2003-07-01
衆議院
角谷浩一
イラク人道復興支援並びに国際テロリズムの防止及び我が国の協力支援活動等に関する特別委員会
角谷浩一の発言 (イラク人道復興支援並びに国際テロリズムの防止及び我が国の協力支援活動等に関する特別委員会)
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○角谷参考人 本日は、参考人として意見を述べる機会を与えていただきまして、ありがとうございます。
私は、ジャーナリストとして、ラジオ番組などで、殊に九月十一日以降の一連の国際社会の動向、それはつまり、アメリカの同時多発テロからアメリカのアフガニスタン侵攻、アメリカ・イギリス軍のイラク攻撃という約二年間に起こった出来事と、我が国の安全保障の考え方の変化について、世論の動きとともにウオッチしてまいりました。
そして今、我が国は、イラクへの人道復興支援や国際テロリズム防止のための支援活動のあり方に関して議論が進められているわけであります。その間、我が国の安全保障の柱として有事関連三法が可決するなど、安全保障に関する国民の考え方は、現在の国際情勢に即して大きな変化を受け入れたのだというふうに考えていいと思います。
きょうは、私のジャーナリストの視点から、イラクにおける人道復興支援活動及び安全確保支援活動の実施に関する特別法案についての参考人意見を述べさせていただきます。
さて、その中で、イラクの人道復興支援のための自衛隊の派遣についてですが、私は、幾つかの問題があるのではないかと考えております。
一つは、我が国の国連との関係であります。
我が国は、外交の基軸に国連主義と日米安保に基づく日米関係を掲げていることは承知しておりますけれども、人道支援のみならず治安維持についても、国連が平和維持活動として軍隊の派遣を決議し、かつ日本にも要請があるのならば、日本は積極的に対応する必要があるというスタンスであったと考えておりました。しかしながら、政府がイラク支援法案の根拠としている国連安保決議第一四八三号は、人道支援においても治安維持においても、加盟国に対して占領国への協力を要請したものではないと考えます。
先週、自民党の麻生太郎政調会長は講演で、戦後、自由主義陣営と共産主義陣営が分かれて、日本は自由主義陣営について利益を得た、この際、国連とアメリカは一体に見えたが、今回初めてこの二つが別々の立場をとった、対米追従とすぐ言うが、これが何を意味するかを考えるべきだ、自民党としては、国連をとるかアメリカをとるかの選択で、断固アメリカを支持したつもりで、そのアメリカが戦争においては勝利し、利益を得ると考えている、国連は安全を保障してくれないと述べています。
麻生氏の発言は、我が国の戦後政府の一つのハードルとしてきた海外出兵を行わないことを、大義もなく乗り越えてしまうということになりはしないかと考えます。我が国の軍事力を海外に派遣することの基本原則もなく、国連よりアメリカとの関係の維持のための海外派遣というものは、海外出兵を行う整合性についての議論が余りにもお粗末かつ乱暴な感じがいたします。
その意味では、湾岸戦争以来、安全保障に関して、政府はその根本的、根源的な議論を避け続け、国際情勢の中の利害の選択だけを無定見に、なし崩しに選択してきた時期があったのではないでしょうか。
また、この海外出兵がだれのために、どんな目的で行われるのか。イラク現地は猫の手もかりたいのは当然だと思います。アメリカでは、NATO軍の派遣要請も検討されていると聞いています。その中で、イラクの暫定政権からの要請ならばともかくも、アメリカの要請による出兵で、アメリカ軍とともに駐留軍として占領軍の一員になるという可能性の説明がいささか足りないのではないかと思います。
加えて、政府は、イラクとの間で地位協定を結ぶことについても準備を進めています。今、国民のどれほどが、今回のイラク支援法がアメリカ軍とともに駐留軍としての役割を大きく担っているとの理解をしているのでしょうか。
海外派兵や武器輸出に関して、我が国の国会は、結論を導き出さないまでも、議論をし続けてきました。武器や戦力の定義などの議論はそれに当たるでしょう。しかし、国際情勢の変化に対応するというのは、国際社会の政治的駆け引きや政局の取引ではなく、我が国としての安全保障に関する明確な基本原則の確立と行動原則ではないでしょうか。解釈論やすき間を探しての場当たり的な運用に既に無理が生じていることは明らかだと思います。
政府は、このイラク支援法に対して、何が現場で起こるのか予測不能であるとの見解を示しています。
自民党を初め与野党は、イラク視察団を送り込んで現場を視察しています。各党の報告やレポートを拝見いたしますと、どこが戦場でどこが戦場でないかという命題に対して、安全だと言い切れないと、一様に、混乱している戦時下であるとまとめているようです。であるならば、時限立法という形で海外派兵というオペレーションを実現化するのではなく、国民的議論にしていく義務が国会にはあるのではないでしょうか。その意味では、政府や国会に国民的議論を喚起させているという印象がいささか薄いように感じます。
この法案は、国土の安全を守る有事三法とは全く異質のもので、この法案が有事三法の延長線上にあるものと考えるならば、安全保障に対しての我が国の考え方の議論や国益に対しての明確なビジョンや定義も議論して、国民の相互理解を得るべきだと思います。このままですと、自衛官にとっても大義の薄い困惑したままの派遣という認識は取り払われず、我が国の安全保障の根幹がないままの派遣となってしまいます。
我が国が海外出兵に踏み込むには、総理の言う国力に合った協力ということと同時に、相応の世論喚起や、周辺アジア各国への説明や配慮も必要だと思います。国連主義を切り捨て、アメリカとの関係を維持するための意義とリスクについても、もう少し立ちどまった議論が求められると思います。
その意味では、我が国は今、安全保障に関して戦後最大の議論のチャンスを迎えています。国際社会の中の日本の役割、この国の十年、五十年、百年のビジョンを明確につくり上げるために、政局の駆け引きなどで成立させようとする議会運営にピリオドを打っていただいて、国民の総意が形成されるまで、立ちどまることを恐れずに、ぜひ丁寧に議論を尽くしていただきたいというふうに考えます。
私は、放送を通じて、若い人たちに今の国会の様子を伝えています。九・一一以来、若い人たちの安全保障への興味や、国家とか国益という大きなテーマが、自分のものだとか自分の問題になりつつあるように感じます。イラク攻撃にも大きな関心を寄せていました。そして、番組にもたくさんの意見が寄せられています。ただ、その意見が出ている間に議論が次の段階に行ってしまって、どうも若い人たちの議論が置いてきぼりにされているような感じがします。これからの二十一世紀を担う若者たち不在の議論が英知の前例とはならないように、どうか国民的議論に広がりを持たせていただきたいというふうに私は考える次第であります。
ありがとうございました。(拍手)