塩野宏の発言 (法務委員会)
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○参考人(塩野宏君) 塩野でございます。本委員会において審議中の人権擁護法案について意見を申し述べる機会を与えられ、大変光栄に存じております。お言葉に甘えまして、着席のまま発言させていただきます。
私は、人権擁護施策推進法に基づき設置されました人権擁護推進審議会の会長として、同審議会の進行を仰せ付かったものでありますが、人権擁護法案は、審議会の人権救済制度の在り方に関する答申を踏まえたものと理解しております。
そこで、本日は、審議会答申の取りまとめに当たった立場から、法案についての意見を申し上げることといたしますが、最初に、答申の基本的構想を御紹介いたします。
すなわち、答申は、公権力によるものであれ、私人間のものであれ、人権の侵害に対する救済は、日本国憲法の下においては裁判所によるのが原則であるが、それのみによっては必ずしも効果的な救済が期待できない場合があるということから、裁判所による救済を補完するため、簡易、迅速、柔軟な行政上の救済が必要であるという基本認識に立っております。
ただ、人権侵害は多様性に富むことから、すべての侵害事案に同じ手法によるのではなく、相談、あっせん等による簡易な救済と、調停から訴訟援助にまで及ぶ積極的救済の二つに区分し、後者の対象となるのは、自らの人権を自ら守ることが困難な状況に置かれている被害者としたものであります。さらに、私人間における人権侵害については、人権相互の関係に十分配慮すべきものであるということも答申の根底に横たわっている認識であります。
答申は、このような積極的救済を担う行政機関として、通常の行政から独立し、職権行使の独立性が確保された委員会組織が必要であり、これに加えて、委員会の事務を補佐する事務局体制を整備し、これに専門性を加えた職員等を全国的に適切に配置することができるようにするということが肝要であるとしております。
さらに、人権擁護委員については、この委員会を中心とする人権擁護制度の重要な一部を成すものであると位置付け、新たな適任者確保の方策等につき提言いたしました。審議会の立場からいたしますと、今回の法案は、基本的にこの審議会答申の趣旨に従って立案されたものと評価しております。
この点をもう少し具体的に、若干の主要論点に絞って述べたいと存じます。
まず第一に、簡易な救済と積極的救済の区別及びそれぞれの区分に対応した救済手法を用意するという救済の基本的構想については、法案は、二つの区分に立った上で、救済の手法と調査の手法を答申の趣旨に即して定めたものと認識しております。
第二に、積極的救済の具体的対象であります。すなわち、さきに述べました自らの人権を自ら守ることが困難な状況に置かれているという場合のその状況とは具体的にどのようなものであるかであります。これについては、審議会の審議の過程において、公権力によるものであれ、私人間のものであれ、差別、虐待の被害者がそれに当たるという点については意見の一致を見ていたところであります。その上に立って、法案は、四十二条一項一号から第三号までに、答申に即して更により厳密に対象を明らかにしたものというふうに考えます。
なお、差別について審議会で種々議論の対象となりましたのは、差別表現に関するものでありまして、これが特定個人に対する侮辱、名誉毀損に当たる場合は積極的救済の対象となるわけでありますが、外国人入店お断りの看板、今日の新聞でその問題の地裁の判決を私も見ましたけれども、こういったものであるとか、さらに、部落地名総鑑のように社会的身分に係る多数の者の属性に関する情報を公然と摘示するような行為については、調停等の個別具体的な被害者に焦点を当てた手法、これでは有効に対処することができません。
他方、この問題は表現の自由に関係してくるところがあります。そこで審議会では、このような差別表現について何らかの方策を立てる必要があるということまでは意見の一致を見ましたが、具体的、法技術的提案にまで至らず、答申としては表現の自由の保障に配慮した具体的手法を考慮すべきものとして、政府の検討にゆだねたところであります。
法案では、四十三条で必要な措置を講ずる必要のある行為を明らかにするとともに、六十四条、六十五条で具体的な手法を用意しておりますが、そのうち、特に六十五条に定める人権委員会による差別助長行為の差止請求訴訟、これは表現の自由に配慮しつつ人権擁護をするための新たな手法として評価に値するものと考えます。なお、いわゆる集団誹謗的表現については、答申では表現の自由に配慮して救済手続の対象としなかったこと、法案もこれについては定めていないことを付け加えておきます。
人種差別撤廃条約は、人種差別を扇動するような言動については刑罰をもって対処すべきことを条約締結国に求めており、現にそのような罰則を伴った差別表現禁止条項を有する国は先進諸国の中にも見られますが、表現の自由との関係から、これについては留保を加えている我が国の従来の対応にもかんがみ、この点に十分配慮した結果、集団誹謗的表現に対する特別の制度の創設をすることをいたしませんでした。法案もこのような考えに立っていると解されます。
マスメディアによる人権侵害については、まずメディア側の自主規制による対応に期待するという点では、当初から審議会委員の意見の一致していたところであります。しかし、犯罪被害者とその家族、少年の被疑者等に対するプライバシー侵害や過剰な取材活動については、これらの人々が自らの人権を自ら守っていくことが困難な状況に照らし、自主規制の取組にも配意しながら積極的救済の対象とすべきことを提言しております。
これは、表現の自由、報道の自由の保障の観点に立った上で、審議会の審議の途中にも生じた幾つかの深刻な具体的事例、メディア側の自主規制の当時の状況に照らして導かれた審議会としては、当時においてはぎりぎりの選択でありました。なお、審議会として議論を重ねた結果、この問題については人権機関の強制的調査権限の対象から外したことも付け加えておきます。
なお、付言いたしますと、私人間の人権侵害に係る場合には、一方の側の人権に配慮する必要があることは審議会の基本的認識に属することであります。この点について、法案は八十二条で法律の運用に当たっての人権相互の配慮義務を定めており、これは適切な処置であると存じます。
この点に関して、法案では、四十二条第一項第四号で報道機関等のする人権侵害の要件を細かく定めるとともに、第二項で自主規制の尊重を定め、かつ四十四条で特別調査除外規定を定めております。こういった規定は答申の趣旨をわきまえて立案されたものと考えるわけであります。
第三の点は人権救済機関の組織体制であります。
答申は、冒頭に述べましたように、独立性を有する委員会の設置と地方における組織体制をも有する事務局の整備を提案しております。明言はしておりませんけれども、答申に述べられているところは、講学上、学問を講ずる、講学上の行政委員会、つまり行政組織法第三条に定める委員会に対応するもの、そのものではありません、対応するものを示唆しております。
この点について法案は、第五条以下において、新たに設置されるべき人権委員会を国家行政組織法第三条第二項の委員会とした上で、職権行使の独立性や身分保障の定めを置くなど、答申の趣旨に沿ったものとなっております。また、地方事務所等を有する事務局の設置も定めております。
なお、この事務局の職員の任免権は人権委員会に属するというのが審議会答申に含まれたものであり、法案の定め方もそれに沿っていると解されます。
行政委員会制度が議院内閣制を取る日本国憲法の下において果たして認められるものかどうか、仮に認められるとしても、合議体による意思決定に伴う問題点はないかといったことが戦後の早い時期から議論の対象となっておりました。しかし、憲法学及び行政法学等の学問分野においては、その合憲性及び合目的性については現在では多数意見の支持するところとなっております。
そして、この点は、平成九年十二月の行政改革会議最終報告でも確認されたところでありまして、同報告書によりますと、行政委員会については、従来、事務の性質上、その処理に当たって、公正中立や専門技術性等を必要とするため、内閣から独立した地位にある機関に行わせる必要がある場合に設置されてきたが、今後とも、このような趣旨から、行政委員会を活用することとされております。今般提案を見ている人権救済事務は、正に内閣から独立した行政委員会をもって当てることに最もふさわしいものであると考えられ、その実現が是非とも望まれるところであります。
行政簡素化を旨とする行政改革の流れの中で、地方の事務局まで有する独立の行政委員会の設置が実現するのかどうか、実は私、危ぶんでいたところがございましたけれども、関係者の努力の結果、このような形で実現を見ることに大きな意義があると考えております。
もっとも、審議会としては、委員の数、地方事務所の設置場所まで具体的な提案をしているわけではありません。この点について、委員が全部で五人、委員長を含む二名が常勤で残りが非常勤という構成につきましては、審議会で議論したとしてもいろいろの意見があったところと推察されます。
また、十六条第三項から見ますと、現在、法務局が置かれているところには組織的にも委員会の直属の地方事務所が置かれることとなりますが、地方法務局レベルでは、委員会直属の組織ではなく、地方法務局長への事務の委任として処理されております。この点については、地方法務局の改組まで言及していた答申の趣旨はそのままでは生かされておりません。審議会の立場からいたしますと、地方組織の充実強化について、政府全体の、立法当局も含めて政府全体の理解を今後より深めていただきたいと存ずる次第であります。
以上が第三の点であります。
申し上げるべき第四の点は人権擁護委員制度であります。
人権擁護組織体制としては、人権擁護委員制度をどのように改善するかが重要な論点の一つでありました。その際、現在の人権擁護委員制度が不活発ではないかという批判にも十分配慮いたしました。そこで、この際、改めて人権擁護委員制度の存在意義にさかのぼって検討したところであります。
現在の人権擁護委員制度は、日本国憲法施行後間もない昭和二十四年に制定された人権擁護委員法の下で、基本的人権の擁護、自由人権思想の普及高揚という高い目的を掲げて発足したものであります。当時の文献を読んでみますと、そういった趣旨がひしひしと胸に伝わってくるものがございます。
審議会は、この制度発足の基本的な理念を再認識するとともに、人権問題が複雑化し、新たな人権課題が生起している今日に適合するよう現行法を改めて、人権擁護委員に外国人を選任することができるようにすることなど、適任者確保の方策、災害補償について国家公務員と同等にすることなどの人権擁護委員の待遇改善方策を提言いたしました。
この点について法案は、第三章におきまして、人権擁護委員は人権委員会に置くということを定めるとともに、答申の趣旨に沿って所要の規定を置いていると認識しております。
最後に、第五点として、人権委員会が所掌すべき人権啓発活動、政府への助言活動を取り上げております。
審議会一貫して、人権啓発と人権救済は車の両輪であるということを基本としてまいりました。そこで、新たに設置される人権委員会においても人権啓発をその所掌事務とすること、さらに、人権委員会が救済、啓発に係る活動の過程で得た経験、成果を政府への助言活動を通じて政策に反映させていくことの重要性を指摘した次第であります。
この点につきまして、法案は、第六条で人権委員会の所掌事務として救済と並んで啓発を列挙するとともに、第二十条で内閣総理大臣を始めとする関係行政機関の長、更には国会に対する意見提出権を定めております。
以上のように、本法案において審議会意見に沿った制度的枠組みは整ったと存じますが、要は、現実的にも国民の信頼に十分こたえ得る今後の運用にあるわけで、審議会に参画した者といたしましては、できるであろう人権委員会のこの面における活動に注目してまいりたいと存じます。
以上でございます。御清聴ありがとうございました。