須藤八千代の発言 (厚生労働委員会)
⚠️ コピーしたテキストを転載する際は、転載元URL(kokkai-data.com)および原典URL(kokkai.ndl.go.jp)を必ず残してください。発言内容の改変・出典削除は禁止です。
詳細は利用規約をご確認ください。
○参考人(須藤八千代君) 一九七〇年代、私がケースワーカーとして働いたときに、ある母親は弁護士のところに法律相談に、この件に、行って、弁護士から、そんなはした金と、こういうふうに言われて泣いて帰ってきたことがありました。
八〇年代、私の福祉事務所に厚生省の監査がありました。母子家庭がたくさんいる、そして養育費を私たちに取り立てなければ駄目なんだというふうに言ったんですけれども、実際、こういった制度がないところでこの間の取立てはできないというふうに私は言って、それを早急に法的に解決できる方法をするのが優先なんだというふうに、それで初めて私たちはそれができるというふうに答えて、それからもうこれだけの時間がたって私は今回この議論がされていることに大変残念な気がします。
同時に、その年代は九〇年代ですね、札幌で母子家庭の母親が餓死しました。これのやり取りも、結局もう離婚して十年近く請求しても何の支払もしていない父親に対して、福祉事務所の面接員が、もう一回、あんた、それもう一回養育費を取り立てなきゃ駄目なんだと言って帰して、母親はそのまま次の相談に入らずに餓死していった。これは、そのとき母親はこうつぶやいたというふうにルポに書いてありますね、それはもう前にそっちで調べたでしょうがと。それほどこの問題は当事者にとって難しい問題だった。余りにもこの問題に関する解決、踏み込みが遅過ぎる。
この時点になって児童扶養手当の額を切り下げることを優先し、そのときになってこの問題を議論しなきゃいけないということが私は大変残念に思っております。