五十嵐敬喜の発言 (内閣委員会)
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○参考人(五十嵐敬喜君) まずネットワークでございますけれども、私は少し意見が違います。ネットワークは必ずしも高速道路でつなぐ必要はない。船もありますし飛行場もありますし、それから鉄道等、公の移動施設もございます。あるいは情報というのもありまして、国の隅々まで、いわば北海道の一番奥から鹿児島の一番奥まで全部高規格道路でつなぐという発想は時代後れだと私は思っております。これが一点です。
二番目は、お金があればどんどん造ればいいということでありますけれども、これも反対です。要するに、高規格道路を含めて何が問われているかといいますと、それが財政に与える影響が決定的になってきた、あるいは環境に対する影響が決定的になってきた、それから市民は必ずしもそういうものを望んでいないということが決定的になってきたということであります。したがって、すべてを国の費用でやるという前に、それが財政にどういう影響を与えるか、環境にどういう影響を与えるか、あるいは市民は何を望むかということをもう一回問い直すことが重要であるということです。もっとせんじ詰めて、国か自治体か、あるいは国か市民かといいますと、こういうことを決める、決定するのは一体だれかということが今最大に問われているんだろうと申し上げます。
今日、参考資料に配らせていただきました私の「世界」に書いた論文が正にそのことを言っておりまして、従来は、これらのすべてについて、国と称しまして実は官僚が、中央省庁が公共性の判断、公益性の判断というものを独占的に行ってきました。しかし、今言ったような問題点が指摘されるにつれて、徐々に、国だけではなくて国会も議会も入る、あるいは国だけではなくて自治体も入る、自治体も議会も入る、それから更に市民も入るということになっておりまして、究極的には官僚が決めた方がいいか住民投票で決めた方がいいかということの公共性の判断について非常にベクトルが動いているというのが今の事実、実態だろうと思います。
諸外国の道路計画について見ても、この住民、市民が何を望むかというのは非常に重要な事態になっておりまして、国が決めるというときにも、市民が公共性の判断ができる状態になってきているということを組み入れて今後の道路計画を考えていくべきではないかというふうに思っています。