藤田祐幸の発言 (イラク人道復興支援並びに国際テロリズムの防止及び我が国の協力支援活動等に関する特別委員会)

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○藤田参考人 御紹介いただきました藤田でございます。
 私は、今から半世紀以上前、オットー・ハーン、シュトラウスマン、あるいはリーゼ・マイトナーといった物理学者によって発見された、純粋なる物理現象としての核分裂反応、これが二十世紀の歴史に、あるいは政治に非常に深刻な影響をもたらしたということで、核の軍事的な利用及び商業的な利用について、これを厳重に監視していくということが物理学者の一つの責務であるというふうに考えて、これまで活動し、行動し、発言をしてまいりました。
 その観点から申し上げますと、今から十年余り前、湾岸戦争と呼ばれている戦争においてアメリカ軍が初めて使ったウラン兵器、劣化ウラン弾と言われている兵器の問題について、極めて厳重なる問題がある、非常に重要な問題があるとして関心を持ち続けてきております。
 その後、バルカン戦争においてやはりこのウラン弾兵器が使われ、そして今回のイラクでも使われたということで、一九九九年と二〇〇〇年に、私は、コソボ、セルビア、あるいはボスニアなどの地域で劣化ウラン弾の調査及びその健康的な影響についての調査をしてまいりました。そして、本年五月十九日から六月二日にかけて、バグダッド及びバスラ周辺において、今次の戦争においていかなる形態で劣化ウラン弾が用いられたのかどうかということについての実地の調査をしてまいりました。その結果をきょう御報告し、我々が今なすべきことについての御提言をさせていただきたいと思います。
 御承知のとおり、劣化ウランという物質、これは、原子力産業あるいは核兵器産業において、ウラン濃縮過程において発生する産業廃棄物とでも申し上げましょうか、ほぼ純粋なウラン238の同位体であります。それで、このウラン238という同位体は、かつてはプルトニウムの原材料になるということで資源価値を持っておりましたけれども、今では、プルトニウム利用計画というものは各国で破綻をしております。その結果、このウラン238という物質は、単なる産業廃棄物という位置づけになってきております。
 このウランを金属として扱った場合の物理的な特性としては、比重が極めて大きい、それから非常にかたい金属である、そして、経済的な問題から申し上げますと、廃棄物であるがゆえに値段が非常に安い、こういう利点があります。
 イラクに対する最初の攻撃であった湾岸戦争当時、アメリカ軍は、A10というジェット戦闘機から対戦車砲の弾頭としてこのウラン弾を使ってまいりました。ウランという物質は非常に重くてかたいために、戦闘機から発射されて甲鉄板に当たりますと、そこで激しく発熱をいたします。ウランという金属は発火性金属でありまして、鉄の融点よりも高い温度で燃焼いたしますので、その戦車の甲鉄板はたやすく溶け、弾丸は中に入って激しく燃焼して乗組員を焼き殺す、こういう効果を持った兵器であります。
 しかし、その爆発炎上したときに、数ミクロンの大きさのウランの微粒子となりまして環境に噴出いたします。これを吸い込みますと、肺に沈着して重篤なる健康障害を引き起こす、こういうことがよく知られているわけであります。
 この砲弾は機関砲で撃ち出されます。戦車の周辺で撃ち出されますけれども、戦車に当たるのは一発か二発で、大部分のものはそのまま地面に突き刺さります。私がコソボで確認をしたケースで見ますと、地面に突き刺さったウラン弾は、地下一・五ないし二メートルという深さまで突き刺さっております。しかも、衝撃力は熱に至りませんで、金属のまま地中に埋まっている。二〇〇〇年にコソボに参りましたときに、掘り出したウラン弾を見ましたところ、そのウラン弾は半分ほどにやせ細っているということが確認できました。ウランという金属は、水と接触することによって水溶性のウランとなり、地下水へ汚染として入っていくということがそのことによっても確認できるわけであります。
 この十年前、湾岸戦争において大量に利用されましたこの劣化ウラン弾の影響が最初に報告されましたのは、アメリカ軍の帰還兵の健康状態、及び、その帰還兵の子供たちに重篤な身体障害あるいは発がん性といったようなものが次々と発生するということから、湾岸戦争症候群というふうに呼ばれ、社会問題化いたしました。そして、その弾丸を撃ち込まれた側のイラクの子供たちにも同じような影響が出始めたということで、国際的にも大きな社会問題となってきたわけであります。
 このような問題というものが明らかになっているにもかかわらず、今次の戦争において劣化ウランが大量に使われたということが、今回調査をしてきた結果、明らかになりました。
 ここにありますのが、バグダッドの計画省という建物の周辺で発見されたウラン弾であります。(パネルを示す)この上の方にあります金属の棒、これが、純粋なウラン金属、直径一センチ、長さ十センチ、重さ三百グラム程度のウラン金属です。これは十ミリほどで、撃ち出すのは三十ミリ砲ですから、アルミ合金で三十ミリのさやをつくって、その中に入れて撃ち込むわけであります。
 そして、この計画省、これはバグダッドの中心部、サダム宮殿の近くでありますが、その計画省の裏庭から、私たち取材チームがほんのわずかな時間歩き回っただけで、これだけの大量のウラン弾の破片及びウラン弾そのもの、これが発見されました。つまり、今次の戦争においては、対戦車砲としてつくられたはずのウラン弾が建物の攻撃にも使われたということになります。その前の道路などにもこれが散乱しておりました。これを子供が拾ったりすると大変危険であります。これは早急に回収する必要があります。
 それから、バグダッド南部及びバスラ南部の地域において、被弾している戦車を何台か発見いたしました。ここでは、ちょうどバターをナイフで切るように鋭く鉄を切り裂く、そして中で爆発する、こういう跡がたくさん確認されました。これなどは、まさにバターをナイフで切り裂いたがごとく、これは戦車の表面で弾がはね返った状態を示しているものであろうと思われますが、このように、戦車に当たった場合にはこの微粉末が環境に噴き出し、その周辺の地域を放射能で汚染するということになります。
 それから、その戦車の周辺の建物、これは製氷工場でありますが、この製氷工場にもたくさんの銃弾が撃ち込まれておりまして、この工場自体が汚染されている。とても工場の再開は難しいということで、私たちが行って測定をした結果、ここの工場長は頭を抱えて困り果てているという状況が起こっております。
 バスラの母子病院、これは十年前の湾岸戦争によって大量に発生した、そうした子供たちのための小児がん病棟がつくられております。そこには多くの子供たちが、例えばこの子はおなかが大変膨れ上がってしまっていて重病です。それから、この子は目にがんができていて助かる見込みがない。それから、この子は耳の下、甲状腺のところに大きながんができている。さらに、この赤ちゃんはわきの下に頭と同じぐらいの大きさの腫瘍ができている。
 こういう子供たちが湾岸戦争後急増し、当時、例えばバスラ周辺では年間に二十人ほどの小児がんの発生数であったものが、現在では、二〇〇二年の調査では百六十人、八倍にもふえている。人口当たりの統計を見ても、九〇年には十五歳以下の子供の十万人当たり三・九八人であったのが、二〇〇二年には十八・五人と、四・六倍の増加をしている。因果関係についてのさまざまな議論はございますけれども、疫学的に明らかに放射能影響というものがこのバスラ周辺の子供たちに、そしてこの影響はバグダッドでも顕著に見られているわけであります。
 そのほか、死産、流産も非常に多くなっております。そして、先天的な機能不全というものも大変多く見られるようになっております。
 長期にわたる経済封鎖のために、医療器材、薬品、人材など絶望的に不足して、治癒率が極めて低いというのが現状であります。
 ウラニウムという物質の放射能の半減期は四十五億年であります。この時間は、地球の誕生以来の時間に匹敵するわけであります。一たん汚染された大地がもとに戻ることは永遠にないということが言えると思います。ウランは環境の中で循環し、今後極めて長期にわたってイラクとその周辺国の子供と母親たちを苦しめることになります。
 十年前の湾岸戦争の影響が極めて深刻な中で、さらに今次の戦争で大量のウラニウムが撃ち込まれたということは、到底許すことのできることではない。例えば、今イラクで、イラクの原子力産業からイエローケーキというウラニウムが大量に持ち出されたという話があります。これが大変大きな問題になっております。
 ウラニウムという物質を環境にばらまくということは、本来あってはならないこと。これを兵器として意図的にある地域にばらまくということは、到底許されることではありません。目の前で大量に人が死ぬということはありませんが、数年後にはさらに多くの子供たちと母親が悲惨な運命を引き受けることになることは明らかであります。その悲劇は終わることがなく続くことになります。サイレント・ジェノサイドあるいはサイレント・エスニック・クレンジングというべき事態であると私は認識しております。
 その無差別性と大量性、これは大量破壊兵器の定義を満たしております。米国は既に広島と長崎に大量破壊兵器を投下し、しかも、戦後、その犯罪は問われることはありませんでした。そして、湾岸戦争においても劣化ウラン弾を大量にイラクの大地に撃ち込み、その結果についても罪を問われることはありませんでした。そして、今次の戦争においてさらに多量のウラン弾を再びイラクに撃ち込んだということは、到底許されることではない。これは、イラクが大量破壊兵器を隠しているのではないかという疑い、それが理由で大量破壊兵器をアメリカ軍が使ったということになります。
 イラクの人たちは、このウランの被害がいかに深刻なものであるかということをよく承知しておりまして、市民が今最も、僕たちが測定器を持って歩きますと、うちをはかってくれ、うちをはかってくれ、みんながすがるようにして安全を確かめようとすることが、何度も体験いたしました。
 今日本が、この特措法三条に言うように、イラクの国民に対して医療その他の人道上の支援を行うということを真に望むのであれば、武装した兵士をそこに送り込むのではなくて、バスラ及びバグダッドに最新の設備を備えた小児がんセンターを建設することでありましょう。
 アメリカの大量破壊兵器の投下によって、皮肉なことに、日本は放射線治療について非常に多くの経験を重ねてきております。今同じ苦しみをイラクの国民がこれから受けていこうとするときに、この核の洗礼を受けた先進国である日本が今イラクに対してなし得ることは、この我々の経験を伝えていくことであると考えております。
 この不当な戦争に加担したこの日本という国は、その贖罪の意味も込めて、イラクの子供たちのためにがん専門の最先端の医療設備を、若い医者の教育のためのプログラムをイラクに贈ること、これが最も今望まれていることであると考え、それを提言して、私の発言を終えます。
 ありがとうございました。(拍手)

発言情報

speech_id: 115603808X00620030701_012

発言者: 藤田祐幸

speaker_id: 31127

日付: 2003-07-01

院: 衆議院

会議名: イラク人道復興支援並びに国際テロリズムの防止及び我が国の協力支援活動等に関する特別委員会