中村民雄の発言 (憲法調査会国際社会における日本のあり方に関する調査小委員会)

⚠️ コピーしたテキストを転載する際は、転載元URL(kokkai-data.com)および原典URL(kokkai.ndl.go.jp)を必ず残してください。発言内容の改変・出典削除は禁止です。 詳細は利用規約をご確認ください。

○中村参考人 本日は、この場にお招きいただき、ありがとうございました。
 私は、ただいま御紹介にあずかりました東京大学社会科学研究所の中村と申します。
 本日、私があらかじめいただきましたテーマは、「EU憲法制定の動きと各国憲法」というものでございます。私は、イギリス憲法を中心に研究を始めまして、その後、研究をEU全体の法の制度というものに広げました。したがいまして、このようなタイトルをいただきましたことをまことに光栄に思いますとともに、いささかなりとも皆様の御参考になればと存じます。
 ただし、各国憲法の部分につきましては、私は、イギリス憲法を専攻していた関係上、ほかのヨーロッパの国々の憲法についてはいささかあいまいなところがございますので、その点はどうか御了承願いたいと思います。
 本日、私が申し上げたい意見は、大きく分けまして三つの部分に分かれております。
 まず、現在、EU憲法という言葉が使われておりますが、ヨーロッパ諸国でどのような論議が何のために行われているのかということを、ヨーロッパの文脈そのものに即して御説明するというのが第一の部分でございます。
 そして第二の部分は、これまでのEUの発展に伴って、それぞれの構成国の憲法がいかなる変化を来してきたか。逆に言うと、各国はEUをつくるためにどのように工夫をしてきたかという部分、これを語るのが第二の部分でございます。
 そして第三の部分は、このようなヨーロッパやヨーロッパ諸国の経験から私なりに考えました、日本に対する示唆がどのようなところにあるのかというところを、レジュメで申しますと「むすび」の部分でございますが、そこで若干お話ししたいと思います。
 レジュメでは、大きな柱の三番で、「EU憲法の制定に向けて 現在の論点」というのがございますが、これは第一の、現在何が論議されているかというところに織り込んで御説明をしたいと思います。
 それでは、まず最初の、現在EUでは、憲法という名前のもとで何が論議されているのかという点ですけれども、御存じのとおり、いわゆるEUと呼ばれるものは、一九九二年のマーストリヒト条約以降誕生したものでございます。それ以前はECという、ヨーロッパ共同体というものがあったにすぎません。
 それがEUになったのはどこに大きな違いがあるかというと、それは共通外交・安全保障政策を政府間協力の制度として法的に認知したという点が一つ、もう一つは、警察・刑事司法協力ないしは移民や難民の共同規制、こういった政策分野についても政府間の協力を法制度として確立したという点、そして、EC、共通外交、警察・刑事協力という三つの柱を一つに束ねるヨーロッパ首脳理事会ないし欧州首脳理事会と呼ばれるものを屋根のようなものとして三つの柱の上に置いたという点、このような制度づくりがきちんとしたというところにその特徴があります。
 ですので、現在EUと呼ばれているものは、既にあった経済共同体を中心としたECの柱に、やや異質の第二、第三の柱をつけ加えたという特殊な体制になっております。
 まず、その特殊な話をする前に、現在のEUが全体としてどれほどのことを扱うことができるのかという点を表にしたものがございますのでごらんいただきたいのですが、表1をごらんいただきたいと思います。
 この表1は左から右へと時間が流れているとお考えおきください。最も左側が設立当初の、EECだった時代の条約が管轄していた事項でございます。真ん中のあたりの「共同体の基礎」「共同体の政策」という大きな二つの柱に分かれていて、その中に、商品の自由移動、農業、人、サービス、資本の自由移動等々が書かれております。一見、明らかにこれは経済の共同市場をつくるという目的のもとに、その目的だけのために、いわば国家が限定的に権限を譲ったというふうなつくり方になっております。
 ところが、一番右側の現在のアムステルダム条約をごらんになりますと、その同じECの柱の中でも、例えば「共同体の政策」の上から四番目のところに「移民難民等、人の自由移動」というのが入っております。移民や難民は、少なくとも経済的な動機もあれば、政治的な迫害を受けて移る人等もありますので、必ずしも経済共同体という目的そのものに合致するものではなく、むしろそれを超えたものと言うことができるでしょう。
 それから、例えば、十一番から後、十二、十三、十四、十五というあたり、社会政策、教育、職業訓練及び若者に対する政策、文化政策、公衆衛生、消費者保護、環境、開発援助、このようなものになってまいりますと、純然たる経済共同体を超えて、一定の社会的価値を政策の中に織り込んで実現をするという政策領域になっております。したがって、ECの柱だけを見ても、九〇年代以降は急速にそれが政治、社会的な色彩を帯びた政策分野に広がっているということがわかります。
 さらにつけ加えて注目すべきなのは、先ほど申し上げた第二、第三の柱です。第二の柱の外交・安保は、九〇年代の、その表でいくと一番下の英語の文字でCFSPと書いてある部分でございますし、それから警察・刑事司法協力は、現在の言い方ではPJCCと呼ばれるものでございますが、こういったものがさらにつけ加わってくるということになりましたので、EU全体で見ますと、実は国民国家一カ国が担当する政策領域のほぼすべてを扱っていると言っても過言ではないかもしれません。もちろんすべてではございません。後で触れますが、非常に重要な部分が抜け落ちております。しかし、一見しますと、普通の国家が行いそうなことを大体は扱えるということになるほどになっております。
 それでは、そうはいいましても、EUは国家なのかというと、そうではございません。これは、先ほど申し上げた三つの柱に分かれて、それぞれ独自の統治のやり方をしておりますので、三つを束ねて一つのモデルで語るということはできないのです。
 最も歴史の古いEC、経済共同体から次第次第に広がってきたECだけを見ますと、これは確かに国家になぞらえ得るような部分を持ってはいます。例えば、独立の立法権をその条約の与えられた範囲内で持っていることは確かですし、そして独立の立法機関をやはり各国からは別個に持っているということも確かです。
 どのように立法がなされているかといえば、いわゆるコミッション、欧州委員会が提案をし、そしていろいろ手続がございますが、欧州議会、それから政府代表で構成する閣僚理事会で審議をして、最終的に法規を制定する、このような流れになっているわけです。その欧州委員会というのは、各国政府から完全に独立したものとして規範的に定められておりますし、欧州議会は、ヨーロッパ人民の選挙によって直接に、各国議会とは全く別個に選出されるものでございます。したがって、純粋にヨーロッパレベルの機関がこの手続の中に不可欠なものとして参加して、独立に行われるというふうになっているわけです。
 しかしながら、これは形の問題でございまして、実は、各国政府とECの間ではそのように簡単に役割が独立的に分担されているというわけではございません。同じ条約の中で、ECがすることができると書いてあっても、それがECだけができるという意味では必ずしもないからです。したがって、立法権がある程度独立にECにあるからといって、ECが完全に各国とは別個の統治体であるというふうに即断するわけにはいきません。
 非常にそこは微妙なところでございまして、表2を見ていただきたいのですが、実は、一口にECやEUに何らかの物事ができる管轄権があると申し上げても、それがだからといってEUやECだけができて、ほかのものができないということを意味するわけではないのです。むしろそれは逆でありまして、構成国が全面的にできるのが原則であって、例外的にEC・EUができるというのが現実でございます。
 その権限の配分方法を、これは法律の講学上、学問上の分類でございますが、そのものだけができるのを排他的権限、両方ともできるのを競合的権限というふうに大きく分けるとすると、EUが排他的に、つまりEUだけができる権限は思いのほか少ないのであります。
 それは、ECの柱でいえば、漁業資源保護の分野、それから共通通商政策の分野、あるいはこのごろ発足したユーロの管理運営に当たる通貨政策、これぐらいでございます。あとは、農業政策の部分で一部そういうものがございますが、原則として認められるのはせいぜいその程度でございまして、EUの第三の柱で共同機関として設立された警察の共同機関であるユーロポールの運営、これはその性質上各国ができないものでございますから、EUしかできないという分類になるわけですけれども、せいぜいこのくらいなんですね。
 むしろ、EU側もあるいは構成国側もできる、しかしEUが一たんそれについて全面的な立法権を行使したならば、それ以降は構成国は立法権が行使できないというふうになる部分がございまして、これが競合的権限の部分ですが、これが多いわけですね。そこに掲げましたような農漁業であるとか域内市場の自由移動、これは商品や資本、サービスの自由移動等でございますが、掲げられております。
 九〇年代になりますと、このような大ざっぱな分類にさらに加えて、構成国の権利をむしろ留保するために、補完的な権限という概念が恐らくできてきたと思われます。それはどういうことかと申しますと、一応政策項目としてEUが扱えるというふうに条約上書いてはあるんだけれども、しかし各国の法律を変えるような立法はできない、各国間の法の調和をするような立法はEUにはできないというふうにはっきり書いた、そういう条文が条約上入るようになりました。
 したがって、これは逆に申しますと、構成国があくまでも立法権限を留保しているのであって、EU・EC側にできることは、それに対する一定のガイドラインを提示すること、あるいはその立法をさらに促進するような援助措置をとることぐらいしかできない、そういうふうなものでございますので、この補完的という言葉は、EUから見て補完的という意味であります。そのような権限として、先ほど、九〇年代に特に入ってくるようになったと申し上げた、教育だとか文化だとか公衆衛生、こういった項目が掲げられていることになります。
 したがって、実質的に突き詰めて見てまいりますと、独立の立法権を持っているECといいましても、それは伝統的な経済共同体の確立のための立法範囲が中心でございまして、それを超えて社会的な価値、あるいは文化的な伝統の価値判断に深く立ち入るような政策領域になりますと、これはやはり構成国側の権限が原則として認められている、そういう分類になることになります。
 したがいまして、ECが独立の立法権を持つと申し上げても、今のような事情ですので、そのなせる範囲というものは常に各国の間の相互の交渉に任されているという部分が強く残ります。
 しかし、だからといって、では通常の国際機関と同じような交渉をしているのかといいますと、それは全く違う面もあります。それが、レジュメの最初にまた戻っていただきたいのですが、その真ん中あたりに書きましたEC法の特殊な性質の部分でございます。すなわち、対内的な部分ですけれども、そうはいっても、一たん法律としてできますと、このEC法規というのは構成国の法規との関係で非常に強い効力を持つことになります。それがいわゆる直接効と呼ばれるものです。ECの立法が、一定の条件がありますけれども、各国民に権利や義務を直接に発生させる効果というものを持ちます。
 そして、一たんそういった直接効を持ったEC法ができますと、今度は、それと抵触する国内法規があった場合にはEC法の方が常に優先をするという、EC法の優位性という原則もまたこれは判例で確立しております。
 こうなりますと、国内において、日常茶飯の民事や商事の事件の中にもEC法が絡まった事件が出てくることになりまして、それを国内の裁判所が裁くということになりますので、そこで先決裁定手続と呼ばれる特殊な手続が設けられております。これは、各国でEC法規を各国まちまちに解釈すると、法の統一的な適用ができないために、それを避けるための手続でありまして、各国の裁判所でEC法上の解釈問題や効力問題が生じた場合は、裁判所の裁量でEC裁判所へその事件を付託することができるというものであります。そして、国内の裁判所が最高裁の場合は、この付託が義務になっております。
 ですから、最終的には、いずれにせよ、EC法上の解釈問題や効力問題はEC裁判所が一手に解釈をするということになりますので、そこで法の統一的な適用や解釈が確保される、こういう制度なんですね。各国の裁判所は一回手続を停止しまして、EC裁判所の論点に関する判断を得た後にまた手続を再開して終局判決を導く、このような手続でもって法の統一的適用が確保される、こういうふうになっておりますので、一たんできた法律のその後の部分を見ますと、これは非常に統合的な法制度になっているということがわかります。
 しかしながら、ECの独自の統治というのはここまででございまして、ECの政策を法あるいはガイドライン等で実現していく行政の場面になりますと、これはほとんどの場合、構成国の政府の機関を通して実施をするということになりまして、EC独自の機関はほとんど持っておりません。競争法の場面でEC委員会、ヨーロッパ委員会が入ってくる程度でございます。
 したがって、実際には、立法するところにおいてECはいわば独立なのであって、それ以外の部分は各国に依存しながらやっていくというものになっております。ここもやはり普通の国家や連邦国家でのイメージとは違うものであろうと思います。
 第二、第三の柱になりますと、ましていわんやでございまして、立法の過程からして、実は構成国が非常に強力な影響力をまだ温存しております。すなわち、立法の提案において、欧州委員会のみならず、各国も実は提案権を持つというふうになっておりますし、それから、最後の審議の過程では、欧州議会は諮問的な立場にとどめられておりまして、むしろ、閣僚理事会、これは各国の政府代表ですが、彼らがほとんど全会一致で決めるというのが原則でございます。したがって、これは伝来的な国際組織の形をとどめた部分でもございます。そういうふうに言うこともできます。
 というわけで、このEUというものは、そもそも、これまで出てきた成果から考えても、一種、国家が扱うほどの大きな広がりを持った管轄権を持ってはいるのですけれども、しかしながら、現実の権力行使というものにおいては、要所要所で各国の制度に依存をしながら、あるいは各国の制度のチェックを受けながら行うというふうなものになっているということなのです。
 ですので、これを一足飛びに連邦国家ができる途中の体制であるというふうに評価をするのはやや即断であろうかと私は思うわけであります。むしろ、前代未聞の、非常に特異な実験途上のものである。それは国家になるのかもしれないけれども、そうでない可能性もまだたくさんある、そういうものにすぎないというふうに見るべきであろうと思います。
 ただ、いずれにせよ、この制度を使ってヨーロッパ大陸での悲惨な戦争が過去五十年間根絶されてきたというのは大きな成果でありますし、それから、夢にまで見たような一つの通貨ができて、現実に流通しているという多大なる経済的成果をもたらしたのもこのEC・EUの制度でございますから、これは、構成国が厳然として残っているというふうに単純にまた考えるのもおかしなわけでありまして、本当によくわからない中間的なものであるというふうに、むしろそのままお考えいただいた方がよろしいと思います。
 まさに、それゆえに、実はEU憲法という言葉でもって、現在のヨーロッパの人たちは、今自分たちが持っている統治体制がどんなものであるかを再確認しようとしているわけです。国家を超えた何らかの強力な統治体ではある、しかしそれは国家の上の国家ではない。ならば何か。しかし、その何かがわからないわけですね。それを語る言葉がないのです。ですから、とりあえず憲法という言葉を使っておいて、つまり人民の主権に由来する統治体制というものをヨーロッパレベルでも確保したいという願いが彼らの中にあるのです。ですので、そういった言葉を使いながら、しかし新しい事態を何らかの形で明確に説明するための言葉をつくりたいというのが、現在のヨーロッパ憲法のいわば願望を込めた運動であろうと私は考えております。
 ですので、レジュメの二枚目の大きな三番を見ていただきたいのですが、EU憲法の制定に向けての現在の論点として語られていることは、実は、例えば先ほど私が表2で御説明した、権限の配分をもっと明確化せよといった論点が挙がっております。それも、先ほど申し上げたような排他的とか競合的とか補完的とかいう概念を新たに導入して、明確化せよといった議論が出てまいりますし、それからもう一つは、各国議会が、ヨーロッパ議会とはまた別個に、どのような役割を果たすべきなのかということが議論の対象として挙がっております。
 そしてもう一つは、二〇〇〇年代に入って特にですけれども、人権の擁護というものを、やはりEC・EU独自のものをつくって、規範をつくって明確化すべきではないかという論調も強まっておりましたので、つい最近、基本権憲章というものが政治宣言として出されるに至っております。そこで、これを一歩さらに進めて、いわゆる国民国家の人権章典と同じように法的効力を持ったものに進めるべきではないかといったような議論がなされているわけです。
 このような議論は、それだけを見ますと確かに国民国家の憲法の制定過程に近づいているように見えるのですが、しかしその中には、各国そのものとか各国議会というのは厳然として残る、国際法上の主権主体として残るというふうな概念自体はありまして、したがって、いわゆる国づくりというのとはやはり違う論調であります。
 例えば、一つの象徴的な例を今の点で申し上げておきますと、国民国家の場合は、国民がだれであるかという定義があるわけですけれども、ヨーロッパの場合は、ヨーロッパ人がだれであるかという定義は、実は各国の国籍を持つ者ということになっています。ですから、各国がまずあって、プラスアルファでヨーロッパに属することによる権利というのが、特殊、もう一つつけ加わる、そういう発想なんですね。それを全部消してしまって、ヨーロッパ国というのができて、ヨーロッパ国国民とはこういうものであるというふうなことを言っているわけではありません。ですので、今ある論調というのは、常に各国があって、その上にプラスアルファとしての権利や利益の擁護体として何をつくるか、そういう議論であるということを御承知おき願いたいと思います。
 さて、以上のようなヨーロッパ憲法形成過程があったとしますと、それでは各国の憲法はどうであったかと申しますと、これはかなり、イギリスの場合ですけれども、重大な変化をもたらされております。
 例えばイギリスは、御存じのとおり議会主権という一つの大きな憲法原則を持っておりました。これは、議会というのは法的に無制限の立法権を持つというものです。それも常に持つという意味ですから、すべての会期の国会が持つということです。ですので、後の国会がつくった法律の方が前の国会がつくった法律に優先する、これは、後法が前法を覆すのはどの国にも共通したものがありますが、それを議会の主権で説明するわけです。
 これが国際の場面にも適用されまして、したがって、例えば、ある条約を締結し、それを批准した後に、議会がそれに反するような立法をした場合、その後の立法の方が当然に優先するというのが、簡単に言いますと議会主権の考え方でございました。
 しかし、そうしますと、直接効があるEC法は常に国内法に優先するという原則と衝突してしまうわけですね。一九八〇年のEC法があったとして、一九九〇年のイギリス法ができた。この場合、EC法の立場からすると、両者が抵触する場合は、必ず一九八〇年の方のEC法が優先しなければいけないわけです。しかし、議会主権から考えると、一九九〇年の国会の方がより新しい意思を持っているわけだから、こちらの方が優先しなくちゃいけないということになりますので、全く逆の結論になるわけです。
 現実にそういう問題を正面から取り上げるような事件が起きまして、その中で、イギリスの最高裁に当たります貴族院は、やや技巧的な判決ではありますけれども、一九七二年、これはイギリスがECに加盟する前の年ですけれども、そのときに国会の加盟するという議決が一応あって、そのときの意思が明文で覆されない限りは、後の国会の法の中にも当然に推定されるということを言ったんですね。
 ですので、明文でもってEUからイギリスが脱退すると言わない限りは、基本的にEC法の優位性というものを認めるということを言ったのと同じことになります。それはあくまでも国会の意思でやっているんだというふうに説明をするわけであります。
 説明の技巧性はともあれ、実質的には、加盟し続けている限りはEC法の優位性というものを承認せざるを得ないというところまで追い込まれておりますので、そうなりますと今度は、EC法が一種の憲法のような作用になりまして、EC法に反する国内法を裁判所が適用しないという場面まで出てくることになります。
 かつての議会主権の考え方では、議会だけが法律を改廃できるわけですから、裁判所がその適用をとめたり、あるいは無効を宣言したりということはおよそ考えられないことだったわけですが、しかし、EC法に反するという理由でもって国内法の適用を差しとめたりするということが可能になってき、実際それを行うようになってきているわけです。
 こういうふうになりますと、イギリスのいわゆる議会主権、国会主権の原則というのは、もう実質的に換骨奪胎されたと言っても過言ではないというのが私の見方でございます。
 行政や司法の面でどのような深い影響があったかと申しますと、まず行政面ですけれども、EC・EUの政策の実施主体として、いわば代行機関として各国の機関が活動することになりますので、実はこれまでイギリスの法律やあるいは制度運営上なかったような考え方を執行しなければならないというふうな場面が出てまいります。
 例えば、比例原則という言葉がございます。これは目的に比例した手段で、とりわけ私人の権利を侵害するような場合には、最小限の手段でそれを実施するといったような原則でございますが、イギリスの行政機関は、そういった新しいヨーロッパ大陸風の原則でもって自分の行政行為を統制していかなければならないというふうになりますし、それから逆に、行政の主体の方から立法案を提案したいというような場合に、イギリスの国会の側に、EC側からの情報を得ながらその法案を提起するといったような、影の準備過程での協力作用といったようなものがございます。
 司法過程におきましては、例えば国内法上、EC法の実効的な実現を妨げるようなものがあった場合、適用を排除するといった義務を課される場合があります。
 これはイギリスの事例ではなくてアイルランドの事例なんですけれども、国内の民法上の時効の規定がありまして、EC法上の権利を行使しようとした人が、国内法上の時効でもって権利の実現を阻まれるという事件がありました。これそのものでしたら何の問題にもならないんですが、実はたまたまEC法の国内的な実施をアイルランド政府が怠っておりまして、それゆえに事件の発生から時効が成立してしまうほど経過してしまった、そういう事件なんです。
 この場合、国内法上の時効の規定をそのまま適用するのは正義に反するとECの裁判所は申しまして、国内法上の時効の規定の適用をしてはならないという義務がむしろEC法上積極的に課されるというようなことを言いました。
 それから、イギリスの事例でいいますと、国会の立法の執行を差しとめるということは、国内の裁判所の権限としてはできないということになっていました。国王に対する差しとめと国王の家臣に対する差しとめというものは、コモンローの裁判所はできないというのが原則だったわけですけれども、これもEC法の実効的な実現を妨げる場合には適用されないとして、実際のところ、イギリスの制定法がEC法に反している場合、イギリスの制定法の方の適用を差しとめるといった事例まで出てまいりました。
 こういうわけで、立法、行政、司法のどの面を見ましても、実は深くその行為様式を変えなければならないほどのものになっているということは確かです。
 ただ、イギリスの場合、憲法が不文憲法ですので、こういった変化がはっきり市民の前にあらわれるわけではありません。これがわかるのは、やはり専門的な法律家だけであります。したがいまして、よその国と比べまして、イギリスがEUに属したことによって統治の根本的な決まりが変わっているという点について、国民と、それからそれがわかっている議会や議員やあるいは弁護士との間では、相当に相違があるというのが現実であります。
 よその国については、私は実は余り語る能力がございませんので省略させていただきたいと思いますが、以上のような経験から、一体何が日本の現在の状況に示唆を与えるものとして導けるかという点に最後に簡単に触れて、意見陳述を終わりたいと存じます。
 まず第一に、私は、このヨーロッパそのものの経験は、具体的な法制度の点では参考にならないところが多いと思います。しかし、もう少しレベルを抽象化して考えますと、経済がグローバル化して、相互依存関係が各国間で非常に深まってまいりますと、一カ国の規制、権限では、規制が十分に達成できないという問題状況がたくさん出てまいります。
 例えば、環境や資源保護などが最も簡単に挙がる事例であろうと思います。日本と隣国との間で、共同で漁業資源を保護するとか共同で環境の積極的な保護措置を実施するというふうに、何らかの形で国境を越えた協力でもって初めて実効的な政策が実現できるといった場面が今後ますますふえていくであろうと予測できますので、この点でEUがどのような制度をつくって実験をしているのかということを参照する、そういうレベルでまず一つの関連性を見出すことができると思います。
 私の個人的な関心で申し上げますと、いわゆる狂牛病、BSEの事件がありましたときに、ヨーロッパの諸国は、直ちに科学専門委員会を開きまして、イギリスで発生したBSEの全世界禁輸措置をとりました。そのことによって、病気が蔓延することを防ぎ、そしてその間、イギリスに多大な補助金を出しながら、その罹患牛の焼却処分を進めさせたわけです。
 例えば、こういった国境を越えて物品のリスクが広がるといった場合、各国同士が別個に、独立にやっていては、その抜け道を使ったリスクの蔓延というものがどうしても生じます。それを防ぐためにも、何らかの形で越境的な組織をつくって、そこで情報を収集して一気にやるといったような制度が求められる時代が恐らく近々来るであろうと私は思いますので、このような場合に、どのような制度をEUがつくってきたかということは参考になろうと思います。
 それからもう一つは、きょう私が申し上げたお話の中で強調したことですが、EUは、各国から浮かんで存在しているものではなくて、常に各国の制度とタイアップして存在しているというところからわかりますように、EUが法規範として出してきているものは、十分各国間で練り上げられた、討論で練り上げられた、いわば良識の最大公約数なわけです。
 ですので、そこから出てきたヨーロッパの公の秩序、公序ないしは規範感覚、規範価値といったものは、十分日本においても参考になるであろうと思います。これは、国際協調をうたった現在の日本国憲法の中においても、国際的なレベルでの議論を常に反映して統治に当たるという精神に合致するものでございますので、ヨーロッパの持ち出してくる公序というものは全く無視できないものがあろうと思います。
 時間になりましたので、後の質疑応答の場面でさらに意見をもし補足できたらと存じますが、以上で私の意見陳述を終わりたいと思います。(拍手)

発言情報

speech_id: 115404188X00520020711_002

発言者: 中村民雄

speaker_id: 6229

日付: 2002-07-11

院: 衆議院

会議名: 憲法調査会国際社会における日本のあり方に関する調査小委員会