末永敏和の発言 (法務委員会)

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○参考人(末永敏和君) 座ったままでお話しさせていただきます。
 商法、特に会社法を研究する者として、今回の商法改正の審議に際しまして、意見を述べる機会を与えていただきましたことにお礼を申し上げます。
 私は、改正法案に反対の立場から、同法案の問題点について幾つか私見を述べてみたいと存じます。大きく分けて、自己株式取得及び保有制限の見直しについてと、単元株制度の創設についてお話し申し上げます。
 まず第一の、自己株式取得及び保有制限の見直しについてでございますが、問題点が五つほど指摘できるかと思います。
 第一は、自己株式取得の原則禁止から原則容認への大転換ということでございます。現在は、商法二百十条によりまして自己株式の取得は原則的に禁止されております。改正法はこの商法二百十条を変更しまして、定時総会による決議があれば自己株式を取得できるとし、原則許容の態度をとっております。これ自体、商法の自己株式取得規制の大転換になるのではないかと考えます。
 確かに、アメリカの各州法では金庫株というものが認められております。この金庫株は、差し当たり次のように定義しておきます。金庫株というのは、取得目的が特定されておらず、かつ保有期間制限のないものというように一応定義しておきますが、そのような金庫株が認められておるわけでございます。しかし、アメリカの各州は会社誘致のために経営者に甘い会社法に傾きがちであり、いわばレース・ツー・ザ・ボトムの状況にあり、必ずしもこれを見習う必要はないかと存じます。それに対しまして、ヨーロッパ諸国におきましては自己株式の取得に一般に慎重でありまして、特にイギリスでは金庫株は完全に禁止されておりますし、ドイツでも例外的に認めているのみでございます。中国でも完全禁止に近い立法態度をとっております。
 こういうわけで、各国の事情は異なるわけでございまして、日本でこのようないわば原則禁止から原則許容あるいは容認への大転換を前にして、もう少し慎重な議論が望まれるのではないかというのが第一点でございます。
 第二に、今のは総論でございますが、具体的な内容に入ってまいりたいと思います。自己株式取得容認の要件が甘過ぎるという点でございます。
 確かに、日本でも自己株式の取得は最初、全面禁止に近いところから最近は規制緩和、つまり例外を認めるという方向へと急速に移行しております。具体的には、定時総会による株式消却のため二百十二条ノ二、ストックオプションのため二百十条ノ二、株主の相続人からの自己株式の取得二百十条ノ三、それから臨時の特例としての株式消却特例法による消却のためなどであります。
 この中で、自己株式の取得に関し、改正法案の内容に最も近いものは株式消却特例法による消却であろうかと思いますが、両者を比べますと、特例法は時限立法でございますが、それに対して改正法は商法という基本法によってこれを恒久化するものであります。また、それとともに、自己株式の取得要件をさらに緩和するものであります。すなわち、特例法では、「経済情勢、当該会社の業務又は財産の状況その他の事情を勘案して特に必要があると認めるとき」に株式を買い受けて消却できると定款で定め得るとされております。それに対して改正法では、株主総会の決議による授権があればよいとされ、かつ買い受けの条件、すなわち目的や理由が何ら付加されていないということがあります。また、ヨーロッパの法制で見られますように、発行済み株式総数の十分の一までといったような自己株式取得の量の制限もないわけでございます。
 以上の点、自己株式取得要件を認めるにしてもかなり甘過ぎるのではないかというのが私の考えでございます。金庫株だから当たり前と言われればそうかもしれませんが、後の問題に関連してまいります。
 第三に、自己株式取得制限の理由がクリアされているかという問題でございます。
 先ほど神田先生の御指摘にもございましたように、自己株式の取得には次の四つの弊害があるとされております。第一は、株主への出資の払い戻しとなって債権者を害し、株主間の機会の不均等を招く。第三に、支配の固定化、独裁の危険につながる。第四に、相場操縦や内部者取引といった投機の弊害を助長するといったものがあります。その結果、政策的に自己株式の取得は原則禁止とされていたわけでございます。
 今回の改正法案を見ますと、確かに一番、二番、四番の弊害につきましては弊害防止の措置がとられてはおりますが、三番につきましては依然としてその懸念が払拭されていないかと思います。すなわち、例えば敵対的買収が行われているときに、その防衛策として、自己株式を買い集めることによって株価が上昇し、浮動株は払底し、買収側が会社支配に必要な数の株式を集めることが困難になって、支配の固定化、経営者独裁を助長するということになる弊害に対し、改正法は何ら防止策を講じておりません。改正法では、前述のように自己株式取得の目的について何ら制限を置いていないからであります。
 乗っ取り防止策としての自己株式取得は、むしろ改正法案の一つの立法趣旨とも言われているわけでございますが、我が商法の立場は従来このようなことを認めていなかったのでありまして、大した議論もなくこれを認めるのは疑問があろうかと思います。また、経営が悪くて株価が下がって経営者の地位が危ないというようなときに、金庫株を利用することによって株式を取得して、株価が上昇して自分の責任を免れるといったようなことにも利用されかねないわけでございます。
 次に、第四番目に、金庫株は自己株式の消却及び新株発行とどう違うのかという点でございますが、それと金庫株のメリットがどこにあるかという点でございます。
 改正法案による金庫株は、会社が保有している間はその資産性が否定されております。商法二百九十条一項五号の削除などでそれが明らかにされております。また、貸借対照表にも資産としては計上されません。そして、売却処分するときには新株発行の手続が準用されます。そうしますと、従来行われてきた自己株式の消却プラス新株発行とどう違うのか、実質的には変わりがないのではないかという疑問が生じます。会社が自己株式を売買することによって柔軟に会社の余剰資金を株主に返還したり、会社資金を調達することを容易にするという、いわば財務計画の自由度を高めたいという経営者の希望は、自己株式の消却、新株発行でほとんどかなえられるのではないかと思います。また、持ち合い株式の解消の受け皿としましては、金庫株でなくてもいわゆる自己株式の消却で足りるのではないかと。
 以上、要するに、金庫株導入の理由に乏しいと存じます。
 五番目に、金庫株は実質的な相場操縦ではないのかという疑問でございます。
 改正法案の金庫株の真の目的は株価対策にあるとされております。そうとも言われております。これに関して、金庫株を認めると相場操縦のおそれが出てくるわけでございますが、もちろん改正法案でも相場操縦に関する新たな規定を設けております。証券取引法百六十二条の二でございます。また、政令でアメリカのセーフ・ハーバー・ルールのような規定を設けることも予定されております。しかし、たとえこのような細かな規定を設けて相場操縦をも抑え込んだとしても、そもそも自己株式を取得することによって市場に出回る株式を減らし、それによって株価の上昇を図るという手法そのものが、そしてまた処分すれば株価が下がったりあるいは維持されるということも含めまして、全体として相場操縦と言えるのではないかという疑念を持たざるを得ないわけでございます。
 このように金庫株による相場操縦が行われますと、ただでさえいびつな我が国証券市場の構造がますます変になるのではないかということでございます。そうしますと、個人投資家は、証券市場は怖いということで参入しなくなるおそれがございます。結局、金庫株は個人株主を減らす方向で働くと言わざるを得ないのではないかということでございます。
 したがいまして、こういうようなものは株式消却特例法のような緊急の時限立法としてやむを得ず行われるべきものでありまして、商法のような基本法によって行われるべきものではないと考えます。また、金庫株はいわば小手先の株価対策でございます。また、株価対策としてもかなり疑問があると思われます。金庫株を得るだけの余裕のある企業が日本にはそうないからでございます。そういう意味で、真の日本経済の回復にはつながらないのではないかということでございます。経営者は、株価を上げたいのであれば企業業績を上げるしかないと考えるべきであります。株価下落の原因は、企業のファンダメンタルズ、つまり投資価値に問題があるからではないかと思います。
 次に、第二番目の論点、単元株制度の創設でございますが、まず第一に株式単位の引き上げは放棄されたのかという問題でございます。
 昭和五十六年改正によりまして、一株の金額は原則五万円に引き上げられました。商法百六十六条二項、百六十八条ノ三などであります。株主の権利行使の単位として、あるいは会社の株主管理費用との比較において、そして零細な資金による不健全な投機を防止することを可能とするような金額として五万円という金額が設定されたわけでございます。既存の会社につきましても、これに合わせるために、いわゆる単位株制度が採用されました。昭和五十六年の改正附則でございます。これによって、単位未満株式は徐々に整理して、将来、一定の日に一単位の株式をすべて強制的に一株に併合することを予定していたわけでございます。
 ところが、改正法案はすべてこれらを御破算にするものでございます。それならば、株式単位の引き上げをねらった昭和五十六年改正は誤りだったのかという疑問が生じてまいります。これを総括することなく、いきなり改正というのは少し不謹慎ではないかというように私は思います。
 私は、株式単位の最低限をやはり法律で確保することが必要ではないかと思います。会社の自由に任せるというのではなく、先ほど申しました、法律で確保するということが必要と思われます。
 第二に、単元未満株式は、合理的理由もなく不利益に扱われていると思います。
 改正法案は、単位株制度を廃止し、単元株制度というものを創設しようとしております。そして、単元未満株式につきましては、従来の単位未満株式と同様、議決権がないものとされております。改正商法の二百四十一条ただし書きでございます。しかし、単位未満株式についてそのような措置がとられましたのは、単位株が将来一株に併合されるまでの暫定的、過渡的なものとして合理化されたものであります。過渡的なものだから、あるいは暫定的なものだから、議決権を一時棚上げするのはやむを得ないという考え方であったわけでございます。
 それに対して、単元未満株主は、そのようないわば公益的な理由がないのに不利益に扱われるものであり、不当であると考えます。単元未満株式も株式でありまして、株式、すなわち社員権は、自益権、共益権を一体不可分のものとして内包するものでございます。そういうことからしますと、共益権がない、共益権の代表である議決権がない株式などというものは考えられないものであります。そうしますと、そういう株主は債権者以下の地位になってしまいます。しかも、この措置は商法という基本法に定められ、永久化するものでありまして、この点でも問題があろうかと思います。
 要するに、単元株制度は、これを認めるにしても、会社に対する権利行使の単位としてではなく、証券取引所における株式の取引単位として認めれば足りるのではないかというように考えるわけでございます。
 以上をまとめますと、金庫株の導入理由がはっきりしないということが第一です。第二に、弊害予防が完全でない。特に、現体制維持のために使われたり、株価操作のおそれがあるという点でございます。三番目に、株式単位はやはり最低限は法律で定めておくべきであるということ。四番目に、単元未満株主の切り捨てということが生じ、これは問題である。この四点が私の要点でございます。
 以上で意見を終わらせていただきます。どうもありがとうございました。

発言情報

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発言者: 末永敏和

speaker_id: 11647

日付: 2001-06-21

院: 参議院

会議名: 法務委員会