2002-07-11
衆議院
中村民雄
憲法調査会国際社会における日本のあり方に関する調査小委員会
中村民雄の発言 (憲法調査会国際社会における日本のあり方に関する調査小委員会)
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○中村参考人 まず、ルクセンブルク、ベルギー、オランダといういわゆるベネルクス三国は、EECができる前に、既に経済共同体をつくろうとして関税同盟等の条約を締結しております。これはなぜかと申しますと、非常に国の規模が小さいということから、協力をして一定の規模を確保するというところにあったようです。とりわけ、ルクセンブルクの鉄をどういうふうに有効的に使うかという点で、隣の国と協力した方が得であるというのがどうやらあったようでございます。
それがまずありまして、その後でEECの話ができてくるわけですが、これは独仏融和というのがやはり大きくその背景にあります。二度と戦争をヨーロッパ大陸の中で起こしてはならないという平和の決意もありましたし、それから、当時既に深まっておりました東西冷戦の状況がヨーロッパの一つの安定を保つための柱を要請していたというのがございますので、ベネルクス三国にとってもこの独仏融和は自国の安全保障のためには不可欠でしたし、さらには、より大きな経済単位に自分たちの国を入れることができるということになりますと、むしろより有利に経済交渉ができるということを意味していたと考えたのだろうと思います。
フランスとドイツの間では、農業のフランス、工業のドイツというのが駆け引きを行いまして、条約を交渉するときにも、実は農業という部分が、商品の自由移動がすぐ後に出てまいりまして、そこで独仏はいわば取引をしたというふうに言われております。ルクセンブルク等は、それをさらに使うことによって、実質自分たちの経済版図を広げたというふうに解釈したと言われております。