山口二郎の発言 (憲法調査会政治の基本機構のあり方に関する調査小委員会)

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○山口参考人 北海道大学の山口でございます。
 本日は、このような発言の機会を与えていただきまして、ありがとうございました。まずお礼を申し上げます。
 鈴木宗男氏の問題以来、政治の矛盾が噴き出しております北海道からやってきたわけでありますが、これは決して冗談ではございませんで、きょう申し上げる話も実はそういう問題にかかわってくるわけであります。それから、たまたまきょうの朝日新聞の一面トップで、自民党の国家戦略本部が提出されましたレポートについて記事が出ておりまして、きょうの私の話とかなり重なってくる感じもいたします。その辺、御了解いただきたいと思います。
 まず、本題に入ります前に、憲法論議の大前提について一言私の懸念を申し上げておきたいと思います。
 私自身も、一九九三年に出版いたしました「政治改革」という新書の中で、国会、内閣、地方自治等、統治機構に関して憲法のあり方を大いに見直し、活発に議論すべきだということを書いて以来、決して憲法論議そのものについてタブー視するつもりはございません。しかし、もろもろさまざまな改革が進んだ一九九〇年代の総括をきちんとすることなしに、憲法論議のみを行うということは、私はいささかの危惧を感じます。
 政治改革以来、一九九〇年代にはさまざまな改革を行ってまいりました。しかし、その結果がどうなっているかということを振り返ってみますと、着実に改革を積み上げていったというよりは、むしろ、その時々の大きな問題に対応して、制度の改革こそが基本的な解決のかぎだという問題設定の中で、それなりに大きなエネルギーを投入して、選挙制度あるいは省庁再編といった制度の改革を行ったわけですけれども、本来取り組むべき政治や行政の病理については、実は有効な解決になっていないというふうに私は思います。改めてこの十年間、私も改革についてそれなりにまじめに議論はしてきたつもりですけれども、一体何をしていたんだろうというむなしさを禁じ得ないわけであります。
 一九九〇年代の改革の一番の問題点は、日本の社会や経済や政治や行政におけるさまざまな病理現象の原因がどこにあるのか。選挙制度なり行政制度なりの中のどういう欠点、問題点が現実の社会や経済や政治や行政の病理に結びついているのか。その因果関係に関する、まじめなといいましょうか的確な分析、議論なしに、制度改革があたかもそれ自身目的のようになってしまった。そこに私は問題があるだろうというふうに思うわけであります。
 九〇年代の改革というのは、ある種せり上げ現象があったわけでありまして、最初は選挙制度こそが改革のかぎであるというふうに言われてきました。しかし、選挙制度を変えたところで、実は政治の無力というものはかえって露呈されたわけで、九〇年代の半ばには、今度は行政改革こそが国を変えるんだということで、大きなエネルギーで省庁再編をした。しかし、行政を変えても、やはり依然として、外務省を初めとするさまざまな行政の問題点というものは解決されていないわけであります。
 一つの改革が終わった後、その結果をまじめに検証することなく、次々と大きなといいましょうか、抽象的なといいましょうか、あるいはよく言えば大所高所に立った高邁な制度改革論争にどんどん議論がエスカレートしていく、これを私は改革のせり上げというふうに呼んでおります。
 私は、憲法のあり方について議論することは大いに賛成でありますが、しかし、今の日本のさまざまな問題が、憲法の具体的にどういう問題点とつながっているのかということについて、きちんと踏まえた上で憲法論議をしていかなければ、九〇年代の空振りの改革の繰り返しになってしまうということを危惧しております。
 さて、本題に入りまして、きょうは、統治機構、とりわけ議院内閣制の問題を中心に、若干私見を申し上げておきたいと思います。
 日本では、議院内閣制に対する不満が大変強いわけであります。なぜかと申しますと、一つは、政党が暴走するというか独走をする、そして、国民不在の中で、政治家同士の都合によって時々首相の首をすげかえる、頻繁にリーダーが交代するということがまず第一の問題点。
 二つ目は、いわゆる行政の縦割り、あるいは官僚のセクショナリズムというものが強くて、内閣というものが、国を統合していく基本的な政策、重要な政策に対して、政治の責任において迅速に意思決定を行っていく能力を欠いているというのが第二の問題点。
 それから第三の問題点は、まさに今問題になっております内閣と与党との間の不透明な関係。つまり、大臣等の公のポストにある人たちが本来のリーダーシップを振るって政策を決定することは、これは当然ですけれども、与党の国会議員の方々が、行政に対しては何ら制度的、法的な指揮命令権力がないにもかかわらず、実際の政策形成において大きな影響力を発揮し、それがしばしば腐敗に発展をする、この点に内閣制度の問題点がある。こういう三つの要因で、日本では議院内閣制に対する不満が大変強いと私は理解をしております。
 しかし、議院内閣制というものは、それ自体欠陥があるわけではないと私は考えております。私も、この五、六年、内閣制度について関心を持ちまして勉強してまいりまして、とりわけ一九九七年、イギリスに半年留学をいたしまして、ちょうど九七年五月のイギリス総選挙とブレア労働党政権の発足、政権交代の実像を観察するという機会がございまして、内閣制度についての私なりの知見を得たわけでございます。
 その中で、イギリスと日本の議院内閣制を対比するということによって、制度の欠陥ではなくて、日本的な運用の仕方に問題があるんだということを強く感じました。
 イギリスの議院内閣制について、その要点を整理してみますと、第一は、政党、指導者、政権構想ないし政策の三位一体が存在する。そして総選挙においてその三位一体が国民の前に提示され、国民はそれを選択する。したがって、総選挙で勝利して政権を構成した与党に対しては、国民の委任、英語で申しますとマンデートという言葉がありますが、国民の委任が明確に与えられるということであります。したがって、国民の意思とか国民の委任というものを背景にしているがゆえに、与党の最高指導者は大変強い権威と指導力を持つということであります。
 イギリスでは、御存じのように、総選挙の際にマニフェストと呼ばれる政策集を各政党が作成し、それをもとに選挙戦を戦います。そして、政権が発足した後も、マニフェストに掲げた政策をどの程度実行したかということを時々自己点検をして、国民に公表するということを通して政党間の競争が行われているという実態があるわけであります。
 二つ目は、内閣と与党の一体化ということであります。
 イギリスでは、いわゆる政治任用のポストの数が大変多いわけでありまして、現在のブレア政権の正確な数を私はつまびらかにしておりませんが、大体行政府全体で百三十から百四十ぐらいの政治任用のポストが存在いたします。イギリスの与党の国会議員というのは大体三百五十人から四百人ぐらいでありますから、与党の議員の三分の一は大臣、閣外大臣、副大臣、政務秘書官等々といった役職について、いわば内閣の公式のポスト、権力を通して政策決定を上から主導していくという体制ができております。この点がやはり日本と違うわけですね。この点は、イギリスの政党におけるフロントベンチャー、つまり指導層、幹部と、バックベンチャー、その他大勢との非常にはっきりした格差といいましょうか、分離というものを前提にしているわけであります。
 それから、三つ目は、官僚機構に対する上からのリーダーシップでありまして、官僚の役割、政治家の役割ということについて、やはり明文上の規定とか具体的な制度はありませんが、長年の慣習としてはっきりした役割分担が存在しているということであります。つまり、価値観にかかわる政策論議は官僚はしない。ですから、例えば、大きな政府、小さな政府とか、税制のあり方とか、そういうまさに政策の価値観にかかわる問題は政治の側が提示をし、それを官僚は肉づけする、具体化するという役割分担がはっきりとしているわけであります。
 総体として、私は、イギリスの内閣制度は下降型、上から下に政治的エネルギーがおりてくるというモデルとして把握をしております。内閣というのは与党のオールスターの政治家が集まった強力な指導機関であり、内閣の構成員である大臣は、自分の担当する省の利益代表ではなくて、与党の最高幹部として政策を論議する。したがって、内閣の政治的エネルギーによって、例えば省庁の再編ですとか地方分権といった官僚の既得権を減らすような方向での政策決定が、トップダウンで迅速に行われるというところにイギリスの特徴があるわけであります。
 これに対して日本はどうかということなんですけれども、まず、選挙においても、国民の側の問題もありますが、全体として、総選挙を通して国の最高指導者を選ぶあるいは国の大方針を選択するという認識が希薄であります。そして、政権構想というものが不明確であって、国民の側からも、この人に、あるいはこの政策に対して自分たちは支持、委任を与えたんだという認識がなかなかないという問題があります。
 ですから、選挙で具体的なことをある程度言って、それに国民が支持したんだということになれば総理大臣のリーダーシップは大変強くなるわけですけれども、政権の途中で何か、例えば税制改革をしようとか省庁再編をしようということを思いついても、その総理の意思に対しては官僚機構からも与党からもさまざまに抵抗が働いてなかなか大きな改革が進まないというのは、これは、橋本政権時代の改革その他、いろいろと実例があったわけであります。
 二つ目の特徴は、内閣と与党の分離であります。
 つまり、日本の場合は、政治任用のポストは極めて少ない。橋本政権時代の改革を通してかなりふえはしましたが、依然としてイギリスに比べれば半分程度であります。したがって、与党の側に政策形成に対して実質的な影響力を持つ議員が残るという形になります。ですから、スムーズに国会で法案を審議し成立させようと思えば、今問題になっておりますいわゆる事前審査というものは不可避、必然のものでありまして、そこに政と官の不透明な関係というものが発生するということになるわけであります。
 それから、同時に、内閣と与党との分離という点について、日本では、総理大臣は、もちろん与党の最高指導者ではあるわけですけれども、党の問題については余り口出しをしない。今の自民党でいえば幹事長が実質的には党務を全部仕切るということで、総理が行政のトップとしてもちろんリーダーシップを発揮するわけですけれども、与党のトップとして、与党の政治家のさまざまな問題に対して党の最高指導者として見識を示す、指導力を発揮するということがなかなかないというのも日本的な慣習だと私は思います。
 三つ目は、実質的な指導力を欠く内閣が、官僚機構によって支えられるという現象であります。
 これは、長い間、内閣改造というものがほぼ一年周期で行われ、かつ、衆議院の当選回数などを基準として、いわば閣僚として、大臣としての適性とか能力というものとは必ずしも関係なく、もちろんそういう能力や適性があって大臣になる方もたくさんいらっしゃいますけれども、しかし、必ずしもそうじゃない場合もあって、実質的な政策的指導力を持たない政治家が大臣になり、一年ぐらいそのポストに座るということで、実質的に内閣が政治的指導力を発揮し得ないという構図になっているということであります。
 そして、国務大臣という側面よりは、農水大臣とか国土交通大臣とか、それぞれが担当する官僚組織のいわば最大の擁護者ないし代弁者として閣僚が行動するということで、官僚機構が嫌う、官僚の既得権を減らすような方向での政策に対して内閣が指導力を発揮できない。例えば予算の削減だとか規制緩和だとか地方分権というようなことを方針として決めても、各大臣は、官僚組織の代弁者として、我が省の問題はそう簡単ではないという形で各論反対を言う、そうすると改革はなかなか前へ進まないという問題があるわけであります。
 そういう意味で、私は、日本の内閣の仕組みは上昇型、つまり、あくまで政策形成の主体は各省官僚制であり、そこからいわば形式的指導機関である内閣に対して、下から上に吹き上げる形で政策形成が行われているというモデルとして把握しております。
 このような内閣制度について考えていくときに、私は、憲法の規範、条文を改正するということももちろん必要だと思いますが、しかし、こういう統治機構の問題というのは、憲法の条文だけでは動かし切れないものがあると思います。
 私のような者が、イギリスの有名な保守主義思想家エドマンド・バークだとかウォルター・バジョットなどの著作、思想を引用するのはちょっと奇異かもしれませんが、やはり私は、バークのような考え方、つまり長年の伝統とか慣習というものが一国の統治機構を動かす上では極めて大事であるということに深い感銘を受けるわけであります。ですから、我が国の内閣の運用あるいは国会の運用の中で、これからどのように慣習というものをつくっていくのか、憲法の習律というものをつくっていくのかということを考えなければいけないだろうと思います。
 それからもう一つ、内閣制度の問題を考えていく上では、現在の日本国憲法の一番の原則であります国民主権という観点から、行政をいかに民意によって動かしていくのかという観点において改革のあり方を論じていく必要があるだろうと思います。
 次に、首相のリーダーシップという問題について少し簡単に触れておきたいと思います。
 首相のリーダーシップというのは、私は三つあると思います。一つは、行政府の長としてのリーダーシップ、もう一つは、さっき申しました与党の長としてのリーダーシップ、そして三つ目は、政治の最高指導者としての国民に対するリーダーシップというものがあるだろうと思います。その首相の指導力というものを考えていくときに、もちろん行政府における制度の設計を通して首相の力を強くするということが必要ではありますけれども、同時に、与党の中での首相のリーダーシップをいかに発揮していくかということが重要な観点だろうと思います。
 戦後の日本政治の中で首相とか内閣というのはどういうものであったのか、少し振り返ってみたいと思うわけなんですけれども、高度成長期、一九六〇年代から七〇年代中ごろ、田中角栄政権あたりまでは与党が非常に安定をし、確かに派閥の対立等はありましたけれども、やはり権力闘争を闘って勝った指導者にはそれなりの威厳だとか権威というものがあった。
 そして、何よりも政策の課題として、省益を足し算すれば国益になるという大変幸福な時代がずっと続いたわけでありまして、その時代には、殊さら政治主導で官僚を押さえつけるとか官僚が嫌う改革をするという必要性もなかった。要するに、問題が起これば、例えば国土庁をつくるとか環境庁をつくるとかという形で役所をふやす、あるいは予算をふやすという形で対応していればよかったわけでありますから、政と官の間にはそんなに矛盾はなかった、政官和合の時代であったと私は思います。
 ところが、一九七〇年代半ば以降、自民党の中が一方で変質をし始めて、要するに最大派閥を軸としてその他の派閥が連携をして党内多数派を確保して総理大臣を選んでいくという、いわばかつての田中派、その後の竹下派がハブの派閥になって、それとほかの派閥がくっつく派閥連立政権という形になっていきますと、やはり総理大臣の持っている権威とか指導力というものについて国民も必ずしも十分な敬意を払わない、あるいは与党の中でも十分な尊敬が払われないという問題が出てくるわけであります。
 と同時に、この時代から日本は、いわゆるキャッチアップを終えて、さまざまな意味でのグローバルな課題に対応しなきゃいけないという時代に入るわけでありまして、そうすると、規制緩和ですとか地方分権ですとか、あるいは経済成長が終わった後の財政的な危機の克服だとか、そういう問題に直面をするわけでありまして、政と官の間にいわば利害の対立が発生することになったわけであります。
 そういう中で、例えば行政改革ですとかいろいろな改革も行われたわけですけれども、政治の側が自立して根本的に行政のあり方をつくり直すというところまでは問題が深刻化していなかった。既存の官僚機構の部分的な手直しによる対応というものが行われたわけであります。
 一九九〇年代に入りまして、連立の政治の時代に入ってまいりますと、ますます総理大臣を選ぶプロセスが国民から遠くなっていくわけであります。
 そして同時に、政策的な課題としては、ますます政策的な取捨選択というものが必要になってくるわけで、官僚機構の持っている既存の組織や政策に対して政治の側が大幅に切り込む、あるいは削減する、見直すという方向性の議論が必要になってくる。こうなりますと、政官矛盾の時代に入ったと言うことができます。
 同時に、国民の政治意識も変わってくるわけでありまして、直接性、つまり自分たちで何か直接物を言いたい、政策決定に対して何か参加したいという直接性の要求というものが出てまいります。このような文脈で首相公選論というものも議論されているわけです。
 私は、小泉総理の私的懇談会のメンバーでもあるわけでありまして、この点について議論をしてまいりました。しかし、私は、基本的には首相公選制に反対であります。その理由を簡単に述べておきたいと思います。
 先ほどから申しておりますように、議院内閣制それ自体に欠陥があるということではないわけでして、議院内閣制を十分に運用できなかった日本の政治の今までのあり方を根本的に反省することなしに首相公選制を導入しても、恐らくよい結果は得られないだろうと思います。
 首相公選制を行えば、一つの可能性としては、首相と議会多数派が食い違うという、いわゆる分割政府の危険性。もう一つの可能性としては、現に多くの地方公共団体でありますように、直接選ばれた行政の長に対して、議会がいわばオール与党化していく。行政の長に対して、議会は、チェックをするというよりは、さまざまに要求をするということで行政にもたれかかっていく、そういう危険性があります。
 いずれにしても、私は、政党政治というものがこれからの日本において大事だ、むしろ、きちんとした政党政治を確立するということが重要な課題だと思っております。しかるに、首相公選制を導入すれば、国家の最高指導者を選び出すという緊張感を議員が失ってしまう。そうすると、政党はますます求心力を失っていくということで、私は、首相公選制というものが政党政治を破壊するというふうに危惧しております。
 そういうことで、直接性の希求とかリーダーシップが必要だという時代の認識は、私もそのとおりだと思いますが、いきなり首相公選制を導入するということは解決策にはならないというふうに思います。
 そこで、私なりの議院内閣制の改革についての私見を簡単に申し上げますと、一つは、内閣の問題、国政の最高指導チームをいかにつくるかということでありまして、与党における人材を登用し、有力な政治家を内閣の中に入れるということです。そして、先ほどのイギリスのモデルにありましたように、内閣が成立するに際しては明確な政策を共有するということがまず第一の基本であります。
 二つ目は、与党の問題であります。
 与党の中で、みんなが納得できるような形でリーダーを選ぶ。リーダーは明確な政策を示し、一たんリーダーを選べば与党はそのリーダーの指導のもとに結束して行動する、政策を共有するということを行う。それから、政策を実現するについては、あくまで政権参加を通してこれを実行するということであって、国会の立場から行政過程に関与するということは、これからは避けるべきだろうというふうに思います。
 その場合、では、大臣とか副大臣になれなかった人はどうするのかという問題があるわけですけれども、私は、最近言われておりますいわゆる与党の事前審査制の廃止について、それをやるなら、大幅に政治任用のポストをふやして、自民党政務調査会の部会長はもちろん、副部会長クラスの方がこぞって各省の中に入ってもらう。そして、省の中で党の議論を同時、いわば重ね合わせた形で行うということが一番の解決策になるんだろうと思います。その他、いわゆるバックベンチャーはどうするかといえば、これは国会の中で、委員会の場で国会議員として立法活動に参加すればよいというふうに思うわけであります。
 三つ目、政官関係の問題であります。
 要するに、先ほどから言っておりますように、官僚機構と与党との間にある地下茎を断ち切るということであります。官僚というのは、英語でシビルサーバントと申しますが、これはあくまで政治的指導者に対して服従するということです。総理大臣あるいは各省大臣に対して服従をするのがシビルサーバントであります。
 政治主導というのは、あくまで総理大臣を初めとして、内閣の公式のポストについた指導者がその権力を発揮することが政治主導であると私は理解すべきだと思います。官邸主導ということについて、しばしば与党の側から独裁的だというような批判も出るわけでありますけれども、明確な政策を示し、それが国民によって選ばれたということであれば、内閣が指導力を発揮することはむしろ当然でありまして、それを独裁的と言うことは当たらないわけであります。
 幾つかの提言を最後に申し上げます。
 一つは、具体的な制度、憲法、内閣法、国会法に関する問題であります。最大の問題は、内閣における分担管理原則をいかに克服するかということです。あるいは、各省大臣が国務大臣として国政全体を広い立場から議論して、そういう議論を踏まえて内閣が指導力を発揮する体制をつくるということであります。
 私は、憲法六十五条の規定について、総理大臣を行政権の主体とするというふうに変えた方がよいのではないかというふうに思います。なぜかといえば、裁判所や国会というのはたくさんの人間が合議をして物を決める機関でありますが、行政機構というのはピラミッド型の組織でありまして、その頂点に来るのは、言うまでもない、総理大臣であります。したがって、ほかの二権とは違う性質を持っているわけでありまして、行政権の所在を総理大臣とする、それによって総理大臣の指導力というものを明確にしていく必要があるのではないかというふうに思います。
 それから、連帯責任という言葉についても、これは要するに、与党のオールスターが結束して総理大臣を支えていくという政治的な言葉だと理解すべきだと私は思います。イギリスにおいては、明らかにそうであります。ややもすれば、日本の場合は、分担管理原則のもとで各省が割拠して、各省の代表である大臣が全員一致じゃないと閣議で物が決まらないという仕組みがあるわけでして、これは結局、各省官僚制が既得権を守りたいといいましょうか、自己主張を貫きたいといいましょうか、そういう下からの、各省官僚制の立場に立った、自分たちを擁護する仕組みとして機能してきたという問題があります。
 それからもう一つ、行政改革等を柔軟に進めていくためには、各省の行政組織について設置法でもって決めていくという従来の体制を見直してもいいんじゃないか。全部政令で行政組織を編成するという体制をつくることによって行政の機動性を高めていくということ、これは別に非民主的じゃないわけでして、ヨーロッパの大陸系の国々、それからイギリスにおいても、行政組織について法律で決めるというところはないわけであります。
 それから二つ目、内閣における政治主導をいかに具体化するかということであります。
 従来、三権分立ということで、立法府対行政府という軸で議論をしてきたわけですけれども、イギリスの制度を見ればわかりますように、議院内閣制というのは、権力の融合、フュージョン・オブ・パワーという性質をその本質にしているわけであります。したがって、国会の多数派が行政権力を掌握し、その責任において行政府を指揮監督し、政策をつくっていくというのが議院内閣制の本質であります。
 したがいまして、政治任用を今より拡大していく、与党の実質的な責任者は内閣の一員として政策決定を行って、それにより、政策決定手続を一元化していく。これによって、迅速な意思決定、政策決定を可能にしていくということです。とりわけ、これからまさに政官矛盾の時代でありまして、ほっておいたら官僚は反対する、手抜きをするという事柄について、どうしても新しい政策をつくらなきゃいけない、法律を改正しなきゃいけない。そういうときに、一元化することによって、迅速な、かつ指導力の発揮できるような政策決定システムを構築するということが重要であろうというふうに思うわけであります。
 従来型の与党と内閣の分離というのは、ある意味では各省官僚制にとっては非常に好都合だったわけであります。つまり、カウンターパートである与党の部会の先生方を説得し、それを味方につける、官僚組織の利益擁護のいわば親衛隊として政治家をいっぱい手懐けていくということでいろいろな省は力を発揮してきたわけでありまして、そういう仕組みを変えていくということが重要であります。
 最後に、三つ目は国会の問題であります。
 私は、この間ずっと、いかに強い内閣をつくるかということを議論してまいりましたが、それは同時に、強い内閣をチェックする仕組みというものを必要とするわけでありまして、国会の権能を強化していく。その場合、国会多数派というのは内閣と同じ立場でありますから、多数派が自分の党の内閣をチェックするということは余り期待できない。これは当然であります。
 したがいまして、国会の権能を強化するというときには、少数派をいかに優遇するかという観点で制度をつくる必要があるわけであります。したがって、法案提出権とか国政調査権というものについて、少数の議員集団に与える。つまり、例えば二十人とか五十人とか、一定数以上の議員の発議があれば調査権を発動できるとか、そういう仕組みをつくっていくことが必要だろうと思います。
 次は、慣習にかかわる問題であります。
 これは、まさにこれからの議会や内閣や選挙の運用を変えていくということでありまして、一つは選挙の意味を変える。
 先ほど言った政党、指導者、政策の三位一体をつくり、国民は総選挙を通して首相と国の基本政策を選ぶということをはっきりさせる。それから、代議士は地元の利害代表ではなくて、首相を選ぶ選挙人として国民から選ばれるということを明確にしていくことが必要です。それから、二院制の問題も実はあるわけでありまして、やはり衆議院が内閣を支える、参議院はそれに対していわば高い見地からチェックをするという形で、両院の役割分担をはっきりしていくということが必要だろうと思います。
 それから、二つ目は、内閣の運営の問題であります。
 内閣が続いている間は与党の中で総裁選びは停止するということによって、国民が選んだ総理が衆議院の任期いっぱい続いていくという慣習をつくることが私は必要だろうと思います。そして、先ほどから申しておりますように、与党の意思決定機関を内閣と重ね合わせるということが必要であります。
 それから、与党の運営について、これもさっき申しましたように、フロントベンチャーは内閣の中に入ってしまう、バックベンチャーは、不本意かもしれないけれども、あくまで議会において活動をするという形の新しい政党の気風をつくっていくことが必要になってくるだろうと思います。
 与党における党首選出過程というものをきちんと透明化していく、あるいは国民に開いていくということをやれば、わざわざ首相公選などしなくてもよいということになるわけです。
 以上、この4の(2)で書いたことは、実は、先日、首相公選の懇談会で私が小泉首相に申し上げたことであります。そのときに、小泉首相は、あなたの言うことはわかるけれども、自民党という政党はこんな説教をしても変わる政党じゃないんだ、だから首相公選制が必要なんだということをおっしゃいました。私は、大変僣越ですけれども、首相に、いや、一つだけ自民党を変える方法があります、それは小泉総理が小泉ビジョン、小泉政権の政権構想というものをはっきりとつくって、解散・総選挙を断行し、自由民主党の公認証を総理自身が手渡して、この小泉ビジョンに賛成するかどうかということをチェックする、それをやれば一日で日本の内閣あるいは政党政治のあり方は変わるんですということを申し上げました。
 ということで、そういう慣習の問題は非常に大きいということであります。
 実は、日本の国の統治機構との関係で一国多制度という話もしたかったのですけれども、もう時間になりましたので、これはまた後で、御質問の中でもし関連するものがあれば御説明を申し上げるということにして、とりあえず私の陳述はこれで終わりにいたしたいと思います。(拍手)

発言情報

speech_id: 115404190X00220020314_002

発言者: 山口二郎

speaker_id: 24305

日付: 2002-03-14

院: 衆議院

会議名: 憲法調査会政治の基本機構のあり方に関する調査小委員会