松あきらの発言 (文教科学委員会)
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○松あきら君 本日は三人の先生方、本当にお忙しいところをありがとうございます。
公明党の松あきらでございます。
私も基本的には子供たちの人数が多いよりは少ない方がいいという個人的な意見を持っております。やはり、一人一人の生徒に目を向けることが非常に大事であるという意見を持っております。
しかし、今までこの四十人学級ということである程度固定化をされておりました。今回のこの法案の大きな特徴は本当に弾力化なんですね。これを認めたということが非常に大きいというふうに思っております。今までは都道府県の裁量というのを本当に認めていなかったというか、文部省はそうではないと言うかもしれませんけれども、現実的には認めないと。これを今回は下回る数を基準として、その基準を定めることを可能としている、地方分権の精神を生かしているという、私は大きな特徴があるというふうに思います。もちろん、石田先生もおっしゃったような現実はあるかと思いますけれども、私はまずこれを文部省が打ち出したということは非常に大きな画期的なことではないかというふうに思っている次第でございます。
今、先生は、もちろん皆さん努力をしてくださっておりますけれども、問題の教師も多いというふうに指摘をされているところでございます。昨今、新聞などでも随分取り上げられておりますけれども、特に四十代、五十代、大体平均すると教師になって十年くらいたつと一つの壁があるのではないか、こういうふうに言われているそうでございます。
これは、新卒で教師になると、もうそこで先生という地位があって、そして普通の学生ですと、新卒で就職をしますと、そこから自分の能力なりいろいろなところで評価を受けて、だんだん自分の地位が上がっていったり、あるいは年収が上がっていったりと、さまざまなことが起こってくるわけですけれども、先生は大変な御努力を強いられるにもかかわらず、例えば十年たって先生というその地位は変わらず、あるいは年収ということをとってもそれほどのあれはない。一生懸命やっていらっしゃる先生、あるいはもしかして自分よりは努力していないと思われる先生でも評価が余り変わらないのではないか。このようなところで、十年ぐらいたつとさまざまなそういう諸問題にぶち当たってくるのではないかな。そこで、やる気がある先生もだんだんやる気がなくなってきてしまったりする、こういう問題が起きるのかなというふうに思うわけでございます。
例えば、アメリカの大学などでは、これは全大学学生が評価を全部つけております。東京都などでも勤務評定制度を五段階で実施しているわけでございますけれども、この先生の評価という点につきまして、三人の参考人の先生に御感想を伺いたいと思います。