岡本行夫の発言 (外交防衛委員会)

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○参考人(岡本行夫君) 岡本行夫でございます。
 本委員会が外交問題についての非常に真摯な議論を展開されているさまは、議事録等でよく承知しております。敬意を表します。
 私自身は、もう十年以上も前に退職したとはいえ、二十数年間外務省に身を置いたものでございまして、自分に無関係のこととして外務省批判を行うことはできないわけでございます。当然、その一部は自分自身の責に帰されるべきものでございます。しかし、それにしても昨今の外務省の不祥事、刑事犯罪の容疑、スピード感のなさ、かなりの部分において見られる事務能力の低下ということは、私としては本当に涙が出るぐらい悔しいことであります。
 今、いろいろ組織論も含めて外務省改革の議論が各方面からなされております。私自身は、実は組織についての問題というよりも、やはり一番大きいのは外務省員の意識の問題であろうと信じております。
 外務省の職員の最大の問題点は、純粋培養の同質社会の中で育ち、外からの異質な風土や価値観、考え方あるいは多様な意見といったものから自らを隔絶させてこなかったか、この反省が一番すべきだと思います。さらに、船橋参考人もお述べになったような外務省の身分制社会、いったん内部の定位置に身を置きますと、これは大変に心地の良い社会でございます。そして、厳しい言葉でございますけれども、上へ行けば行くほどポストが多いという逆ピラミッド構造の中で、やはり規律が弛緩し、そして競争意識が欠如してきている。それは、競争意識が欠如するということは、さきに述べました、外との隔絶というのはおかしいじゃないか、もっと多様な意見を取り入れてやっていかなければ組織として駄目になってしまうぞという、そこに思いが至らない原因にもなっているわけでございます。
 私は、変える会の各委員とともにいろいろな改革案を自分としては出しているつもりでございますし、それは中間報告にもかなり具現化されております。ここで改めてそれを申し上げることはいたしませんが、ただ、今非常に深刻な状況に日本外務省が置かれていて、これは取りも直さず日本国の浮沈にかかわることという、その意識だけはますます私の中では強くなってきているわけでございます。
 私は、この際、本委員会が、外務省改革に取り組んでくださることも非常に重要だと存じますが、同時に、日本外交自体の閉塞的な状況というものについて立法府のお立場から是非御議論いただきたいと思うんでございます。
 私のように評論家として外から物を見たり、今政府のお手伝いも非常勤でやっておりますけれども、日本外交の全般的な閉塞性というのはもうこれ否定すべくもない。特に九〇年代、冷戦の後、世界はどんがらりと変わりました。そのスピードに日本外交は付いていっていない。北方領土返還と安保理常任理事国への就任という二つの極めて難しい外交目標を打ち立てて、そのほかの部分が思考停止状態になってしまっていないか、冷戦後、厳しさがなくなった国際環境という受け止め方をして、その中で新しい日本の生きざまを模索してきていないかということが私は基本的な問題だろうと思っております。
 日本は、新しい戦略を九〇年代に構築してないと存じます。例えば日ロ関係でございますけれども、過去五十年間、日本の対ロ関係というのは進展したのか。一九五六年の共同宣言から、その後、浮き沈みはございましたが、交渉担当者たちはその時々の微細な変化、言わばマイクロマネジメントというものにとらわれて、大きく日ロ関係をどこへ持っていくのかということについて新しい展望を開かぬまま、領土問題については五十年間進展がありませんし、その間、ロシアとの関係というのも、日本にとっては本来非常に重要であるべきですが、なおざりにされてきている。
 国際社会に目を転じますと、アメリカとロシアの新しい盟友関係というのが大きく国際政治を規定しつつあります。むしろ、それを中心に国際社会は動くかもしれない。ロシアは、一九九〇年代は、自分たちがNATOにけ飛ばされたこともあって、アジア太平洋諸国の一員としてのアイデンティティーを求め、なおかつ日本の資金協力を求めて日本に接近してきたわけでございます。ただ、今年の五月、NATOがロシアを言わば準加盟国のように受け入れたことに伴い、ロシアの立場というのは全く変わりました。もうロシアは、日本を必要とする度合いというのは非常に以前と比べれば、かなり少なくなってきている。
 米中関係、ロ中関係、韓中関係、いろいろ動いていく中で、日本がどういう新しい展望の下に動いているのか。中国問題は、先ほど委員長が御指摘されたように、瀋陽総領事館でその脆弱性を露呈したわけでございます。外交の次元からいけば、私は、日本の外務省の、あるいは総領事館の対応のまずさはさておきまして、一国の間であれほどの深刻な関係に至らせるような事態ではなかったと思います。本質は、私は依然としてそう思っていますが、やはりそれを、一つは外務省のハンドリングの悪さ、そしてもう一つは、やはり日中関係というのは日本側が考えていたほどの強靱性はなかったということで、あのように露呈されてきてしまっている。
 それで、私はこの際、皆様方に大変失礼なことを申し上げるわけでございますけれども、その対中外交のまずさというのは独り外務省の責に帰されるものでないと思うんでございます。結局、チャイナスクールに対する批判というものも世上をにぎわしているわけでございますけれども、中国の専門家たちは、別に中国に右顧左べんしてきているわけではなくて、私は経緯をかなり見てみますと、相当中できついことを中国に対して言う、しかし最後は政治にはしごを外されてしまうという部分が非常に多いわけでございます。つまり、国論が中国に関して統一されてないことが外務省の中国に対する外交の弱さの根源にあると私は思います。
 これは湾岸戦争のときもそうでした。あのときも、外務省に対する批判が噴出したんでございますが、その部分は確かにあるとしても、そもそも日本国として、あのような国際の安全保障の危機に対応するという体制が全くできていなかった。その後のPKO法とかガイドライン法とか、いろいろできましたけれども、しかし湾岸戦争のような事態がもう一度起こった場合に、日本はあの九一年と全く同じ事態のままでございます。今、ああいったような事態に順応できる法律というのはございません。
 これは外務省改革の委員会でございますけれども、私は皆様の議論というのは外務省の改革をひとまず終えられた、あるいはそれと並行して、是非日本外交というのがどうしてこのような脆弱な基盤の上に置かれてきたかということについても御議論いただければ大変有り難いと僣越ながら思っている次第でございます。
 ありがとうございました。

発言情報

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発言者: 岡本行夫

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日付: 2002-07-16

院: 参議院

会議名: 外交防衛委員会