2002-03-14
衆議院
伊藤公介
憲法調査会政治の基本機構のあり方に関する調査小委員会
伊藤公介の発言 (憲法調査会政治の基本機構のあり方に関する調査小委員会)
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○伊藤(公)小委員 自由民主党の伊藤公介でございます。
きょうはどうもありがとうございます。
私は、先生と首相公選については考えを異にする者でありますが、先生のいろいろな著書も読ませていただきましたが、そういう意味では、しかしいろいろ参考になります。
制度というものは、変わればそれがすべていいわけではなくて、それぞれの制度は、あるところはいいし、あるところはマイナーな点もある。しかし、総合的にどちらの方がその国の政治システムに合っているか、また、本当に国民の要求といいますかニーズというか、そういうものを的確に吸い上げていくことができるかということを総合的に考えていくことだと思います。
山口先生は、政党の改革がまず必要だと。九〇年代は、行政改革を初めとしてまさに改革の十年であった。しかし、制度を改革しても、その運用を変えなければならないのだという御主張は、私も賛成です。
例えば、小選挙区になりました。小選挙区になったら政権交代をする、そういう御主張もございました。しかし、小選挙区にはなりましたが、今現実に衆議院は比例代表が残っていますよね。だから、国民の皆さんからすると、小選挙区では確実に落選をして、そしていわゆる法定得票もとれない人も比例代表で当選を何人かはしているわけですね。あるいは、コスタリカのように、直接は投票できないけれども、交代でその選挙区をする、そういうことが小選挙区制度の改革の目的を十分果たしていない。本当に制度のそのまま改革をすればもっと大胆な改革もできたのに、なかなかできない、そういうものもあると思います。
しかし、私は、やはり制度を変えればかなり国民の皆さんの意識というものも変わっていくのではないかというふうに思います。
特に、先生はイギリスに御滞在されて、イギリスの議会制度というものをかなり踏み込んで勉強されたということでございますが、もちろん今御指摘もありましたが、何も我々はイギリス並みになろうというわけでもないし、またアメリカ並みになろうというわけではない。日本は日本なりの政治制度というものをつくっていく必要があると思います。しかし、それにしても、国際的に対比される意味で、アメリカとイギリスは私は典型的な政治制度だと思うんですね。
例えばイギリスは、政党の構造については、結論だけ申し上げれば、中央集権的です。しかし、アメリカは非常に分権的であります。
それから、政党の役割は、イギリスの場合には、政党というものが中心で、候補者の選定まで、あるいは選挙運動も政党がやる。しかし、アメリカの場合は、政党の役割は非常に低い。候補者の選出は予備選挙を採用されますが、党組織が候補者を指名することは一切ございません。極めて自由に、我こそアメリカのリーダーに、国際的なリーダーにという人は手を挙げて、直接皆さんの支持を得る。そういう意味でも、政党の役割というものはアメリカは低い。
それから、政党の規律といいますか、議案の採決に際して、イギリスの場合は党議拘束をかける。党員の造反は絶対に許さない。しかし、アメリカは、ほとんどの場合に、一般的には党議拘束をかけておりません。民主党でありましても、民主党で決めたとおりにはしない。一人一人の政治家が、一人一人の信念に基づいて賛成、反対を明確にしている、そういうアメリカであります。
それから最後に、党員の概念ですね。これも、イギリスの場合には非常に明確でございます。それぞれの選挙になると、党員の家にはステッカーまで張って、党員であるということをはっきりしている。しかし、アメリカの場合には、党員と一般の有権者との境はほとんどありません。私もちょうどロバート・ケネディの大統領選挙のさなかにオハイオ州にいました。そして、それぞれの大学の中にも、ボランティアで、我々はこの人をアメリカのリーダーにするんだという、学生の中にも選対みたいのができるわけですけれども、全く政党は関係ありません。
私は、そういうことを考えますと、イギリスとアメリカは、やはり非常に対照的な政治制度の仕組みだと思います。
そんな中で、私も、ヨーロッパで二年、アメリカで一年過ごしました。そして、数々の大統領選挙を見ました。例えばアジアでは、あのフィリピンのアキノ大統領のさなかに私も現地に行っていろいろな勉強もさせていただきました。もちろんアメリカにも、今申し上げた大統領選挙のさなかにも現地におりました。アメリカ的な、国民の皆さんがこの国の将来あるいは国際的に活躍のできるリーダーを選ぼうというあのエネルギーというものを私はやはり大事にすべきじゃないか。
日本の場合には、いろいろ先ほどから御議論ございましたけれども、私を選んでいただくときに、私に投票してくださる方は、だれが日本の総理大臣になるかということを考えて投票してくださる方は非常に少ないと思います。
そして、私は東京の選出ですけれども、前回、一昨年の選挙で自由民主党の有力な議員が次々と落選をいたしました。それは、自由民主党の政策を非常に正確に訴えた人は大抵厳しい思いをしたと思います。私は、今の自民党を変えなければだめだ、自民党のこういう点を変えるんだと言って辛うじて生き残った。私のほかにもそういう人がいるわけですが。むしろ、政党ではない、個人の個性といいますか、考え方といいますか、生き方といいますか、政治理念みたいなものを有権者の皆さんが選んでくださっているのではないか。
などなど考えたときに、先生の言われるような御主張もわかります。けれども、私は、むしろ大胆に、日本は首相公選を一度やってみる必要があるのではないか。イスラエルがどうだといいますけれども、イスラエルと日本の国情や背景は全く違います。そういう立場から、先生の御意見をもう一度伺っておきたいと思います。