須藤八千代の発言 (厚生労働委員会)
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○参考人(須藤八千代君) 私は、三十一年間、横浜市で社会福祉職として仕事をしてまいりました。最近、二年前に愛知県に移っております。その両方の経験を踏まえて、今日、四点について私の意見を述べさせていただきたいと思っております。
まず一点目は、自立支援、生活支援というものと現実ということですね。
この法案、自立支援、生活支援、このキーワードがちりばめられております。しかし、教護院も児童自立支援施設に変わり、母子寮も母子生活支援施設と名称変更されました。そして、今回、法改正では、母子相談員は母子自立支援員という、支援という言葉がちりばめられておりますけれども、私は、愛知県で今起きている、昨日、名古屋家裁での審判が出ました愛知学園の問題、こういった問題、それから愛知県の母子生活支援施設という、支援施設というものの言葉と現実との大きなギャップに関して大変問題を感じております。
愛知学園の問題で言えば、極めて懲罰的、管理的、そして厳重なかぎ管理というような中で起きてくる事件。そしてまた、母子生活支援施設も、横浜から愛知県の各施設を回ってみますと、例えば働かない日ですね、日曜日はシャワー、入浴施設は使わせないとか、それから授産施設としてクリーニング工場を付設しているところがあるんですけれども、入所した四十名の母親、女性はすべてこのクリーニング工場で働く以外の就労選択はないとか、極めて、正に支援という言葉と遠い現実があるということですね。
私は、生活を支援するとは、少なくともその人が望んでいる生活の形がまずあり、そしてその人の暮らし、その人らしく生きる空間と生活、その場というものを、必要とされるときに必要なサービスを適切に供給する、提供する、これが支援であって、今日、法律で支援施設と改正されたところの社会福祉施設の現場の現実は正にこの支援というものから余りにも遠いという、この現実をやはり私たちは見詰めなきゃいけないというのが第一点です。
それから二点目は、この今言った母子生活支援員という職種の専門性。第八条に関連しているんですけれども、今回の法案も、社会的信望があり、かつ、必要な熱意と見識を、識見を持っている者というこういう、そして非常勤でいいという形になっているんですけれども、私は、この母子相談員、あるいはこういう内容の例えば婦人相談員、こういうような非常勤、嘱託採用の職員が組織の中で、行政の中で、福祉事務所の中で、一体どれだけのことができるかできないかということを三十一年間じっと見てまいりました。
このようなある意味ではバックグラウンドしか持たない嘱託職員というのは、例えば私たち専門職のように職場を開拓したり、各関係機関とカンファレンスを持ったり、様々な調整をしたり、そして適切な援助を考えてダイナミックに動いていく、そしてシステムを持ったサービス提供の方法を推進していく、そういった、そしてスーパービジョンを受けていくというような、そういったものがないところでやっている。このような母子相談員、かつての母子相談員というのはほとんど、ただ福祉事務所の片隅で母子の貸付けをしているのみ。
そして、実際に私は千葉や各地で母子相談員の研修に行きましたけれども、その研修と、母子相談員として採用された女性たちが、自分たちはこんなに何にも経験がなく、何の認知もされない中でこういう仕事をしていていいんだろうか、組織はただ私たちが座っていることを望んでいるだけなんだというような当人たちからの嘆きも聞こえたほど、この専門職の仕事の難しさ、そして能力の必要さ。
そして、こういった自立を支援する仕事を実現するソーシャルワークの上では、どうしてもその人の身分保障とその人のポスト、この権限なしにこの仕事が実現できていないということ、このことは非常に重要なことで、幾らうたっても現実はその身分とその体制によって決まってくるということが重要なポイントで、この八条のことに関しては、このような人材、人材の、発想のパターンに私は実は大変辟易としております。
それから、三番目。今回の経済的自立を非常に強調する流れ、これは今日の流れでありますけれども、時代の経済の流れとの交点で考えれば非常に困難な状況になってきた。かつての状況では、女性たちの仕事探しは非常に可能性も高かった。今、非常に困難ですね。
しかし、この自立支援、経済的支援をこれだけ母親に推し進めるということは、私自身も三人の子供を育てながらフルタイムで働きましたけれども、極めて結果的には子供に大変なしわ寄せがある。母親は疲労といらいらで、子供とほとんど向かい合う時間がありません。もう日本の働き方の厳しさ、そういった構造の中に母親がほうり込まれたときに、夫がいる家庭でさえそれはもう実に綱渡りで、健康と精神的健康と日々の生活、これを破壊しつつ進んできたというのが私たちのここの二十年、三十年だったと思うんですね。
これがもっと弱い層になりますと、名古屋の母子生活支援施設なんかを見ますと、全員働くように指示される。とすると、夏休み、子供たちの昼食はカップヌードル一個ずつなんです、母親が置いていくのは。このような生活を子供たちが強いられていく。結局、次世代に極めて大きな損失を残していくだろう。ここにきちんとした子供の成長、そして家族の生活というようなものに対する十分な目配りなしにこのような言葉が繰り返されることは、母親と子供にとって、現状、経済的自立という目先の利益、目先の目標だけを追い掛けることによって、私たちは大きな損失を得ていくだろう。社会は次の問題を抱え込んでいく。もうこれは大変目に見えております。
それからもう一点、この法案のことなんですけれども、アメリカではAFDCの後、TANFという新しい公的扶助制度に変わりましたけれども、ここにFVOという、ファミリー・バイオレンス・オプションというのを入れたそうです。こういうものを入れて、例えばドメスティック・バイオレンスに関して様々な問題を持っている、その後の調整が要る、あるいはカウンセリングが要る、子供の問題、子供も大変傷付いている、そういった配慮の要る家庭に関しては、受給期間の延長、制限とか、自立助長に向けた就労準備プログラムへの参加条件の適用を延期するというオプションを作って、三十三ぐらいの州でそれを適用したというような様々な取組を私は目にいたしました。
今回、この問題も、現在非常に全国的に動いております。母子寡婦という総合的な福祉政策というときに、障害者、知的障害者とか身体障害者とか精神障害者とか、様々なハンディキャップを持った女性が現場にはたくさんおります。もちろん、そういう問題だけじゃなく、より広くこういったオプションに関しても検討していく必要があると、私はそう考えております。
私は、この一年くらいの間に、名古屋に行きまして、未婚の母親、未婚の女性が子供を餓死させた、あるいは母子生活支援施設のすぐ近くで新生児を産んだ女性が家に子供を放置して、乳児を放置して餓死させた、そしてある近くの私のゼミに来た病院のソーシャルワーカーが、退院しようとする未婚の女性がこの子を連れて帰ったら私はこの子を餓死させてしまうと訴えてきたと。ほんの短い時間にこういう三ケースを三つも聞きました。
こういうことは、やっぱり女性が未婚で子供を産む、あるいは母子家庭になる、このことに対する社会的な偏見の壁の前に非常に自分の人生選択に関して弱い、その重圧に結局めげてしまってSOSを出せない、相談というようなところにつながってくることができない、援助を求めることができないというような、社会的な大きな力になってしまっている。そういうことも含めて、大きな社会的な考え方を変えていかなきゃいけない、そういうことがもう一つ大きなテーマとして私たちにあると思っております。
どうもありがとうございました。