岡村勲の発言 (法務委員会)
⚠️ コピーしたテキストを転載する際は、転載元URL(kokkai-data.com)および原典URL(kokkai.ndl.go.jp)を必ず残してください。発言内容の改変・出典削除は禁止です。
詳細は利用規約をご確認ください。
○参考人(岡村勲君) 岡村でございます。本日はわざわざお呼びいただきまして、誠にありがとうございました。
それでは、着席したまま発言させていただきます。
犯罪被害者は様々な被害を受けるのでありますけれども、その中でも報道被害というのは実に立ち上がれないような痛みを与えるものでございます。
私の例で申しますと、私は、仕事の上で私を逆恨みした男によって私の身代わりに家内が殺害されたのでありますけれども、私が夜中に帰ってみますと、玄関のところに家内が倒れて、もう冷たくなっておりました。それで、すぐ一一〇番をしたわけでありますけれども、警察が来るのが早いのかマスコミが来るのが早いのか、あっという間に私は取り囲まれてしまいました。警察が玄関の前には綱を張ってくれたので、その中におればまだ安全でしたけれども、もうパチパチパチパチ、フラッシュの音ばかりすると。まるでイナゴが天から降ってきたような感じがいたしました。そして、買物にも行けません。家族の者が、あるいは親戚の者が買物に行こうとすると、マスコミが付いてきていろいろと取材をする、フラッシュをたく。そういうことで、食べ物はセブン—イレブンから運んでもらって生活をしたりいたしておりました。また、お通夜のときも、本来なら表を開けて通夜をすれば短時間で片付くのですけれども、マスコミの方々がカメラを持ってやぐらを組んだように待ち構えているものですから、表の雨戸を全部閉めて、勝手口から入って勝手口からお帰りいただきました。三日間ほとんど寝ていない上にそういうお通夜をしたものですから、もう心身ともに疲れ果ててしまったわけでございます。
また、先ほどお話が出ました桶川の猪野さんのケースはもっとひどいものでした。ストーカーということで、報道機関に取り囲まれ、お葬式に行くにも、その前を黒塗りの車で待ち構えられて、遠回りして斎場に行ったために決まった時間から随分遅れたということでございます。そしてまた、斎場には親戚の人が来るための駐車場を用意していたんですけれども、これも報道機関が全部占領して、親戚の方々、知人の方々ははるか遠い路上に止めて、歩いて参加したということでした。そして、それから帰ってこられると、だびに付して帰ってこられると、もう報道機関に取り囲まれて、なかなか家にも入れないような状況だったということでございます。そして、しばらくたって、学校へも子供が行かなければいけないということで学校へ行こうとすると、玄関口でぱっとフラッシュをたかれる、おびえてお子さんも学校へも行けなくなってしまったということであります。そして、ワイドショーで実名入り、地名入り、写真入りで半年くらいも報道されたものですから、家の前は観光地のようになってしまったということで、大変な深い痛手を負われております。
また、池袋の通り魔事件でお嬢さんを失った御家族の方、この方も、報道機関に取り囲まれて家に入ることもできず、登山のときに使う殺虫用のスプレーを持って歩かれた、これ以上近づくとスプレーを掛けるぞと言って家の前を歩いたということでございました。そしてまた、斎場から帰った夜は、あるテレビ局からルポライターかディレクターが見えて、犯人を捕まえた、犯人が捕まったから、その捕まえてくれた人と対談をしろということを強要されました。いつまでたっても帰らないものですから、帰ってくれと押し出そうとすると、暴行罪だと言われる。それで一一〇番を呼んで警察へ電話をしたというようなことであります。それをテレビ局に抗議をしても取り合ってもらえない。たまりかねて乗り込んでみると、責任者は会わないし、報道しない取材についての問題は取り上げないと言って断られたと、こういうようなこともございました。
私どもの会は、平成十二年一月に発足いたしましたが、発足以来、事あるごとに私どもはその報道機関による人権侵害について是正を訴えてまいりました。どうか報道機関の方々は、自分の家族が被害に遭ったならばどこまで取材を許容しますか、そこを基準に判断をして取材をしてください、こういうことを何回も何回もお願いをしたわけですけれども、なかなか良くなってまいりません。報道機関の方々もいろいろ工夫はされているようですけれども、いまだ十分な手当てはできていないようであります。
また、内容については、護国寺の幼稚園の殺害事件については、お受験という誤った形で報道され、被害者は著しく名誉を毀損されました。後で訂正されても、最初にそういう報道がされますと視聴者にはその報道がインプットされてしまって、後で訂正してもらってもなかなか名誉を回復することは難しいのであります。
BRO、BRAというのもありますけれども、しかし、これは報道された内容についてだけであって、しかも、まずテレビ局と話し合って、それで話が付かない場合に来なさいということであります。内容についてしか審議しませんし、日本でも一か所しかない。地方にある人たちがその機関へ申し出るということはおよそ不可能なことであります。また、そのBROやBRAの存在すら皆知ってはおりません。
このような中で、更に私が大変驚いたことがあります。それは、今年の九月二十三日に、北朝鮮で拉致をされた疑いがあるということを言われた甲府の女性の御家族のところに報道機関が殺到したということであります。夜も昼も報道機関が押し掛ける。たまりかねて地元の報道機関に訴えたところ、地元の報道機関は協議をして、地元の者にはそういうふうな者はいないけれども県外の報道機関がそういうふうなことをしているということで、民間放送連盟、新聞協会その他に警告をしてくださったということでありますが、その申入れの内容は、通常時には深夜、早朝の取材はしないことと、勝手に自宅に侵入取材はしないことと、こういう申入れをしたということで私は大変驚いたんです。
深夜、早朝の取材はしない、これは当たり前のことであって取り立てて言うべきことではありません。常識の問題です。深夜、早朝でなければ幾ら押し掛けてもいいのかということであります。また、勝手に自宅に侵入して取材してはならないとは何事でしょう。これも当たり前。この当たり前のことをわざわざ放送連盟や新聞協会に地元の新聞社が、報道機関が申し入れた。これは九月二十三日のことであって、私は十月の新聞でそれを知りました。今、この人権擁護法案が問題になっているこの時期にまだこの程度の申入れ、申合せしか行われていないということに私は驚愕した次第でございます。
それやこれや考えますと、私は、人権擁護法案四十二条一項四号に掲げられていること、これは是非とも法律化していただきたいと思うのであります。生活に関する事実をみだりに報道し、その者の名誉又は生活の平穏を著しく害すること、それから、取材を拒んでいるにもかかわらず、継続、反復して生活の平穏を害すること、こういう行為は、これは普通の人間であってもやられては困ることであって、立ち上がれないような痛手を受けている弱者である被害者に対してはなおさらのこと、これは慎んでもらわなければならないことであります。先ほど著しいとか過剰なとかいうあいまいな言葉があると言いましたけれども、これは、こういう表現はどの法律にも書かれておって、この法案だけではございません。至る所の法律にある用語でございます。
また、私は、裁判をすればいいと、裁判所でそういうような被害、報道被害は訴えればよいとか言われますけれども、裁判所に行くということは大変なエネルギーが要るのです。私自身が民事の損害賠償の裁判は起こせませんでした。この勝手なことを言う加害者を相手にまた民事で付き合うのかというと私は気力がなくて、時効中断の内容証明までは出しましたけれども、ようやらなかったと。一般の人は裁判をするということはなかなかやれるものではない。遺族の中でも裁判を起こす方はかなり時間がたってからやっとの思いで起こしているのであります。そういう面で、簡易に我々の被害を調査して、行き過ぎがあれば勧告、公表するというこういう制度は是非作っていただきたいと思います。
私は、報道機関の役割は高く評価しております。報道機関によって悪が摘発され人権が守られたというケースも数多くあります。報道機関はそういう使命を持っておられます。この法律が成立した後も、報道機関に従事する方々が、自分が被害者になったならば、どこまで取材や報道内容を許すのかという見地に立って、立派なルールをどうか作っていただきたい。そうなればこの法律が発動されなくて済むことにもなるでしょう。私はそういう良識を報道機関の方に期待をいたしております。
表現の自由とか報道の自由といいますけれども、弱い者をいじめる自由はないはずです。何よりも、理不尽な犯罪に遭って嘆き苦しんでいる被害者に対して、どうか襲い掛かることはおやめいただきたいのです。
そして、被害者も訴えたいことがあります。私は事件犯罪の、必要性を疑いません、これはやはり、なぜこの犯罪が起こり、その背景は何か、それを除去するにはどうすればいいかということで、犯罪の報道の必要性を思いますけれども、これはしばらくたって被害者が元気になったときにどうぞ聞いてください。被害者だって訴えたいことは山ほどあります。しかし、その訴える気力を持つためにはある程度の時間が必要なんです。それを是非報道機関の方も御理解をいただきたいと私は思います。
そういう面で、この法律は是非とも成立させていただきたいということをお願い申し上げます。
どうもありがとうございました。