補佐機構をさらに充実いたしました。現在、イギリス、アメリカともに政府提出法案の成立件数及び成立率、どちらも成立です、議員提出法案の場合をはるかに上回っております。
日本国憲法は、アメリカ占領下にでき、その影響を強く受けたために、幸いに当時、議院内閣制の国では世界一の立法補佐機構を実現いたしました。国会に議院法制局が衆参二つあるのは日本だけであります。
第二次大戦後の行政優位時代にできた新しい憲法は、内閣と議員双方に議案の提出権を認め、議員より政府を上位に置いております。例えば、フランスの一九五八年、現行第五共和国憲法、ドイツの一九四九年、現行の憲法がその例であります。日本国憲法は新しい憲法でありますが、アメリカの最古の成文憲法の影響でできたものですから、内容は非常に古いものであります。
次の国会法の関係については省略をさせていただきます。
二の民意のルートです。
国民は制限選挙時代は選良という形で選び、代表者に白紙委任したと考えられます。代表制では、これは純粋代表論といいます。
普通選挙、国民が主権者として成長しますと民意に従った立法を主張し始める。代表といっても半分しか任せないということから、半代表論というような代表制の理論が登場してまいります。それを受けて、今度は政党は民意を吸収しなければならなかった。イギリスで独特のマニフェストができたのはそれであります。政党は選挙の前に公約を発表いたします。政党が政権をとった場合にマニフェストを実行する。選挙はマニフェスト対マニフェスト、政策の対決になる。選挙では国民は政策選択、政党選択、内閣総理大臣を選びます。現在、事実上の首相公選制を実現しております。こうして内閣主導の立法は官僚立法にならず、民意を反映したものになるというわけであります。
選挙を民意のメーンのルートといたしますと、イギリスにもバイパスというものがあります。多種多様な利益団体がそれぞれ要求を持っております。そういう団体は決定権を持つ者に対して働きかけます。イギリスの場合は内閣に働きかけます。議員に要求しても、議員は官僚と個人的に接触しませんし、個人では何もできません。内閣は、バイパスを通して寄せられた団体の要求を聞くために各省に窓口を設けました。さらに、内閣の下に閣僚委員会を設置して各省の意見調整に当たる。閣僚委員会は大臣や党役員で構成されていますので、特定団体や特定の省庁の利害の突出や各省と特定団体との癒着の発生を未然に防ぐという効果があります。バイパスルートも内閣主導だということであります。
日本では、こういう民意を政策に反映させる回路を構築できませんでした。いまだにできていないように思われます。明治憲法下の議会が決定権がなかったがゆえにこのようになったのではないのか。つまり、政策を提示しても決定権がなければ何にもならない、いわばスローガンになる。選挙は人が中心になる。そして、公約がありましても、体につけるこう薬と同じように選挙が終わればはがれるものというふうな、そんなような形で観念されるようになりました。イギリスのマニフェストは、選挙公約は公文書扱いでありますから、一冊の本として長く保存されております。日本では、民意吸収のメーンルートというものがないがために一部の者が団体を組織してバイパスを通していろいろな要求をするわけです。これが政官業のトライアングルだというふうに考えられます。日本の政治主導というものは、これまで欠落していた民意のルートを構築する必要があると思います。選挙改革につながる問題かもしれません。
三の審議機能ですが、こうして吸い上げられた民意を議会がどうするかという問題です。
イギリスでは選挙に勝った政党は内閣を組織し、国民に公約した政策を、これはマンデートと言うわけでありますけれども、国民の承認を得たというものとして立法化する、またしなければなりません。今、イギリスは総選挙を前にして、ブレア首相が前回の選挙で公約したことがどのくらい実行されたか、七〇%であるとかというようなことが新聞をにぎわせております。
次に、議会が開会すれば冒頭の女王の演説です。我が国における施政方針演説に相当いたします。この施政方針演説に相当する女王の演説は、議会に法案を提出するわけですが、公約したうちの順序で、この一年間で何をするかという具体的な政策提言であります。首相を初め、約百三十人ぐらいの議員が質問あるいは討論に参加してまいります。一週間に五日間審議しております。イギリスの議会は昼の二時三十分にきちっと始まります。休憩なしで十時半までは必ずやります。なぜこんなに議論をするのかと思われるくらい議論をしております。
そういう本会議の討論だけではなくて、委員会でもやっております。委員会というのは委員が面と向かってやっている、与野党が向かい合ってやっております。会議の常識ですから、すべて委員が審議するわけです。大臣は委員であります。担当大臣が筆頭の委員であり、野党の影の大臣が筆頭の委員であり、そういうことでやりとりをしている、こういうふうな感じであります。したがって、審議時間が非常に長い。その結果として、情報が国会からたくさん国民に対して提供されるというわけであります。
日本の国会は審議時間が短いので有名でありまして、かつてIPUが調査したところによると、一番少ないのがモナコであり、ついでドイツ連邦参議院、これは特殊な機関でございますね、チェコ、続いて四番目が日本というふうに報告されています。
各国とも定足数というのを無視するというか、定足数よりも情報提供というところに力点を置きまして審議をしている。それは、主権者に対する説明責任、国民からそういうふうな説明を求めるというアカウンタビリティーという概念が登場してきたからだと思われます。斎藤議長の有識者懇談会の答申にある定足数の弾力化というものも、そういう観点で取り上げられたのではないかと私には思われます。
次は、国会は立法のための審議機関であるということ。
最近、イギリスでは、議会の機能を、立法機関だけれども正統化を目的としたものだというふうに言われているのでございます。ごろ合わせですが、立法というのはレジスレーションでございますね、レジティメーションだ、正統化だと、それが大事だというふうに言っております。つまり、採決は一瞬であります。しかし、それに至る審議、これが大事だと。
第四ですが、立法機関としての充実について幾つか提案をさせていただきます。
国会は、国会活性化法をつくりまして、政府委員を廃止し、政治主導を選択されました。その趣旨からいえば、立法についても政治主導というものは内閣が中心になるのではないのか、その内閣というものが民主化される、それを確立することが重要なのではないかと思います。小泉首相は、総裁選に勝った勢いで、首相公選制に限定して憲法改正を考える意向を表明されました。公選制は憲法改正をしなければできないものでしょうか。
イギリスの国民は、政党が選んだ首相候補者に国民が選挙で票を投じている。国民が首相を選ぶ、だからこそ選挙に関心を持つ。公選制をしているように実態では思われる。ドイツにおいても同じであります。アメリカの大統領選挙と、議院内閣制の今日におけるドイツ、イギリスにおける総選挙は極めて似てきているということであります。
小選挙区比例代表並立制を導入しましたとき、いろいろ問題がありました。ある方は、終わってから、熱病だったと言われました。しかし、これは法律でございます。もし憲法改正が、後に熱病だったというふうなことでは済まされるものではないと思っております。
憲法改正の手続や発議、国民投票についてはよく議論になります。改正案の発案者はだれでしょうか。内閣でしょうか、議員でしょうか。憲法学界では内閣に発案権なしという反対論がございます。しかし、議員が発案することについて反対する会員は一人もおりません。だとすると、議員立法。通常の議員立法とすると、大変手続が軽いんでございますが、そうではなくて、この調査会が発案しないという申し合わせで設置された経緯とか憲法というものの重要性を考えて、もし提案されるなら相当数の賛成者を必要とするとか、そういったようなことが必要になってくるんではないか。事前にルールを確認することが必要だと思います。
次に、内閣主導の中で議員立法をどう位置づけるかということです。
内閣とか政党主導の中で、議員や野党の立法活動を促す方法として興味を持つのが、イギリス本会議の議員の時間、プライベート・メンバーズ・タイムというものであります。この時間には、議員提出法律案の趣旨説明と質疑を行うのであります。そして、そのほかに別に、議員の法案ではなくて法案要綱を中心にして、こういう法案を出させてほしいという動議を提出、十分間だけ本会議で趣旨説明ができる。反対の人は十分間だけ反対の討論ができます。それで、動議を可決したら、つまり賛成ということになったらその法案は提出できる、ただし逆にそうでなかったら提出できないと、こういうふうなのがございます。
衆議院は、イギリスにおける首相質問をまねてクエスチョンタイムをつくられました。参議院は、こういうふうな本会議における議員の時間で議員立法をそれぞれ提案してアイデア合戦をなされたらいかがでしょうか。国民の関心を呼ぶことはもちろんであります。では、先例がないかとおっしゃいますから先例をそこへ書いておきました。衆議院であります。そこに数字をずらっと並べておいたのがそれでございます。例えば、第五十二回、昭和元年、八十件のうち七十六件と書いたのは、第五十二回、昭和元年、この年に議員提出法律案が提出されたその件数が八十件でございます。八十件のうちの七十六件が本会議で趣旨説明をし、かつ質疑を行ったということでございます。こういう先例がございます。そのほか、長いから省略をさせていただきます。
そして、参議院においてそのほか考えられることは何かといえば、イギリスでやっている議員立法に対する採決はそれぞれ党議拘束をしないという原則にしております。それから、逐条審議であるとか、あるいは法律案の実施状況をフォローアップするとか政令の事後審査をするとか、そういったようなこと、つまり衆議院がやれないことを補完してやる。そういったことが参考になるのではないかと思います。
参議院は、衆議院のような政権をめぐる争いの場になるのをできるだけ避けまして、各会派の意見交換の場として国民の世論を盛り上げるのに必要な情報発信源となるべきだと私は考えております。衆議院は政権の基盤ですから、選挙はどうしても民意の集約にならざるを得ません。民意を吸収するパイプは細くなるわけなので、パイプが細くなればそこから吸い上げられる民意は狭められます。民意でそのパイプからはじき出される人がある。そのはじき出された民意、それを含めて多様な民意を反映するのが参議院だと私は考えております。したがって、パイプを狭めるような、またはパイプをなくしてしまうような憲法改正案がもし出るとすれば、私は賛成できないのでございます。
以上、立法機関としての国会は立法過程の中心に位置するものであり、国会を取り巻く諸要素、特に主権者たる国民、内閣、政党などとの関連を重視する。議会制民主主義においては、人間の血液のように民意を体内で循環させ、議会がその民意の循環を促進する心臓部として働く。国民主権と統治機構、その中の立法機関としての関係はそのように私は考えるべきだと考えております。
以上でございます。