長谷部恭男の発言 (憲法調査会)
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○長谷部参考人 もちろん、これは社会科学の問題でありまして、例えば中学校の理科の実験のように、確実に答えはこうなるというふうに決まったものではございません。どちらが蓋然的かという予測にとどまることは当然でありまして、アメリカ型の大統領制を導入すると、驚くべきことに日本ではうまくいったということはあり得るのかもしれませんけれども、ただ、それには非常に難しい条件をクリアしなくてはいけない。アメリカ以外の、例えばラテンアメリカ諸国の例を見ましても、どうもアメリカのようには民主政治というものがうまく働いていないということはよく知られている話でございまして、厳格に立法権と行政権とを分立してしまいますと、両者が対立するということになりますと、国政全体がデッドロックに陥ってしまう、そういうリスクが非常に高いわけであります。
それから、アメリカの大統領選挙というのは、もちろん制度的には間接公選で、それが直接公選として実際上機能しているということなんですけれども、ただ、実際上直接公選として機能させる制度の運用というのは、イギリスの議院内閣制もそうなっております。アメリカも、実は、間接公選なのが直接公選として制度が運用されている、イギリスでも、議院内閣制で首相が有権者によって直接選ばれるように制度が運用されているということは全く同じだというふうに言ってよろしいのかなと思います。
ですから、制度の枠組み自体を根本から変える以前に、制度の運用の点で知恵を出すということももちろんあるでありましょうし、また、アメリカの大統領選挙がそんなに見事に民主的な制度であるというふうには、必ずしもアメリカの国内でも一致して思われているわけではないという点は押さえておく必要があるのかなと思います。
これは、アメリカの現代の有名な政治哲学者でマイケル・ウォルツァーという人がいるんですが、彼に言わせますと、現在のアメリカの大統領選挙というのは、大統領候補者がある州にやってきて演説をして、みんな拍手喝采して、風船をわっと飛ばして、それが終わると、すぐ次の州に行って演説をして、みんなで拍手喝采をして、風船をわっと飛ばしてと、そういうことをどんどん続けているだけで、先ほど私が申し上げた、公開の場での審議と決定という意味での民主政治とはちょっとほど遠い感じの選挙になっているのではないか、そういう話でございます。