河辺一郎の発言 (安全保障委員会)
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○河辺参考人 委員長、御紹介ありがとうございます。
おはようございます。河辺でございます。国連あるいは日本外交の問題を研究しております。このような場で意見陳述の機会をちょうだいしたことを心からお礼申し上げます。
資料、四ページにわたって用意いたしました。といいましても、ここにはまさに資料しか書いてございません。文書の抜き書きなどが中心になっております。その最初のところに、ある文書、ある出来事に関して出された声明文なんですが、その抜き書きを示しました。
カーター元アメリカ合衆国大統領がノーベル平和賞を受賞しましたが、その際に、それに関しまして出された声明文です。ごらんいただくとおり、大変感情的で挑発的な内容でございます。
あなたは安っぽいメダルをもらって喜んでいるんだろうとか、イエスは殴られたらほかのほおを差し出せと女の子のようなことを言ったのかもしれないが、我々はそうじゃない、先制攻撃で殴り倒す、やっつけることが求められているのであるとか、あるいは、あなたに対して我々は心にもない敬意を表明する、同時に、あなたが今後も荒廃し、しかも危険な世界各地を旅し続けることを、願わくばそれがますます頻度を増すことを心から願っているとか、そんな内容の文書でございます。
だれが発表したものか。例えばビンラーディン氏がさらなるテロ攻撃を予告するその声明文のようにも見受けられますが、署名者は異なります。ジョージ・ブッシュ氏であります。ジョージ・ブッシュ・アメリカ合衆国大統領の、カーター元アメリカ合衆国大統領がノーベル平和賞を受賞した際に出された公式声明文であります。昨日確認いたしましたところ、現在もホワイトハウスのホームページに残っております。
ある西側先進国の首脳、今や西側という言葉自身が不適切かもしれませんが、NATOの一員の首脳がこんな発言をしたということをロイターは伝えております。ワシントンの現政権の根本的問題は極めて知性に欠けることである、私の発言ではございません、あるNATOの一員の首脳の発言でございます。
率直に申しまして、このブッシュ氏の公式声明も、彼の使った言葉をかりれば、文明的な発言であるとは申しがたいように存じます。ちなみに、この声明文が出された直前、アメリカ議会、合衆国上院は大統領に武力攻撃の権限付与を決めた、その直後に出されたものでございました。
その際、報道官はこのような言葉を前置きとして使っております。現在、ブッシュ大統領は第三次世界大戦の細部の検討に忙しい。それにb、c、d、eと続きまして、ブッシュ政権が国際的な場において発した言葉、あるいはクリントン政権下において急速に一国主義的な傾向を強めた、ユニラテラリズム、その傾向を強めた共和党関係者の発言など、幾つか抜粋しました。
特に人工中絶、これはアメリカ合衆国においては大きな政治問題であるわけですが、そのような米国内の問題、これを理由に掲げて国連分担金の不払いを宣言する。あるいは女性差別撤廃条約や子どもの権利条約を批判する。小火器、小さな武器でございます、の違法取引の根絶について、市民は武器を持つ権利があるんだと主張して反対をする。あるいは米軍に対する反対活動、敵対活動は取り締まられなければならないが、米軍が裁かれることは許さぬとして国際刑事裁判所に反対をする。ここに掲げて紹介しましたのはごく一例でございます。若干の事例でございます。ほかにも多くの問題においてブッシュ政権は同様の姿勢を示しております。
なお、ついでながら、このhというものは、ブッシュ政権、そのユニラテラリズムにかかわる発言ではございません。この方は一九八九年から九三年、国務省の法律顧問を務めたシャーフという人の発言でございます。刑事裁判所に強く反対をする共和党の議員たちに向かって、こう言っております。なぜ、あなたたちがならず者国家と呼ぶ諸国とアメリカ合衆国のみがこの問題に反対をするのか、共同歩調をとるのか、痛烈な皮肉でございます。
この国際刑事裁判所、これはことし二〇〇二年七月一日にこの規程が発効いたしました。もしもアメリカ合衆国が強硬な姿勢を示さないでいたら、そして一年以上前にこの規程が発効していたならば、いわゆる九・一一事件もこの裁判所で裁かれた、取り扱われたことにもなったかと存じます。
ちなみに申しますと、この規程が採択されたとき、日本からは小和田国連大使が参加しております。その際の演説は、ブッシュ政権の主張を、この当時はまだクリントン政権ですが、現在のブッシュ政権の主張をほぼなぞるものであったということが言えます。現在も日本は、この問題に関して世界の中でも最も消極的、否定的とまではあえて申しませんが、消極的な国であるということが言えるかと思います。
現在、アメリカ合衆国の中では、ベトナム戦争以来最大規模とも言われるような、武力行使に対する反対集会が頻繁に持たれております。せんだってもワシントンにおいて十万人、これは主催者発表ですが、十万人の反対集会が開催されました。ヨーロッパにおいても同様の状況が続いております。百万人規模の集会すら持たれております。その背景にあるのがこのようなブッシュ政権の姿勢である、そして、そのブッシュ政権が対テロ戦争を掲げてアフガニスタンを空爆し、日本が現在その支援を行っているという状況でございます。
さて、今回私が与えられたテーマ、テロ対策特措法に基づく対応措置に関する基本計画の変更及びイラク情勢、これは、必ずしも直接はかかわらない二つの問題、テロという問題とイラクという問題がかかわって、二つくっついております。
では、まず、テロとは一体何なのか。これは、日本政府の答弁においてもみずから認められておるように、定義をするのが大変難しい問題でございます。実は、一九七二年から国連総会でこの問題がずっと議論されてまいりました。その七二年の国連の議事録、これを見るだけでもその混乱というのがよく見えてまいります。二ページ目、「テロとは何か」というところに幾つかその発言を引用してみました。
第二次世界大戦中、フランスの地下運動あるいはアメリカの独立革命、これらはテロではないのか。ヨーロッパのレジスタンス運動、ナチスに対する抵抗運動、これをナチスはテロリストと呼んだじゃないか。
あるいは、民主イエメン、これは南北にイエメンは分かれておりましたが、現在は一つになっておりますけれども、この大使は極めておもしろいことを言っております。興味深いことに、この国連総会の議場に並んでいる代表団の半分以上が、数年前までは大使、閣下ではなくてテロリストと呼ばれていたことであると。独立の闘士だった、それを独立運動を抑圧する側から見ればテロリストとなる、独立してしまったら大使、閣下、エクセレンシーと呼ばれることになる。では、テロとは何だ。
さらにこの中で、当時のアメリカ合衆国のベネット次席国連大使は、アメリカ独立戦争もテロじゃないかと言われて、こんな対応をしております。ジョージ・ワシントンが反逆者であったということは事実である、ただ、ハイジャックはしなかった。何だかわけのわからないことになっております。ちなみに、このときのアメリカ合衆国の首席国連大使はジョージ・ブッシュ氏、現在のアメリカ合衆国大統領の父親でございました。
こういう中で、南アフリカのみが迷いのない姿勢を示しております。我が国にとってみれば、テロはテロだ、ほかの何物でもない、断固取り締まる。この当時の南アフリカは、現在の南アフリカとは異なります。現在は民主化されておりますけれども、この当時は悪名高きアパルトヘイト政策をしき、国際的な非難を集めていたその南アフリカが、逆に迷いのない姿勢を示している。この問題の問題点、この問題の難しさというのがよくわかるかと思います。
この問題は、この後二十年間国連総会の議題に残り続けるのですが、九四年、国際テロリズム根絶措置宣言というものが採択されます。ここにこの問題は一つの山を越えるということになります。
その背景にありましたのが、前年九三年に結ばれた、合意されたパレスチナ暫定自治という問題でございました。言い方をかえれば、それがあったからこそ、テロとは何かという問題にある一つの区切りがついたということが言えるかと存じます。逆に言えば、この暫定自治がほごになったならばどうなるか。その結果、ますます絶望が深まることになります。
現在、テロに関しては、しばしば貧困が問題だということが言われるように感じております。しかしながら、このように見ますと、このように貧困が問題だというふうに単純に言っては、こぼれ落ちる論点というのが大変多いということがおわかりいただけるかと思います。
今、みずからの命を犠牲にしてまで自爆テロという絶望的な、まさに絶望的としか言いようがありませんが、犯罪的な行為ですが、こういう行動に走るパレスチナの若者たちは、むしろ経済的には恵まれている環境にあることが少なくありません。さらに言えば、高等教育を受けている者も多い。九・一一、あの惨劇、あの飛行機に乗って突っ込んだ若者の中には留学経験を持った者もいるということは、皆様方よく御存じのとおりでございます。
もちろん経済問題も重要でありますが、しかしそれ以上に問題になるのは、不正義な状態が続いているというそのことにほかなりません。もちろん九・一一、このような犯罪行為がどのような理由からもどのような意味からも正当化されない、これは言うまでもないことではありますが、しかし、人の命が場所によって甚だしく値段が異なるということも痛感いたします。
例えば、南部アフリカにおいては、八〇年代、百五十万人が南アフリカの侵略によって犠牲になっております。これは国連の報告書によりますが。その百五十万人が犠牲になったということすら、恐らく先進国の中ではほとんど認識されていないでありましょう。マンハッタンで犠牲になった三千人の五百倍となるのでしょうか、その人数が犠牲になっております。
余り時間もありませんので、とっとと進んでいきたいと思いますが、イラクというところに今度ちょっと論点をまた変えてみたいと思います。さっきも申しましたが、この問題とテロの問題は必ずしも一致しておりません。
一九九八年、イラク危機というのが起こったことがございます。先生方御存じのとおりでございますが、九八年年頭にアメリカ合衆国がイラクを爆撃するという危険が高まります。この際、アナン事務総長の調停によってひとまずは回避されますが、十二月に至って爆撃が実行されます。そのときにイラクが査察を拒否し、それ以降査察が行われていないわけです。この際、アナン事務総長の調停により一たん危機が回避された直後でございますが、安全保障理事会は、イラクにとって最も深刻な結果をもたらすことになる、次にイラクが査察を拒否した場合はそういう結果をもたらすという決議を採択しております。
これを提案したのは日本でございました。当時日本は安保理の理事国を務めており、大使は小和田恒氏でございました。十二月にアメリカ合衆国とイギリスが爆撃を始めますが、そのときにもこの両国を安保理の席上において支持した唯一の国が日本でございました。
その際、外国の記者からこのことについてただされた岡田真樹外務参事官は、次のように答えております。爆撃する権利、これは世界のどのような国でも持つのか、そうである。では、アメリカ合衆国またはイギリスだけではなく、日本や例えば中国またはロシアも含むのか、その権限がある。
今回の決議においても、深刻な結果という言葉が使われております。これについて外務省の北米局長は、アメリカ合衆国は強い言葉を使っているが、これはイラクに安保理決議をのませるためである、そのように説明をしておりますが、実は同様の言葉は三年半前に日本政府が提案をした決議にも盛り込まれておりました。そして、爆撃を招いております。
重要なことは、こういった外務省が行っていた措置の裏で進んでいたのが、いわゆる一連の不祥事であるということでございます。外務省不祥事は、会計制度の問題あるいは人事上の問題、そういう形でのみ議論されがちでございますが、むしろ論じるべきは、そのような外務省がどのような外交政策を組み立ててきて実行してきたのかということであろうかと思います。そして、政府をチェックすべき国権の最高機関である国会が問うべきことこそ、その外交政策であろう。人事上、会計上の問題というのは、言葉は悪いかもしれませんが、その下に任せておくことができるような問題ではないでしょうか。
さて、もう時間がなくなってまいりましたが、これは法治主義の観点からも問題になります。周辺事態法、一九九九年、つまりイラクの爆撃が行われた直後でございますが、その際、政府は、アメリカ合衆国は国連の加盟国であるから国連憲章を守るのである、だから違法な武力行使はしない、したがって、それを支援することは国権の発動たる戦争ではない、そういう説明を繰り返していたわけでございます。ところが、ブッシュ政権は国連決議を守らない。
現在、国連総会には国連決議の遵守という議題があります。八〇年代から二十年間残っております。これの念頭に置かれていたのは何かと申しますと、実はアメリカ合衆国でございます。レーガン政権がことごとく国連関係の機関の決議を無視する、その中でキプロスがこれを提案し、現在まで残っております。ブッシュ政権はその姿勢をより強める。ところが、九・一一の事件の後、法律的にはなかなか説明のしづらい報復行動をとる。そこで、改めて国連というものに目を向けざるを得なくなる。その中で、滞納していた国連分担金の支払いの再開も決めます。
そこで、九・一一の興奮の後、時限立法としてつくられたテロ特措法、そしてアフガニスタンに展開された自衛隊、これを本来の目的と違う、しかも三年前には日本も深くかかわり、爆撃をする権限があるんだとまで言った、その問題に転嫁をしていく、このことが法治主義の観点から見てどのように考えられるのであろうか。
最後に、これは本論とは全く関係がございません。財務省のホームページにこんな図を見つけました。つぶれてしまって見えなくなっておりますが、法律案提出から公布までの流れだったでしょうか、まとめだったでしょうか、そういうふうについております。法案というのは閣議から国会に提出されるものであるがごとく書かれております。国の唯一の立法機関にして国権の最高機関たる国会というのがこういうふうに位置づけられているのか。私は、もし学生がこういうふうに説明したら、さて、どういうふうに採点したらいいのかなと、ちょっと最後にいささか蛇足ではございましたが、余計なことをつけ加えました。
時間、二分ほど超過してしまいました。申しわけありませんでした。御清聴ありがとうございました。(拍手)