大出彰の発言 (憲法調査会)

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○大出委員 民主党の大出彰でございます。五分ということで。
 私は、基本的人権の保障に関する調査小委員会におりましたが、今回、憲法との関係で、いわゆる有事法制といいますか、武力攻撃事態法が出てきて、それと憲法を比べながら、大変憲法にとっては考えさせられる材料だなと思いながら、片や憲法破壊というのはどういうのをいうのかなと考えたりいたしたわけなんです。
 私個人は、有事法制、いわゆる武力攻撃事態法制については、今の九条がある憲法のもとでは、本来は接ぎ木ができないような法案を出してきたことになるんではないかと実は思っています。
 それと同時に、それ以上に、武力攻撃事態、抽象的でプログラムみたいなものですのでよくわからないところがありますが、どうも、いろいろ選択していくと、残っているのは一個しかなくて、周辺事態のときにおける有事ACSAといいますか、それをねらっている法案でしかないのではないかということを考えますと、私は、これを、使いっ走りの、パシリ法案ではないかといって、こんなアメリカ軍を後援するような法案は主権国家としては屈辱的である、だからこんなものはやめなさいと、そんな考え方を実は言っているところなんです。
 それよりも、今回、憲法との関係で見たときに、どういう形で憲法破壊が起こるのかというときに、例えば、条文はそのままになっているんだけれども、実体の法律が、全然違う法律でずっと運用されてしまうというのがそうなのか。
 あるいは、そうではなくて、確かに憲法に対する認識、憲法というのは非常に抽象的に書いてありますし、その時々の政治的妥協の産物であるということも、歴史上の事実です。そういう意味では、逆説的なんですが、具体的に書いてある法律よりも、抽象的であるがゆえに、頻繁に改正をする必要があるということも逆に言えるものなんだと思うんですね。ところが、それは、憲法がねらった価値観をどこに置くか、どれが重要であると思うかによって、多分変わってくるんだと思うんです。
 それと同時に、さらに、日本の憲法の場合には、硬質憲法にしてあって、そう簡単に変えられないぞということになっているわけですね。その部分が、多分、今までの憲法九条議論の中で、変えた方がいいんではないか、変えてはいけないんではないかという議論になってきたことだったと思うんです。
 そこで、私は、立憲主義ということが余り言われていないものですから、憲法に基づいて政治をすることによって、特に国民の自由が、そして平和が守られるんだというのが基本ですので、もし九条にたがえるような法律をつくるんだとすれば、これはやはり九条を改正してからやるのが本来の立憲主義の姿ではないかと、そんなことを実は考えているんです。
 ここで、価値観の違いで意見が変わるわけなんですが、憲法九条の場合には、明らかに、戦争の放棄という言葉が、言葉として出ているわけですね。
 これは、いわゆる昔の神権、神勅天皇制が、外に対しては侵略という行為に出て、国内においては、宗教を含めて弾圧ということが行われて、それを戦後反省して、神勅の部分については政教分離という規定ができて、天皇制については、片方は象徴天皇になっていますけれども、国民主権ということになって、そして、さらに三章以下に人権保障をすべからく認められるようにした、こういうことになっているんだと思うんですね。
 そうなってきますと、戦争違法論というものが憲法九条に書かれているわけですので、二項の方を変えてしまうと、戦争違法論の基本が違法でなくなることになるから、やはり変えない方が得策なんではないかと実は思っているわけでございます。
 時間が来ましたのでこれ以上は申し上げませんけれども、そんな意味で、立憲主義に基づいて、もし不都合であると考えるならば、やはり憲法を改正してやるべきだろう、私は反対ですが。
 以上でございます。

発言情報

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発言者: 大出彰

speaker_id: 25601

日付: 2002-07-25

院: 衆議院

会議名: 憲法調査会