松井芳郎の発言 (憲法調査会国際社会における日本のあり方に関する調査小委員会)

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○松井参考人 名古屋大学の松井でございます。どうぞよろしくお願いいたします。
 国際社会における日本のあり方、特にPKO、PKFを中心とした国際協力のあり方というテーマをいただきました。ただ、私、専攻は国際法でございまして、日本の外交政策について専門的な研究をしているわけではございません。そういうわけですので、特に国連憲章なり国際法の一般的な枠組みの中でのPKOの位置づけ、そしてそれとの日本のかかわり、そのあたりに絞って話をさせていただきたいというふうに思っております。
 レジュメを差し上げておりますが、実はこのレジュメをつくりました後で、事務局がつくられたこの「国連平和維持活動について」という資料をいただきました。これを見ますと、かなりのことが説明してございます。どうも私の話すことが余りないのではないかという気がしてきたわけでありますが、時間も限られておりますので、特に事実関係等についてこの資料に説明されていることはそちらに譲るということで、レジュメでいえば後半の部分を中心にお話をさせていただきたいと思います。
 この資料にも、平和維持活動の定義が最初のところに載っておりますが、もう読み上げることはいたしませんけれども、この定義は、きょうのお話で申し上げます第一世代のPKO、大体冷戦期に始まって、冷戦終結まで、もちろん現在でもその形のものは行われておりますが、冷戦期に典型的であった平和維持活動、これに関する定義がこの資料に載っております。後で、第二世代で大きく変わるわけですが、そのお話は後ほどいたします。
 なぜ、こういう平和維持活動が誕生するに至ったかということでありますが、レジュメで項目だけ書きましたように、国連では、集団安全保障というシステムで平和を維持しようという制度をつくったわけであります。これは、国際連盟のときに初めて、それ以前の勢力均衡とか同盟政策に基づく平和維持のやり方が挫折した。これを受けてつくられた制度でありまして、加盟国は武力に訴えないことを約束する、そして、その約束を破って武力に訴えた国については、加盟国が協力をしてこれに対処するという制度であります。
 この点で、国連憲章は連盟規約から格段に強化をされまして、安保理事会が平和への脅威とか平和の破壊を集権的に認定する。そして、それに対して強制措置の発動を決定できるというシステムを採用いたしました。しかも、強制措置の内容についても、連盟期には経済制裁が中心でしたが、国連憲章の場合は、制度としては軍事的な強制措置もできるということは御存じのとおりであります。
 ところが、この国連の集団安全保障、非常に強力になったわけですが、それが同時に弱点になったということも御承知のとおりでありまして、安保理事会に集権化されているということは、拒否権の結果、安保理事会が動かなければ集団安全保障が適用できないということになります。したがって、冷戦期にこの集団安全保障の強制措置が適用されたのは、朝鮮戦争を数えるかどうかについては議論がありますが、それを別にすれば、わずか二件しかなかったということも御存じかと思います。
 平和維持活動というのは、こういう状況に対処するために、いわば苦肉の策として登場したものでありまして、二重の意味で冷戦の産物であると言うことができる。
 一つは、拒否権のために、安保理事会による侵略者の認定とか強制措置の発動ができませんので、したがって侵略者の認定は行わない。まず、とにかく何とか停戦を実現いたしまして、これを維持することによって平和的解決のきっかけをつくろうという考え方、政策が選択されたわけであります。
 それからもう一つは、冷戦期には、地域的な紛争に米ソなど両陣営の大国が介入する、そうすると、地域的な紛争が世界化するという危険がございました。したがって、あらかじめ国連がそこに介入することによって、米ソなどの介入の口実をなくすという、当時の事務総長のハマーショルドさんの言葉によりますと防止外交。防止外交という言葉は今ではもっと広い意味に使われておりますが、当時はそういう意味で使われた。この防止外交としての側面がございました。したがって、憲章規定はございませんし、特定の理論とか教義が背景にあるわけでもない。いわば、現実の必要性から生み出された経験上の産物だったと言うことができます。
 そこで、平和維持活動、PKOの憲章上の根拠でありますが、これについても、さまざまな議論が事務局の資料の二ページあたりに紹介されております。そこにもありますように、最も典型的な議論としては、これもハマーショルドさんが言い出しました六章半という説がありました。憲章第六章の平和的解決の規定と第七章の強制措置の中間にあるから六章半だというわけでありますが、これはもちろん例えでありまして、具体的な憲章規定がないということがむしろここに表現されているというふうに言えます。
 そういうわけで、発足の当時は、実は、ソ連とかフランスとか、これは憲章に違反するのではないかという意見がかなり根強くございました。その結果、平和維持活動に関する分担金が払われないというふうな事態が起きまして、これをどう考えるかということが、国際司法裁判所の意見が求められました。
 六二年に、国際連合のある種の経費という題の勧告的意見が出されておりますが、ここでは、平和維持活動というのは、国連憲章の平和維持という全体的な目的の範囲内にあるということ、それから、関係当事国の同意を得た活動であるので強制措置ではないということ、それから、これは特にUNEFとONUC、これから平和維持活動は略語で言わせていただきますが、この略語の正式名称もすべてこの事務局の資料に載っておりますので、御参照いただきたいと思います。このONUC、UNEFという活動、いずれも関係決議が反対なしに採択された、このようなことを根拠にいたしまして、この二つの平和維持活動について、これは憲章に適合するものだという推定を下しているわけであります。
 その後、平和維持活動が繰り返される中で、次に申し上げるような幾つかの原則が出てまいりますが、この原則に従っている限りにおいては憲章に適合するという判断が加盟国の一般的なものになりました。現在では、平和維持活動それ自体が憲章違反だという声は、加盟国にも、学者の間にも一切ございません。
 そこで、どのような原則か。これも、憲章規定はもちろんないわけでありますし、特定の総会や安保理事会の決議があって原則を明記しているというわけでもない、国連の慣行の中から発展してきたものであります。したがって、論者によっていろいろの整理の仕方の違いがございまして、レジュメに書いております整理は、これは京都大学の名誉教授の香西茂先生の整理に沿ったものでございます。
 この整理によりますと、大きく分けて、非強制、中立性、そして国際性、この三つの原則があるということで、非強制の原則の中には、同意原則、それから武器の使用の制限。これは自己防衛の場合に限る、セルフディフェンスという言葉で、一般に自衛と訳されておりますが、国の自衛権とはかなり文脈を異にいたしますので、私は、自己防衛とでもちょっと区別をして訳した方がいいのではないかと思っておりますが、その自己防衛と、任務の遂行が武力で妨げられた場合に限るということで、みずから武器の使用のイニシアチブをとってはいけないということになっております。それから、受け入れ国の内政に干渉してはいけない。
 それから、中立性の原則としては、部隊派遣国から利害関係国や大国は原則として除く、もちろん例外はございますが、そういう考え方が第一世代のPKOではとられてまいりました。それから、紛争当事者に対する中立ということはもちろんであります。
 そして第三に、国際性の原則としては、国連による指揮統括、それから、部隊派遣国はできるだけ地理的に公平に配分をするということ、それから、費用は国連が負担する、そういう原則がございます。
 この中でも、特に重要な、いろいろな性格の原則がございまして、実際に活動を進める上でそういう原則に従う方が便宜であるというふうな原則もございますが、いわば国連憲章と国際法の基本原則からくる最も重要な原則が同意原則でございます。
 つまり、国連憲章上、国は主権を持っている、主権平等であるということになっておりまして、平和維持活動は強制措置ではありませんので、主権を持った国の同意なしには当該の地域に国連軍を派遣することはできない。つまり、同意原則というのは国際法と国連憲章の基本原則からくるものだということは、当時のハマーショルド事務総長の発言からも出てくるわけであります。
 したがいまして、同意が撤回されれば、途中でも撤退しなければならないということになっておりまして、これは、有名な事件がありまして、UNEFが派遣された際に、エジプトと国連の間で信義則の覚書という文書が交わされておりまして、国連軍の駐留に関して、エジプトが主権を行使する際には、これを誠実に行うということが約束されております。誠実に行うというのは、不一致がある場合にはお互いに調整をしようということであって、エジプトが主権を行使するのを否定したわけではありません。そこで、結局、一九六七年に、アラブ連合の要求に従ってUNEFは撤退せざるを得なくなる。この直後に中東戦争が始まるわけですから、もっと頑張っておれば戦争の勃発を防げたのではないかという批判が強かったわけですが、政治的には確かにそうであっても、法的には撤退せざるを得なかったというのが実際のところであります。
 さて、それでは、こういう第一世代のPKOをどういうふうに評価できるかということで、レジュメの二ページ目の一番上に簡単に書きましたが、これはそもそも集団安全保障とは全く考え方が違う。つまり、集団安全保障の場合は、白黒をはっきりさせまして、白を擁護するために黒をやっつけるというわけでありますが、PKOでは白黒をはっきりさせません。したがって、集団安全保障にかわるものではないわけでありますし、それから、平和維持活動、PKO自体が紛争の平和的解決の活動をやるわけでもありません。これは別の制度、例えば、事務総長の特別代表でありますとか安保理事会なり総会なり、あるいはそういった国連機関が主催した国際会議等で、別の形で行われます。
 平和維持活動の任務は、停戦の監視でありますとか、緩衝地帯の保護とか、部隊撤退の確保といった、極めて限られたものであります。しかし、この限定的な範囲内では、比較的よく役割を果たしたというふうに評価されておりまして、ここにも書きましたように、ノーベル平和賞を受けております。
 ただ、内戦に関与した場合には、第一世代といいますか、この時代の平和維持活動でも失敗した例がございまして、例えばコンゴ国連活動、ONUCでありますが、これは、内戦に巻き込まれて、一方の当事者を支持したという批判をかなり強く受けております。それから、キプロス国連平和維持活動、これは、六四年に始まって現在まで続いておりますが、一応、トルコ系とギリシャ系の住民の衝突を防いでいるという意味では役割を果たしているんですけれども、その内部的対立自体は一向に解決されないで、毎年延長決議をやっているというふうな事態があります。
 さて、これが冷戦期の平和維持活動の特徴でありますが、これが冷戦後、第二世代のPKOと現在呼ばれているものが登場するわけでありまして、それはどういう背景のもとに出てきて、どういう問題を持っているかということを次に見てみたいと思います。
 背景としては、何よりも、冷戦終結後に地域紛争が非常に多数発生するようになりました。しかも、その多くは、国家間紛争ではなくて、ここでブラヒミ報告の言葉を引用しておきましたが、イントラステートでトランスナショナルな紛争である、国内紛争ではあるけれども国境を越えた影響力を持っているんだ、こういう紛争であります。
 ことしの一月十五日現在で実施されているPKOは十五件ございます。このうち、五件は九〇年代以前から継続しているものでありますが、十件が新しく始まったものであります。この十件のうちで、国家間紛争にかかわって派遣されたものは二件だけでありまして、八件は国内紛争にかかわって派遣されている。
 ただし、注意しておかなければならないのは、国内紛争といいましても、少なくともその遠因には外部の国の介入がある。例えば、冷戦期における米ソ両大国の介入の後遺症が残っておるとか、冷戦後におきましては、近隣の諸国とか地域大国の介入がある、そのようなケースが少なくありませんので、この点には留意しておく必要があるかと思います。
 このようにして、地域紛争が多発いたしまして、平和維持活動派遣の必要性が増大するわけでありますが、それと同時に、冷戦終結後は安保理事会が比較的円滑に活動するようになった。常任理事国の一致が得られやすくなって、PKO派遣についてコンセンサスが得られやすくなったということも、もちろんPKO活発化の背景としてございます。
 ところで、地域紛争というのは幾つかの特徴を持っておりまして、レジュメでは国家構造崩壊型の紛争というふうに書いたわけでありますが、つまり、伝統的な内戦ならば、中央政府があって、これに取ってかわろうとする反乱側があって、これが対立しているという構図でありますが、そういう簡単な内戦ではないというのが大部分であります。中央政府や行政機構、司法機構などが崩壊してしまいまして、多数の当事者が入り乱れて争うというふうな状況が多くの場合生じております。
 もちろん、こういう状況では平和的解決自体が大変困難になりますし、それに伴って、しばしば重大な人権侵害、ルワンダ等ではジェノサイドに至るような人権侵害が行われる。それから、難民や国内避難民が大量に発生いたしまして人道的な危機が出現するというふうなことで、こういった難しい問題に平和維持活動が対処しなければならないようになったということであります。
 そこで、この特徴でありますが、レジュメでは量的な拡大と質的な拡大という二点を挙げておきました。
 量的な拡大、一つは件数の増大であります。一九八〇年代までに開始された活動は十八件ございますが、九〇年代以降に始まった活動は三十八件を数えております。それから、一つ当たりの活動の規模も拡大しておりまして、第一世代の場合、ONUCのように二万ほど行った場合もありますが、大体は数百単位でありましたが、第二世代だと、UNTACで二万弱、それから国連保護軍、ユーゴに送られたUNPROFORでは五万近い要員を送っているわけであります。
 それから、質的拡大ということでは、一般に、多機能型(マルチファンクショナル)とか多分野型(マルチディシプリナリー)というふうな形容がされておりまして、伝統的な停戦合意の監視とか軍隊の撤退の監視に加えて、動員解除や武装解除、それによって放棄された武器を回収するとか、旧戦闘員を市民社会に再統合するとか、地雷除去、難民や避難民の帰還の促進、人道援助の供与、警察の訓練や人権尊重の検証、それからさまざまな国内制度上の改革の支援というふうな、非常に広範な役割を担うようになる、それに伴って文民要員の必要性が大きく増大しているということが特徴であります。
 それでは、第二世代のこの平和維持活動が一体うまくいっているのかどうかというと、これはどうも功罪相半ばするようでありまして、さまざまな問題点が提起されております。
 一つは、もう時間がございませんので、具体的な中身には触れませんで、項目だけを申し上げますが、平和維持活動と強制措置が必ずしも十分に区別されなくなった。従来は全く違うものだと考えられていたのが区別されなくなりまして、同時に二つの活動が同じ地域で行われたり、まず強制措置が行われて平和維持活動がこれに取ってかわったり、あるいは平和維持活動、PKO自体が一定の強制権限を付与されるというふうな例が多く見られるようになりました。
 これとも関連いたしますが、第二に同意原則が緩んできております。幾つかの平和維持活動は必ずしも全当事者の同意を得られないままに送られるというふうなことがございまして、後ほどまた内容に触れますが、前事務総長のブトロス・ガリさんの「平和への課題」という文書では、平和維持活動の説明をいたしまして、これまではすべての関係当事者の同意を得て、ヒザートゥという言葉を使いまして、これまではということは、これからは同意を得ないこともあるよということをにおわせていたわけであります。
 それで、そのように、場合によっては強制権限まで付与されるということでありますので、部隊構成も変わってまいりました。従来のように中小国、中立的な国の部隊だけでは不足して、むしろ大国中心に変わってきております。当然のことながら、任務が広範になると内政問題へのかかわりが強化されてくる、場合によっては内政干渉のおそれがあるというふうな事態も生じます。それから、中立原則が危機に瀕することが少なくありません。停戦合意を一方の当事者が破るとか、それからルワンダの場合のように、ジェノサイドのような重大な人権侵害が行われるというところで中立原則を維持しようとすると、これは国際社会の重大な批判にさらされるわけであります。
 そこで現在、そういう経験を踏まえて、これからの活動をどうするかという議論が行われるようになっておりまして、失敗例、成功例は後で必要がありましたら、時間がありましたら補足をするといたしまして、レジュメの三ページの三のところに移らせていただきます。
 事務総長ブトロス・ガリさんの「平和への課題」、ここに書きましたように九二年に出されておりますが、これは、むしろ冷戦後の新しい状況を目の当たりにして、これから国連がこれにどういうふうに関与していくかということを、いわば将来の課題として検討するという側面が多うございました。一定の経験を踏まえて、若干の軌道修正をしたサプリメントが九五年に出ておりますが、この文書はそういう性格のものであります。これに対して、今回のブラヒミ報告というのは、むしろ十年間の経験を踏まえて、その失敗の例に学びながら将来のことを考えようという、いわば「平和への課題」が理念的であったのに比べて、かなり経験的な性格を持っている、このように位置づけられるかと思います。
 「平和への課題」の方でありますが、これは冷戦後のかなり高揚した雰囲気を反映いたしまして、国連の非常に積極的な役割を強調したものであります。予防外交と平和形成(ピースメーキング)は、大体、紛争の平和的解決といいますかそういったことを中心にする概念でありますが、それから平和維持(ピースキーピング)、紛争後の平和構築(ピースビルディング)、この三者を一体として把握するという立場に立つ。そして、軍事力を積極的に使っていこうということで、例えば四十三条の国連軍提供のための特別協定の交渉を始めようじゃないかということを提唱するとか、一定の強制権限を持った平和強制部隊を考えようというふうなことを提唱したわけであります。
 ところが、このブトロス・ガリさんの報告にはやはりさまざまな形で問題が提起されまして、特に総会などは軍事力を重視し過ぎているということで、もっと平和の維持と経済的、社会的発展あるいは人権と民主主義の擁護というふうなものを総体的につかまえなければいけないという主張が出てまいりまして、その結果、「発展への課題」という別個の報告が出されたりしております。
 それから、九五年のサプリメントでは、数年間の経験を踏まえまして一定の軌道修正をしております。例えば、平和維持活動の基本原則、当事者の同意とか公平性とか自己防衛の場合を除いては武力を使ってはいけないとか、そういう原則をやはりきっちり維持しなければいけないんだ、成功例と失敗例を見ていると、成功例ではこういう原則が維持されているし、失敗例では維持されなかったというふうなことを言っております。それから、平和維持活動と強制措置は全く違う技術なんだ、一本の連続線上につながっているものではないのであって、この区別を明確にしないと平和維持活動は成功しないし、また平和維持活動の要員が危険にさらされるというふうなことも言っているわけでありまして、一定の軌道修正をいたしました。
 さらに数年を経て、ですから十年ほどの第二世代の平和維持活動の経験を踏まえてブラヒミ報告が二〇〇〇年に出されるわけでありまして、非常に詳細な平和維持活動の改革のための多様な提言を行っております。技術的な提言については、もうきょうは時間もございませんし、省略をさせていただきたいと思います。私の理解した限りでの要点を申し上げます。
 なお、きょうの資料には最後の部分にブラヒミ報告の全文が収録されておりますし、勧告の部分の翻訳は事務局の方で翻訳されたものがついておりますので、これをごらんいただきたいと思います。
 まず第一の特徴は、やはりこれは「平和への課題」と共通いたしますが、予防外交と平和形成、平和維持、そして紛争後の平和構築、この三者を一体のものとしてつかまえなければいけないということを強調しております。ただし、おのおのの定義づけは「平和への課題」とはちょっと異なるようでありますが。そして、この三者を合わせて国連平和活動、ユナイテッドネーションズ・ピース・オペレーションズという言葉で総称するようになっております。これは、最近比較的よく使われるようになった表現でありまして、予防外交や平和構築についてもこの報告では幾つかの具体的な提言が行われております。
 今も申しましたように、この報告の一つの核心は、PKOを迅速かつ効果的に派遣できるように、具体的に申しますと、伝統的な第一世代型のPKOでは安保理事会の決定後三十日以内に、それから多機能型のPKOでは九十日以内に派遣するということを目的にいたしまして、部隊派遣国と国連の関係でありますとか、安保理事会の政策決定でありますとか、あるいは国連事務局内の事務的な体制等について多数の提言を行っているということであります。
 ただ、私の感想では、やはりここでもやや軍事力を重視する傾向が見られるということは否定できないようでありまして、例えば、こういうことを言っております。平和維持がその使命を達成するためには、国連が過去十年間に繰り返して経験したように、いかに多くの善意であっても、信頼するに足る武力を投入する基本的能力に取ってかわることはできないとか、国連は国内紛争あるいは越境紛争における平和維持または平和構築で一貫した成功をおさめようとすれば、妨害者に効果的に対処する準備がなければならないとか、そのようなことを言っておりまして、これには後に、これを実施するための事務総長の報告の中で若干の批判的な言葉が出てまいります。
 事務総長はこういうふうなことを言っております。武力行使に関するパネルの勧告は、武装した国連平和維持活動が関係当事者の同意を得て派遣された場合にだけ当てはまるものである、したがって、私はパネルの報告が国連を戦争遂行機関に変えたり、平和維持活動による武力の使用に関する諸原則を根本的に変えることを勧告するものとは解釈しないというふうに言っておりまして、この点ではこのブラヒミ報告には若干の問題が含まれているように思います。
 このブラヒミ報告は既に実施の段階に移されておりまして、これも内容を詳しくお話しすることはできませんが、実施のために事務総長が多数の報告を出しておりますし、総会や安保理事会では幾つかの決議が採択されており、事務局内の改革も進められているようであります。
 さて、もう時間が少なくなってまいりましたが、最後に、このような、とりわけ最近の動きに注目しながら日本の国際協力のあり方について考えてみるというのがきょうの結論部分であります。
 この点で、まず最初に確認しなければならないことというふうに書きましたが、この点で私が申し上げたいことは、一つは、国際協力を平和維持の分野に限定して狭くとらえてはならないということでありまして、繰り返して申してきましたように、平和とか経済的、社会的な発展とか人権と民主主義、そういったものが不可分の相互関係にあるのだということは国連では繰り返して確認されてまいりました。平和維持の分野に限っても、「平和への課題」にしてもブラヒミ報告にしても、予防外交から始まって平和維持、そして紛争後の平和構築、これを一貫した過程として把握しなければいけないということを強調しております。
 実は、これは多少余談でありますが、このような平和の分野だけではなくて、去年から大変話題になりましたテロ対策についても、昨年の十一月十二日に採択された安保理事会決議の一三七七というものが、テロリズムと闘うためのグローバルな努力に関する宣言という宣言を採択しておりますが、この宣言の中でも、やはりテロについてはその根本原因を除去するような広範な努力が必要だということを強調しているわけでありまして、この点を確認することがまず第一の出発点になるだろうということであります。
 それからもう一つ、これは日本の議論でよく忘れられがちになるわけなんですが、どうも国連というのはどこか我々とは別のところにあって、国連はこういうふうに動く、こういうことを決めた、だからそれに対して日本はどういう協力をするかしないかという議論が行われがちなのですが、国連の政策というのは加盟国の意思によって決まる。国連をつくっているのは加盟国でありまして、意思決定過程で投票するのは、国の代表が投票するわけであります。もちろん事務局も影響力を持っておりますが、基本的には国連の政策決定は加盟国によって行われる。したがって、日本自身としてどのような国際協力が必要であり、望ましいのか、そういう国際協力像を日本自身で自主的に構築をして、これを実現するように国連に働きかけるという側面、この側面を忘れてはいけないだろうというふうに考えております。
 そして、こういう日本独自の国際協力像を構築する際に出発点になるのは日本国憲法だろうというふうに考えておりまして、御存じのように、日本国憲法は、平和主義、そして国際協調主義、それに、この点は余り注目されませんが、主権平等ということも前文で強調されております。これはこれまでの国連の国際協力の理念と見事に一致するわけでありますから、こういった立場に立って日本独自の国際協力像を展開すれば、これは国際社会に非常に大きな貢献になり、かつ影響力を発揮することができるだろうというふうに考えております。
 そこで、最後に、ブラヒミ報告に言う広い意味での国連平和活動、これに日本がどういう協力ができるかということを、そのブラヒミ報告の三つの柱に分けて、これは最初にもお断りいたしましたように、私の専門をやや離れますので、全く印象でございますが、考えつく限りで挙げてみました。
 まず、予防外交と平和形成でありますが、これは非常に広範な協力が可能であり、かつ必要な分野であります。特に、予防外交の重要性は近年非常に強調されるようになっておりまして、事務総長は毎年国連の年次活動報告を出しておりますが、九九年の年次活動報告では、アナン事務総長は専らこの予防外交を中心に置いた議論を展開しております。
 予防外交がいかに重要かということを、ちょっとお金の話になって余り理念が高くないんですが、例を申し上げますと、ルワンダではUNAMIRという平和維持活動、これはジェノサイドの発生を防ぐことができずに、典型的な失敗例に挙げられております。これはソマリアのちょうど悪い経験があった直後でありますので、加盟国が部隊の派遣になかなか応じないというふうなことで、必要な部隊が展開できなくて失敗したわけですが、このUNAMIRに実際にかかった費用は四百三十七万ドルだったと言われます。
 これに対して、部隊指揮官が、ジェノサイドを防ぐためには五千名の増員が必要だということを言ってまいりました。これは結局実現しなかったわけですが、この五千名の増員のために必要だった費用は五千万ドルと計算されております。これに対して、結局防げなかったジェノサイド、その結果としてルワンダとその周辺に人道援助が必要になった、この額が四十五億ドルと計算されている。
 ということで、いかに予防段階で手を打っておればお金の上でも安く済むのかということが、いささかちょっと程度が低い話ですが、こういう例からもわかろうかと思います。
 この点では、特に早期警戒能力、情報収集能力の向上ということが強調されておりまして、これは国連にとってはもちろん、個別国家としても言えることでありまして、このあたりでも日本は貢献できるところが大変大であろうというふうに思われます。
 それから、言うまでもなく、紛争の平和的解決、このためのさまざまな仕組みをつくり上げるとか、あるいは、そういった仕組みを活用して、現実の紛争に働きかけて平和解決の努力をする、こういった点は、例えばカンボジア和平過程などからは日本も積極的な役割を果たすようになっておりますが、まだまだこの点で活動する余地は多々あるだろうというふうに考えます。もちろん、一番基本的には紛争の根本原因の除去ということがありますが、これは、むしろ(c)の方の問題だろうかと思います。
 それから、第二に平和維持、これがここでの皆さん方の関心の中心でもあろうかと思いますが、この平和維持の分野においても、従来の議論は、どうもPKFへの協力の可否の議論に傾き過ぎていたのではないだろうかという印象を私は持っております。
 軍隊を送る以外にも、平和維持活動、PKOに協力をする可能性はさまざまにあるわけでありまして、特に、先ほども申しましたように、第二世代のPKOについては非常に活動の分野が広まっておりまして、文民要員の必要性が大きく増大しております。ブラヒミ報告でも特に重視されているのは文民警察官でありますが、これ以外にも、選挙監視とか人権状況の監視とか地雷除去とか、さらに広い意味では、国家機構の再建への援助等で非常に多数の文民要員が必要となるわけでありますから、このあたりでの協力というのはもっともっと可能性があるのだろうというふうに考えます。
 それから、お金を出すということは、先ほども次元が低い話だと申しましたが、どうも日本では余りよくない。金よりも人を出そうという議論になりがちでありますが、PKOの活動範囲がこのように広がってまいりますと、物的な資源の不足というのも大変目立つようになっておりますので、お金に限らず物資も含めて、そういう物的資源の提供も無視できない役割を演じるだろうというふうに思っております。
 ただ、この点で一つ考えておく必要があることは、先ほども少し触れましたように、最近のPKOは、ともすればPKOの諸原則を踏み越える状況が出てきております。これは決して望ましいことではないわけでありますから、PKOが諸原則を遵守して実施されるように国連の諸機関に積極的に働きかけることが必要であります。日本のPKO協力法では、その原則が遵守されることが日本の協力の前提とされておりますが、単に日本の協力の前提ではなくて、これはPKO自体の前提として、もっと積極的な国連への働きかけが必要なのではないか。
 そして、最後に、紛争後の平和構築への協力であります。これが恐らく日本にとって最も積極的な役割が期待できる分野だろうというふうに思っております。もう時間がなくなりましたので、具体的な内容についてお話をすることは、もし後に御質問の中で出ましたら、現在国連で議論されていることを幾つか御紹介いたしますが、今は内容は省略せざるを得ませんけれども、この紛争後の平和構築、つまり、一般的な意味での社会的、経済的な発展の支援、これが日本にとって最も積極的な協力が可能かつ必要な分野であろうというふうに考えております。
 そういうわけで、やや最後がしり切れトンボになってしまいましたが、とりあえず私の御報告は、ちょうど時間になりましたので、これで終わらせていただきます。あとは皆さん方の御質問に答えるという形で、できれば補足をさせていただきたいと思っております。どうもありがとうございました。(拍手)

発言情報

speech_id: 115404188X00120020228_002

発言者: 松井芳郎

speaker_id: 31899

日付: 2002-02-28

院: 衆議院

会議名: 憲法調査会国際社会における日本のあり方に関する調査小委員会