酒井啓子の発言 (安全保障委員会)

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○酒井参考人 アジア経済研究所の酒井でございます。
 私は、専ら今のイラク情勢について、国内面の状況を含めて御説明させていただきたいと思います。私は、アジア経済研究所におきまして二十年間、イラクを中心に中東を見てきたということがございますので、そういう意味では、その政権の安定性といったことに注目していきたいと思います。
 本日お話しいたしたいのは三点ございまして、まず、最も注目される点といたしましては、国連の現在イラクに対して行われつつある査察、大量破壊兵器に対する査察、これが果たして順調にいくのであるかどうかという点、これが最も最大の関心事だろうと思います。そして、それを踏まえまして、対イラク攻撃が行われるのかどうか、そして、もし行われた場合にはそれがどのような状況になるのかという三点について述べさせていただきたいと思います。
 まず、査察の問題でございますけれども、前提として申し上げておきたいのは、現在の状況におきましてはかなりこの査察、六十日間の査察が予定されておりますけれども、これが必ずしも順調にいくとは思いがたい状況にあるということが結論として言えるかと思います。
 これは留意いただきたいのですけれども、これは査察そのものが極めて困難だというふうに申し上げているというわけでは決してなくて、査察をイラクが受け入れやすいような環境を国際社会がつくることがなければかなり難しかろうということでございます。最後にまた繰り返し申し上げるかと思いますけれども、現在の国際情勢の中ではイラクが査察を受け入れにくいような環境が存在する、その環境を変えることによって査察体制を改めて確立するということは十分可能であるという前提の上に、現状では難しいというふうに申し上げておきたいと思います。
 では、なぜそれが難しいかという点に参りますけれども、これは先ほども申しましたように、イラクは必ずしも査察体制そのものに対して真っ向から反対しているというわけではございません。曲がりなりにも、湾岸戦争以来九五年までは、比較的イラク政府は査察体制に対して協力的な態度をとっておりました。九六年以降九八年の二年間で頻繁な衝突を起こす、そして現在の査察棚上げ状態に至ったという状況があるわけですけれども、まずそこで、なぜイラクが査察体制に対して非協力的な態度をとったかという原因について考えてみれば、これは一点に絞られます。それは、査察団の中に諜報行為を行うという者が存在していたということにほかなりません。
 その意味では、イラクが査察体制に対して最も問題にいたしましたのは査察団の構成ということになります。どういう出身の人物であって、しかも国籍的にバラエティーに富んでいるかどうかという点をイラクは最も重視しております。この諜報活動が査察の中で行われていたということについては、実際に査察団のメンバーであったスコット・リッターという、これはアメリカのマリンの諜報将校でありましたけれども、この人が、自分はそのような活動をしていたということで、現在いろいろな形でそれを証明するような発言を数々行っております。
 そもそも査察がそうした構成上問題があるということに加えまして、とりわけ、今回の安保理決議千四百四十一号においては、さらにイラク側が査察体制に対して協力しにくい点が幾つか述べられております。その大きな点は四点ございます。
 一つ目は、査察団が武装した保安要員を同行することができるという点にあります。二番目は、その保安要員を含めて査察団がイラク国内の陸海空の交通を自由に遮断し、自由にさまざまな施設にアクセスすることができるという点であります。三番目は、それに加えて、常時、バグダッド上空を含めてイラク国内にU2偵察機などの、無人であれ有人であれ偵察機を飛ばすことができるという状況、三点がございます。これはある意味ではイラク国内に一種の治外法権領域を設けるというような措置になっておりまして、イラク側はこれに対して国家主権の侵害であるということを強く反発しております。
 最後に四点目に問題にしております点は、査察団が、さまざまな査察活動の過程において、イラクの政府の要人あるいは科学者といった軍事開発にかかわった人物に対してインタビューを行うことができる。ただ、このインタビューについては、イラク国内で行うとイラク政府の圧力がかかる可能性がかなり大であるので、これを国外に連れ出してインタビューを行うことができる。さらには、家族を人質をとられないような形で家族もともども国外に出ることができる。さらに、その後帰国することが難しい場合はそのまま亡命も認めるというような内容が付されております。
 すなわち、これは一種のイラク国民に対する亡命奨励措置というような内容になっておりまして、これは実際には、国連のUNMOVIC、イラクの大量破壊兵器査察を携わる委員会ですけれども、このUNMOVICの委員長であるハンス・ブリクス氏自身も、こうした亡命奨励措置というような内容は安保理決議にはそぐわないのではなかろうかというような懸念を表明しております。
 以上申し上げましたような点は、まず先ほども申し上げましたように、かなりイラクのいわゆる国家主権に対する、チャレンジするような内容になっているという点が特徴的でございます。しかし、そうは申しましても、イラク側といたしましては、この決議を受け入れないことには、あるいはこの決議に準じる形をとらなければ戦争になるという状況は重々承知しておりますので、基本的にはこれに対して協力的な姿勢をとろうとしているということは事実かと思います。
 ただ、先ほど申しました三点につきましては、実は二つ問題がございます。一つ目は、こういった条項、特に査察団が自由にイラク国内の交通を遮断できるというような条項は、これは意図的ではない形の、いわゆる事故的な衝突を招く可能性が非常に高い。つまり、交通警察と査察団の間のいざこざというようなマイナーなレベル、末端のレベルでの衝突ですら大きな問題になりかねないというような問題を秘めておりますので、そういう意味では、事故によってその問題が生ずる可能性が非常に高いという点でございます。
 もう一点につきましては、これはより一層深刻な事態でございますけれども、イラク側が、必ずしも査察を受け入れたところで戦争は回避できないのではないかという危惧を強く持っているという点でございます。これが冒頭に申し上げました、国際社会がいかにイラクに対して査察を受け入れさせるかという意味で努力する余地があるという点につながってまいります。
 と申しますのは、イラクが査察を受け入れても戦争が起こるかもしれないと思っている最大の要因は、アメリカが、安保理決議がなくても戦争を行う用意があるというような発言を、安保理決議の採択の前でございますけれども、しばしば行ってきているということにあります。さらに言えば、アメリカの最終的な戦争の目的が大量破壊兵器の破壊、廃棄という問題ではなくて、むしろフセイン政権の転覆というところに目的があるのではないかということを、実際にアメリカの政権の高官がしばしば触れております。
 そうしたところから、イラク国内では、国連決議にいかに従順であっても戦争が起こるのであれば、またその判断が違ってくるという認識が生まれてきやすい状況にあるわけです。すなわち、言いかえれば、査察行為が戦争を回避するための手段であるとすればイラクとしては十分受け入れる余地はある、しかしながら、もし査察を受け入れたにもかかわらず戦争が起こるということになれば、ある意味で査察団の行動が開戦準備のための行動になり得る、つまり開戦の前の軍事情報を入手するための行動であるとすればこれは受け入れがたいというような判断にイラク政府が行きがちな状況にあるわけです。
 そういう意味で、今申し上げました二つの点、事故的な衝突、そして二番目はアメリカの攻撃に対する不信感という二つの理由によって査察活動が途中でとんざする可能性は極めて高いというふうに私は判断しております。となりますと、そのような状況を踏まえて、戦争が発生するということはある意味では不可避であるというふうに考えた方がよろしいかと思います。
 しかしながら、それでは最後の点につきまして、戦争が起こった場合に果たしてどういう状況が生じるかという点につきましては、一言で申し上げまして、イラク内外におきまして非常な混乱と不安定を招くということになるかと思います。その最大の理由は、これは軍事的に考えましては、私どもは軍事的には専門ではございませんので印象論でしかございませんけれども、どう考えてもイラク軍にアメリカの攻撃に耐えられるような力があるとは思えないというのはまず前提でございます。
 しかしながら、そうした軍事的な敗北がフセイン政権の打倒あるいはフセイン政権の崩壊というものを即座に導くかどうかというのはまた別の問題になります。あるいは、フセイン政権の崩壊が即座に新政権の成立ということをもたらすかというのはまた別の問題になります。
 イラクに関する専門家、欧米の専門家を含めて合意しておりますのは、イラクにおいて新政権を安定的に確立するということは極めて難しい、アフガニスタンのような状況とはまた別であろうということで意見が一致しております。といいますのも、現在国内に今現在の政権にかわり得るような反体制派が存在しないということがまず第一点ございます。そして、では国外に目を向けますと、国外にそうした新政権を立てられるような人物がいるかといいますと、これも存在しないということになります。
 アメリカは現在、INC、イラク国民会議という組織を母体にいたしまして新政権の受け皿というような形をとっておりますけれども、これは、湾岸戦争以降、十年以上にわたりましてこのINCを中心に組閣工作をさまざまにしてきたわけですけれども、いずれも失敗に終わっている。むしろさらに内部分裂が強まっておりまして、なかなかかいらい政権を立てるという形だけをつくるのもかなり難しいという状況にあります。最近うわさされておりますようなアメリカの直接支配、GHQ型の直接支配というような案も、これは積極的にそういう案を考えているというよりは、むしろ消極的に考えて、新政権を担うようなスータブルな存在がいないということで、消極的に、アメリカが全面的に支えるしかなかろうというようなアイデアかと思います。
 ちなみに、こうした直接支配ということを考えれば、相当戦時あるいは戦後のコストが高まるということは目に見えておりまして、現在、米議会で試算されている数字では、最大見積もって二千億ドル近くのコストは戦争の準備及び戦後の処理にかかるというふうに推計されているという数字がございます。
 以上、そのような形で新政権をつくるのは非常に難しいわけですが、万が一そのような形で国内にかいらいではあっても新政権をつくる、あるいはアメリカがそれをバックアップするというような体制がとられたとしても、そのことが周辺国に与える影響は極めて甚大なものになるかと思います。
 当然、イラク同様に反米的なスタンスをとっておりますシリアやイランといった国々に対する影響もかなり大きなものになるかと思います。加えて注目すべき点は、サウジアラビアに対する影響かと思います。サウジアラビアは、これまで親米国としてアメリカの対中東政策の中核を担ってきたわけですけれども、しかしながら、もしアメリカの政策の力点がイラクに移されるということになりますと、サウジアラビアが相対的に中東における役割を低下させるということになりかねません。そういたしますと、サウジアラビアの王制、さまざまな形で反体制活動も抱えております現在の王制が果たして安定的に維持できるかどうかという問題も出てくるかと思います。
 このように、イラク国内及び国外にさまざまな問題をはらんだ新政権の樹立ということになりますけれども、唯一安定的に新政権が立てられるとすれば、どうしたオプションが考えられるかと申しますと、これは現体制のかなりの部分を残すような形で政権が交代した場合にのみ、ある程度の安定性が得られるということが考えられるかと思います。
 フセイン政権は、しばしば言われるように、フセインとその親族あるいはその側近の独裁体制だというふうに言われておりますけれども、そのすそ野には、現在の与党でありますバース党という広大な与党が控えております。これは、この与党はイデオロギー政党ではございますけれども、現在では一種の生活政党になっております。国民の生活をかなりの程度支えている、地方に行き渡った支持母体を持っている政党だというふうに言えるかと思います。
 こうした国民の生活の間にかなり根を張ったような巨大政党の隅々までひっくり返すということではなく、そうした現在の社会経済的な基盤を支えているような政体をある程度残した形で政権が交代することができれば、比較的安定的な政権移譲ということが可能ではなかろうかというふうに考えます。
 しかしながら、現在のアメリカの政策を見る限りでは、必ずしもそうした点に留意しているとは思えない、むしろ国民の生活を根こそぎひっくり返すような形での新政権の一からの樹立、あるいは戦争の、市街戦を含めたかなり国民レベルを巻き込んだ形の戦争というような政策に依拠しているというふうに見えるように思います。
 大体十五分になりましたので、以上で私の方の御報告は終わらせていただきたいと思います。御清聴ありがとうございました。(拍手)

発言情報

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発言者: 酒井啓子

speaker_id: 34479

日付: 2002-11-26

院: 衆議院

会議名: 安全保障委員会