山口富男の発言 (憲法調査会)

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○山口(富)委員 坂野潤治参考人は、私、学生時代に近代史を学んだ際に一番最初によく読んだものでしたので、二十数年ぶりにお会いして、大変懐かしく思いました。
 それで、参考人のお話でも、明治憲法が神権主義というものを中核にしながら、なぜ立憲主義という装いに立ったのかというなぞ解きをやられたようなお話で、大変興味深いものがありました。
 さて、日本国憲法というのは明治憲法の改正という形をとったわけですけれども、日本国憲法の前文の一番最初にそのこともありまして、明治憲法との関係をきちんと述べているんですね。それは、ちょっと読み上げますと、「そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。」これが明治憲法を排除した規定なわけですけれども、明治憲法を考える場合は、やはりこれが出発点になると思うんです。そして、明治憲法から日本国憲法、それから今の二十一世紀ということを考えますと、私は、三つの点が大変大事になるんじゃないかなというふうに感じます。
 第一は、主権の問題なんです。
 明治憲法は天皇主権だったわけですけれども、日本国憲法が主権在民になりまして、そして二十世紀から二十一世紀の歴史の流れを考えますと、やはりこの主権在民の流れというのが世界の歴史の中で非常に大きな力を持ってきているわけですから、この点については、二十一世紀の憲法論を考えるときにも、当然土台に据えるべきものだというふうに感じます。
 二つ目は、基本的人権の問題なんです。
 これは、保岡小委員長もお触れになりましたし、当日の坂野参考人の話で、明治憲法というのは基本的人権という考え方がなかったんだという話をされました。これは、やはり二十世紀を考えましたときに、私たちは、世界の人権の問題で、大変ないろいろな問題を抱えているわけですね。それは、先ほど公聴会の話で、北朝鮮の拉致問題をめぐって深刻な提起があったという話もありましたけれども、崩壊したソ連を見ましても、やはり人権抑圧社会だったわけですね。もちろん、私たちは、あれが社会主義の社会だったとは考えておりませんけれども。
 このように、人権の問題というのは、やはり二十世紀から二十一世紀を考えたときに、私たちの憲法の問題としてどういう人権の保障というものをきちんとやっていくのかということは、明治憲法を考えても、日本国憲法を考えても、本当に土台に据えるべき問題だというふうに思います。
 それから三つ目は、いわゆる平和の問題です。
 明治憲法は天皇の大権で、特に軍事の問題については、いわゆる政府の関与も、議会の関与も一切許しませんでした。この点が当日の小委員会では、解釈の問題と政治の責任、どちらなんだという議論にもなったわけですけれども、その点でいいますと、私は最後に申し上げたんですけれども、これは解釈とかの前に、やはり明治憲法自身が大権条項を定めているというそこが出発点なんだというお話をいたしました。
 そういう意味では、葉梨委員は明治憲法の立憲主義的な解釈にお触れになりましたけれども、私は、伊藤博文自身が、明治憲法の公的解釈書と言われている「憲法義解」の中で、これはヨーロッパ型の立憲主義じゃないんだ、天皇の大権を定めたものだというふうに明確に言っておりますから、その意味では、やはり十九世紀後半から二十世紀前半の日本というのは専制的な社会だった、政治だったというふうに思います。
 振り返りまして、平和の問題は、今、国連憲章の問題からいきましても、二十一世紀にどういう平和の秩序をつくるのかというのが大問題になっているわけですから、やはりこの平和の問題というのが、明治憲法、日本国憲法、それぞれどういう規定になり、そして私たちが二十一世紀にどの点を引き継いでいくのか、もちろん私は恒久平和主義を引き継いでいくという立場に立ちますけれども、そういう三つの点を、明治憲法から日本国憲法、そして二十一世紀ということを考えたときに、私たちが国のあり方や憲法を考えるときに基本に据える土台になるべきことじゃないかなというふうに私は感じております。

発言情報

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発言者: 山口富男

speaker_id: 25006

日付: 2003-05-29

院: 衆議院

会議名: 憲法調査会