神野直彦の発言 (憲法調査会地方自治に関する調査小委員会)
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○神野参考人 本日は、このような席にお招きいただきまして、本当に光栄に存じております。私、法律の専門家ではございませんので、財政学の立場から地方財政につきまして意見を述べさせていただくということでお許しいただければというふうに存じております。
また、私、網膜剥離を患っておりまして目が不自由なものですので、失礼があるかと思います。その点についても御容赦いただければというふうに存じております。
それで、お手元にレジュメが行っているかと思いますが、現在、日本でも地方分権が大きな政策課題となっておりますが、この地方分権は、私の理解では、二つの大きな波がぶつかって日本で地方分権の推進が政策課題となって生じているというふうに理解をいたしております。一つの波は、歴史的に日本が追求してきた民主主義の波だろうというふうに理解をいたしております。そして、もう一つの波は、日本を初めとする先進諸国で、前世紀、つまり二十世紀の後半から共通に生じてまいりました分権の波。この二つの波が衝突をして、日本で地方分権の推進が積極的に図られようとしているという認識に立っております。その点につきまして、そうした二つの波の中で、地方自治を推進していくために地方財政がどういうように考えられてきたのかということを考えながら参考意見を述べさせていただきたいというふうに考えております。
お手元のレジュメを見ていただきますと、1のところで、まず、歴史的に追求してきた民主主義の波ということで、「過去からの教訓」というところがございます。1—1の後に、一九二八年の二月に行われました第十六回の総選挙で、時の二大政党の一つでありました政友会が掲げている選挙ポスターを引用してございます。この選挙ポスターは、地方に財源を与えれば、地方の完全な発達は自然にやってくるんだ、それから、地方分権というのは丈夫なものであって、地方はひとり歩きで発展することができる、それから、中央集権は不自由なものであって、地方の足をやせさせてしまって、つえをもらわないとだめになってしまう、こう訴えているわけです。この選挙ポスターは、恐らく現在でも通用できるようなポスターになっているのではないかと思います。
そして、なぜこの一九二八年に、時の最大とも言っていい政友会がこうした選挙ポスターを掲げたのかと申しますと、この一九二八年の総選挙は日本の総選挙にとって画期的な選挙でございました。つまり、第一回目の普通選挙だったわけです。
このときにどうしてこういう分権が重要な政策課題として掲げられたのかと申しますと、第一次世界大戦中の一九一八年に日本は米騒動という非常に不幸な事件を経験いたします。このときに諸物価が高騰いたしましたので、地方財政も破綻の危機に瀕するわけです。そこで、義務教育の国庫負担がこの年に成立をいたします。この義務教育国庫負担は、現在の義務教育の国庫負担と違いまして、財政調整、つまり現在で申しますと交付税の役割を果たしていたものでございまして、私ども地方財政学の立場から申しますと、現在の財政調整制度のはしりとして位置づけられているものです。
この一九一八年にできた義務教育国庫負担金の額が非常に少なかったものですので、三重県七保村の村長でいらっしゃいました大瀬東作という村長が、全国の町村に檄を飛ばしまして、全国的な町村の組織の結成を行おうといたします。七保村に準備会ができて、一九二一年に第一回の総会が行われます。これが現在の全国町村会です。
この全国町村会の総会では、二つのことを決定いたします。一つは、両税移譲。国税から地方税へ税源を移譲してほしい。この両税は、当時の地租と営業税という二つの税金です。この両税を国税から地方税に移譲してほしい。同時に、義務教育国庫負担金の増額をしてほしい。この二つの要求をいたします。現在で申しますと、国税から地方税に税源を移譲してもらいたい、同時に、交付税の増額を要求したということになるかと思います。
私たちは、この両税移譲運動を軸とする大正時代に行われたこの全国町村会が担ったような運動を大正デモクラシーというふうに呼んでいるわけでして、両税移譲運動を軸とした大正デモクラシーの成果として普通選挙ができ上がったわけですから、当然、第一回目の普通選挙では、両税移譲を初めとする地方分権の問題が重要なイシューになってくるわけです。政友会のこのときの公約は、両税、国税であった営業税と地租を地方に移譲するというのが公約でございましたので、そういう選挙として争われたということです。
その後、第二次世界大戦後になりまして、現在の私どもの税財政制度の基礎をつくりましたシャウプ勧告が行われますが、このシャウプ勧告は大正デモクラシーの両税移譲運動を踏まえながら勧告をいたします。
つまり、シャウプ勧告は補完性の原理。補完性の原理というのは、後で御説明いたしますけれども、市町村優先の原則です。まず市町村に仕事をやらせ、その後、市町村ができないものを道府県が、道府県ができないことを国がというふうに事務を割り当てていく。そして、能率性の原則。事務事業は、最もその事務を能率的にできる道府県なり市町村なりに割り当てる。そして、そのことによって行政責任を明確化させるという原則を打ち出して、事務を割り当てると同時に、財政面では、大正デモクラシーの運動を踏まえて、両税移譲、地租と営業税を国税から地方税に移譲しろという勧告を出すわけでございます。つまり、地租と家屋税を抱き合わせにして固定資産税として、この固定資産税を市町村の独立税として設定しなさい。それから、営業税の方は、現在の事業税でございますが、道府県の独立税として事業税を設定しなさい、こういう勧告をするわけでございます。
戦前の付加税主義、国税におんぶするといいますか、上に乗っける税金ではなくて、独自の税金として独立税主義をとる。
それからもう一つ、補助金の整理。これは、個別の補助金は原則として認めない、一般補助金である平衡交付金にまとめて一括しろ、こういうふうに勧告をいたしまして、現在の交付税制度を勧告するわけです。つまり、シャウプ勧告は、日本の大正デモクラシーが要求してきた両税移譲と財政調整制度の強化という二つのことを実現させたということになるかと思います。そして、同時にまた、地方債の起債の自由化を図っていくということをシャウプ勧告はうたったわけでございます。
次に、もう一つの波であります、先進諸国で共通に行われている分権の波についてお話をしたいと思います。
二十世紀の後半になってまいりまして、一九八〇年代あたりから経済のグローバル化ということが進んでまいりますと、一方でローカル化という現象が起きてまいります。グローバル化とローカル化と言われている現象です。経済は国民国家を超えて動き始めるけれども、人間の生活はグローバル化するわけではないので、地方に決定権を与えて分権を進めようという動きが世界的に生じてまいります。その象徴がヨーロッパで結ばれましたヨーロッパ地方自治憲章でございます。
ヨーロッパは、グローバル化に対抗するためにEUなどのヨーロッパ統合を進めると同時に、他方でヨーロッパ地方自治憲章を結んだわけでございます。現在、三十九カ国が署名し、三十五カ国が批准をいたしております。
このヨーロッパ地方自治憲章はどういう内容をうたっているかと申しますと、お手元の三枚目をお開きいただければと思います。ヨーロッパ地方自治憲章の重要なところだけを抜粋しております。
第四条の地方自治の範囲というところを見ていただきますと、四条の第一項でもって、「地方自治体の基本的な権限と責務は、憲法またはこれに準ずるような基本法において規定されなければならない。」こう規定いたしております。
それから、第三項を見ていただきますと、「公的部門が担うべき責務は、原則として、最も市民に身近な公共団体が優先的にこれを執行するものとする。国など他の公共団体にその責務をゆだねる場合は、当該責務の範囲及び性質並びに効率性及び経済上の必要性を勘案した上で、これを行わなければならない。」
これは補完性の原理をうたっておりますし、補完性の原理の後、上の政府に事務を割り当てるときには、能率性の原則というふうにシャウプ勧告が説明したような原則に基づいて割り当てなさい、こういうふうに言っているわけですね。
これはローマ法王の思想でございまして、個人でできないことを家族が、家族ができないことをコミュニティーが、コミュニティーでできないことを市町村が、市町村ができないことを道府県が、道府県ができないことを国が、国ができないことをEUがという、マーストリヒト条約でもうたわれております補完性の原理をここで明確にうたっているということでございます。
そして、地方の財政についてはどういう原則を掲げているかと申しますと、九条に掲げております。
ちょっと読ませていただきますと、「地方自治体は、国家の経済政策の範囲内において、かつみずからその権限の範囲内において、自由に使用することのできる適切かつ固有の財源を付与されなければならない。」
一ページおめくりいただきまして、「二 地方自治体の財源は、憲法及び法律によって付与された責務に相応するものでなければならない。」
「三 地方自治体の財源の少なくとも一部は、法律の範囲内において、当該地方自治体がみずからその水準を決定することができる地方税及び料金から構成されるものとする。」
「四 地方自治体に付与される財源の構造は、その責務の遂行に相応して伸長していくことができるよう、十分に多様でかつ弾力的なものでなければならない。」
「五 財政力の弱い地方自治体を保護するため、財政収入及び財政需要の不均衡による影響を是正することを目的とした財政調整制度またはこれに準ずる仕組みを設けるものとする。」
日本の交付税はグローバルスタンダードではないというようなことをよく言われますけれども、それは私は誤りだろうと思います。ヨーロッパ地方自治憲章でも明確に財政調整制度の必要をうたっておりますし、それから、よく、日本の交付税は財政需要も見るというのがおかしいと。財政、つまり課税力、税金をかけることだけを調整する、これが一般的だと言われますが、カナダなどではそういうやり方をとっておりますが、ヨーロッパではそういう考え方をとっていない。見ていただければわかりますけれども、「財政収入及び財政需要の不均衡による影響を是正することを目的とした」ということで、両面明確に規定しているということです。
「ただし、これは、地方自治体が自己の権限の範囲内において行使する自主性を損なうようなものであってはならない。」こういうふうに規定しております。
五項めでもって、財政の再分配というのは必要だというふうにうたっているわけですが、六項めでもって、「地方自治体は、財源の地方自治体への再配分に当たっては、その再配分の手法につき、適切な方法によりその意見を申し出る機会を与えられなければならない。」
再配分をしなければならないけれども、その再配分の手法については、地方自治体がその意見を具申する権限が与えられなければならないというふうにうたっているわけです。
七番目ですが、「地方自治体に対する補助金または交付金は、可能な限り、特定目的に限定されないものでなければならない。補助金または交付金の交付は、地方自治体がその権限の範囲内において政策的な裁量権を行使する基本的自由を奪うようなものであってはならない。」こういうふうに言っております。
補助金などは、特定補助金、日本で言う国庫支出金のように目的を限定したものはできるだけやめなければならないし、しかも、その交付に当たっては、補助要綱などで自治体の権限の範囲を狭めるようなことをしてはいけない、こういうことをうたっているところです。
八番目でございますが、「投資的経費の財源を借入金によって賄うため、地方自治体は、法律による制限の範囲内において国内の資本市場に参入することができる。」こういう資本市場へアクセスする権限をヨーロッパの地方自治憲章でうたっているところでございます。
それが2—1のところでございますけれども、最初のレジュメの方に戻っていただきますと、このヨーロッパ地方自治憲章では、補完性の原理をうたいながら、日本の交付税のような財政調整制度によって補完された自主財源主義、つまり、自主的な財源で行っている自主財政主義をうたっているというふうにまとめることができるのではないかと思います。
そして、自主財源、つまり地方税でもって財政を運営していく重要性というのはどこにあるのかと申しますと、これは、この後出ましたヨーロッパ評議会の報告書などを見てみますと四つ掲げられております。受益と負担の関係が地方税で行うようになれば明確になる、それから、自分たちの税負担でもって自分たちの公共サービスをあがなうということをすると民主主義は活性化する、それから三番目には、それによって地方自治体は自分たちの地域の財政需要に適した適切な政策を打つことができる、かつ、地方自治は拡充することになる、こういうふうに四つの理由を挙げております。
このヨーロッパ地方自治憲章を受けて、国連を中心にして世界地方自治憲章を制定しようとする動きができまして、昨年の秋にはこれがまとまりそうになったのですけれども、私の聞いている範囲内では、アメリカと中国という二つの大国が反対した態度をとったために実現にまだ至っていないというふうに聞いております。
お手元に世界自治憲章もお載せしておきました。地方自治憲章が二ページございますけれども、その後に世界自治憲章を掲げさせていただいております。ヨーロッパ地方自治憲章とほぼ同じでございまして、第四条を見ていただきますと、四条の三では、ここでも補完性の原理を明確にうたっていて、「行政の責務は一般的に市民に一番近い行政主体によって行われるべきである、ということを意味する補完及び近接の原理に基づき、」こういうふうにうたっているわけです。
それから、九条でもってやはり地方自治体の財源をうたっておりますけれども、ここでは基本的にヨーロッパ地方自治憲章と同じことをうたっておりますが、二枚目の五項を見ていただきたいと思います。二枚目の三、四、五項めを見ていただきますと、「脆弱な地方自治体のため、財政の持続性を、垂直的」、後で垂直的財政調整のお話をしますが、どうも日本の使い方とちょっと違いますので、垂直的といった場合には、国と地方自治体間の調整を意味しております。垂直的財政調整と水平的財政調整、つまり地方自治体間、またはこれの両方であるとにかかわらず、「特に財政調整制度により保護しなければならない。」こういうふうに明確に規定しているということです。あと、読んでいただければおわかりいただけると思いますので、省かせていただきます。
こういう二つの波がぶつかり合いながら、現在では、地方自治体に権限を与え、分権化を進めようという動きが出てきているのだというふうに考えております。
そこで、レジュメの二ページ目の、「政府間財政関係の分権化」についてお話をさせていただきたいと思います。
こういうふうに地方分権の動きが強まってきているわけですけれども、地方分権を進めるためには、財政、特に政府間財政関係、国と地方、あるいは地方間の政府間財政関係を分権化していく必要があるということでございます。
この政府間財政関係を調整するのには二つのレベルが必要になってきます。一つは、先ほども見ていただきましたように、世界地方自治憲章でも言っているように、政府間の財政関係を考える場合には、垂直的な財政調整と水平的な財政調整と二つのレベルを考えなければならないということです。
垂直的な財政調整というのは何を意味するのかと申しますと、これは、中央政府と地方自治体間の財政関係を調整することを意味いたします。何を具体的に行うのかといえば、どういう行政任務を中央政府に割り当てるのか、どういう行政任務を地方自治体に割り当てるのかということを決めるということが第一の仕事になります。
それからもう一つは、そういう行政任務を地方自治体が遂行できたり、あるいは中央政府が遂行できるように、国と地方に課税権を割り当てる。この二つのことが垂直的な財政調整になるということになるわけですね。
水平的な財政調整というのはどういうことを意味するのかと申しますと、水平的な財政調整というのは地方自治体間の財政調整を意味いたします。まず垂直的な財政調整を行って、こういう行政任務を地方自治体に割り当てるというふうに決めますと、つまり地方自治体に行政任務が割り当てられると、当然、その地方自治体には財政需要が発生いたします。それから、その地方自治体に行政任務を遂行することが可能になるような課税権を割り当てますと、当然、その課税権から、その地域社会から税収を調達することのできる能力、課税力が生じてまいります。この財政需要と課税力を両方考慮して財政力というのが決まるわけですけれども、この財政力に地方自治体間で格差が生じている場合にこれを調整するのが水平的な財政調整ということになるわけです。
ここで重要な点は、垂直的な財政調整を行うときに、地方自治体に行政任務を多く割り当てれば、当然ですけれども、垂直的な財政関係は分権化するということになるわけでございます。
ただ、ここで注意していただきたいのは、垂直的な財政調整を分権化いたしますと、水平的財政調整の必要性は強まるということですね。中央政府が何でも仕事をしてしまう、地方政府が余り仕事をしていないという状況においては、地方自治体間で財政調整、財政力の格差を是正する必要性は余りないわけでございますので、分権化してくると、水平的な財政調整の任務は逆に強まってくるという原則をお忘れいただかないようにしていただければというふうに思います。
さてそこでもって、中央政府から地方自治体に、つまり、地方自治体に多くの行政任務を割り当てますと、垂直的な財政調整は分権化するわけですが、垂直的な財政調整で地方自治体に多くの任務を割り当てても、分権化しない場合がございます。それが、ドイツ財政学の方で言いますと、二つの非対応、こういうふうに言っておりますが、垂直的財政関係において二つの非対応を生じてしまうと、財政関係で中央政府が地方政府に多くの任務を割り当てたとしても、分権化しないということになります。
一つは、行政任務を地方に多く割り当てるんだけれども、決定権を中央政府が握っているという場合であります。つまり、行政任務は地方に多く割り当てているんだけれども、決定と支出が非対応になっていて、決定の方は中央政府が持っていて、地方自治体は支出だけをしてしまっているというような状態。言いかえれば、決定と執行の非対応といってもいいかもしれません。決定は国が行うけれども、執行の方は地方政府が行うというような場合が一つございます。
もう一つは、行政任務と課税権が非対応になっているという場合でございます。つまり、行政任務は地方自治体に多く割り当てられているんだけれども、課税権の方は、行政任務を執行できるほどの課税権が割り当てられていなくて、国の方でもって税源を多く握ってしまっているという場合です。つまり、行政任務と課税権の非対応が起きていた場合には、仮に地方自治体が多くの仕事をしていたとしても、分権的ではないということになるわけでございます。
御案内のとおり、日本ではこの二つの非対応が生じておりました。つまり、行政任務における決定と執行との非対応が生じていた。この最たるものは機関委任事務ということにございました。これは地方分権推進委員会の勧告に基づいて現在では廃止されておりますので、一定の成果は見ているということになるかと思います。
もう一つの非対応が生じておりまして、それが、行政任務と課税権の非対応が生じている。地方には多くの仕事が割り当てられているんだけれども、課税権の方はわずかであるということです。
お手元の資料で、世界自治憲章が二枚ございました後に、棒グラフをつくって、三つの棒グラフがそれぞれの国にあるかと思いますが、日本を見ていただきますと、地方の歳出が左側のグラフでございますけれども、これは七割ないしは六割と言われているように多くあり、地方税と国税との比率が、真ん中になりますけれども、これは国税と地方税の比率が、地方税三ないしは四、国税が七ないしは六というふうに割り当てられていて、行政任務と課税権が非対応になっているということですね。
私は、こうした日本の国と地方の財政関係を集権的分散システムというふうに名づけております。これは、地方自治体が多くの仕事をしていれば分散、中央政府が多くの仕事をしていれば集中、こういうふうに考えますと、事務、つまり仕事は、日本の場合には地方が多く仕事をしているので分散型だけれども、課税権が与えられていなかったり決定権が与えられていなかったりして、決定権は国が握っていて集権的になっている、集権的な分散システムである。
したがって、日本の場合には、地方自治体に仕事を多くふやす必要はなくて、決定権を取り戻させるというようなことをすればいいのではないかというのが私の意見でございまして、集権的な分散システムを分権的分散システムにすれば、日本では地方分権は解決できるのではないかというふうに思っております。
その重要な課題は、第一の課題としての行政任務における決定と執行との非対応というのはひとまず機関委任事務の廃止で実現しておりますので、行政任務と課税権の非対応を解消すればいいのではないかというふうに考えられるわけです。その場合には、二つの基幹税を見直して、国税から地方税に移譲するということを考えておけばいいのではないかというふうに思われます。
お手元のページで下から三枚目をちょっと見ていただきたいと思いますが、「租税収入の対GDP比」というのがございます。連邦国家であるアメリカとドイツと、単一国家であります日本、スウェーデン、フランス、イギリス、こう見ていただきますと、アメリカは個人所得税を中央に多く持ってきているということがおわかりいただけるだろうと思います。逆に、スウェーデンは地方に個人の所得税を持ってきているわけです。一六%持ってきております。
それから、消費課税のうち、一般消費税というのを見ていただきますと、アメリカは地方に一般消費課税を持ってきている。ところが、日本、これはまだ地方消費税ができていないときでありますので地方消費税は入っておりませんが、スウェーデンの方は一般消費税を国の方に持ってきている、こういうやり方をとっているわけです。日本の場合には、個人所得税もアメリカと同様に少なくて、消費課税もほとんど設定されていないような状態になっているということでございます。
ドイツを見ていただきますと、ドイツは個人所得税と一般消費課税を非常にバランスよく国と地方で分け合っているわけです。
こういうことを考えてみますと、日本でも、個人所得税と消費税を国税から地方税に、仕事に合わせて移譲していくということが重要ではないかと思います。
ただし、その際、日本の国税と地方税の所得課税の分配は、お手元、下から二番目の図を見ていただけるとわかりやすいかと思いますが、日本の場合には、国税も地方税も累進税率でかけるという併存型で所得課税を分けているわけです。
ところが、北欧諸国やヨーロッパ諸国で地方所得税を導入している場合には、地方税を比例的にして、その上に累進的な国税を乗っける、こういう分配をしておりますので、日本もこういう形にすれば、地方所得税、つまり個人住民税を手厚くしても、地方間の財政力格差、課税力の格差は広がらずに、国税から地方税に移譲が可能になるのではないかというふうに考えておりますので、所得税から住民税へ移譲する場合には、住民税を例えば一〇%なら一〇%に一本の税率、現在では五%、一〇%、一三%とかけているわけですが、一本にしてしまう。そして、地方消費税は、これは比例税率ですから大体地方に満遍なく行きますので、この二つの税金を国税から地方税に落としていく。
そして、地方自治体に独自でサービスを給付するような権限が、独自の財源がふえますと増加いたしますので、地方自治体がそうした財源を利用して、地域住民が安心して新しい産業にチャレンジできるような公共サービスを、福祉、医療、それから新しい産業に挑戦するためには緊要な課題になっているのは教育ですから、この三つのサービスを充実させることによって、安心しチャレンジできるような、最近まで私は社会的セーフティーネットと言っていたんですが、社会的セーフティーネットというのはサーカスの綱渡りや何かで敷く下の安全のネットのことですので、安全のネットだけじゃもう足りないのでトランポリンにして、もう一度戻してあげる。教育、その他を含めた、社会的なセーフティーネットではなくて、社会的なトランポリンを地方自治体がつくっていくということをしていかないと、この不況も脱出できないのではないかというふうに考えております。
今御説明申し上げたことにつきましては、3−4のところでございますけれども、私、地方分権推進委員会の専門委員を務めさせていただきまして、そして最終報告の税財源に関する勧告についてまとめさせていただきましたが、その最終報告の考え方は、私の理解では、今私が説明してきたような、集権的な分散システムから分権的な分散システムに変えていこうという考え方で貫かれているというふうに理解をいたしております。これはあくまでも私の考え方でございますので、そう理解しております。
そして、そういうことによって、税財源の規定、分権推進委員会の最終報告を読んでいただきますと、そこには、西尾先生がお書きになったところでございますけれども、日本の憲法には地方自治の規定の中に地方の税財源の規定がないけれども、ヨーロッパ地方自治憲章などでは明確に税財源の規定を設けてあることを考えれば、地方自治の本旨を具体化することとして、今申しましたような地方税財源のあり方を明確にしていくということが憲法の地方自治の本旨を具体化していくことになるのではないかというふうに結んでおります。その点もお読みいただければと思います。
時間でございますので、これにて私のつたない参考意見を終わらせていただきます。
どうも、御清聴ありがとうございました。(拍手)