浜田卓二郎の発言 (財政金融委員会)
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○浜田卓二郎君 先ほど財務大臣のおっしゃいました日本経済には潜在的な力はあるというお考え、私も賛成でございます。ただ問題は、その潜在的な力があるはずなのがなぜ出てこないか、なぜ消費が出てこないかというところにあるわけであります。
ですから、いつかはいつかはということでは、これは私は政策ではないと思うんですね。ですから、釈迦に説法でございますけれども、経済政策とは何かといいますと、私なりに申し上げれば、政府がこういう見通しのもとにこういう状況をつくりたいと、そのために打つ手が政策であります。
そのとおりならなかったらそれは原因があるわけでありまして、それは見通しが間違っていたか、あるいは手段が不十分であったか、あるいは間違っていたかということだと思うんですね。間違っていたら、やっぱりそれは政策当局の責任なんだと思うんです。もっと言えば政治の責任だと思うんですね。その間違っていたか間違っていなかったかがあいまいになり、責任というものが全く問題にされなければ信頼が薄れるわけですね。
つまり、マーケットも国民も、政府がこの政策をやったからこうなるという、そのところに信頼性が出てこない。そうなったら、経済政策なんというのは意味がなくなるんだと私は思うんですよ。やっぱり、マーケットあるいは国民が、政府がこうやるからこうなると、そこにある程度の信頼性が生まれていないと、ポンププライミングとかスティームレーティングとかと英語では言うわけですから、そういう効果が出てこないと思うんですね。
ですから私は、一つ一つの手段は、その難しさというのは、それは御説明のとおりだろうと思いますけれども、基本的に昨年の後半から日本の経済政策、金融政策も含めた政策は抑圧型に転じた、そう受けとめられていると。それは誤りだった、やはり拡大にもう一回転じなきゃだめである、そういうふうに政府は自覚をして宣言すべきではないかと思うんですね。
国債はもう発行できないという説もありますけれども、発行した国債は国民が資産として持つ余裕がまだあるわけでありますし、ですから、何よりもここで大事なのは、その潜在力があるのなら、それが早く現実になるように政策を打つべきである、そう思います。今、予算の審議中ですから、今すぐ次どうしますというのは言えないのはわかっておりますけれども、そういうふうに今までの政策の転換ということをやはり明確に打ち出すべきときである。それをしないと、要するに今までの政策でよかった、いつかはよくなるという話であって、責任という問題が出てこないと、もうだれも信用しなくなる。マーケットが信用しなければ、政府が思い切った経済対策という言葉を使ったって反応は出てこない、そういうふうに思うんです。
ですから、ここで次の拡大策への転換の決意みたいなものをおっしゃれればおっしゃっていただきたいと思います。