赤松正雄の発言 (予算委員会)

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○赤松(正)委員 公明党の赤松正雄でございます。おはようございます。
 きょうは予算委員会、この場で、ロシア支援委員会の問題及び瀋陽の総領事館の事件、この二つの集中審議であるということでございますが、まず冒頭に、総理に一つの私自身の感慨を込めて申し上げることがありますので、それに対するお答えを冒頭にいただきたいと思います。
 まず、こういう話を聞いていただきたいと思います。
 この日曜日、十九日の日、私の住みます兵庫県の姫路市で、機能的な面で東洋一、実質的には世界一と言っていいと思いますけれども、県立の武道館というのができ上がりました。そこに私、オープニングの会合に出席をしたわけですけれども、その際に、式典が終わった後で、現代における武道の役割というテーマで、武道にかかわる方々、剣道、柔道、相撲、そして空手、こういった分野の方々が出てこられてシンポジウムがありました。
 その中で、実は空手の分野を代表してC・W・ニコルさん、彼はイギリス生まれで先ほど日本の国籍を取られたという方でありますが、ナチュラリスト。長野県の黒姫山に住んで、環境問題、今話題になっております捕鯨の問題でも「勇魚」という本を書いたり、積極的に発言をされている方でありますけれども、このニコルさんがこんなことを言っていました。自分が日本に来たのは約四十年前、昭和三十七年、当時は明治生まれの人が大勢いた、男も女も含めてですけれども、明治生まれの人たちは背筋がしゃきっとしていた、そういう印象を強く当時の日本に自分は持っている、こんなふうな話をされたわけであります。
 私はその話を聞いて、外務大臣がしきりによく言われます毅然としたというお言葉、そのとき連想したわけですけれども、言葉をかえれば、明治の男たち、女たちには毅然としたものがあったということをニコルさんは言いたかったんだろうと思います。
 終わりまして、私、控室へ行って、大変に印象深いお話、それだけじゃないいろいろな話があったわけですけれども、そういう話をした際に、彼が、政治家の皆さんしっかりしてくださいよ、日本がどうにかなってしまいそうですよということを、イギリスに生まれた、今日本国籍を取っておられる方でありますけれども、そのC・W・ニコルさんから言われたということは、極めて私印象にまず残りました。
 今、あたかも国会のそば、憲政記念館で「吉田茂とその時代」という展示が行われております。そのときに、つまり吉田茂、外務省出身で、戦後、日本の極めて大変な時代に、日本を、見方によってその評価は多少いろいろ分かれようかと思いますけれども、厳しいそういう状況の中で日本を、今日の礎を築いた吉田茂さん、こういったふうなことを思うにつけてとりわけ感慨深いわけです。
 一方で、半藤一利さんの「日本のいちばん長い日」というのを私ついこの間読んだんですけれども、東郷和彦元オランダ大使、かつて、戦後の、戦後というよりも、あのさきの大戦のときの外務大臣のお孫さん、そして一方で、今話題の阿南惟茂中国大使は、あの終戦時の阿南陸相の息子さん、だからどうこうというわけじゃありませんが、そういう、先ほど来申し上げた明治、大正、昭和、そして今日、平成という流れの中で、日本の今というものを考えるときに、非常に重要な役割を果たす人々に関係する人たちが今外務省で渦中の人になっている。
 きょうは、とりわけこの二つのテーマは、両方、このお二人が渦中であるわけでありますけれども、そういう流れの中で、私は、小泉総理大臣に、将来、小泉純一郎とその時代、こんなふうに言われてほしいというふうな思いも込めて、これから質問をさせていただきます。
 まず、総理は、鈴木宗男氏が外務省を主たる舞台にして起こした今回の問題、これはいわば特殊な、あるいはまた、総理もかつて言われた変な人物がたまたま起こした、たまたま日本の伝統ある外務省というところを舞台に起こした異常な出来事である、そういう認識なのか、それとも、原因というのはもっと錯綜しており、複雑であり、もっとほかに原因がある、こういうように見られているのか。まず冒頭、この点から総理のお考えを聞かせていただきたい、そんなふうに思います。

発言情報

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発言者: 赤松正雄

speaker_id: 4375

日付: 2002-05-22

院: 衆議院

会議名: 予算委員会