梶原拓の発言 (国会等の移転に関する特別委員会)
⚠️ コピーしたテキストを転載する際は、転載元URL(kokkai-data.com)および原典URL(kokkai.ndl.go.jp)を必ず残してください。発言内容の改変・出典削除は禁止です。
詳細は利用規約をご確認ください。
○梶原参考人 岐阜県知事の梶原でございます。御苦労さまでございます。
時間の関係もございまして、早速本論に入らせていただきます。
お手元に「特別委員会 参考人意見陳述 岐阜県知事説明資料」というものをお届けさせていただいております。それによりましてお話をさせていただきたいと存じます。
その一ページにございますが、首都機能移転の意義あるいは必要性を私どもがどう考えているかということをお話しさせていただきたいと思います。
大きな歴史の流れから見ますと、日本は、四百年前の江戸、八百年前の鎌倉、千二百年前の平安京と、四百年ごとに新しく国が生まれ変わってきております。成長、発展、爛熟、衰退の繰り返しのサイクルでございます。ちょうど現在がその四百年サイクルの節目になっておる、こういうことでございまして、中西輝政京都大学教授も、激動、内向き、安定、爛熟、崩れ、こういうような四百年サイクルを唱えておいででございまして、日本の本質は縄文的であるが、社会全体の衰退傾向あるいは国家のサバイバルということで考えると、今は弥生的価値に基づき一気に変革する時期が来ている、こういうことを論じておられます。
日本の場合は、都が一種の生命体のように生まれ変わっていくという現象があるのではないか。四百年の節目を迎えまして、都の新陳代謝能力も衰え、かつ新しい時代を支えていく進化の力も失ってきているのではないか、こんなようなことを考えております。
二ページに参りまして、近くは明治維新から考えますと、明治維新は中央集権体制、昭和維新は民主革命といった変革が起こってまいりました。平成維新はいよいよ分権革命である、このように認識をしております。この分権と規制緩和、そして首都機能移転というものがセットで平成維新が進んでいかなければいけない、このように考えております。何よりも必要なことは国民の意識革命ではないか、このように思っております。
明治からの変革の流れでございますが、明治維新は中央集権革命、そして敗戦後には民主革命が起こり、今回平成維新につながっておりまして、国家目的いたしましても、軍事大国から経済大国、そして生活大国へと重点が移行しておる。そして、社会構造も、農業社会から工業社会、そして情報社会へと移行しつつございます。
権力構造も、天皇をピラミッドの頂点とする権力構造、そして、今や国会を中心とするピラミッド構造になっておりますが、分権あるいは規制緩和を進めて、一台のスーパーコンピューター時代がございましたが、今や個々のパソコンがネットワークしてスーパーコンピューター並みの力を発揮するという情報社会にもなってまいりました。
国民にとりましては、明治から、大きな政府、護送船団ということで中央がリードしてまいりました。そのために、成果があった面もございますが、大きな負担もしてきた、日本全体が甘えの構造になってしまっているのではないのか。いよいよ、地方、民間に分権をいたしまして、それぞれが自己責任を負わなきゃならない時代である。
外国に対しましては、明治のころ、対決型の対応をとってまいりましたが、敗戦後、へりくだり型になってしまった。これからは対等型の対応が必要である。
そういうような大きな変化がございますが、変革のシンボルといたしまして、明治維新の場合、皇居の移転、版籍奉還、明治憲法という変革のシンボルがございまして、昭和維新では、人間天皇、GHQ、昭和憲法というシンボルがございました。平成維新でも国会移転というシンボルが必要ではないか、このような歴史的な認識をいたしておるということでございます。
三ページに参りまして、巨大都市東京に首都があるということによって大きな弊害をこうむっております。また、脆弱性というものもあるということで、先般のニューヨーク・ワシントンテロがございました。アメリカ以上に日本は、政治、行政、経済、金融、情報、あるいは国際機関等々が過度に集中している。情報時代でございますが、インターネット一つとりましても、大手町に集中して、これが打撃をこうむった場合に日本全体が麻痺してしまう。金融、経済、同様でございますが、とりわけ在日大使館が二十三区に集中しています。
こういう面でも問題がございまして、テロのように日本を攻撃しようとする場合、これほど攻撃しやすいところはないんじゃないか。国防能力、自衛力がこれほど脆弱なところはない、世界じゅうで一番弱いところではないかと思います。
それから、四ページに参りまして、社会資本の関係、例えば、道路でございますが、岐阜県という立場で東京都と比較いたしますと、費用が東京の場合は岐阜県の四倍以上である。交通量一台当たりに換算しても東京都は岐阜県の約一・七倍と、費用対効果が約二分の一しかない、東京の場合。そういうように、巨大都市であるがために費用対効果が非常に小さくなってしまっている。
それから、外国大使館の問題といたしましては、平成十二年度に岐阜県が調査いたしました調査結果によりますと、在日大使館を持っている国について調査いたしましたが、建物の維持管理コストの高さ、良好な自然環境の少なさ、国際空港へのアクセス、職員の住宅確保等、他の国に比べて大使館の維持が大変難しいところであるということでございます。
それから、下水道の問題もかつて新聞紙上に載っておりまして、巨大都市としての限界があらわれてきている。
というようなことを考えますと、五番目にございますように、今や自治体としての東京と首都としての東京というものを分離していく必要があるんじゃないか。巨大都市東京と首都東京が地理的に重複しまして、かつ都市機能の上でも混在している。一体、首都機能を維持する責任はだれにあるのかという点が不明確になってしまっておる。アメリカのニューヨーク、ワシントンのように相互に分離独立して、東京都は自治体としての機能を純化していく、一方、首都も首都としての機能を純化していくということが必要な時期が来ておるんではないかということでございます。
そういうようなこともございまして、東京という一地域の利害を代表する東京の論理と、首都という立場で全国各地域に公平、公正に配慮すべき首都の論理というものが混同されまして、また、空港から文化施設に至るまで、全部国の負担でやるというような事業が東京に集中する一方、地方では同じような事業で多くの地元負担を余儀なくされている。過大な首都メリットと過大な首都負担というものが生じているということでございまして、このままでは東京対地方の対立がますます先鋭化して国力を二分してしまう、そういうおそれがある、かように思います。
そこで、我々の岐阜・愛知地域についてでございますが、まず第一に、国際化時代の首都に必須要件である二十四時間空港が存在するということでございます。我々の考えております首都機能移転先から中部国際空港まで四十分という時間距離でございます。なおかつ、リニア中央新幹線というものが既定計画としてございまして、これが開通いたしますと、東京—大阪間一時間ということでございまして、ちょうど真ん中ですから、それぞれから三十分という時間距離である。東京の人も大阪の人も、中部国際空港、時間距離の上においては大変利用しやすい、こういう空港が近くにできるということでございます。
それから、これから環日本海時代ということを考えますと、アジアの玄関としての役割を担う場所として一体どこがいいのか。太平洋と日本海が近接しているこのあたりがいいのではないか。人口計算の上で人口重心が岐阜県内にございまして、理論的にもあるいは実際の上でも、国民が首都に来られるときの移動コスト等、最も国民経済的に合理的である。
それから、これから財政再建等々多くの課題がございますが、新しい産業を起こして、税収をふやして、膨大な借金を返済していく、それ以外に道はないわけでございまして、国の総力を挙げて産業経済を再生しなきゃいけない。関東だ、関西だなんということを言っておられない。その中心で日本全体の経済力というものを結集する、こういうことも必要ではないかということでございます。
それから、地震災害につきましては、この地域は花崗岩、流紋岩などの地震災害に強い地盤で覆われておりまして、過去の史料におきましても、内陸直下型地震の発生記録はほとんどございません。そういうような有利性をこの地域は持っておるということでございます。
六ページに参りまして、新しく首都機能を持ってくる都市の姿を描いておりまして、移転人口は、周辺に既に都市がございますので、我々は、五十六万人という大きなスケールの数字もございますが、二十万人程度を想定している。
それから、機能的な配置をゾーン別にいたしております。
それから、七ページに参りまして、土地の問題でございますが、特に北ゾーンの国会等を配置する場所につきましては、ゴルフ場がたくさんございますので、それを活用させていただくということになっておりまして、既に、あるゴルフ場からは言い値で提供するとか、あるいは寄附するという土地がございまして、二百八十九ヘクタールございます。これは国会議事堂を中心にして、霞が関、永田町区域を含めて半径九百六十メーターということで、ほとんどの施設がここに入るぐらいの規模でございます。そういう、新たに開発しなくても、既にゴルフ場として開発したところを使えるという点の有利性がございます。
なお、八ページに参りまして、東京都のいろいろ御主張がございます。それぞれの立場で主張される、それは結構なことでございますが、共通して、どうも目先の短いスパンで問題をとらえておられるのではないか。もっと、国家百年あるいは四百年の大計で考えていく問題である、このように思います。
そして、数字について、大きなむだがあるとか等々お話がございますが、客観的な数字というものを国会御自身で算定していただくことがいいのではないかというふうに思います。
それから、政治と経済は不可分だとおっしゃっておられるようでございますが、明治以降、政治と経済が提携して追いつき追い越せ、大きな成果もございましたが、後半では、むしろ政治と経済の癒着によって、護送船団によって、もたれ合いで、例えば大きな銀行がそうでございますが、大蔵省と一体化して、もたれ合って、ぬるま湯につかって、そして、大きな社会的な構造変化が起こっておるのに、それへの対応を怠った。これが今日、大きな災い、経済の破綻、そういうことにつながっておるということで、これからはむしろ分離して、そして透明性のあるルールのもとで政治とか経済というものが営まれていくということが望ましいのではないか、こんなふうに考えております。
なお、仄聞しますと、国会等移転問題、国会で発議されましたけれども、一部の方にこれをうやむやにしてしまおうではないかというお話があるやにも聞いておりますが、もともと国会の方で発議されたことでございまして、参議院でも申し上げましたが、もしうやむやに決着されるということであれば、私たちは、国のためと思って候補地を挙げて協力してきました。そういう立場から、国に対して補償要求をしたい、こんなふうに思っております。
以上でございます。(拍手)